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後宮
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念入りに湯浴みを済ませ、髪を香油で整えると、リュシエンヌはギュスターヴの寝所である離宮――後宮へと案内された。
中へ入ると甘い香が焚かれ、薄暗い蝋燭の灯りが妖しい雰囲気を作り出している。
「ようこそ、リュシエンヌ様。陛下は奥の部屋でお待ちですわ」
リュシエンヌを出迎えるのは、昼間迎えに来た女性の一人である。ジョゼフィーヌ・グラネ。高位貴族の女性であり、他の愛妾たちの中では一番深い寵愛を賜っていた。
(まるで彼女の方が本当の皇妃みたい)
あながち間違いではない気がした。
周りの女たちを見れば、みなジョゼフィーヌには一目置いた様子で、従順だ。
後宮では彼女が女主人なのだ。
「リュシエンヌ様は後宮など慣れないでしょう?」
「そう、ですね……」
もともと後宮とは東の大陸に存在していた、君主の妃を囲って住まわせていた場所だ。
一夫多妻制や厳格な宗教観に基づき、女性の貞操を守るために作られたものだが、当時のノワール帝国の皇帝は、ただ大勢の女性を自由にできるための、男にとっての楽園だと解釈し、自分の好きな女性を集めて住まわせた。そこに男が交じり、奪い合って乱れ合うことも皇帝は享楽の一種として歓迎した。
一度は廃止した制度を再び復活させたのは、ギュスターヴも数多の女性を自分のものにするためか。それとももっと崇高な理想が存在するのか……。
「遅かったな、我が妻よ」
目の前の光景を見ても、リュシエンヌは到底そうは思えなかった。
「どうした。あまりの景色に声も出ぬか」
「陛下。リュシエンヌ様の国では、このような愛し方はなさらないのですから当然ですわ」
「それにリュシエンヌ様は未だ清い身のはずです。初心な方には、少々刺激が強すぎるかと」
ギュスターヴは大きな寝台の上で胡坐をかき、蛇のように美女を巻きつけはべらせていた。シーツで隠されているが、今まで何をしていたかは想像に難くなかった。
「……陛下。これは、どういうことでしょうか」
リュシエンヌは自分で問いかけていながら、ひどく滑稽な質問にも思えた。
ギュスターヴも同じように感じたのか、嘲るように笑った。
「どういうこととは、おまえが俺に用事があるから招いただけだ。それで、話というのは何だ?」
ギュスターヴの見事な体躯に女たちは唇を寄せ、男の肌に吸いついていく。愛妾たちの戯れに、彼も機嫌を損ねることなく、大きな掌で女たちの肌を撫で、指で弱いところを的確に弄んでいく。
「あぁ……陛下……」
「ねぇ、リュシエンヌ様も、わたくしたちと一緒に楽しみましょう?」
ギュスターヴは目を細め、リュシエンヌがどんな反応をするか待っている。
愛妾たちとの情交を見せつけられて怒り狂うか、それともいっそ加担して妻の役目を果たそうとするか。
しかし、リュシエンヌはどんな反応もしなかった。できなかった。
ただ口も利けず固まる妻の様子に、ギュスターヴはひどく落胆した。
「おまえは凡庸だな。全くつまらぬ。女神の血を引くというからわざわざ娶ったというのに……」
それまで黙り込んでいたリュシエンヌは「女神の血」という言葉にぴくりと反応する。
「陛下は、セレスト公国の女神アリアーヌに興味がおありだったのですか」
「ああ。我が帝国の汚点である女の末路がな」
(汚点?)
一瞬聞き間違いかと思ったが、ギュスターヴは金色の目を薄闇の中で光らせた。
「神と同等の血を引く一族でありながら、家臣の領地に過ぎなかった小国へ嫁ぐなど……犬にくれてやったようなものだ」
(ひどい……)
リュシエンヌはそれほど女神について思い入れがあるわけではなかった。自国にいた時は特に何も思わなかった。
しかし帝国出身のギュスターヴに馬鹿にされると、強い反発心が起こった。
「彼女は、皇帝陛下の命で降嫁したのです」
それまで置物のように口を閉ざしていたリュシエンヌが意見したのが物珍しかったのか、ギュスターヴは片眉を上げ、嘲笑した。
「そうだ。汚らわしい身に堕ちねばならなかった。だからこそ皇女の兄が父を殺して皇帝になった時、元の世界に戻してやろうとした」
「え?」
リュシエンヌの読んだ歴史書とギュスターヴの述べる経緯に違和感を覚えた。
(わたしが読んだ本では、たしか領土をもう一度帝国のものにするために皇帝が都合のいい人間を派遣して、それを大公が拒んだから戦争になったと記されていた)
しかしギュスターヴの口ぶりではまるで――
「皇帝は自分の妹が帝国へ戻ることを拒否したから……だからセレスト公国を攻め入ろうとしたということですか?」
「そうだ。何をとち狂ったか、皇帝の申し出を断り、大公の妻であり続けたことを選んだ。戦争になっても、帝国ではなくちっぽけな国のために戦うことを選んだ。全くもって理解できん」
リュシエンヌは彼の語った出来事が本当か気になった。しかし嘘偽りにしてはギュスターヴの口調は淀みなかった。まるでその時の光景を自身の目で見て、体験したかのように……。
(帝国神話は、実在の話を元にできているはず……。イザークやアリアーヌも、皇太子や皇女として存在していた、ということよね?)
『イザークは冷酷な性格をして、他の弟妹とも仲が悪かったそうですが、アリアーヌのことだけは可愛がっていたそうです』
(可愛がっていた妹が自分のもとへ帰ってこなかったから、だから皇帝は怒って……)
神話と史実がごちゃ混ぜになり、リュシエンヌが混乱しかけた時。
「愚かで、救いようがない女だった」
ギュスターヴは吐き捨てるように言った。その目には抑えようがない激情が込められているように見え、さらに薄暗い灯りのせいか、金色の瞳に朱が混じって見える。その双眸がリュシエンヌを捕えた。
彼女は無意識のうちに後退っていた。
「だが俺はそんな皇女に興味を持った。そしてその女の血を引くおまえを娶ることに決めた。しかしおまえの容姿は実に平凡で、秀でた才能もない。おまえと結婚したのは間違いであった。どう責任を取ってくれる」
そんなこと言われてもリュシエンヌにはどうもできない。
言葉に詰まるリュシエンヌにギュスターヴの目は冷酷さを増す。こういった時機転を利かせて相手の心を掴む言葉を発せる者こそ、彼の好む人間なのだろう。
リュシエンヌは彼からすれば愚鈍で、苛立ちを抱かせる相手なのだ。
「陛下。ではわたくしを代わりに陛下の隣においてくださいませ」
物言わぬ皇妃に呆れたのは愛妾たちも同じなのか、ギュスターヴにしなだれかかっていた一人が胸板に手を添えて甘くおねだりした。彼も笑って了承すると思われたが――
「ほぉ。図々しくも俺にねだるのか」
ギュスターヴの目は冷たいままであった。むしろ許可なく会話に口を挟んだことを許さぬ怒りが向けられた。さっと愛妾の顔が青ざめる。
「お気に触りましたら申し訳ございません。ただ陛下。セレスト公国の公女ではなく、陛下の隣にはもっと相応しい方がおりますわ。わたくしでなくとも構いません。陛下でしたら、みな喜んで嫁ぐでしょう」
「……その方の、言う通りです」
ギュスターヴがリュシエンヌを見る。彼女は力なく告げた。
「わたくしが至らぬばかりに陛下のご期待に応えることができませんでした。この婚姻は陛下にとって間違いだったのでしょう。……わたくしに非があるとして、故国へ送り返してください。そして今度こそ、陛下に相応しい女性と結婚なさってください」
責任はすべて自分にあるのだと強調してリュシエンヌは離縁を勧めた。
こうなってはもう、下手に出て退場するしかない。
(ごめんなさい、お父様、お母様……)
彼らは信じて自分を送りだしてくれたのに、全て無駄であった。
「そうか。ではおまえの国は責任を取らねばならないな」
パッと顔を上げた。
「どういう、意味でしょうか」
「おまえの国を滅ぼされても、問題はないのだろう?」
リュシエンヌは目を見開き、次の瞬間「何を言っているのです!」と悲鳴と共に口に出していた。愛妾たちもぎょっとした様子でギュスターヴを見た。
「セレスト公国を滅ぼすなど、どうしてそんな恐ろしいことを……」
「おまえが俺を満足できぬ存在であった。離縁すれば、俺はつまらない相手を娶った皇帝として世間に笑われる。そんなこと、許せるとでも思っているのか」
リュシエンヌは首を横に振りながら、もともと悪かった顔色をさらに悪くしていく。
「わたしが全て悪いのです。陛下は一切悪くございません。そのように発表なさってください。ですからどうかセレスト公国だけは……」
「婚姻を承諾した時点で、おまえの父も同罪だ。国として責任を果たす必要がある」
無茶苦茶だ。そんな理屈がまかり通るはずがない。
結婚を申し込んだのは、ノワール帝国の方なのだ。セレスト公国が逆らうのは立場的には難しい。
しかしギュスターヴはなんら間違っていないと、実に堂々とした態度でリュシエンヌと公国に責任があると述べる。一体どこからくる自信か理解できないが、強者が黒と言えば黒だという説得力があった。
「陛下の言う通りですわ。此度のことは全てセレスト公国が責任を取るべきでしょう」
「ええ、わたくしもそう思います。我が国に滅ぼされても、何も問題ございません」
愛妾たちが次々とギュスターヴに賛同の意を示していく。
リュシエンヌは絶望した。わかりきっていたことだが、ここには自分の味方は誰一人いない。
「さぁ、ではさっそく将軍たちに命じなければならないな。明日にでも兵を向けよと――」
「お待ちください」
リュシエンヌはその場に跪いた。
「陛下のお怒りは、わたくし一人で贖います。どんな罰でも、お与えください。ですのでどうか……どうか故国だけはお許しください」
戦争となれば、前の人生の二の舞になる。無関係の人間が大勢巻き込まれ、死んでいく。
それだけは、絶対に阻止せねばならなかった。
そのためにはリュシエンヌは跪き、また額を床に触れさせることも厭わなかった。
「そのような無様な姿を晒すのも構わないとは……ほとほとおまえにはがっかりだ」
「申し訳ございません」
誇りはないのかと聞かれても、リュシエンヌには守らねばならないものがあった。
「顔を上げろ」
ギュスターヴの目には、きっとひどく情けない自分が映っている。これが皇妃であり、自分の妻とは、確かに彼も認めたくないだろう。
「どんな罰でも、と言ったな?」
「はい」
「その言葉、決して違えるな」
中へ入ると甘い香が焚かれ、薄暗い蝋燭の灯りが妖しい雰囲気を作り出している。
「ようこそ、リュシエンヌ様。陛下は奥の部屋でお待ちですわ」
リュシエンヌを出迎えるのは、昼間迎えに来た女性の一人である。ジョゼフィーヌ・グラネ。高位貴族の女性であり、他の愛妾たちの中では一番深い寵愛を賜っていた。
(まるで彼女の方が本当の皇妃みたい)
あながち間違いではない気がした。
周りの女たちを見れば、みなジョゼフィーヌには一目置いた様子で、従順だ。
後宮では彼女が女主人なのだ。
「リュシエンヌ様は後宮など慣れないでしょう?」
「そう、ですね……」
もともと後宮とは東の大陸に存在していた、君主の妃を囲って住まわせていた場所だ。
一夫多妻制や厳格な宗教観に基づき、女性の貞操を守るために作られたものだが、当時のノワール帝国の皇帝は、ただ大勢の女性を自由にできるための、男にとっての楽園だと解釈し、自分の好きな女性を集めて住まわせた。そこに男が交じり、奪い合って乱れ合うことも皇帝は享楽の一種として歓迎した。
一度は廃止した制度を再び復活させたのは、ギュスターヴも数多の女性を自分のものにするためか。それとももっと崇高な理想が存在するのか……。
「遅かったな、我が妻よ」
目の前の光景を見ても、リュシエンヌは到底そうは思えなかった。
「どうした。あまりの景色に声も出ぬか」
「陛下。リュシエンヌ様の国では、このような愛し方はなさらないのですから当然ですわ」
「それにリュシエンヌ様は未だ清い身のはずです。初心な方には、少々刺激が強すぎるかと」
ギュスターヴは大きな寝台の上で胡坐をかき、蛇のように美女を巻きつけはべらせていた。シーツで隠されているが、今まで何をしていたかは想像に難くなかった。
「……陛下。これは、どういうことでしょうか」
リュシエンヌは自分で問いかけていながら、ひどく滑稽な質問にも思えた。
ギュスターヴも同じように感じたのか、嘲るように笑った。
「どういうこととは、おまえが俺に用事があるから招いただけだ。それで、話というのは何だ?」
ギュスターヴの見事な体躯に女たちは唇を寄せ、男の肌に吸いついていく。愛妾たちの戯れに、彼も機嫌を損ねることなく、大きな掌で女たちの肌を撫で、指で弱いところを的確に弄んでいく。
「あぁ……陛下……」
「ねぇ、リュシエンヌ様も、わたくしたちと一緒に楽しみましょう?」
ギュスターヴは目を細め、リュシエンヌがどんな反応をするか待っている。
愛妾たちとの情交を見せつけられて怒り狂うか、それともいっそ加担して妻の役目を果たそうとするか。
しかし、リュシエンヌはどんな反応もしなかった。できなかった。
ただ口も利けず固まる妻の様子に、ギュスターヴはひどく落胆した。
「おまえは凡庸だな。全くつまらぬ。女神の血を引くというからわざわざ娶ったというのに……」
それまで黙り込んでいたリュシエンヌは「女神の血」という言葉にぴくりと反応する。
「陛下は、セレスト公国の女神アリアーヌに興味がおありだったのですか」
「ああ。我が帝国の汚点である女の末路がな」
(汚点?)
一瞬聞き間違いかと思ったが、ギュスターヴは金色の目を薄闇の中で光らせた。
「神と同等の血を引く一族でありながら、家臣の領地に過ぎなかった小国へ嫁ぐなど……犬にくれてやったようなものだ」
(ひどい……)
リュシエンヌはそれほど女神について思い入れがあるわけではなかった。自国にいた時は特に何も思わなかった。
しかし帝国出身のギュスターヴに馬鹿にされると、強い反発心が起こった。
「彼女は、皇帝陛下の命で降嫁したのです」
それまで置物のように口を閉ざしていたリュシエンヌが意見したのが物珍しかったのか、ギュスターヴは片眉を上げ、嘲笑した。
「そうだ。汚らわしい身に堕ちねばならなかった。だからこそ皇女の兄が父を殺して皇帝になった時、元の世界に戻してやろうとした」
「え?」
リュシエンヌの読んだ歴史書とギュスターヴの述べる経緯に違和感を覚えた。
(わたしが読んだ本では、たしか領土をもう一度帝国のものにするために皇帝が都合のいい人間を派遣して、それを大公が拒んだから戦争になったと記されていた)
しかしギュスターヴの口ぶりではまるで――
「皇帝は自分の妹が帝国へ戻ることを拒否したから……だからセレスト公国を攻め入ろうとしたということですか?」
「そうだ。何をとち狂ったか、皇帝の申し出を断り、大公の妻であり続けたことを選んだ。戦争になっても、帝国ではなくちっぽけな国のために戦うことを選んだ。全くもって理解できん」
リュシエンヌは彼の語った出来事が本当か気になった。しかし嘘偽りにしてはギュスターヴの口調は淀みなかった。まるでその時の光景を自身の目で見て、体験したかのように……。
(帝国神話は、実在の話を元にできているはず……。イザークやアリアーヌも、皇太子や皇女として存在していた、ということよね?)
『イザークは冷酷な性格をして、他の弟妹とも仲が悪かったそうですが、アリアーヌのことだけは可愛がっていたそうです』
(可愛がっていた妹が自分のもとへ帰ってこなかったから、だから皇帝は怒って……)
神話と史実がごちゃ混ぜになり、リュシエンヌが混乱しかけた時。
「愚かで、救いようがない女だった」
ギュスターヴは吐き捨てるように言った。その目には抑えようがない激情が込められているように見え、さらに薄暗い灯りのせいか、金色の瞳に朱が混じって見える。その双眸がリュシエンヌを捕えた。
彼女は無意識のうちに後退っていた。
「だが俺はそんな皇女に興味を持った。そしてその女の血を引くおまえを娶ることに決めた。しかしおまえの容姿は実に平凡で、秀でた才能もない。おまえと結婚したのは間違いであった。どう責任を取ってくれる」
そんなこと言われてもリュシエンヌにはどうもできない。
言葉に詰まるリュシエンヌにギュスターヴの目は冷酷さを増す。こういった時機転を利かせて相手の心を掴む言葉を発せる者こそ、彼の好む人間なのだろう。
リュシエンヌは彼からすれば愚鈍で、苛立ちを抱かせる相手なのだ。
「陛下。ではわたくしを代わりに陛下の隣においてくださいませ」
物言わぬ皇妃に呆れたのは愛妾たちも同じなのか、ギュスターヴにしなだれかかっていた一人が胸板に手を添えて甘くおねだりした。彼も笑って了承すると思われたが――
「ほぉ。図々しくも俺にねだるのか」
ギュスターヴの目は冷たいままであった。むしろ許可なく会話に口を挟んだことを許さぬ怒りが向けられた。さっと愛妾の顔が青ざめる。
「お気に触りましたら申し訳ございません。ただ陛下。セレスト公国の公女ではなく、陛下の隣にはもっと相応しい方がおりますわ。わたくしでなくとも構いません。陛下でしたら、みな喜んで嫁ぐでしょう」
「……その方の、言う通りです」
ギュスターヴがリュシエンヌを見る。彼女は力なく告げた。
「わたくしが至らぬばかりに陛下のご期待に応えることができませんでした。この婚姻は陛下にとって間違いだったのでしょう。……わたくしに非があるとして、故国へ送り返してください。そして今度こそ、陛下に相応しい女性と結婚なさってください」
責任はすべて自分にあるのだと強調してリュシエンヌは離縁を勧めた。
こうなってはもう、下手に出て退場するしかない。
(ごめんなさい、お父様、お母様……)
彼らは信じて自分を送りだしてくれたのに、全て無駄であった。
「そうか。ではおまえの国は責任を取らねばならないな」
パッと顔を上げた。
「どういう、意味でしょうか」
「おまえの国を滅ぼされても、問題はないのだろう?」
リュシエンヌは目を見開き、次の瞬間「何を言っているのです!」と悲鳴と共に口に出していた。愛妾たちもぎょっとした様子でギュスターヴを見た。
「セレスト公国を滅ぼすなど、どうしてそんな恐ろしいことを……」
「おまえが俺を満足できぬ存在であった。離縁すれば、俺はつまらない相手を娶った皇帝として世間に笑われる。そんなこと、許せるとでも思っているのか」
リュシエンヌは首を横に振りながら、もともと悪かった顔色をさらに悪くしていく。
「わたしが全て悪いのです。陛下は一切悪くございません。そのように発表なさってください。ですからどうかセレスト公国だけは……」
「婚姻を承諾した時点で、おまえの父も同罪だ。国として責任を果たす必要がある」
無茶苦茶だ。そんな理屈がまかり通るはずがない。
結婚を申し込んだのは、ノワール帝国の方なのだ。セレスト公国が逆らうのは立場的には難しい。
しかしギュスターヴはなんら間違っていないと、実に堂々とした態度でリュシエンヌと公国に責任があると述べる。一体どこからくる自信か理解できないが、強者が黒と言えば黒だという説得力があった。
「陛下の言う通りですわ。此度のことは全てセレスト公国が責任を取るべきでしょう」
「ええ、わたくしもそう思います。我が国に滅ぼされても、何も問題ございません」
愛妾たちが次々とギュスターヴに賛同の意を示していく。
リュシエンヌは絶望した。わかりきっていたことだが、ここには自分の味方は誰一人いない。
「さぁ、ではさっそく将軍たちに命じなければならないな。明日にでも兵を向けよと――」
「お待ちください」
リュシエンヌはその場に跪いた。
「陛下のお怒りは、わたくし一人で贖います。どんな罰でも、お与えください。ですのでどうか……どうか故国だけはお許しください」
戦争となれば、前の人生の二の舞になる。無関係の人間が大勢巻き込まれ、死んでいく。
それだけは、絶対に阻止せねばならなかった。
そのためにはリュシエンヌは跪き、また額を床に触れさせることも厭わなかった。
「そのような無様な姿を晒すのも構わないとは……ほとほとおまえにはがっかりだ」
「申し訳ございません」
誇りはないのかと聞かれても、リュシエンヌには守らねばならないものがあった。
「顔を上げろ」
ギュスターヴの目には、きっとひどく情けない自分が映っている。これが皇妃であり、自分の妻とは、確かに彼も認めたくないだろう。
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