151 / 208
第5章:林の心臓編
147 帰る為に-クラスメイトside
しおりを挟む
---
「かひゅッ……ひゅぅッ……おえッ……かはッ……」
林の心臓が封印されていたダンジョンの最奥の部屋の中心で、友子は地面に蹲り、首を押さえながら必死に荒い呼吸を繰り返す。
胸を締め付けられているかのような息苦しさと、腹の奥から何かが込み上げてくるような嘔吐感の中、彼女は拳を強く握りしめて苦痛に耐える。
──……ここで死ぬわけにはいかない……ッ!
──こころちゃんを心臓の魔女の手から救い出すまでは……ッ! 死ぬわけにはいかない……ッ!
今にも気を失ってしまいそうな苦しみの中で、彼女はたった一人の大切な友の姿を思い浮かべ、辛うじて意識を保っていた。
ザッ、ザッ、ザッ……。
その時、誰かが草の上を歩いてこちらに近付いてくる音がした。
しかし、今の友子がその音に気付くことは無い。
彼女の耳には自身の荒い呼吸音と激しい鼓動の音だけが聴こえており、その足音を認知することなど出来るはずも無かった。
近付いてきた人物は友子の真横に立つと、小さく息をつき、地面に蹲る彼女の体に手を掲げた。
「聖なる光よ、かの者の苦しみを取り除く為、今我に加護を与えてくれ給え。マラディーソワン」
その人物がそう呟くと、掲げられた手にぽうっ……と光が灯り、友子の体を明るく照らした。
すると、友子の全身を襲っていた苦痛は徐々に和らぎ、荒くなっていた呼吸も次第に穏やかになっていく。
彼女はそのまま脱力するように地面に倒れ込み、何度も深呼吸を繰り返す。
未だに激しく昂っている鼓動の音を聴いていた時、隣に立っていた人物がしゃがみ込んだのが分かった。
「酷い有り様だね」
頭上から降って来た声に、友子は首を動かして隣にいる人物を見上げ、嘆息した。
「……遅い」
先程まで毒で苦しんでいたところを助けてくれた恩人に対し、友子は冷ややかな声で吐き捨てるようにそう言った。
彼女の言葉に、山吹柚子は微かに眉を顰めたが、すぐに小さく笑みを浮かべた。
「こころちゃんとの再会を邪魔しないで……って、誰かさんに言われたからね」
「その呼び方止めて」
冗談めかすような口調で言う柚子に、友子は体を起こしながら、先程よりも低い声で言う。
彼女の反応に、柚子はやれやれと言った様子で肩を竦めた。
しかし、彼女はすぐに柚子は膝の上で頬杖をついて口を開いた。
「大体、助けて貰っておいて真っ先に出てくる言葉が文句ってどういうこと? 防御力の低い最上さんを遠くからでも心臓の守り人からの攻撃から守ってあげたのは誰だと思ってるの? むしろ感謝して欲しいよ」
「よく言うよ。私が毒で苦しんでるのを見て、楽しんでた癖に」
演技がかったような口調で話す柚子に、友子は口角を引きつらせながらそう言った。
それに、柚子は年齢の割に幼く見えるその童顔にキョトンとしたような表情を浮かべたが、やがてクスリと小さく笑い──
「あぁ……バレてたんだ」
──何てことの無いことのように、そう言った。
彼女の言葉に、友子は苛立った様子で小さく舌打ちをした。
それに、柚子は「ごめんって」と、あくまで笑みを絶やさぬまま答えた。
「だってしょうがないじゃん。嫌いな人が苦しんでる姿ほど面白いものは無いよ?」
「……」
「別に良いじゃない。死ななかったんだから」
殺意の籠った目で睨んでくる友子に、柚子は両手を軽くヒラヒラと振りながらそう言った。
それに、友子は小さく溜息をついて口を開いた。
「そんなの、たまたまタイミングが良かっただけの話でしょ。あと少しでも遅かったらどうなってたか……」
「偶然なんかじゃないよ。ずっと一緒に戦ってるんだもん。最上さんのHPの量とか、どれくらいで死ぬかとか……大体分かるよ」
「……ホント悪趣味」
悪びれること無く言う柚子に、友子は不機嫌そうに眉を顰めながら言った。
それに柚子は「はいはい、悪うございました」と、どこか感情のこもっていないような声で言った。
彼女の反応に友子は嘆息し、「もう良いよ」と諦めたような口調で答えた。
「それより、誰かさんが来るのが遅かったせいでHPがかなり減ったから、早く回復してくれない?」
「はいはい。……聖なる光よ、かの者の傷を癒す為、今我に加護を与えてくれ給え。ブレシュールソワン」
柚子がそう詠唱を唱えると、リートの毒魔法によって減っていた友子のHPが回復していく。
友子は指輪に力を込めてステータスを表示させ、自分のHPを確認した。
名前:最上友子 Lv.72
武器:嫉妬の矛
願い:自分とこころの邪魔をする者を全て殺したい
発動条件:自分とこころの邪魔をする者と戦う時のみ力を発動できる。
HP 6920/6920
MP 980/2150
SP 870/1960
攻撃力:10300/800
防御力:200/560
俊敏性:8200/720
魔法適性:890
適合属性:水、闇
スキル:パイクシールド(消費SP5)
ウォーターパイク(消費SP7)
ダークネスパイク(消費SP7)
ウォーターボール(消費SP9)
コンフューズパイク(消費SP9)
アイスパイク(消費SP10)
ファントムパイク(消費SP15)
アクアウィップ(消費SP20)
バニシングパイク(消費SP20)
アイスブレード(消費SP20)
シャドウタック(消費SP25)
ブリザードウィンド (消費SP25)
プワゾンスラッシュ(消費SP25)
「そういえばどうだったの? 久々の、猪瀬さんとの再会は?」
ステータスを確認していた時、柚子がどこか冗談めかしたような口調で尋ねてきた。
彼女の言葉に、友子は不愉快そうに眉を顰めながらステータスの表示を消した。
「ねぇ、それ……分かってて聞いてるよね?」
「うん? 何のこと?」
「どうせ全部見てたくせに。……大体、山吹さんがもっと早く助けに来ていれば、すぐにでもこころちゃんを追うことが出来ていたのにッ!」
友子はそう怒鳴りながら柚子の胸倉を掴むべく立ち上がろうとしたが、先程の毒気が完全に抜けきっておらず、軽く眩暈がしてすぐに地面に手をついた。
それを見た柚子は肩を竦めて立ち上がり、友子から距離を取るように数歩後ずさった。
彼女は上着のポケットに両手を突っ込むと、冷めた目で友子を見下ろしながら続けた。
「何か勘違いしてるみたいだけど……あくまで、私が主人で最上さんが奴隷、っていう関係なのは忘れてないよね?」
「……何を、急に……」
「最上さんは、私が少しでも早く日本に帰る為に、私の命令に従って、レベルを上げて魔女を殺してくれれば良い。……猪瀬さんの救出は、あくまでそのついで。別に最上さんの邪魔をするつもりは無いし、魔女の討伐に必要だと感じれば協力する。……それだけの話でしょ?」
柚子は静かな声で言いながら、元々林の心臓が置いてあった壁の出っ張りに腰を下ろした。
彼女の言葉に友子は不愉快そうに顔を顰めたが、元々そういう条件で手を組んでいるのは事実だったので、何も言い返せなかった。
すると、柚子はポケットの中に入れていた道具袋の中から掌サイズの大きさの丸い水晶のような石を取り出し、両手で大事に持ちながら続けた。
「最上さんは今まで頑張ってくれたよ。凄く必死にレベルを上げていたし、必要に応じて私の命令も聞いてくれた。……早く猪瀬さんに会いたい、っていう気持ちが……嫌でも伝わってきたよ」
「……」
「私としては、林の心臓は封印されている場所も色々と複雑な事情のある場所らしかったし、見送ろうかと思ったけど……最上さんが私の期待以上に頑張ってくれたから、ここに来ることを特別に許可してあげたんだよ」
淡々と語りながら、柚子は手に持った水晶を指先で器用に回した。
透明の色をした水晶は、壁や天井を覆う蔦の隙間から漏れ出る光を反射してキラキラ光る。
この水晶はクラインが発明した魔道具で、封印されている心臓がある場所を知ることが出来るというものだった。
二人はこの水晶を使って濃霧を抜け、ベスティアの町に進入した。
さらに、同様にクラインが作った物の一つで、闇魔法を応用して二人の姿を隠すことの出来る魔道具もあった。
その魔道具は闇魔法の幻魔法と違い、匂いや魔力なども隠蔽させることが出来る為、獣人族の嗅覚でも気付かれることなく潜入することが出来たというわけだ。
「でも……あくまでそれだけ」
柚子はそう語りながら、水晶を回す手を止めた。
「確かに今回は、最上さんが猪瀬さんを早く連れ戻したいって言ったのは止めなかった。死なれたら困るから、多少は戦いのサポートをさせて貰ったけど……それだけの話」
「……何が言いたいの……?」
「あの場ですぐに最上さんを解毒して魔女の後を追っても、魔女は殺せなかったよ」
冷淡な声で言い放つ柚子に、友子は大きく目を見開いた。
柚子はそれに、両手の中にある水晶を握る力を強めて続けた。
「確かに魔女は満身創痍の重傷だし、あの場で追い打ちを掛ければ命を取れただろうね」
「じゃあ、なんで……ッ!」
「でも、魔女の味方である心臓の守り人は、四人中三人はほぼ無傷の状態。赤髪の人は割と重傷だったと思うけど……それでも魔女に比べると軽傷だったし、いざとなったら戦闘に参加してくる可能性がある。私が参加しても、最上さんがやったような不意討ちでも無い限り、四対二で心臓の守り人を相手にするなんて分が悪いでしょ?」
冷静な分析を語る柚子に、友子はグッと口を噤んで俯いた。
──それに……猪瀬さんが戦いに参加してくる可能性だってあるでしょ?
柚子はそう続けようとして口を噤み、静かに視線を逸らした。
先程、こころを遠目に観察して……以前、彼女に対して抱いていた疑念が確信に変わったのを感じた。
こころが、心臓の魔女に恋しているかもしれない、という……友子にとっては、残酷な疑念が。
世の中には、誘拐事件の被害者が犯人に対して恋心を持ってしまうと言った、ストックホルム症候群なんてものも存在する。
柚子としては、こころの恋心はその一種では無いかと考えているが……違う可能性も捨てきれない。
どちらにせよ、現状、こころが心臓の魔女に対して恋心を抱いているのは確定と言っても過言では無いだろう。
そんな中で友子が心臓の魔女に更なる危害を加えれば、こころ自身が反撃してくる可能性も少なくは無い。
友子の強さの理由がこころへの恋心にあることを考慮すると、出来れば二人の衝突は避けたいところだ。
「でも、このまま見逃す訳じゃないよ」
素早く思考を巡らせた後、柚子は冷たい眼差しで友子を見つめながら、そう続けた。
──最上さんが猪瀬さんに抱いている感情と、猪瀬さんが最上さんに抱いている感情に齟齬があるのは明白。
──心臓の魔女を殺して猪瀬さんを連れ戻した時、その齟齬はきっと大きな障害となるだろう。
──でも……私が日本に帰る分には、何の問題も無い。
「確かに今回は一度見逃したけど、魔女と心臓の守り人の一人が重傷を負っている状況には変わらない。最上さんの矛の力なら、普通の回復薬も魔女自身の自然治癒能力も使えないし、このまま放っておけば魔女は死ぬ。……でも、他の心臓の守り人達がこのまま魔女を見殺しにするような真似はしないはず。普通に考えて……同じ大陸の中にある、光の心臓を手に入れようとするだろうね」
柚子の言葉に、彼女の言おうとしていることが分かったのか、友子はハッとしたような表情を浮かべた。
彼女の反応に、柚子は特に気にする素振りを見せずに続けた。
「でも……少なくとも、重傷を負った魔女と赤髪の人をダンジョンに連れていくことは出来ない。光の心臓を取りに行くにしても、ダンジョン攻略に向かう人と、二人を守る人に分かれるんじゃないかな」
「つまり……人が少なくなって、心臓の魔女を殺しやすくなる……?」
反射的に、友子は呟くようにそう答えた。
それに柚子はクスリと小さく笑って、「そういうこと」と答えた。
「それに、今の魔女は、放っておけば死ぬ状態。直接殺すことは出来なくても、光の心臓を先に破壊すれば、ほぼ確実に心臓の魔女を殺せると思うよ」
柚子はそう答えながら、両手に持った水晶を顔の高さまで持ち上げた。
水晶の中には、白みの強い金色の光が輝いている。
「もうすぐあの二人も追いついてくる頃だし……準備を整えて、確実に……心臓の魔女を殺しに行こう」
---
「かひゅッ……ひゅぅッ……おえッ……かはッ……」
林の心臓が封印されていたダンジョンの最奥の部屋の中心で、友子は地面に蹲り、首を押さえながら必死に荒い呼吸を繰り返す。
胸を締め付けられているかのような息苦しさと、腹の奥から何かが込み上げてくるような嘔吐感の中、彼女は拳を強く握りしめて苦痛に耐える。
──……ここで死ぬわけにはいかない……ッ!
──こころちゃんを心臓の魔女の手から救い出すまでは……ッ! 死ぬわけにはいかない……ッ!
今にも気を失ってしまいそうな苦しみの中で、彼女はたった一人の大切な友の姿を思い浮かべ、辛うじて意識を保っていた。
ザッ、ザッ、ザッ……。
その時、誰かが草の上を歩いてこちらに近付いてくる音がした。
しかし、今の友子がその音に気付くことは無い。
彼女の耳には自身の荒い呼吸音と激しい鼓動の音だけが聴こえており、その足音を認知することなど出来るはずも無かった。
近付いてきた人物は友子の真横に立つと、小さく息をつき、地面に蹲る彼女の体に手を掲げた。
「聖なる光よ、かの者の苦しみを取り除く為、今我に加護を与えてくれ給え。マラディーソワン」
その人物がそう呟くと、掲げられた手にぽうっ……と光が灯り、友子の体を明るく照らした。
すると、友子の全身を襲っていた苦痛は徐々に和らぎ、荒くなっていた呼吸も次第に穏やかになっていく。
彼女はそのまま脱力するように地面に倒れ込み、何度も深呼吸を繰り返す。
未だに激しく昂っている鼓動の音を聴いていた時、隣に立っていた人物がしゃがみ込んだのが分かった。
「酷い有り様だね」
頭上から降って来た声に、友子は首を動かして隣にいる人物を見上げ、嘆息した。
「……遅い」
先程まで毒で苦しんでいたところを助けてくれた恩人に対し、友子は冷ややかな声で吐き捨てるようにそう言った。
彼女の言葉に、山吹柚子は微かに眉を顰めたが、すぐに小さく笑みを浮かべた。
「こころちゃんとの再会を邪魔しないで……って、誰かさんに言われたからね」
「その呼び方止めて」
冗談めかすような口調で言う柚子に、友子は体を起こしながら、先程よりも低い声で言う。
彼女の反応に、柚子はやれやれと言った様子で肩を竦めた。
しかし、彼女はすぐに柚子は膝の上で頬杖をついて口を開いた。
「大体、助けて貰っておいて真っ先に出てくる言葉が文句ってどういうこと? 防御力の低い最上さんを遠くからでも心臓の守り人からの攻撃から守ってあげたのは誰だと思ってるの? むしろ感謝して欲しいよ」
「よく言うよ。私が毒で苦しんでるのを見て、楽しんでた癖に」
演技がかったような口調で話す柚子に、友子は口角を引きつらせながらそう言った。
それに、柚子は年齢の割に幼く見えるその童顔にキョトンとしたような表情を浮かべたが、やがてクスリと小さく笑い──
「あぁ……バレてたんだ」
──何てことの無いことのように、そう言った。
彼女の言葉に、友子は苛立った様子で小さく舌打ちをした。
それに、柚子は「ごめんって」と、あくまで笑みを絶やさぬまま答えた。
「だってしょうがないじゃん。嫌いな人が苦しんでる姿ほど面白いものは無いよ?」
「……」
「別に良いじゃない。死ななかったんだから」
殺意の籠った目で睨んでくる友子に、柚子は両手を軽くヒラヒラと振りながらそう言った。
それに、友子は小さく溜息をついて口を開いた。
「そんなの、たまたまタイミングが良かっただけの話でしょ。あと少しでも遅かったらどうなってたか……」
「偶然なんかじゃないよ。ずっと一緒に戦ってるんだもん。最上さんのHPの量とか、どれくらいで死ぬかとか……大体分かるよ」
「……ホント悪趣味」
悪びれること無く言う柚子に、友子は不機嫌そうに眉を顰めながら言った。
それに柚子は「はいはい、悪うございました」と、どこか感情のこもっていないような声で言った。
彼女の反応に友子は嘆息し、「もう良いよ」と諦めたような口調で答えた。
「それより、誰かさんが来るのが遅かったせいでHPがかなり減ったから、早く回復してくれない?」
「はいはい。……聖なる光よ、かの者の傷を癒す為、今我に加護を与えてくれ給え。ブレシュールソワン」
柚子がそう詠唱を唱えると、リートの毒魔法によって減っていた友子のHPが回復していく。
友子は指輪に力を込めてステータスを表示させ、自分のHPを確認した。
名前:最上友子 Lv.72
武器:嫉妬の矛
願い:自分とこころの邪魔をする者を全て殺したい
発動条件:自分とこころの邪魔をする者と戦う時のみ力を発動できる。
HP 6920/6920
MP 980/2150
SP 870/1960
攻撃力:10300/800
防御力:200/560
俊敏性:8200/720
魔法適性:890
適合属性:水、闇
スキル:パイクシールド(消費SP5)
ウォーターパイク(消費SP7)
ダークネスパイク(消費SP7)
ウォーターボール(消費SP9)
コンフューズパイク(消費SP9)
アイスパイク(消費SP10)
ファントムパイク(消費SP15)
アクアウィップ(消費SP20)
バニシングパイク(消費SP20)
アイスブレード(消費SP20)
シャドウタック(消費SP25)
ブリザードウィンド (消費SP25)
プワゾンスラッシュ(消費SP25)
「そういえばどうだったの? 久々の、猪瀬さんとの再会は?」
ステータスを確認していた時、柚子がどこか冗談めかしたような口調で尋ねてきた。
彼女の言葉に、友子は不愉快そうに眉を顰めながらステータスの表示を消した。
「ねぇ、それ……分かってて聞いてるよね?」
「うん? 何のこと?」
「どうせ全部見てたくせに。……大体、山吹さんがもっと早く助けに来ていれば、すぐにでもこころちゃんを追うことが出来ていたのにッ!」
友子はそう怒鳴りながら柚子の胸倉を掴むべく立ち上がろうとしたが、先程の毒気が完全に抜けきっておらず、軽く眩暈がしてすぐに地面に手をついた。
それを見た柚子は肩を竦めて立ち上がり、友子から距離を取るように数歩後ずさった。
彼女は上着のポケットに両手を突っ込むと、冷めた目で友子を見下ろしながら続けた。
「何か勘違いしてるみたいだけど……あくまで、私が主人で最上さんが奴隷、っていう関係なのは忘れてないよね?」
「……何を、急に……」
「最上さんは、私が少しでも早く日本に帰る為に、私の命令に従って、レベルを上げて魔女を殺してくれれば良い。……猪瀬さんの救出は、あくまでそのついで。別に最上さんの邪魔をするつもりは無いし、魔女の討伐に必要だと感じれば協力する。……それだけの話でしょ?」
柚子は静かな声で言いながら、元々林の心臓が置いてあった壁の出っ張りに腰を下ろした。
彼女の言葉に友子は不愉快そうに顔を顰めたが、元々そういう条件で手を組んでいるのは事実だったので、何も言い返せなかった。
すると、柚子はポケットの中に入れていた道具袋の中から掌サイズの大きさの丸い水晶のような石を取り出し、両手で大事に持ちながら続けた。
「最上さんは今まで頑張ってくれたよ。凄く必死にレベルを上げていたし、必要に応じて私の命令も聞いてくれた。……早く猪瀬さんに会いたい、っていう気持ちが……嫌でも伝わってきたよ」
「……」
「私としては、林の心臓は封印されている場所も色々と複雑な事情のある場所らしかったし、見送ろうかと思ったけど……最上さんが私の期待以上に頑張ってくれたから、ここに来ることを特別に許可してあげたんだよ」
淡々と語りながら、柚子は手に持った水晶を指先で器用に回した。
透明の色をした水晶は、壁や天井を覆う蔦の隙間から漏れ出る光を反射してキラキラ光る。
この水晶はクラインが発明した魔道具で、封印されている心臓がある場所を知ることが出来るというものだった。
二人はこの水晶を使って濃霧を抜け、ベスティアの町に進入した。
さらに、同様にクラインが作った物の一つで、闇魔法を応用して二人の姿を隠すことの出来る魔道具もあった。
その魔道具は闇魔法の幻魔法と違い、匂いや魔力なども隠蔽させることが出来る為、獣人族の嗅覚でも気付かれることなく潜入することが出来たというわけだ。
「でも……あくまでそれだけ」
柚子はそう語りながら、水晶を回す手を止めた。
「確かに今回は、最上さんが猪瀬さんを早く連れ戻したいって言ったのは止めなかった。死なれたら困るから、多少は戦いのサポートをさせて貰ったけど……それだけの話」
「……何が言いたいの……?」
「あの場ですぐに最上さんを解毒して魔女の後を追っても、魔女は殺せなかったよ」
冷淡な声で言い放つ柚子に、友子は大きく目を見開いた。
柚子はそれに、両手の中にある水晶を握る力を強めて続けた。
「確かに魔女は満身創痍の重傷だし、あの場で追い打ちを掛ければ命を取れただろうね」
「じゃあ、なんで……ッ!」
「でも、魔女の味方である心臓の守り人は、四人中三人はほぼ無傷の状態。赤髪の人は割と重傷だったと思うけど……それでも魔女に比べると軽傷だったし、いざとなったら戦闘に参加してくる可能性がある。私が参加しても、最上さんがやったような不意討ちでも無い限り、四対二で心臓の守り人を相手にするなんて分が悪いでしょ?」
冷静な分析を語る柚子に、友子はグッと口を噤んで俯いた。
──それに……猪瀬さんが戦いに参加してくる可能性だってあるでしょ?
柚子はそう続けようとして口を噤み、静かに視線を逸らした。
先程、こころを遠目に観察して……以前、彼女に対して抱いていた疑念が確信に変わったのを感じた。
こころが、心臓の魔女に恋しているかもしれない、という……友子にとっては、残酷な疑念が。
世の中には、誘拐事件の被害者が犯人に対して恋心を持ってしまうと言った、ストックホルム症候群なんてものも存在する。
柚子としては、こころの恋心はその一種では無いかと考えているが……違う可能性も捨てきれない。
どちらにせよ、現状、こころが心臓の魔女に対して恋心を抱いているのは確定と言っても過言では無いだろう。
そんな中で友子が心臓の魔女に更なる危害を加えれば、こころ自身が反撃してくる可能性も少なくは無い。
友子の強さの理由がこころへの恋心にあることを考慮すると、出来れば二人の衝突は避けたいところだ。
「でも、このまま見逃す訳じゃないよ」
素早く思考を巡らせた後、柚子は冷たい眼差しで友子を見つめながら、そう続けた。
──最上さんが猪瀬さんに抱いている感情と、猪瀬さんが最上さんに抱いている感情に齟齬があるのは明白。
──心臓の魔女を殺して猪瀬さんを連れ戻した時、その齟齬はきっと大きな障害となるだろう。
──でも……私が日本に帰る分には、何の問題も無い。
「確かに今回は一度見逃したけど、魔女と心臓の守り人の一人が重傷を負っている状況には変わらない。最上さんの矛の力なら、普通の回復薬も魔女自身の自然治癒能力も使えないし、このまま放っておけば魔女は死ぬ。……でも、他の心臓の守り人達がこのまま魔女を見殺しにするような真似はしないはず。普通に考えて……同じ大陸の中にある、光の心臓を手に入れようとするだろうね」
柚子の言葉に、彼女の言おうとしていることが分かったのか、友子はハッとしたような表情を浮かべた。
彼女の反応に、柚子は特に気にする素振りを見せずに続けた。
「でも……少なくとも、重傷を負った魔女と赤髪の人をダンジョンに連れていくことは出来ない。光の心臓を取りに行くにしても、ダンジョン攻略に向かう人と、二人を守る人に分かれるんじゃないかな」
「つまり……人が少なくなって、心臓の魔女を殺しやすくなる……?」
反射的に、友子は呟くようにそう答えた。
それに柚子はクスリと小さく笑って、「そういうこと」と答えた。
「それに、今の魔女は、放っておけば死ぬ状態。直接殺すことは出来なくても、光の心臓を先に破壊すれば、ほぼ確実に心臓の魔女を殺せると思うよ」
柚子はそう答えながら、両手に持った水晶を顔の高さまで持ち上げた。
水晶の中には、白みの強い金色の光が輝いている。
「もうすぐあの二人も追いついてくる頃だし……準備を整えて、確実に……心臓の魔女を殺しに行こう」
---
0
お気に入りに追加
208
あなたにおすすめの小説
女子高生、女魔王の妻になる
あかべこ
ファンタジー
「君が私の妻になってくれるならこの世界を滅ぼさないであげる」
漆黒の角と翼を持つ謎めいた女性に突如そんな求婚を求められた女子高生・山里恵奈は、家族と世界の平穏のために嫁入りをすることに。
つよつよ美人の魔王と平凡女子高生のファンタジー百合です。
君は今日から美少女だ
藤
恋愛
高校一年生の恵也は友人たちと過ごす時間がずっと続くと思っていた。しかし日常は一瞬にして恵也の考えもしない形で変わることになった。女性になってしまった恵也は戸惑いながらもそのまま過ごすと覚悟を決める。しかしその覚悟の裏で友人たちの今までにない側面が見えてきて……
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
声楽学園日記~女体化魔法少女の僕が劣等生男子の才能を開花させ、成り上がらせたら素敵な旦那様に!~
卯月らいな
ファンタジー
魔法が歌声によって操られる世界で、男性の声は攻撃や祭事、狩猟に、女性の声は補助や回復、農業に用いられる。男女が合唱することで魔法はより強力となるため、魔法学園では入学時にペアを組む風習がある。
この物語は、エリック、エリーゼ、アキラの三人の主人公の群像劇である。
エリーゼは、新聞記者だった父が、議員のスキャンダルを暴く過程で不当に命を落とす。父の死後、エリーゼは母と共に貧困に苦しみ、社会の底辺での生活を余儀なくされる。この経験から彼女は運命を変え、父の死に関わった者への復讐を誓う。だが、直接復讐を果たす力は彼女にはない。そこで、魔法の力を最大限に引き出し、社会の頂点へと上り詰めるため、魔法学園での地位を確立する計画を立てる。
魔法学園にはエリックという才能あふれる生徒がおり、彼は入学から一週間後、同級生エリーゼの禁じられた魔法によって彼女と体が入れ替わる。この予期せぬ出来事をきっかけに、元々女声魔法の英才教育を受けていたエリックは女性として女声の魔法をマスターし、新たな男声パートナー、アキラと共に高みを目指すことを誓う。
アキラは日本から来た異世界転生者で、彼の世界には存在しなかった歌声の魔法に最初は馴染めなかったが、エリックとの多くの試練を経て、隠された音楽の才能を開花させる。
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話
赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。
前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
さくらと遥香
youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。
さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。
◆あらすじ
さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。
さくらは"さくちゃん"、
遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。
同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。
ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。
同期、仲間、戦友、コンビ。
2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。
そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。
イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。
配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。
さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。
2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。
遥香の力になりたいさくらは、
「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」
と申し出る。
そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて…
◆章構成と主な展開
・46時間TV編[完結]
(初キス、告白、両想い)
・付き合い始めた2人編[完結]
(交際スタート、グループ内での距離感の変化)
・かっきー1st写真集編[完結]
(少し大人なキス、肌と肌の触れ合い)
・お泊まり温泉旅行編[完結]
(お風呂、もう少し大人な関係へ)
・かっきー2回目のセンター編[完結]
(かっきーの誕生日お祝い)
・飛鳥さん卒コン編[完結]
(大好きな先輩に2人の関係を伝える)
・さくら1st写真集編[完結]
(お風呂で♡♡)
・Wセンター編[不定期更新中]
※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる