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2.仲直りの醤油めし
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まだ朝八時前だというのに青空はすでに眩しく、遮る雲のない太陽からは射すような熱気を感じる。
白いシーツを物干しに干せば、ふわりと優しい石鹸の香りが夏の風に乗っていった。
暑くはなりそうだけど、洗濯物はカラッと乾きそう。
愛媛県松山市にある民宿むすび屋で働くことになって、一週間が経つ。
むすび屋の制服である臙脂色の作務衣で動くことにも、だいぶ慣れてきた。
今年は空梅雨かもと言われていた松山だったが、私が再びこの地に降り立つ前に豪雨に見舞われて、今では真夏の水不足の心配はなくなったのだとか。
先月ここに来たときですら真夏のような暑さだったけれど、この梅雨明け後の空を見て、本格的な夏はこれからなんだと思い知らされる。
一通り洗濯を干し終え、青空に向かってぐーっとのびをするように両腕を上げる。
そのとき「ワン……!」とむすび屋の門構えの方から犬の鳴き声が聞こえてきた。
赤色のリードに繋がれて、元気にこちらにやってくるのは、むすび屋で飼われている犬のチャチャだ。
赤いビーズで作られた首輪についたネームプレートが朝陽をキラリと反射している。
「晃さん、おかえりなさい」
「お疲れ」
チャチャのリードを引くのは、紺色の作務衣を着たむすび屋のオーナーの飯塚晃さん。私の五歳上で二十八歳だ。
驚くことにむすび屋の私以外の従業員は実は皆親族らしい。その話を聞かされたときは、どうりでここの従業員たちは異様に美男美女揃いなわけだと納得した。
晃さん以外の従業員は名字が同じであることから、皆それぞれ名前で呼びあっている。そのため私も皆さんのことを名前で呼ぶことになったのだが、それに合わせて私も名前で呼ばれるようになった。
「ケイは、そろそろここでの生活は慣れたか?」
「はい、ぼちぼちですが」
最初こそかしこまった紳士風なイメージだった晃さんだったけれど、あれはどうも彼の接客スタイルだったらしく、私がむすび屋の従業員になった途端に紳士的な雰囲気は全くなくなった。
初対面の印象とはまるで別人のように感じたけれど、取り繕わない晃さんと会話をする度に、自分は本当にこの場所に受け入れてもらえたんだと思えて、密かに嬉しく思っている。
「ならいい」
表情を変えることなく晃さんはそう一言言うと、チャチャのリードを外して民宿の玄関の方へと行ってしまう。
「晃は単に無愛想なだけやけん、気にせんとき?」
ぼんやりと晃さんの背中を見ていると、今の私たちのやり取りを見ていたのだろう白色の作務衣に白い和帽子を被ったむすび屋の料理人、宮内拓也さんが笑いながら民宿の裏口の側から姿を現す。
彼の手にはチャチャのごはんの入ったお皿があった。ちょうどチャチャに朝食を持ってこちらに来たところなのだろう。
拓也さんは晃さんと同い年で、二人は従兄弟同士らしい。
民宿むすび屋は元々、二人のお爺さんの所有していたもので、孫である拓也さんたちが譲り受けたと聞いている。
そのお爺さんはみっちりむすび屋の経営や運営について教え込んだあと、昨年亡くなったのだそうだ。
「ほら。チャチャ、ごはんやで。いっぱい食べてな」
拓也さんは片手に持っていたたくさんの野菜や肉の端切れの入った赤いお皿をチャチャの小屋の前に置く。
チャチャは待ってましたと言わんばかりに尻尾をふりながらごはんにがっついた。
二年前にむすび屋に迷い込んで来たチャチャは、なずなさんに保護されてから、ずっとここで飼われている。
チャチャと生前親しくしていた霊と出会い、導かれるようにして私は今、この場所にいる。人生とは不思議なものだ。
チャチャを見つけたなずなさんは、拓也さんの妹だ。私が初めてむすび屋に訪れたときに、玄関入ってすぐのカウンターのところにいた美人さんだ。
私と同い年の彼女はなんと双子で、そっくりな顔のお姉さんを紹介されたときは、思わず二人の顔を見比べてしまった。
むすび屋の受付は、なずなさんと双子の姉のなのかさんが交代で担当している。
二人は容姿だけでなく話し方や仕草まで瓜二つだから、ここに来て一週間が経とうというのに、私はいまだに二人の区別がつかない。シフトの割り当てで区別しているくらいで、二人並ばれるとお手上げ状態だ。
洗濯が終わった私は、ほうきを手に取り玄関前の掃除に向かった。
私の仕事は、元の経営者であるお爺さんが亡くなってから、四人という少ない人数でカツカツで回していたむすび屋の仕事を補うことだ。
そう言うと難しい仕事のように聞こえるが、内容としては掃除・洗濯・食堂の手伝いなどが主だ。
今までかなり無理をして分担していた部分を私が担うことになったので、むすび屋への就職を決めた際には晃さん以外の皆三人にもとても喜んでもらえた。
白いシーツを物干しに干せば、ふわりと優しい石鹸の香りが夏の風に乗っていった。
暑くはなりそうだけど、洗濯物はカラッと乾きそう。
愛媛県松山市にある民宿むすび屋で働くことになって、一週間が経つ。
むすび屋の制服である臙脂色の作務衣で動くことにも、だいぶ慣れてきた。
今年は空梅雨かもと言われていた松山だったが、私が再びこの地に降り立つ前に豪雨に見舞われて、今では真夏の水不足の心配はなくなったのだとか。
先月ここに来たときですら真夏のような暑さだったけれど、この梅雨明け後の空を見て、本格的な夏はこれからなんだと思い知らされる。
一通り洗濯を干し終え、青空に向かってぐーっとのびをするように両腕を上げる。
そのとき「ワン……!」とむすび屋の門構えの方から犬の鳴き声が聞こえてきた。
赤色のリードに繋がれて、元気にこちらにやってくるのは、むすび屋で飼われている犬のチャチャだ。
赤いビーズで作られた首輪についたネームプレートが朝陽をキラリと反射している。
「晃さん、おかえりなさい」
「お疲れ」
チャチャのリードを引くのは、紺色の作務衣を着たむすび屋のオーナーの飯塚晃さん。私の五歳上で二十八歳だ。
驚くことにむすび屋の私以外の従業員は実は皆親族らしい。その話を聞かされたときは、どうりでここの従業員たちは異様に美男美女揃いなわけだと納得した。
晃さん以外の従業員は名字が同じであることから、皆それぞれ名前で呼びあっている。そのため私も皆さんのことを名前で呼ぶことになったのだが、それに合わせて私も名前で呼ばれるようになった。
「ケイは、そろそろここでの生活は慣れたか?」
「はい、ぼちぼちですが」
最初こそかしこまった紳士風なイメージだった晃さんだったけれど、あれはどうも彼の接客スタイルだったらしく、私がむすび屋の従業員になった途端に紳士的な雰囲気は全くなくなった。
初対面の印象とはまるで別人のように感じたけれど、取り繕わない晃さんと会話をする度に、自分は本当にこの場所に受け入れてもらえたんだと思えて、密かに嬉しく思っている。
「ならいい」
表情を変えることなく晃さんはそう一言言うと、チャチャのリードを外して民宿の玄関の方へと行ってしまう。
「晃は単に無愛想なだけやけん、気にせんとき?」
ぼんやりと晃さんの背中を見ていると、今の私たちのやり取りを見ていたのだろう白色の作務衣に白い和帽子を被ったむすび屋の料理人、宮内拓也さんが笑いながら民宿の裏口の側から姿を現す。
彼の手にはチャチャのごはんの入ったお皿があった。ちょうどチャチャに朝食を持ってこちらに来たところなのだろう。
拓也さんは晃さんと同い年で、二人は従兄弟同士らしい。
民宿むすび屋は元々、二人のお爺さんの所有していたもので、孫である拓也さんたちが譲り受けたと聞いている。
そのお爺さんはみっちりむすび屋の経営や運営について教え込んだあと、昨年亡くなったのだそうだ。
「ほら。チャチャ、ごはんやで。いっぱい食べてな」
拓也さんは片手に持っていたたくさんの野菜や肉の端切れの入った赤いお皿をチャチャの小屋の前に置く。
チャチャは待ってましたと言わんばかりに尻尾をふりながらごはんにがっついた。
二年前にむすび屋に迷い込んで来たチャチャは、なずなさんに保護されてから、ずっとここで飼われている。
チャチャと生前親しくしていた霊と出会い、導かれるようにして私は今、この場所にいる。人生とは不思議なものだ。
チャチャを見つけたなずなさんは、拓也さんの妹だ。私が初めてむすび屋に訪れたときに、玄関入ってすぐのカウンターのところにいた美人さんだ。
私と同い年の彼女はなんと双子で、そっくりな顔のお姉さんを紹介されたときは、思わず二人の顔を見比べてしまった。
むすび屋の受付は、なずなさんと双子の姉のなのかさんが交代で担当している。
二人は容姿だけでなく話し方や仕草まで瓜二つだから、ここに来て一週間が経とうというのに、私はいまだに二人の区別がつかない。シフトの割り当てで区別しているくらいで、二人並ばれるとお手上げ状態だ。
洗濯が終わった私は、ほうきを手に取り玄関前の掃除に向かった。
私の仕事は、元の経営者であるお爺さんが亡くなってから、四人という少ない人数でカツカツで回していたむすび屋の仕事を補うことだ。
そう言うと難しい仕事のように聞こえるが、内容としては掃除・洗濯・食堂の手伝いなどが主だ。
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