上 下
121 / 204
第5章:林の心臓編

117 嫌いじゃない

しおりを挟む
「ったく、どこほっつき歩いてたんだ馬鹿。探したじゃねぇか」

 男の腕をギリギリと締め上げながら、フレアは呆れたような口調でそう言った。
 それに、リアスはピクリと肩を震わせたが、すぐに目を伏せた。

「……ごめんなさい。リートに頼まれた物が中々見つからなかったの」
「……」

 珍しく素直に謝るリアスに、フレアは目を丸くした。
 彼女はやがて小さく溜息をつくと、パッと男の腕から手を離した。
 かなり強く握り締められていたようで、離された腕の一部は赤黒く変色しており、痣のようになっていた。
 しかし、腕を離されて一息つく暇も与えず、すぐにフレアは男の胸ぐらを掴んで強引に顔を近づけた。

「……お前、リアスに何した?」

 至近距離でギロリと男を睨みつけながら、フレアは犬歯を剥き出しにして、怒気を孕んだような低い声で言った。
 その声に、男は「ひッ!?」と情けない声を発した。
 後ずさろうとするも、胸ぐらを強く掴まれている為に叶わない。

「やッ、俺は、その……一人だと、思って……お茶に誘った、だけで……まさか、彼氏さんがいるとは……」
「あ゛ぁ゛? 彼氏ィ?」

 降参の意を示すように両手を挙げながら情けない声で答える男に、フレアはこめかみに青筋を浮かべながら、男の胸ぐらを掴む力を強くした。
 それに、男は内心で「そっち!?」と驚きながらも、その顔をさらに青ざめさせる。
 どちらにせよ、フレアはかなり憤っている様子で、今すぐにでも殴りかからんばかりの剣幕だった。

「フレアちゃ~ん! リアスちゃん見つかった~?」

 その時、アランがそんな風に声を掛けながら、こちらに駆け寄ってきた。
 フレアはそれを見て「おっ」と声を上げ、パッと男の胸ぐらから手を離した。
 突然手を離されたことにより、男はその場に尻餅をつく。
 すると、フレアはそれを見下ろした。

「今回は見逃してやるから、もうどっか行け」
「へっ……?」
「さっさと俺達の前から消えろッ!」

 明らかに苛立った様子で怒鳴るフレアに、男は情けない声を上げながら、そそくさとその場を離れて行った。
 ちょうど男と入れ違いになるような形になったアランは、逃げていく男を不思議そうな表情で見送りつつも、すぐに二人に視線を戻した。

「もぉ~! 置いて行くなんて酷いよ~」
「ん? ……あぁ~、わりぃわりぃ。お前チビだから、足おせぇもんな」
「チビは関係無いよ~!」

 悪びれる様子無く言うフレアに、アランは両手に拳を作り、頬を膨らませながら不満そうに言った。
 それから先程男が逃げていった方を一瞥し、フレアに視線を戻してコテンと首を傾げて続けた。

「それより、さっきの人は何~? なんか、慌てた様子で逃げてったけど……」
「あ? いや、何でもねぇよ。リアスに絡んでたから、ちょっと注意してやっただけ」
「ん~……その割には、なんか……フレアちゃん怒ってなかった?」
「んぁ? ……いや、気のせいだろ」

 フレアはそう言いながらガリガリと自分の頭を掻き、ソッと目を逸らした。
 彼女の言葉に、アランは「うーん……?」と、納得いってないように呻く。
 それを見て、ずっと黙っていたリアスがようやく口を開いた。

「本当に大したことじゃないわよ。それより、早く宿屋に戻りましょう? こころも、そろそろ目を覚ましてるかもしれないし」
「おぉ~! そうだね! 早く帰ろう!」

 満面の笑みを浮かべながら言うアランに、フレアはしばし考えるような素振りをした。
 そしてすぐに、ずっと片手で持っていた荷物をアランに押し付けた。
 突然荷物を押し付けられたアランは、驚きながらも何とかその荷物を両手で受け取り、オロオロした様子でフレアを見つめた。

「フ、フレアちゃん、急にどうしたの!?」
「あー……そーいや俺、買いたい物あったんだわ。悪ィ、その荷物持って先に帰っといてくれ」

 フレアはそう言いながら、リアスの持っていた紙袋を取って、アランに預けた袋の中に突っ込む。
 突然のことにリアスは驚くが、不満を漏らす間も無く、空いたその手を乱暴に掴まれる。
 それに、アランは「えぇッ!?」と動揺の声を上げる。

「先に帰っといて、って、急に言われても……! っていうか、買いたい物って何!? なんでリアスちゃんまで連れてくの!?」
「買いたい物は別にそんな大した物じゃねぇから内緒~。リアスは、ホラ……財布持ってんのコイツだろ? あと俺計算とかめんどくせぇからしたくねぇし、コイツ連れてった方がはえーじゃん」
「だからってぇ~」

 不満そうに言うアランに、フレアは「すぐ戻るからさ」と言いながらヒラヒラと手を振り、リアスの腕を引いて歩き出す。
 それに、リアスは驚いたような表情を浮かべながらも、腕を引かれるまま歩き出す。
 先程の男のような、少し乱暴な腕の掴み方。
 しかし、先程のような不快感は、不思議と湧いてこなかった。
 むしろ……──と考え始めたところで、彼女は静かに息をつき、口を開いた。

「本当に強引なんだから……大体、買いたい物って何よ? そんな話今まで全く……」
「あ? ンなもんあるわけないだろ」
「はぁ? 何言って……」

 聞き返すリアスに、フレアは無言で立ち止まる。
 腕を引かれて追いかける形になっていたリアスは、咄嗟に立ち止まることが出来ず、目の前にいたフレアの背中に体をぶつけた。

「ちょっと、急に立ち止まらないでよ。危ないじゃな……」
「ンな顔してる奴を放っておける程、俺鬼じゃねぇんだけど?」

 呆れたような表情で言うフレアに、リアスは目を丸くして固まった。
 そこで辺りを見渡してみると、気付けば人気の無い裏路地の中にいた。
 一通り周りの状況を把握したリアスは、すぐにフレアに視線を戻し、口を開く。

「顔……って、何? 私の顔に何か付いて……」
「手ぇ震えてるぞ?」
「ッ……」

 気怠そうな口調で言うフレアに、リアスはパッと自分の両手を見る。
 言われてみると、確かに両手の指先が寒さに震えるように、小刻みに痙攣していた。
 答えられない様子のリアスに、フレアは一つ溜息をついて続けた。

「顔色だって悪ィし……そんな状態でこころに会いたくねぇだろ、お前」
「……でも……別に、貴方に心配される筋合いは……」
「別にお前のことが心配とかじゃねぇよ。……ただ、まぁ……放っておける程、お前のこと嫌いじゃねぇし……」

 そう言いながら、フレアはソッと視線を逸らした。
 リアスはそれを見て僅かに目を丸くしたが、すぐにその表情を引き締め、フイッと背けた。

「……私は嫌い」
「お前ッ……」

 あっけらかんとした口調で言い切るリアスに、フレアはこめかみに青筋を浮かべながら、引きつったような笑みを浮かべる。
 それに、リアスはクスリと小さく笑みを浮かべてフレアに視線を戻し、彼女の服の裾を掴み……──

「嘘」

 ──凭れ掛かるように、フレアの首筋に顔を埋めた。
 思いもよらぬ出来事に、フレアはギョッとしたような表情を浮かべた。
 しかし、すぐに小さく息をつき、リアスの腰に手を回して背中をポンポンと軽く叩いた。

「何があったんだよ。お前があんな顔するなんてよっぽどのことだろ?」
「……よくあるナンパよ。お茶に誘われて、断っても中々引き下がってくれなくて、肩を掴まれちゃって……少しビックリしちゃった」
「へぇ~? お前が? 男に触られただけで? 前にこころにもっと凄いことしようとしてたじゃねぇか」
「……」

 煽るように言うフレアに、リアスは無言で彼女の横腹を摘まんだ。
 すると、フレアはヘラヘラと笑いながら「痛い痛い」と明らかに思ってないような声で言う。
 それにリアスは眉を顰めたが、すぐに小さく息をつき、フレアの体を押すようにして体を離した。

「こころは別よ。好きな人になら、むしろ自分から体を預けたいくらい」
「おーおー、そこまでは聞きたくなかったぞおい」
「それに、そもそもこころは女でしょう? 同性と異性じゃ全然違うわよ。大体、名前も知らないような男に触られたら誰でも嫌でしょう? そんなことも分からないなんて、貴方ってホント馬鹿ね」
「はぁッ!? 別にそこまで言わなくても良いだろッ!? 大体、フツーは女相手でもお前みたいにベタベタしねぇんだよッ!」
「自分の価値観でしか推し測れないなんて、ホント可哀想な頭してるわね」
「お前の場合は価値観とかそういう問題じゃねぇだろうがッ!」

 怒鳴るように声を荒げるフレアに、リアスはクスクスと楽しそうに笑った。
 そこで、先程の男で溜まっていた不快感が、すっかり消え去っていることに気付く。
 普段いがみ合っているフレアに助けられたことが少し癪だったが、それ以外は特に嫌な感情は無かった。
 そんなリアスの心情などいざ知らず、自分を見て楽しそうに笑う彼女を前に、フレアは呆れたように溜息をついた。

「ッたく……もう充分元気になったみてぇだし、そろそろ宿屋戻るぞ。色々と疲れた」

 ぶっきらぼうな口調で言いながら、彼女はリアスの横を通り過ぎ、来た道を戻り始める。
 リアスはその後ろ姿をしばし見つめていたが、やがて小さく笑みを浮かべ、「そうね」と言う。
 彼女は小走りでフレアの横に並び、腕を絡めて続けた。

「そろそろアランが宿屋に戻っている頃かしら。……二人きりの邪魔をされて、リート怒ってるかもね」
「いや、この状態で会話続けんのおかしくね?」

 平然と会話を続けるリアスに対し、フレアはそう言いながら自分の腕に絡められた彼女の手を掴む。
 すると、リアスはフレアの顔を見上げて「そうかしら?」と首を傾げた。

「町を歩いていたら、またさっきみたいに変な男に絡まれる可能性があるでしょう? だから、こうして恋人がいるアピールをしておくのよ」
「……だからってこんなことする必要あるか?」
「この方が一目で分かりやすいじゃない」
「そうかぁ~?」

 飄々とした態度で言うリアスに、フレアは訝しむように聞き返す。
 それに、リアスは「そうよ」と答えながら、フレアの腕に自分の胸を押し付けた。

「ホラ、そんなことよりさっさと宿屋に戻りましょう? 早くこころに癒されたいわ」
「俺は帰り道だけで余計に疲れそうだ」

 フレアは疲れたような口調で言いながらも、リアスの腕を振り解くような素振りは見せなかった。
 そんなフレアにリアスは小さく笑いつつ、二人は宿屋に向かって歩き始めた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:170pt お気に入り:143

売られて嫁いだ伯爵様には、犬と狼の時間がある

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:96

欲求不満の人妻

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:36

最強猫科のベヒーモス ~モフりたいのに、モフられる~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:1,713

処理中です...