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あなたの隣にある

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 ランスロットの傷が長旅に耐えられる程に回復すると、リュシエンヌたちはセレスト公国へ帰ることにした。

 まだギュスターヴの件がすっきり片付いたわけではないが、帝国内がごたつく前にさっさと帰った方がいいとボードゥアンに勧められたからだ。

「一応私が次の皇帝となりますが、代替わりの時期はいろいろ面倒な人間を相手にしなければなりませんからね。巻き込まれる前にお帰りになった方がよろしいでしょう」
「そうですか……。えっと、いろいろありがとうございました」

 ぎこちないリュシエンヌの挨拶にふっとボードゥアンは微笑む。

「こちらこそ、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。何年かしたら落ち着くでしょうから、よかったらその時にまたお越しいただけると嬉しいです」

 これからボードゥアンは皇帝としてノワール帝国を治めていくわけだが、リュシエンヌはあまりしっくりこなかった。彼ならつつがなく統治していくと思っているが、本人にやる気や気概のようなものが感じられないからかもしれない。

 そのことを帰りの馬車でランスロットに話せば、彼は肩を竦めた。

「まぁ、あの人、どちらかというと裏から支配するのが性に合っているんでしょうね。でもやると決めたからには、面倒だけどきちんとこなすと思いますよ」

 そう面倒くさそうに言ったランスロットの顔をリュシエンヌはまじまじと見つめる。

「何ですか?」
「陛下のこと、よくわかっているなぁと思って……」

 なんだかんだ気に入っているのね、という気持ちが顔に出ていたのか、ランスロットは勘弁してくれと言いたげに顔を顰めた。

「誰があんなおっかない人と好き好んで仲良くなりたいと思うんですか。敵に回すとこの上なく厄介なタイプですから、いろいろ観察しているだけです」
「別に隠さなくてもいいのよ?」
「いや、隠しているわけじゃ、あーもう!」

 ランスロットはリュシエンヌの身体をぐいっと自分の方へ抱き寄せ、顔を近づけた。

「いいですか。俺は貴女に変な虫がこれ以上近づかないよう、どんな人間でも注意して見ておくって決めたんです」
「それは……ありがとう?」

 お礼を言えば、なぜか深くため息をつかれて、抱きしめられる。自分のためにいろいろと気苦労をしているランスロットを労うように背中を撫でれば、もっと密着され、首筋に顔を埋められた。

「ランスロット。本当に、ありがとう……。いっぱい怪我させて、ごめんなさい」
「謝る必要はありません。貴女を守ることは護衛として、夫として当然ですから」
「でも、手が……」

 ランスロットの右手は切られた箇所を縫合し、無事完治したように見えているが、今後剣を握って戦うことは難しいだろうと言われた。

「左手は使えるので、問題ありません。剣が無理なら拳でも戦えます。脚でもいいかもしれない。俺の足技、けっこうきまっていたでしょう?」

 とにかく、とランスロットは浮かない顔をするリュシエンヌの頬を撫でながら、明るく言った。

「五体満足でも、姫様を守りきれなかったら、大公夫妻に顔向けできません。父や兄にも、どやされるどころじゃない。だから、これは名誉の負傷です。誇らしいですよ」
「……ええ。そうね。あなたのおかげで、わたしも生きているものね」

 リュシエンヌの表情がようやく晴れると、ランスロットも微笑んだ。

「でも、左手でも剣が扱えるなんて知らなかったわ」
「練習したんです。ちょうど姫様と婚約したあたりに」

 では二年ほど密かに特訓していたわけだ。訓練場にも足を運んでいたが、リュシエンヌは全く気づかなかった。

「飛び道具的な技にしたかったんです。もしくは二刀流みたいな……。どちらにせよ、ものにするには長い年月が必要でしたから、それまでは隠しておくつもりでした。相手の不意を突くことで、一命をとりとめることもありますからね」

 まさにギュスターヴの戦いはそうだった。

「すごいのね、ランスロット……。わたしが言っていいかわからないけれど、すごく頑張っていたのね」

 しみじみと呟けば、彼はにっと笑った。

「俺が頑張れたのは、姫様のおかげですよ」
「わたしの?」
「はい。姫様が俺と結婚したいと勇気を出して告白してくださって、慣れない人付き合いにも向き合って、セレスト公国を守るためにできることを懸命に考えている姿を見て、俺も、自分にできることをしようと思った。剣の腕を磨いて、貴女をお守りしようと思ったんです」

 ランスロットは耳元へ口を寄せ、優しい声で告げた。

「よく、頑張りましたね」

 ランスロットに、人生を繰り返して国を救おうとしたことは告げていない。三度目の終わりで「忘れて」と願ったように、辛い記憶を呼び起こしてほしくなかったし、彼のことだから、リュシエンヌのこれまでを思ってひどく胸を痛めるだろうから……。

 でも、神殿へ助けに来た時にギュスターヴとの会話を聞いて、薄々気づいているかもしれない。

 そう思える優しい声だった。

 リュシエンヌは泣かないよう必死に瞬きを繰り返しながら、ランスロットの肩口に額を寄せる。

「……うん。頑張ったの。だから、いっぱい褒めて」
「もちろん。姫様へのご褒美は、俺への褒美にもなりますから」

 ランスロットはそう言うと、見てくださいと馬車の外を指出す。
 大きな門をくぐり、懐かしい景色が見えると同時に大きな歓声が聞こえる。

「みんな、姫様の帰りを待っていたんですよ」

 自分やランスロットの名前を呼びながら笑顔で手を振って来る人々に、リュシエンヌはランスロットと顔を見合わせて微笑むと、馬車の中から手を振り返した。

(頑張って、よかった……)

 一度目の終わりを思い出し、リュシエンヌは心からそう思った。

「城でも大歓迎されるでしょうね」

 予定よりもだいぶ延びた帰国となったから両親もみな心配しているだろう。
 早く顔を見合わせて、安心させたかった。

(メルヴェイユ国のベアトリス様たちにもお礼を言わなくちゃ……)

 今後のことをリュシエンヌが考えていると、ランスロットが同じように外を見ながら「姫様」と言った。

「これからも、俺は貴女のそばにいますから。それこそ、鬱陶しがられるほど。だから、覚悟しておいてくださいね」

 リュシエンヌはくすりと笑い、触れた指先を絡めた。

「ええ。望むところだわ」

 だって約束したのだ。

『姫様の幸せを求めることを諦めないでください』

 リュシエンヌの幸せは、愛しい騎士ランスロットの隣にあるのだから。

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