お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ

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幼少時代

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 クロエが伯爵家に引き取られたのは七歳の時だった。突然見知らぬ男があなたの父親だと名乗り出て、クロエと母を祖父母の亡くなった家から見たこともない大きな屋敷へ連れて行ったのだ。

 とはいっても、屋敷にはすでにきれいな女の人と彼女の子どもたちが暮らしていた。だからクロエたちは離れでひっそりと暮らすこととなる。たまに父という人が訪れて形だけの夕食をとっても、まるでお人形遊びをしているようで子供心に虚しさを感じていた。

「お前があの人を誑かした泥棒猫ね」

 そんなある日、離れに突然現れた、――押しかけてきた女性は母に聞いたこともない暴言を吐き散らし、思いきり頬を引っ叩いた。クロエは初めて見る大人の暴力に息を呑んだ。メイドたちが奥様!と止めようとする声をものともせず、女性は倒れ込んだ母の背中を何度も何度も踏みつける。

「お前さえいなければ、お前さえいなければ!」

 母は頭を守りながら必死に耐えていた。やがて他の使用人が駆けつけてきて女性を取り押さえるまで、美しい女の人は恐ろしい顔で母を痛めつけ、クロエは何もできなかった。

「お前など地獄へ堕ちればいい!」

 最後まで怨嗟を吐き続け、女性は憎らしげに母を睨みつけていた。

 その騒ぎのあと、クロエと母は離れからさらに大きな本館の方へ居を移した。あの怖い人はもういないから安心していいと伯爵は母を抱きしめていた。

「もう邪魔する者はいない。これからは本当の家族としてやり直そう」

 本当の家族。あの半狂乱になっていた人は伯爵の家族ではなかったらしい。彼にとっての家族は母とクロエ。二人だけらしい。

「クロエ、私はエリーヌ。よろしくね」

 じゃあ目の前で微笑むこの子は一体何なんだろうとクロエは思った。伯爵と彼の正式な妻の血を引いた子ども。この子だって立派な家族ではないのか。

「お父様はね、お母様と仲があまり良くなかったから……」

 でもあなたが来てくれて嬉しいわと姉になる人はクロエに微笑み、躊躇いなく抱きしめてくれた。優しい香り。昔祖父母に抱きしめられたことを思い出し、クロエはなぜか泣きそうになった。

 伯爵家にはエリーヌの他にも子どもはいた。でも彼らはクロエのことを嫌っており、あまり近寄ろうとはしなかった。時には言いがかりをつけてクロエを惨めな気持ちにさせたりもした。

「まぁ、クロエ。また兄様たちにいじめられたの? 可哀想に」

 エリーヌだけがクロエを認めてくれた。邪険にせず、本当の妹のように世話を焼いてくれる。クロエは涙を浮かべて姉の優しげな顔を見上げた。

「お姉さま。わたし、生まれてきちゃいけない子だったの?」

 メイドたちがこっそり話していたことをたずねると、姉は青い瞳を大きく見開いた。

「そんなこと、ないわ」
「でも、お母さまにたずねたら口ごもっていたわ」

 昔から母は物静かな人でクロエのことも一緒に暮らしていた祖父母に任せきりだった。縋ろうとしてもやんわりとした拒絶を感じ、こちらにきてからはよりいっそうよそよそしい態度でクロエを突き放す。やがてそうした態度に母の関心を動かすのは伯爵だけだとクロエは気づいてしまった。

「わたしは、誰にも必要とされなかった?」
「クロエ……そんなことないわ」

 涙を流す少女をエリーヌは強く抱きしめた。

「あなたに会えて、私は嬉しい。毎日がとても楽しいわ」
「本当?」
「本当よ」

 ああ、それならいいやと思った。自分を愛してくれる人がいる。エリーヌがいてくれるなら、きっと大丈夫だとクロエはひどく安心したのだった。

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