伊予むすび屋の思い出ごはん

美和優希

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1.友情を繋ぐ柚子香るタルト

1ー6

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 *


「ゼェ、ゼェ、ゼェ」

「あんた、若いのに体力ないねぇ」


 キャリーケースに両手を置いて肩で息をする私の背後から、おばあさんは容赦ない言葉を投げかけてくる。


 少しずつ高度を上げていた太陽は完全に頭の真上にいて、焦がす勢いで照りつけている。

 おばあさんの言うお寺でのお参りは済ませたものの、この辺は山が多いだけあって、ここまでの道のりも坂道ばかりだった。平坦な道に見えるようなところでも緩やかな傾斜になっているのだ。

 普段から歩き慣れてない上に暑さも加わり、身体は限界だと悲鳴を上げていた。


 お寺に向かう途中で聞こえたサイレンの音が十二時のサイレンだとおばあさんに教えられて、もう小一時間は過ぎている。疲労だけでなく空腹感も強まっていた。


「無茶、言わないでくださいよ……」

 身体が透けていること以外は普通に生きてる人間と変わらないように見えるけれど、おばあさんは幽霊だ。
 こうして話していると忘れてしまいそうになるが、自分とは違ってお腹も空かないし疲れることもないのかもしれない。

 現に、私が必死になって歩いている坂道も、おばあさんは軽やかに進んでいた。足腰が丈夫というわけではなく、おばあさんには全く負担がかかっていないのだろう。


「この次はあっちにある神社にいくけん、もうちょっと頑張って」

「ええっ!」


 お寺の次は神社!?

 日本には八百万やおよろずの神の考え方があることを思えば、その行為自体は間違いではないだろう。問題は、私の体力だ。

 だけどおばあさんの勢いに勝てるわけもなく、私は限界を感じながら、重い身体を無理やり動かした。


 *


 神社でお参りを終えた頃には、真上にあった太陽も少しずつ西へと移動し始めていた。

 お参り自体大変なことはなかったが、キャリーケースとともに神社の石段の昇り降りをしなければならないのがかなり堪えた。さすがにもう歩けない。

 神社の石段を全て降りたところで、私はクタクタとキャリーケースにもたれかかるようにその場に腰をおろした。

 身体はかなり疲れが溜まっている。酷使した足を撫でながら一息ついていると、それを見ていたおばあさんが一歩、こちらへ近づいた。


「お嬢ちゃん」

 頭上から降ってきた声の方へ顔をあげると、おばあさんがその声色と同じ穏やかな顔でこちらを見ていた。


「旅の途中やったのに、こんな未練がましい幽霊のために、本当にありがとう」

「いえ、そんな……」


 何となく胸騒ぎがした。おばあさんの様子がさっきまでと違っていたからだ。

 あんなに必死でチャチャを探し回っていたのに、今私に向けた笑顔は、まるで何かを悟ったような、割りきったもののように見えた。

 チャチャに会いたいという望みを果たせないままおばあさんが消えてしまいそうで、何とも言えない不安と切なさに駆られる。
 

「わかっとんよ、もうチャチャには会えんって。けど、あきらめられんで、気づけばいつまでもこの世に居ついてしまっとったわい」

「おばあさん……」


 さっき感じた通り、おばあさんはあきらめるつもりなのだ。


「もういいんよ。チャチャには会えんかったけど、私の想いを聞いて、それに応えようと全力で協力してもらえたことが嬉しかったけん。チャチャのことは、いい飼い主のところで幸せに暮らしてますようにと、さっきお願いしてきたんよ」

 昔を懐かしむようなおばあさんの顔には、さっきまであった哀愁は感じられなかった。


「今なら成仏できそうやわ。お嬢ちゃんのおかげ」

「そんな……」

 本当にここで終わりにしていいのだろうか。

 だって、おばあさんはまだチャチャに会っていない。まだ未練を解消してないのだ。

 おばあさんの中で、その事実を納得して受け入れて消化できた、ということなのだろうか。

 チャチャに会いたいというおばあさんの思いの強さに触れたからこそ、余計にあきらめの悪い気持ちを抱いてしまう。
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