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1.友情を繋ぐ柚子香るタルト
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そのとき、あ、と閃いた。
「……この近くに公園ってありますか?」
「ああ、あるよ」
「行ってみましょう」
子どもの頃、公園に野良猫が出入りしているのをよく見かけた。子どもたちからパンやお菓子をもらったり、直接もらえなくてもその食べこぼし目的だ。それが犬であっても、同じように公園へ通っている可能性は充分にあり得る。
おばあさんの案内のもと、近くの公園へ移動する。
この辺りは山が近いだけあって坂道が多い。キャリーケースを引いているせいで、下り坂であっても結構負担になる。
とはいえ、この辺に荷物を預けられるようなところもなかったから仕方ない。
けれど、今日キャリーケースを持っていて良かったと思うこともあった。先ほど空き家を見て回っていた際、近所の住民に出くわしたときのことだ。住宅街に見知らぬ人がうろついているのは怪しく見えたのだろう。最初こそ怪訝そうな目を向けられたが、地図アプリを開きながら道を尋ねると、逆に親切にしてもらえたのだ。
申し訳ないような気持ちになったが助かった。
そんなことを思い返しながら目的地へ向かうが、公園への道のりも例外なく坂道で、急な下り坂にキャリーケースごと転がり落ちてしまいそうだ。
視線を下げて気をつけて歩いていると、おばあさんが立ち止まった。
「あそこやよ。多分、おらんと思うが……」
おばあさんが坂の下の空間を指さした。
そこは私が想像していたようなカラフルな遊具で一杯の公園とは違った。どことなく殺風景だなぁと思いながら、そのまま坂を下って公園に足を踏み入れる。
決して広いとも言い難い空間の隅に、申し訳ない程度の遊具が設置されている。今は二歳くらいの男の子が母親に見守られる中、元気に走り回っているだけだった。公園と言うよりちょっとした広場のようなところだが、動物が居るようには見えない。
せっかく来たのだからと公園を大きく一回りして、入り口からは陰になっているところを見て回っても、結果は同じだった。
……ここにもいない、か。
思いついた場所で、探せる場所は一通り探した。
それでも見つからないとなると、もしかしてチャチャはもうこの辺りにはいないのかもしれない。もしくは……最悪の考えが頭を過ぎったが、それは考えたくないと頭を振った。
おばあさんも私と同じような推測に至ったのか、公園から出たときには、はじめて出会ったとき以上に表情をかげらせていた。
「やっぱりおらんかったな」
ぽつんと放たれたおばあさんの声が、より湿気を含んだ空気に重さをくわえていく。
チャチャが見つからなかったのは事実だし、この辺の土地勘のない私にとって、これ以上何かを提案することも思いつかない。
何かさらなる手がかりはないのかと頭を悩ませていると、ふと重大なことに気づいた。
「……そういえば、チャチャと最後に過ごしたのっていつ頃だったか、覚えていますか?」
どうして今まで疑問に思わなかったのだろう。
おばあさんの醸し出す雰囲気から、まるでつい最近いなくなった犬だと思って探していたけれど、よくよく考えたらそうとも限らないのだ。
「そうやな、かれこれ死んで二年近くチャチャを探しとるけん、二年半くらい前やな」
二年半。その言葉を聞いて、目の前が真っ暗になるようだった。
さすがに二年半も前に行方がわからなくなった野良犬。しかも、おばあさんが幽霊になってから二年も探し回った犬が、今もこの近辺をうろついているとは、到底考えられなかったからだ。
考えられる最悪の可能性はとてもじゃないけれど口にできなくて、何も言えずにいると、寂しげに呟くおばあさんの声が耳に届いた。
「やっぱり祈るしかないんかな」
祈るって……?
思わず呆気に取られて何も返せずにいると、おばあさんは一人で歩き出す。
「何ぼやっとしとん。置いてくよ」
そして今さっきまでの落胆の表情はどこへやら、おばあさんは少し進んだ先で振り返ると私を手招きした。
「……あのっ!」
祈るとは言っていたけれど、おばあさんは一体どこに向かうつもりだろう。
思わず声をかけると、私の心の声が聞こえたかのようにおばさんは言葉を続けた。
「神様に祈るんよ。神頼みや。しばらく行った先にお寺があるけん、お嬢ちゃんも一緒に祈って」
神様は神社のイメージが強い上に、お寺にいるのは仏様のイメージなんだけど……。
そんなことを一瞬思ったけれど、おばあさんは「祈るのも一人より二人や」と一人で決めて歩き出してしまう。
幽霊とはいえ、悲しそうな顔をされるのはつらい。意外と明るい表情を浮かべているおばあさんに安堵する。
私は置いていかれないように、小さな背中を追いかけた。
「……この近くに公園ってありますか?」
「ああ、あるよ」
「行ってみましょう」
子どもの頃、公園に野良猫が出入りしているのをよく見かけた。子どもたちからパンやお菓子をもらったり、直接もらえなくてもその食べこぼし目的だ。それが犬であっても、同じように公園へ通っている可能性は充分にあり得る。
おばあさんの案内のもと、近くの公園へ移動する。
この辺りは山が近いだけあって坂道が多い。キャリーケースを引いているせいで、下り坂であっても結構負担になる。
とはいえ、この辺に荷物を預けられるようなところもなかったから仕方ない。
けれど、今日キャリーケースを持っていて良かったと思うこともあった。先ほど空き家を見て回っていた際、近所の住民に出くわしたときのことだ。住宅街に見知らぬ人がうろついているのは怪しく見えたのだろう。最初こそ怪訝そうな目を向けられたが、地図アプリを開きながら道を尋ねると、逆に親切にしてもらえたのだ。
申し訳ないような気持ちになったが助かった。
そんなことを思い返しながら目的地へ向かうが、公園への道のりも例外なく坂道で、急な下り坂にキャリーケースごと転がり落ちてしまいそうだ。
視線を下げて気をつけて歩いていると、おばあさんが立ち止まった。
「あそこやよ。多分、おらんと思うが……」
おばあさんが坂の下の空間を指さした。
そこは私が想像していたようなカラフルな遊具で一杯の公園とは違った。どことなく殺風景だなぁと思いながら、そのまま坂を下って公園に足を踏み入れる。
決して広いとも言い難い空間の隅に、申し訳ない程度の遊具が設置されている。今は二歳くらいの男の子が母親に見守られる中、元気に走り回っているだけだった。公園と言うよりちょっとした広場のようなところだが、動物が居るようには見えない。
せっかく来たのだからと公園を大きく一回りして、入り口からは陰になっているところを見て回っても、結果は同じだった。
……ここにもいない、か。
思いついた場所で、探せる場所は一通り探した。
それでも見つからないとなると、もしかしてチャチャはもうこの辺りにはいないのかもしれない。もしくは……最悪の考えが頭を過ぎったが、それは考えたくないと頭を振った。
おばあさんも私と同じような推測に至ったのか、公園から出たときには、はじめて出会ったとき以上に表情をかげらせていた。
「やっぱりおらんかったな」
ぽつんと放たれたおばあさんの声が、より湿気を含んだ空気に重さをくわえていく。
チャチャが見つからなかったのは事実だし、この辺の土地勘のない私にとって、これ以上何かを提案することも思いつかない。
何かさらなる手がかりはないのかと頭を悩ませていると、ふと重大なことに気づいた。
「……そういえば、チャチャと最後に過ごしたのっていつ頃だったか、覚えていますか?」
どうして今まで疑問に思わなかったのだろう。
おばあさんの醸し出す雰囲気から、まるでつい最近いなくなった犬だと思って探していたけれど、よくよく考えたらそうとも限らないのだ。
「そうやな、かれこれ死んで二年近くチャチャを探しとるけん、二年半くらい前やな」
二年半。その言葉を聞いて、目の前が真っ暗になるようだった。
さすがに二年半も前に行方がわからなくなった野良犬。しかも、おばあさんが幽霊になってから二年も探し回った犬が、今もこの近辺をうろついているとは、到底考えられなかったからだ。
考えられる最悪の可能性はとてもじゃないけれど口にできなくて、何も言えずにいると、寂しげに呟くおばあさんの声が耳に届いた。
「やっぱり祈るしかないんかな」
祈るって……?
思わず呆気に取られて何も返せずにいると、おばあさんは一人で歩き出す。
「何ぼやっとしとん。置いてくよ」
そして今さっきまでの落胆の表情はどこへやら、おばあさんは少し進んだ先で振り返ると私を手招きした。
「……あのっ!」
祈るとは言っていたけれど、おばあさんは一体どこに向かうつもりだろう。
思わず声をかけると、私の心の声が聞こえたかのようにおばさんは言葉を続けた。
「神様に祈るんよ。神頼みや。しばらく行った先にお寺があるけん、お嬢ちゃんも一緒に祈って」
神様は神社のイメージが強い上に、お寺にいるのは仏様のイメージなんだけど……。
そんなことを一瞬思ったけれど、おばあさんは「祈るのも一人より二人や」と一人で決めて歩き出してしまう。
幽霊とはいえ、悲しそうな顔をされるのはつらい。意外と明るい表情を浮かべているおばあさんに安堵する。
私は置いていかれないように、小さな背中を追いかけた。
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