3 / 10
3章 ~ロイス視点~
しおりを挟む俺は兵士長室の一角で行ったり来たりを繰り返している。
「こうしている間にも、エアリーの身に何かあったらと思うと……」
「少しは落ち着いたらどうですかな。焦ってもどうにもなりませんぞ」
ソイメル兵士長に説得されて尖塔から離れたものの、落ち着けるわけがない。
「何か情報は入っていないのか」
「そうですなあ」
ソイメル兵士長は手元の資料を引き寄せた。平時でも行っている城下町巡回の報告書だ。
「食品の窃盗が数件、住民の喧嘩が一件。それと、街の井戸が枯れかかっているそうです」
「どこかでエアリーが絡んでいるかもしれない。関係者全員に話を聞いてくれ」
「この程度の犯罪などは日常茶飯事なのですがね……おや?」
しぶしぶといった態度で部下への指示内容をまとめ始めたソイメル兵士長の手が止まった。
「どうかしたのか?」
「今日はアーランドからの伝令役が来た記録が無いなと思いまして。毎日一言書いていくのですよ、労いの言葉なんかを」
「そいつは何という名前だ」
「確かレイという名前の若造でしたな。どうも頼りなさそうな」
ソイメル兵士長は顎を摩りながら答えた。
「なぜそれを早く言わないんだ!」
俺は兵士長の部屋を飛び出し、城の居住区へと駆け出した。
「ミシュアはいるか!?」
居住区の談話室のドアを開けて叫ぶ。
「うるさいわね、どうしたのよ」
顔をしかめながらミシュアは椅子から立ち上がった。
「レイという奴を知ってるか。アーランドの伝令役らしいんだが」
「あー、何度か見かけたことがある。エアリーと楽しそうに話していたわね。彼がどうかした?」
「奴がエアリーをさらったに違いない。今日は伝令役としての報告業務をしていないんだ」
「ちょっとまってよ」
ミシュアが両手を前に出して宥めてくる。
「それだけでエアリーがさらわれたと考えるのは軽率じゃないかしら。しっかりと状況を精査してみないと」
「なんでそんな悠長な事を言っていられるんだ。ミシュアはエアリーが心配じゃないのか」
「もちろん心配してる。だけどロイスが慌てたってしょうがないでしょ」
ミシュアは両手を腰に当てて子供を叱るように言った。
俺とミシュアは幼馴染で子供のころからこの城で育った。ミシュアの家系は我が王家に負けず劣らず歴史があり、遥か昔には両家の間に子が生まれたこともあるらしい。ミシュアはエアリーの世話係を買って出て、城に来たばかりのエアリーを案内してくれた。二人は親友のように仲が良かった。
「ミシュアはエアリーから何か聞いてなかったのか」俺が尋ねる。
「いいえ何も」ミシュアは首を横に振る。
「そうか……」
俺は思わず膝に手を付きうなだれた。どっと疲れが押し寄せて来た。あとは誰が手がかりを持っているだろう。今になって考えると、エアリーのことを碌に知らないのだと思い知らされる。自分が情けなくて腹立たしい。
「ねえロイス、あなたはどうなの?」
頭の上からミシュアの声が降ってくる。
「何がだ」
俺は下を向いたまま答える。
「エアリーはあなたに何も告げずに出ていったの?」
俺はゆっくりと体を起こした。
「そういえば言ってなかったな。書き置きが残されていた。指輪と一緒に」
ポケットからエアリーの書き置きを出してミシュアに見せる。
「うーん、秘密ってなんのことかしら。ひょっとして浮気でもしたの」
ミシュアはにやつきながら言った。この状況で冗談を言えるミシュアが信じられない。
「ふざけるな、そんなことするわけないだろう。エアリー一筋だ」
「ああそう」
ミシュアは素っ気なく答えた。
「指輪を残していくってことは、ロイスに愛想を尽かしたからだと考えるのが普通だと思うけど」
ミシュアの指摘はごもっともだ。俺だって他人からそういった話を聞かされたら同じように考える。だがエアリーに対する思いは本物だし、浮気なんてしていない。
「指輪になにかあるのか……」
俺はエアリーの顔を思い浮かべながら自分の手の指輪を触った。すると、
「うわっ!」
咄嗟に俺は目を閉じた。強烈な光が目に飛び込んできたからだ。腕を伸ばして指輪を遠ざけてから再び目を開けると、指輪から一筋の光が出ていた。
「急に光り出したわね」
冷静にミシュアが言う。
「なんなんだこれ。指輪が光るなんて知らなかった」
「そういえば昔おばあ様から聞いたことがある。『王家の指輪は真の花嫁を指し示す』って」
ミシュアが遠くを見つめながら言った。
「なんだよ真の花嫁って。正しいもなにも、俺はエアリーと結婚するんだ。わけの分からない言い伝えなんてどうでもいい」
初めて聞いた話だ。俺がおとぎ話に疎いからだろうか。暇さえあればソイメル兵士長と剣術の特訓に明け暮れていたから。城の女子たちは王家にまつわる真偽不明の伝説の数々に心躍らせていたのかもしれない。
「この光、私のほうを指しているみたい」
意識が過去に飛んでいた俺はミシュアの言葉で我に返った。
「なんでミシュアなんだよ」
そう言って俺は指輪のはまっている手を高く挙げた。光はミシュアのほうに向いているように見える。
「ほらやっぱり」
ミシュアが嬉しそうに言った。俺は納得がいかず、そのままの姿勢でミシュアの周りを回った。すると、光はミシュアに追従せず一方向を指し示し続けていることが分かった。
「どうして……」
ミシュアが小さく呟いた。
「分かったぞ。この光の先にエアリーがいるんだ。間違いない!」
そうと決まれば話は早い。すぐにエアリーを探さなければ。
「あ、ちょっと!」
ミシュアの呼びかけには答えずに俺は自分の部屋に戻った。素早く荷造りをして兵士長に向かう。
「急に出ていったと思ったら今度はなんですか、大きな荷物をぶら下げて」
ソイメル兵士長は眉をひそめて言った。
「エアリーの大まかな行き先が掴めた。これから向かう」
「我々も先程情報を入手しました。食料の盗難の件、伝令役のレイの犯行だと分かりました」
「なるほど。そうすると厄介だな。もし馬で移動しているなら、既に遠くまで行っているかもしれない」
すぐさま追いかけようと背を向けた俺の肩をソイメル兵士長はがっちりと掴んだ。
「待ってください、我々が対応しますから。王子がわざわざ出向かなくても……」
「気にするな。王子が尖塔に入り浸っていても問題ない国だ。ソイメル兵士長たちのおかげでな。あとはよろしく頼む。父上にも上手いこと伝えておいてくれ」
「あまり国王を煩わせないでくださいな。お忙しいのですから」
ソイメル兵士長は段々とトーンダウンしてきた。もう俺を止められないと考えているのだろう。長い付き合いだからお互いのことはよく分かっている。
「すまないな。いつも迷惑かけて」
「そう思うなら、部屋でじっとしていてほしいのですがね……馬が必要なら補給部隊の馬を使ってください」
ソイメル兵士長は腕を降ろした。俺の肩が軽くなる。
「助かる。数日でエアリーを連れて戻って来るよ」
「お気を付けて」
ソイメル兵士長に労われた数時間後。日の暮れかけた空の下で俺は馬を走らせ続けている。指輪の指し示す光を頼りに。
369
あなたにおすすめの小説
[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜
h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」
二人は再び手を取り合うことができるのか……。
全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
【完結】27王女様の護衛は、私の彼だった。
華蓮
恋愛
ラビートは、アリエンスのことが好きで、結婚したら少しでも贅沢できるように出世いいしたかった。
王女の護衛になる事になり、出世できたことを喜んだ。
王女は、ラビートのことを気に入り、休みの日も呼び出すようになり、ラビートは、休みも王女の護衛になり、アリエンスといる時間が少なくなっていった。
夫「お前は価値がない女だ。太った姿を見るだけで吐き気がする」若い彼女と再婚するから妻に出て行け!
佐藤 美奈
恋愛
華やかな舞踏会から帰宅した公爵夫人ジェシカは、幼馴染の夫ハリーから突然の宣告を受ける。
「お前は価値のない女だ。太った姿を見るだけで不快だ!」
冷酷な言葉は、長年連れ添った夫の口から発せられたとは思えないほど鋭く、ジェシカの胸に突き刺さる。
さらにハリーは、若い恋人ローラとの再婚を一方的に告げ、ジェシカに屋敷から出ていくよう迫る。
優しかった夫の変貌に、ジェシカは言葉を失い、ただ立ち尽くす。
【完結】魅了魔法のその後で──その魅了魔法は誰のため? 婚約破棄した悪役令嬢ですが、王太子が逃がしてくれません
瀬里@SMARTOON8/31公開予定
恋愛
その魅了魔法は誰のため?
一年前、聖女に婚約者である王太子を奪われ、婚約破棄された悪役令嬢リシェル・ノクティア・エルグレイン。
それが私だ。
彼と聖女との婚約披露パーティの噂が流れてきた頃、私の元に王太子が訪れた。
彼がここに来た理由は──。
(全四話の短編です。数日以内に完結させます)
幼馴染と夫の衝撃告白に号泣「僕たちは愛し合っている」王子兄弟の関係に私の入る隙間がない!
佐藤 美奈
恋愛
「僕たちは愛し合っているんだ!」
突然、夫に言われた。アメリアは第一子を出産したばかりなのに……。
アメリア公爵令嬢はレオナルド王太子と結婚して、アメリアは王太子妃になった。
アメリアの幼馴染のウィリアム。アメリアの夫はレオナルド。二人は兄弟王子。
二人は、仲が良い兄弟だと思っていたけど予想以上だった。二人の親密さに、私は入る隙間がなさそうだと思っていたら本当になかったなんて……。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜
桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」
私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。
私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。
王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした…
そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。
平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか?
なので離縁させていただけませんか?
旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。
*小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる