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2.仲直りの醤油めし
2ー2
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玄関回りをほうきで掃き、門構えの外に出た私は、思わず目を丸くした。
可愛らしい風貌をした男の子が、生垣の外の道路からそわそわした様子でむすび屋の中を見ていたからだ。男の子は黒い短髪に、Tシャツと短パンを着ていて、背丈はまだ私と同じくらいだろう。その見た目から中学生のように思える。
こんなに若い男の子が? と思うものの、運命は時に残酷で、人間に与えられた時間は皆一律ではない。
数回まばたきしても、彼をまとう空気、彼の身体がうっすらと透けて見えることも変わらず、私は彼がすでにこの世で生きている人間でないことを悟った。
幽霊の男の子は、むすび屋の前から動く気配がない。
……お客様だろうか?
私がむすび屋で働き始めてから、まだ幽霊のお客様が訪ねてきたことはなかった。そのため少し緊張を覚えたが、思いきって声をかけてみることにした。
「いらっしゃいませ」
男の子は私の姿を捉えるなり、パッと目を見開いた。
「お姉さん、俺のこと見えるん?」
「……え? はい、見えてますよ」
私はしっかりと男の子の目を見て答えた。
「ほーなんや。いや、死んでからずっとこの世をさまよっとったんやけど、偶然会った幽霊にこの民宿のことを聞いたけん、試しに来てみたんよ」
本当やったんやぁ、としみじみ話してくれる彼の言葉も伊予弁だ。恐らく地元に住んでいた子なのだろう。
「そうだったんですね。泊まって行かれますか?」
「え? 泊まらしてくれるん? やったー!」
両手を上げて喜ぶ男の子を見る限り、肯定の返事に間違いないだろう。
「では、お部屋にご案内しますね」
「うん!」
元気よく返事をしてくれるところは少年らしさが滲み出ていて、微笑ましく思うと同時に切なさも感じた。
そんな彼は、私がむすび屋で働き始めてから、初めての幽霊のお客様となるのだった。
*
むすび屋の客室は、それほど多くない。
一般のお客様用のものが四部屋と、生きた人間以外、つまり幽霊のお客様用のものが一部屋だ。
この前通してもらった談話室と食堂は一階に、そして一般の客室が二階で、三階には幽霊のお客様用の客室がひとつと従業員の倉庫がある。
立派な古民家風の見た目ではあるし、そこらに建っている家に比べたら土地も建物も大きいが、宿としては小規模な方だ。
先ほどの彼を三階の部屋にお通しする。
入り口の前で膝をついて襖を開けると、真ん中に四角い茶の間テーブルが置かれた八畳の和室が見える。シンプルだが落ち着く内装だ。
北側のドアからこの和室に入ると、南側にはうっすらと日光の明るみを感じる障子があり、東側には床の間と寝具の入った襖がある。
「わあ、ありがとう!」
男の子は嬉しそうに目を輝かせて和室の中に入ると、茶の間テーブルの前に置かれた赤い座布団の上に腰を下ろした。
「ごゆっくりおくつろぎください」
彼の様子を微笑ましく思いながら、私は襖を閉めようとした。
「待ってよ、お姉さん」
しかし、その前に呼び止められて思わず彼の顔を見た。
茶の間テーブルには向かい合う座席に二枚ずつ並べて赤い座布団が置いてあるのだが、彼は自分の座ったすぐそばのひとつに手を伸ばし、ポンポンと手で叩いた。
「とりあえずここに座ってよ」
このあとの予定を思い返すが、特別急ぎの仕事はない。
もしかしたら彼は、先月に会った幽霊のおばあさんみたいに、今まで誰にも見つけてもらえずに寂しい思いをしていたのかもしれない。
長居しすぎなければ大丈夫かな。
結局断る理由もなかったので、ニコニコと無邪気な笑みを浮かべる彼の要望に応えることになったのだった。
可愛らしい風貌をした男の子が、生垣の外の道路からそわそわした様子でむすび屋の中を見ていたからだ。男の子は黒い短髪に、Tシャツと短パンを着ていて、背丈はまだ私と同じくらいだろう。その見た目から中学生のように思える。
こんなに若い男の子が? と思うものの、運命は時に残酷で、人間に与えられた時間は皆一律ではない。
数回まばたきしても、彼をまとう空気、彼の身体がうっすらと透けて見えることも変わらず、私は彼がすでにこの世で生きている人間でないことを悟った。
幽霊の男の子は、むすび屋の前から動く気配がない。
……お客様だろうか?
私がむすび屋で働き始めてから、まだ幽霊のお客様が訪ねてきたことはなかった。そのため少し緊張を覚えたが、思いきって声をかけてみることにした。
「いらっしゃいませ」
男の子は私の姿を捉えるなり、パッと目を見開いた。
「お姉さん、俺のこと見えるん?」
「……え? はい、見えてますよ」
私はしっかりと男の子の目を見て答えた。
「ほーなんや。いや、死んでからずっとこの世をさまよっとったんやけど、偶然会った幽霊にこの民宿のことを聞いたけん、試しに来てみたんよ」
本当やったんやぁ、としみじみ話してくれる彼の言葉も伊予弁だ。恐らく地元に住んでいた子なのだろう。
「そうだったんですね。泊まって行かれますか?」
「え? 泊まらしてくれるん? やったー!」
両手を上げて喜ぶ男の子を見る限り、肯定の返事に間違いないだろう。
「では、お部屋にご案内しますね」
「うん!」
元気よく返事をしてくれるところは少年らしさが滲み出ていて、微笑ましく思うと同時に切なさも感じた。
そんな彼は、私がむすび屋で働き始めてから、初めての幽霊のお客様となるのだった。
*
むすび屋の客室は、それほど多くない。
一般のお客様用のものが四部屋と、生きた人間以外、つまり幽霊のお客様用のものが一部屋だ。
この前通してもらった談話室と食堂は一階に、そして一般の客室が二階で、三階には幽霊のお客様用の客室がひとつと従業員の倉庫がある。
立派な古民家風の見た目ではあるし、そこらに建っている家に比べたら土地も建物も大きいが、宿としては小規模な方だ。
先ほどの彼を三階の部屋にお通しする。
入り口の前で膝をついて襖を開けると、真ん中に四角い茶の間テーブルが置かれた八畳の和室が見える。シンプルだが落ち着く内装だ。
北側のドアからこの和室に入ると、南側にはうっすらと日光の明るみを感じる障子があり、東側には床の間と寝具の入った襖がある。
「わあ、ありがとう!」
男の子は嬉しそうに目を輝かせて和室の中に入ると、茶の間テーブルの前に置かれた赤い座布団の上に腰を下ろした。
「ごゆっくりおくつろぎください」
彼の様子を微笑ましく思いながら、私は襖を閉めようとした。
「待ってよ、お姉さん」
しかし、その前に呼び止められて思わず彼の顔を見た。
茶の間テーブルには向かい合う座席に二枚ずつ並べて赤い座布団が置いてあるのだが、彼は自分の座ったすぐそばのひとつに手を伸ばし、ポンポンと手で叩いた。
「とりあえずここに座ってよ」
このあとの予定を思い返すが、特別急ぎの仕事はない。
もしかしたら彼は、先月に会った幽霊のおばあさんみたいに、今まで誰にも見つけてもらえずに寂しい思いをしていたのかもしれない。
長居しすぎなければ大丈夫かな。
結局断る理由もなかったので、ニコニコと無邪気な笑みを浮かべる彼の要望に応えることになったのだった。
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