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23、出席
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「――キースはどうしてきみが夜会に出席しないのか、疑問に思っているみたいだった」
過去の思い出から、後ろからオズワルドに抱きしめられた現実へと引き戻される。
マティルダはそう、とそっけなく答えた。彼の拘束が強まった。
「以前、きみが好きだと言った相手は彼のことか」
「……いいえ。違いますわ」
沈黙が続き、オズワルドが自分の答えをどう思ったかはわからなかった。ただその日は寝室から出て行くことなく、朝になるまでマティルダと一緒にいた。
それから数日後。
「奥様。奥様当てに手紙が届いておりますわ」
「あら。お父様かしら」
「いえ……インブリー公爵家からですわ」
まぁ、とマティルダは驚いた。なんてタイミングだろう。彼女は封を切って確認すると、公爵家で開かれる夜会への招待状であった。そしてそれとは別に少し右上がりな文字で綴られた手紙も入っていた。中に目を通し、マティルダはメイドに言った。
夜会に出席するから、それに相応しいドレスを新調しなくてはと。
「――あなたも一緒に参加してくれて、嬉しいわ」
馬車の中でシェイラにそう言われ、暗くなっていく景色を眺めていたマティルダはゆっくりと向かいに座る彼女を見た。
淡いクリーム色のドレスに身を包んだシェイラはデビューしたばかりの少女のようで、あどけなくも大人の色香を纏っていた。
「今回は、どうして参加しようと思ったんですか」
彼女の隣に座るオズワルドが尋ねてくる。夫婦なのだから自分の隣に座るのが本来自然なのだろうが、シェイラに憂慮してのことだろう。訝しむような夫の視線から逃れて、マティルダは膝の上に置いていた自分の指先を見ながら小さな声で答える。
「公爵家からお誘いいただいたんです。断ると、目をつけられると思ったんです」
「ではこれまでは大丈夫だと思っていたんですか」
「オズワルド」
咎めるような響きに、シェイラが心配した声で呼びとめる。彼も、愛する人の前では強く出られまい。マティルダは俯いたまま、この場をやり過ごそうとした。幸いシェイラが気を遣って他の話を振ってくれる。
しかしオズワルドの突き刺さるような視線は、屋敷に着くまでずっとマティルダに注がれていた。
◇
「ねぇ、あれって……」
「珍しいこともあるものだ……」
初めて、と言っていいかもしれない夫婦揃っての参加に客はみんな驚いたようだった。扇子で口元を隠して、隣人と何かを――自分のことをあれこれと話している。
目だけはマティルダを絶えず追いかけ続け、どんな醜態を晒してくれるのかと期待を込めて観察して……さすがに彼女も息が詰まりそうになって、誰かに助けてほしいと思う。
だが夫は今までそうしてきたようにシェイラの隣にいる。自分ではなく、彼女の夫だというように腕に手をかけさせてエスコートしている。シェイラが行く途中で体調が悪くなったからでもあったが、そうでなくても、オズワルドは自分ではなくシェイラを優先しただろう。
「やっぱりあの噂は本当だったのかしら……」
「これじゃあどちらが妻かわからないわね……」
人混みを掻き分けながら二人の後ろを必死でついて行くのが急に面倒に思われ、マティルダはその場に立ち止まった。誰かにぶつかり、支えてくれる人もおらず、彼女は床に手をつく形で転んでしまった。あたりが騒めく。嘲笑も聴こえる。
憐れで、可哀想な女だと。
「――大丈夫かい」
マティルダは顔を上げた。夫ではなく、別の男が自分の目の前にいて、膝をついていた。
さらさらとした銀色の髪に、神秘的な色合いの紫の瞳。繊細で、優しい顔立ち。
「キース……」
名前を呼ばれたことで男は安堵したように顔をくしゃりと歪ませた。まるで裏切られたあの時の続きを描くように。
「久しぶりだね、マティルダ」
過去の思い出から、後ろからオズワルドに抱きしめられた現実へと引き戻される。
マティルダはそう、とそっけなく答えた。彼の拘束が強まった。
「以前、きみが好きだと言った相手は彼のことか」
「……いいえ。違いますわ」
沈黙が続き、オズワルドが自分の答えをどう思ったかはわからなかった。ただその日は寝室から出て行くことなく、朝になるまでマティルダと一緒にいた。
それから数日後。
「奥様。奥様当てに手紙が届いておりますわ」
「あら。お父様かしら」
「いえ……インブリー公爵家からですわ」
まぁ、とマティルダは驚いた。なんてタイミングだろう。彼女は封を切って確認すると、公爵家で開かれる夜会への招待状であった。そしてそれとは別に少し右上がりな文字で綴られた手紙も入っていた。中に目を通し、マティルダはメイドに言った。
夜会に出席するから、それに相応しいドレスを新調しなくてはと。
「――あなたも一緒に参加してくれて、嬉しいわ」
馬車の中でシェイラにそう言われ、暗くなっていく景色を眺めていたマティルダはゆっくりと向かいに座る彼女を見た。
淡いクリーム色のドレスに身を包んだシェイラはデビューしたばかりの少女のようで、あどけなくも大人の色香を纏っていた。
「今回は、どうして参加しようと思ったんですか」
彼女の隣に座るオズワルドが尋ねてくる。夫婦なのだから自分の隣に座るのが本来自然なのだろうが、シェイラに憂慮してのことだろう。訝しむような夫の視線から逃れて、マティルダは膝の上に置いていた自分の指先を見ながら小さな声で答える。
「公爵家からお誘いいただいたんです。断ると、目をつけられると思ったんです」
「ではこれまでは大丈夫だと思っていたんですか」
「オズワルド」
咎めるような響きに、シェイラが心配した声で呼びとめる。彼も、愛する人の前では強く出られまい。マティルダは俯いたまま、この場をやり過ごそうとした。幸いシェイラが気を遣って他の話を振ってくれる。
しかしオズワルドの突き刺さるような視線は、屋敷に着くまでずっとマティルダに注がれていた。
◇
「ねぇ、あれって……」
「珍しいこともあるものだ……」
初めて、と言っていいかもしれない夫婦揃っての参加に客はみんな驚いたようだった。扇子で口元を隠して、隣人と何かを――自分のことをあれこれと話している。
目だけはマティルダを絶えず追いかけ続け、どんな醜態を晒してくれるのかと期待を込めて観察して……さすがに彼女も息が詰まりそうになって、誰かに助けてほしいと思う。
だが夫は今までそうしてきたようにシェイラの隣にいる。自分ではなく、彼女の夫だというように腕に手をかけさせてエスコートしている。シェイラが行く途中で体調が悪くなったからでもあったが、そうでなくても、オズワルドは自分ではなくシェイラを優先しただろう。
「やっぱりあの噂は本当だったのかしら……」
「これじゃあどちらが妻かわからないわね……」
人混みを掻き分けながら二人の後ろを必死でついて行くのが急に面倒に思われ、マティルダはその場に立ち止まった。誰かにぶつかり、支えてくれる人もおらず、彼女は床に手をつく形で転んでしまった。あたりが騒めく。嘲笑も聴こえる。
憐れで、可哀想な女だと。
「――大丈夫かい」
マティルダは顔を上げた。夫ではなく、別の男が自分の目の前にいて、膝をついていた。
さらさらとした銀色の髪に、神秘的な色合いの紫の瞳。繊細で、優しい顔立ち。
「キース……」
名前を呼ばれたことで男は安堵したように顔をくしゃりと歪ませた。まるで裏切られたあの時の続きを描くように。
「久しぶりだね、マティルダ」
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