14 / 69
2.仲直りの醤油めし
2ー2
しおりを挟む
玄関回りをほうきで掃き、門構えの外に出た私は、思わず目を丸くした。
可愛らしい風貌をした男の子が、生垣の外の道路からそわそわした様子でむすび屋の中を見ていたからだ。男の子は黒い短髪に、Tシャツと短パンを着ていて、背丈はまだ私と同じくらいだろう。その見た目から中学生のように思える。
こんなに若い男の子が? と思うものの、運命は時に残酷で、人間に与えられた時間は皆一律ではない。
数回まばたきしても、彼をまとう空気、彼の身体がうっすらと透けて見えることも変わらず、私は彼がすでにこの世で生きている人間でないことを悟った。
幽霊の男の子は、むすび屋の前から動く気配がない。
……お客様だろうか?
私がむすび屋で働き始めてから、まだ幽霊のお客様が訪ねてきたことはなかった。そのため少し緊張を覚えたが、思いきって声をかけてみることにした。
「いらっしゃいませ」
男の子は私の姿を捉えるなり、パッと目を見開いた。
「お姉さん、俺のこと見えるん?」
「……え? はい、見えてますよ」
私はしっかりと男の子の目を見て答えた。
「ほーなんや。いや、死んでからずっとこの世をさまよっとったんやけど、偶然会った幽霊にこの民宿のことを聞いたけん、試しに来てみたんよ」
本当やったんやぁ、としみじみ話してくれる彼の言葉も伊予弁だ。恐らく地元に住んでいた子なのだろう。
「そうだったんですね。泊まって行かれますか?」
「え? 泊まらしてくれるん? やったー!」
両手を上げて喜ぶ男の子を見る限り、肯定の返事に間違いないだろう。
「では、お部屋にご案内しますね」
「うん!」
元気よく返事をしてくれるところは少年らしさが滲み出ていて、微笑ましく思うと同時に切なさも感じた。
そんな彼は、私がむすび屋で働き始めてから、初めての幽霊のお客様となるのだった。
*
むすび屋の客室は、それほど多くない。
一般のお客様用のものが四部屋と、生きた人間以外、つまり幽霊のお客様用のものが一部屋だ。
この前通してもらった談話室と食堂は一階に、そして一般の客室が二階で、三階には幽霊のお客様用の客室がひとつと従業員の倉庫がある。
立派な古民家風の見た目ではあるし、そこらに建っている家に比べたら土地も建物も大きいが、宿としては小規模な方だ。
先ほどの彼を三階の部屋にお通しする。
入り口の前で膝をついて襖を開けると、真ん中に四角い茶の間テーブルが置かれた八畳の和室が見える。シンプルだが落ち着く内装だ。
北側のドアからこの和室に入ると、南側にはうっすらと日光の明るみを感じる障子があり、東側には床の間と寝具の入った襖がある。
「わあ、ありがとう!」
男の子は嬉しそうに目を輝かせて和室の中に入ると、茶の間テーブルの前に置かれた赤い座布団の上に腰を下ろした。
「ごゆっくりおくつろぎください」
彼の様子を微笑ましく思いながら、私は襖を閉めようとした。
「待ってよ、お姉さん」
しかし、その前に呼び止められて思わず彼の顔を見た。
茶の間テーブルには向かい合う座席に二枚ずつ並べて赤い座布団が置いてあるのだが、彼は自分の座ったすぐそばのひとつに手を伸ばし、ポンポンと手で叩いた。
「とりあえずここに座ってよ」
このあとの予定を思い返すが、特別急ぎの仕事はない。
もしかしたら彼は、先月に会った幽霊のおばあさんみたいに、今まで誰にも見つけてもらえずに寂しい思いをしていたのかもしれない。
長居しすぎなければ大丈夫かな。
結局断る理由もなかったので、ニコニコと無邪気な笑みを浮かべる彼の要望に応えることになったのだった。
可愛らしい風貌をした男の子が、生垣の外の道路からそわそわした様子でむすび屋の中を見ていたからだ。男の子は黒い短髪に、Tシャツと短パンを着ていて、背丈はまだ私と同じくらいだろう。その見た目から中学生のように思える。
こんなに若い男の子が? と思うものの、運命は時に残酷で、人間に与えられた時間は皆一律ではない。
数回まばたきしても、彼をまとう空気、彼の身体がうっすらと透けて見えることも変わらず、私は彼がすでにこの世で生きている人間でないことを悟った。
幽霊の男の子は、むすび屋の前から動く気配がない。
……お客様だろうか?
私がむすび屋で働き始めてから、まだ幽霊のお客様が訪ねてきたことはなかった。そのため少し緊張を覚えたが、思いきって声をかけてみることにした。
「いらっしゃいませ」
男の子は私の姿を捉えるなり、パッと目を見開いた。
「お姉さん、俺のこと見えるん?」
「……え? はい、見えてますよ」
私はしっかりと男の子の目を見て答えた。
「ほーなんや。いや、死んでからずっとこの世をさまよっとったんやけど、偶然会った幽霊にこの民宿のことを聞いたけん、試しに来てみたんよ」
本当やったんやぁ、としみじみ話してくれる彼の言葉も伊予弁だ。恐らく地元に住んでいた子なのだろう。
「そうだったんですね。泊まって行かれますか?」
「え? 泊まらしてくれるん? やったー!」
両手を上げて喜ぶ男の子を見る限り、肯定の返事に間違いないだろう。
「では、お部屋にご案内しますね」
「うん!」
元気よく返事をしてくれるところは少年らしさが滲み出ていて、微笑ましく思うと同時に切なさも感じた。
そんな彼は、私がむすび屋で働き始めてから、初めての幽霊のお客様となるのだった。
*
むすび屋の客室は、それほど多くない。
一般のお客様用のものが四部屋と、生きた人間以外、つまり幽霊のお客様用のものが一部屋だ。
この前通してもらった談話室と食堂は一階に、そして一般の客室が二階で、三階には幽霊のお客様用の客室がひとつと従業員の倉庫がある。
立派な古民家風の見た目ではあるし、そこらに建っている家に比べたら土地も建物も大きいが、宿としては小規模な方だ。
先ほどの彼を三階の部屋にお通しする。
入り口の前で膝をついて襖を開けると、真ん中に四角い茶の間テーブルが置かれた八畳の和室が見える。シンプルだが落ち着く内装だ。
北側のドアからこの和室に入ると、南側にはうっすらと日光の明るみを感じる障子があり、東側には床の間と寝具の入った襖がある。
「わあ、ありがとう!」
男の子は嬉しそうに目を輝かせて和室の中に入ると、茶の間テーブルの前に置かれた赤い座布団の上に腰を下ろした。
「ごゆっくりおくつろぎください」
彼の様子を微笑ましく思いながら、私は襖を閉めようとした。
「待ってよ、お姉さん」
しかし、その前に呼び止められて思わず彼の顔を見た。
茶の間テーブルには向かい合う座席に二枚ずつ並べて赤い座布団が置いてあるのだが、彼は自分の座ったすぐそばのひとつに手を伸ばし、ポンポンと手で叩いた。
「とりあえずここに座ってよ」
このあとの予定を思い返すが、特別急ぎの仕事はない。
もしかしたら彼は、先月に会った幽霊のおばあさんみたいに、今まで誰にも見つけてもらえずに寂しい思いをしていたのかもしれない。
長居しすぎなければ大丈夫かな。
結局断る理由もなかったので、ニコニコと無邪気な笑みを浮かべる彼の要望に応えることになったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる