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45、最愛の人
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彼女とは、一目会った時から惹かれ合っていた。
兄の妻だと知った時には絶望した。どうして自分が先に彼女に会えなかった。会っていれば、すぐに自分のものにしたのに。兄などに奪わせはしなかったのに。
「私も……あなたが好きです」
泣きそうな顔で彼女が己の罪を告白してくれた時、地獄に堕ちるとわかっていてもオズワルドは引き返せなかった。彼女と一緒なら、彼女が自分のものになるならば、どんな苦痛を与えられても構いやしなかった。
「俺と一緒に逃げてください」
あなたが好きだ。シェイラ。
オズワルドはそう何度も兄の妻である彼女に告白した。彼女を兄から引き離そうとした。
「いいえ、それはできません」
けれどシェイラは迷いながらも、いつもオズワルドを拒絶した。それだけはできないと、兄のものであろうとした。もう何度も兄を裏切っているというのに、心では決してオズワルドを受け入れてくれなかった。
オズワルドは愛する女性が兄と一緒にいる姿を見るのが耐えられず、屋敷を出て行き、もう二度と戻ってこないことを決めた。
「お願い。行かないで」
しかし出て行こうとすると決まってシェイラに引き留められ、オズワルドは結局彼女のいる場所へと帰ってきてしまう。彼女のその言葉だけで、兄より自分が愛されているのだと思って、苦しむとわかっていても救われる心地でずるずると関係を続けてしまっていた。
「オズワルド……」
自分を見つめる甘い瞳で、シェイラが兄に微笑んでいる光景に嫉妬して、頭がおかしくなりそうだった。それでも離れたくない。離れられない……。
こうした苦しみも、兄が病気になり、死んだことで解放されると思った。罪悪感はもちろんあった。だがやはりもう自分たちの仲を邪魔する者は誰もいないことに歓喜した。それなのに――
「オズワルド。やっぱり私には……あなたと一緒になる資格はないわ」
死んでもなお、シェイラはオズワルドを拒んだ。兄に操を立てたいという。オズワルドに何度も抱かれている身体で貞操も何もあったものではないと思うが、病死したことで急に罪悪感が湧いてきたのかもしれない。
「あなたが俺を受け入れてくれるまで、俺はいつまでも待ちます。だからどうか、ここにいてください。それまで、何があってもあなたを守りますから」
「オズワルド……」
シェイラはごめんなさいと言いながらオズワルドの胸に縋りついてきた。オズワルドはそんな彼女をひしと抱きしめた。兄のために泣く彼女に嫉妬する一方で、亡くなった夫のために独りになることを選ぼうとした彼女が愛おしくも思えた。
自身の罪に苦しみ、神を信じる彼女だからこそ、オズワルドは彼女に惹かれた。――その時は、それが最善だと思った。その選択しか考えられなかった。
◇
待つと答えてから、長く、焦がれるような三年が経ち、改めてオズワルドはシェイラに告白した。
「俺と再婚してください。結婚が嫌なら、しなくても構いません。でも、俺のそばにいてください。世間体が気になるなら、爵位を返上して、どこか遠くの街で、外国でもいい。俺たちのことを誰も知らない場所で、また一からやり直しましょう」
今度こそ受け入れてくれると思った。だが――
「ごめんなさい、オズワルド……私、やっぱりあなたと一緒にはなれない……旦那様に、申し訳ないもの……」
答えは同じだった。
オズワルドは打ちのめされた気分だった。この三年間は一体何だったのか。ずっとそばで彼女を支え続けてきたつもりだった。彼女の、兄への気持ちも、嫉妬と共に受け入れてきた。それなのにまだ待たなくてはいけないのか……。
三年というのは、夫に先立たれた妻からすれば短い期間なのだろうとも、思わなくはなかった。
だがずっと待ち続けたオズワルドにとっては、永遠にも思える長さに等しい。
もし……シェイラがほんの少しでも自分の気持ちを、オズワルドに対する想いを語ってくれたなら、彼も待とうとしたかもしれない。だが彼女は辛そうな顔をしていた。それがどこか迷惑そうにオズワルドには見えた。自分の想いが彼女にとっては迷惑なのだと。
「――わかった」
彼の心は折れた。もういいやと投げやりな気持ちに支配された。
「オズワルド?」
「……陛下から結婚を勧められた。あなたが俺の気持ちを受け入れてくれないならば、俺もその申し出を断る理由はない」
シェイラは息を呑んでオズワルドを見上げた。
自分で突き放しておきながら彼はこの時彼女が嫌だと言ってくれることを期待した。そうすればまだ、耐えられるから。まだ待つから。だから――
「そう。いいと、思うわ。いつまでもあなたを縛っていては、申し訳ないもの……」
シェイラの視線はオズワルドの方を見ていなかった。辛そうな表情で、本心ではないのがわかった。だが、言葉にはしてくれない。だからオズワルドは言われた言葉を本心だと受け取るしかなかった。
兄の妻だと知った時には絶望した。どうして自分が先に彼女に会えなかった。会っていれば、すぐに自分のものにしたのに。兄などに奪わせはしなかったのに。
「私も……あなたが好きです」
泣きそうな顔で彼女が己の罪を告白してくれた時、地獄に堕ちるとわかっていてもオズワルドは引き返せなかった。彼女と一緒なら、彼女が自分のものになるならば、どんな苦痛を与えられても構いやしなかった。
「俺と一緒に逃げてください」
あなたが好きだ。シェイラ。
オズワルドはそう何度も兄の妻である彼女に告白した。彼女を兄から引き離そうとした。
「いいえ、それはできません」
けれどシェイラは迷いながらも、いつもオズワルドを拒絶した。それだけはできないと、兄のものであろうとした。もう何度も兄を裏切っているというのに、心では決してオズワルドを受け入れてくれなかった。
オズワルドは愛する女性が兄と一緒にいる姿を見るのが耐えられず、屋敷を出て行き、もう二度と戻ってこないことを決めた。
「お願い。行かないで」
しかし出て行こうとすると決まってシェイラに引き留められ、オズワルドは結局彼女のいる場所へと帰ってきてしまう。彼女のその言葉だけで、兄より自分が愛されているのだと思って、苦しむとわかっていても救われる心地でずるずると関係を続けてしまっていた。
「オズワルド……」
自分を見つめる甘い瞳で、シェイラが兄に微笑んでいる光景に嫉妬して、頭がおかしくなりそうだった。それでも離れたくない。離れられない……。
こうした苦しみも、兄が病気になり、死んだことで解放されると思った。罪悪感はもちろんあった。だがやはりもう自分たちの仲を邪魔する者は誰もいないことに歓喜した。それなのに――
「オズワルド。やっぱり私には……あなたと一緒になる資格はないわ」
死んでもなお、シェイラはオズワルドを拒んだ。兄に操を立てたいという。オズワルドに何度も抱かれている身体で貞操も何もあったものではないと思うが、病死したことで急に罪悪感が湧いてきたのかもしれない。
「あなたが俺を受け入れてくれるまで、俺はいつまでも待ちます。だからどうか、ここにいてください。それまで、何があってもあなたを守りますから」
「オズワルド……」
シェイラはごめんなさいと言いながらオズワルドの胸に縋りついてきた。オズワルドはそんな彼女をひしと抱きしめた。兄のために泣く彼女に嫉妬する一方で、亡くなった夫のために独りになることを選ぼうとした彼女が愛おしくも思えた。
自身の罪に苦しみ、神を信じる彼女だからこそ、オズワルドは彼女に惹かれた。――その時は、それが最善だと思った。その選択しか考えられなかった。
◇
待つと答えてから、長く、焦がれるような三年が経ち、改めてオズワルドはシェイラに告白した。
「俺と再婚してください。結婚が嫌なら、しなくても構いません。でも、俺のそばにいてください。世間体が気になるなら、爵位を返上して、どこか遠くの街で、外国でもいい。俺たちのことを誰も知らない場所で、また一からやり直しましょう」
今度こそ受け入れてくれると思った。だが――
「ごめんなさい、オズワルド……私、やっぱりあなたと一緒にはなれない……旦那様に、申し訳ないもの……」
答えは同じだった。
オズワルドは打ちのめされた気分だった。この三年間は一体何だったのか。ずっとそばで彼女を支え続けてきたつもりだった。彼女の、兄への気持ちも、嫉妬と共に受け入れてきた。それなのにまだ待たなくてはいけないのか……。
三年というのは、夫に先立たれた妻からすれば短い期間なのだろうとも、思わなくはなかった。
だがずっと待ち続けたオズワルドにとっては、永遠にも思える長さに等しい。
もし……シェイラがほんの少しでも自分の気持ちを、オズワルドに対する想いを語ってくれたなら、彼も待とうとしたかもしれない。だが彼女は辛そうな顔をしていた。それがどこか迷惑そうにオズワルドには見えた。自分の想いが彼女にとっては迷惑なのだと。
「――わかった」
彼の心は折れた。もういいやと投げやりな気持ちに支配された。
「オズワルド?」
「……陛下から結婚を勧められた。あなたが俺の気持ちを受け入れてくれないならば、俺もその申し出を断る理由はない」
シェイラは息を呑んでオズワルドを見上げた。
自分で突き放しておきながら彼はこの時彼女が嫌だと言ってくれることを期待した。そうすればまだ、耐えられるから。まだ待つから。だから――
「そう。いいと、思うわ。いつまでもあなたを縛っていては、申し訳ないもの……」
シェイラの視線はオズワルドの方を見ていなかった。辛そうな表情で、本心ではないのがわかった。だが、言葉にはしてくれない。だからオズワルドは言われた言葉を本心だと受け取るしかなかった。
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