4 / 69
1.友情を繋ぐ柚子香るタルト
1ー4
しおりを挟む
「……おばあさんがチャチャと過ごした場所に連れていってください」
「チャチャと過ごした場所……?」
「もしかしたら、チャチャもおばあさんを探して、おばあさんと過ごした思い出の場所に帰ってるかもしれないじゃないてすか!」
たとえば引っ越しなどの事情で犬を親戚に引き取ってもらった場合、犬は賢いために、元の飼い主を探して逃げ出すことがあるという。
飼っていたわけではないとはいえ、野良犬だったチャチャにとっておばあさんは特別な存在だったのではないだろうか。
生きるために必須な食料を与えてくれたのはもちろん、名前を付けてくれて、いつも優しく出迎えてくれて、チャチャが来ることを誰よりも喜んでくれるおばあさんは、チャチャにとっては“大切な家族”だったのではないかと思うのだ。
だから、思い出の場所にチャチャがおばあさんを探しに来ているかもしれないと思った。
「……あそこにはおらんよ」
けれど、おばあさんは静かに首を横に振った。
「見に行ったんですか?」
「死んでからは行っとらん。でも、死ぬまで来んかったんやけん、今更戻って来るとは思えん」
チャチャはおばあさんの息子さん夫婦に追い出されたというから、近寄り難いところはあるのかもしれない。
「でも、それなら家の周辺を探してみませんか? 近所に空き家があれば、そこに住み着いてるかもしれませんよ……!」
野良犬とはいえ、どこかで寝泊まりをしているはずだ。
頻繁におばあさんの住む家に来ていたというのなら、チャチャが寝床にしている場所はそう遠くない場所にあったのではないだろうか。
初めは渋っていたおばあさんも納得してくれたようで、「それなら」と行き先を決めた足を動かしてくれた。私もそれに続いて、ガラガラとシルバーピンクのキャリーケースを引いてバス停から移動する。
おばあさんの案内に従って先ほど見送ったバスの進行方向に向かって歩く。今進んでいるのは国道というだけあって、それなりに車通りはあるが、とても静かだ。
少し歩くと、県道と交わる十字路に差し掛かった。
今歩いていた国道から県道へ右折すると、目下に川が見えた。
「これは石手川。この川の上流にはダムがあって、大雨が降ってダムが一杯になるとダムの水を放流して水量が増えるけん、気をつけるんよ?」
ちょうどこの地点は、二ヶ所から流れてきた川の合流地点のようで、流れも穏やかに見える。雨の日の荒れた川なんて想像し難い。
しばらく行ったところで曲がると、住宅地に入った。
坂を登っていき、いくつか角を曲がったところでおばあさんは足を止める。
「……ここが息子夫婦が住んどる家や」
手入れされた生垣の向こうには、二階建ての木造建築が建っている。おばあさんはその一階部分にある、縁側を指さして懐かしむように口を開いた。
「あそこでチャチャとよくおやつのタルトを食べたんよ」
「そうだったんですね……」
おばあさんはスーっと門をすり抜けて、家の敷地内に入る。そして、そのまま玄関をすり抜けて家の中に入っていってしまった。
さすがに私まで中に入るわけにもいかないから、その場で大人しく待つしかない。けれど、さすがにキャリーケースを持った女子がこんなところに一人ポツンと立ってるのは怪しいだろう。
勝手に動くのもな……と少し考えてスマホを手にした。もし不審がられて誰かに声をかけられても、道に迷っているフリをして時間を稼ごう。
そう思ったところで、家の中からおばあさんが戻ってきた。
「家の裏も見てきたけど、残念ながらチャチャは帰ってきとらんよ」
「……そうでしたか」
話によると、ちょうどこの家の斜め後ろに建っている家が空き家だというので、そちらもおばあさんに見てきてもらった。
この団地自体にはいくつか空き家があるとのことで、私たちはおばあさんが把握している限りの空き家を見て回った。
中には、すでに新しい入居者が住んでいる家もあったが、大半は人はもちろん、犬一匹さえ居なかった。
「……やっぱり、もうここにはおらんのかな」
東の空に出ていた太陽が少しずつ上に昇ってきて、私たちをじりじりと照らしつけてくる。
誰にも見えず、壁をすり抜けて中に入れるおばあさんの特性を使って、空き家という空き家は調べ尽くしたし、歩いていて気になった場所も漏れなく見て回った。
だけど、一向にチャチャは見つからなかった。
ここまでいないとなると、はじめにあった希望が絶たれてしまったようにさえ思う。
近くに住みかがあるという推測は間違っていないと思うけれどそれなら一体、チャチャはどこを寝床にしていたのだろう?
「チャチャと過ごした場所……?」
「もしかしたら、チャチャもおばあさんを探して、おばあさんと過ごした思い出の場所に帰ってるかもしれないじゃないてすか!」
たとえば引っ越しなどの事情で犬を親戚に引き取ってもらった場合、犬は賢いために、元の飼い主を探して逃げ出すことがあるという。
飼っていたわけではないとはいえ、野良犬だったチャチャにとっておばあさんは特別な存在だったのではないだろうか。
生きるために必須な食料を与えてくれたのはもちろん、名前を付けてくれて、いつも優しく出迎えてくれて、チャチャが来ることを誰よりも喜んでくれるおばあさんは、チャチャにとっては“大切な家族”だったのではないかと思うのだ。
だから、思い出の場所にチャチャがおばあさんを探しに来ているかもしれないと思った。
「……あそこにはおらんよ」
けれど、おばあさんは静かに首を横に振った。
「見に行ったんですか?」
「死んでからは行っとらん。でも、死ぬまで来んかったんやけん、今更戻って来るとは思えん」
チャチャはおばあさんの息子さん夫婦に追い出されたというから、近寄り難いところはあるのかもしれない。
「でも、それなら家の周辺を探してみませんか? 近所に空き家があれば、そこに住み着いてるかもしれませんよ……!」
野良犬とはいえ、どこかで寝泊まりをしているはずだ。
頻繁におばあさんの住む家に来ていたというのなら、チャチャが寝床にしている場所はそう遠くない場所にあったのではないだろうか。
初めは渋っていたおばあさんも納得してくれたようで、「それなら」と行き先を決めた足を動かしてくれた。私もそれに続いて、ガラガラとシルバーピンクのキャリーケースを引いてバス停から移動する。
おばあさんの案内に従って先ほど見送ったバスの進行方向に向かって歩く。今進んでいるのは国道というだけあって、それなりに車通りはあるが、とても静かだ。
少し歩くと、県道と交わる十字路に差し掛かった。
今歩いていた国道から県道へ右折すると、目下に川が見えた。
「これは石手川。この川の上流にはダムがあって、大雨が降ってダムが一杯になるとダムの水を放流して水量が増えるけん、気をつけるんよ?」
ちょうどこの地点は、二ヶ所から流れてきた川の合流地点のようで、流れも穏やかに見える。雨の日の荒れた川なんて想像し難い。
しばらく行ったところで曲がると、住宅地に入った。
坂を登っていき、いくつか角を曲がったところでおばあさんは足を止める。
「……ここが息子夫婦が住んどる家や」
手入れされた生垣の向こうには、二階建ての木造建築が建っている。おばあさんはその一階部分にある、縁側を指さして懐かしむように口を開いた。
「あそこでチャチャとよくおやつのタルトを食べたんよ」
「そうだったんですね……」
おばあさんはスーっと門をすり抜けて、家の敷地内に入る。そして、そのまま玄関をすり抜けて家の中に入っていってしまった。
さすがに私まで中に入るわけにもいかないから、その場で大人しく待つしかない。けれど、さすがにキャリーケースを持った女子がこんなところに一人ポツンと立ってるのは怪しいだろう。
勝手に動くのもな……と少し考えてスマホを手にした。もし不審がられて誰かに声をかけられても、道に迷っているフリをして時間を稼ごう。
そう思ったところで、家の中からおばあさんが戻ってきた。
「家の裏も見てきたけど、残念ながらチャチャは帰ってきとらんよ」
「……そうでしたか」
話によると、ちょうどこの家の斜め後ろに建っている家が空き家だというので、そちらもおばあさんに見てきてもらった。
この団地自体にはいくつか空き家があるとのことで、私たちはおばあさんが把握している限りの空き家を見て回った。
中には、すでに新しい入居者が住んでいる家もあったが、大半は人はもちろん、犬一匹さえ居なかった。
「……やっぱり、もうここにはおらんのかな」
東の空に出ていた太陽が少しずつ上に昇ってきて、私たちをじりじりと照らしつけてくる。
誰にも見えず、壁をすり抜けて中に入れるおばあさんの特性を使って、空き家という空き家は調べ尽くしたし、歩いていて気になった場所も漏れなく見て回った。
だけど、一向にチャチャは見つからなかった。
ここまでいないとなると、はじめにあった希望が絶たれてしまったようにさえ思う。
近くに住みかがあるという推測は間違っていないと思うけれどそれなら一体、チャチャはどこを寝床にしていたのだろう?
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる