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第4章:土の心臓編
096 これで良いんだ
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「うわぁ、広いねぇ」
部屋に備え付けられていた浴槽を満たす湯の中に浸かった私は、ついそんな声を上げた。
それに、友子ちゃんは「そうだねぇ」と呟くように答えた。
部屋の風呂は思っていたよりも広く、二人で入っても足を伸ばせる程だった。
宿屋に入った時からずっと思っていたことだが、ここはかなり良い所だと思う。
まぁ、一応城の使いのようなものだし、良い所に泊まるのか。
普段私がリート達と泊まっていたような所とは比べ物にならない……なんて考えた時、ズキッと胸が僅かに痛んだ。
「友子ちゃん達が泊まっていたような宿屋って、もしかしてどこもこんな感じだったの?」
「……こんな感じ?」
「えっと……高級そうな感じ?」
私の言葉に、友子ちゃんは顎に手を当てて「うーん……」としばらく唸った。
それから顔を上げ、一度頷いた。
「うん、割とどこもこんな感じ。てっきり、異世界の宿はどこもこんなものなんだと思ってたけど……」
「そんなこと無いよ。私が泊まったことある宿屋は、どこももっと質素だったし。……やっぱり国から金が出てると違うのかなぁ」
私の言葉に、友子ちゃんはクスクスと楽しそうに笑った。
「でも、これからはこころちゃんもこれが当たり前になるんだよ? 早く慣れないとね」
「……そうだね」
無邪気な感じの笑顔を浮かべながら言う友子ちゃんに、私はそう答えながら、自分の胸に手を当てた。
……また、胸に痛みが走ったのだ。
ほんの一瞬だったので、今はもう痛くはないけれど。
ひとまず息をついて手を下ろした時、友子ちゃんがお湯を両手で掬った。
「夢みたいだな。こうしてこころちゃんとお喋りしながら、一緒にお風呂に入ることが出来るなんて……」
「……夢じゃないよ」
「うん。知ってる」
はにかむように笑いながら言う友子ちゃんの顔を見ていると、自然と自分の顔が綻ぶのを感じた。
その顔を見ているだけで、自分の選択は正しかったのだと、確認できるような気がした。
彼女は掬っていたお湯を戻し、続けた。
「ずっと……こころちゃんが死んだと思っていたから。もう、触れることも、話すことも出来ないと思っていたから……ホントに、凄く嬉しい」
友子ちゃんはそう言いながら、笑みを浮かべた。
私はそれに、何だか照れ臭くなって、頬を掻きながら目を逸らした。
すると、彼女は「そういえば」と続けた。
「ずっと魔女の奴隷になってたって言ってたけど、何か酷いこととかはされなかった? こき使われたりとか、何か……変なことされたりとか……」
「いや、そんなこと……」
心配する友子ちゃんに否定しようとして、私は少し口ごもる。
いや……割とそんなことあったな。
結構人遣い荒かったし、ステータスが上がったから体力的な消費はほとんど無かったけど、冷静に考えてみると割とこき使われていたと思う。
リートをおんぶして長距離移動したり、常に彼女の盾になったり、夜に襲われかけたり……あぁ、最後はリアスだった。
まぁ、こき使われていたと言っても、ステータスが高くなっていたおかげでそれ自体は別に苦では無かったけど……。
そんな風に思い出していた時、またズキリと胸が痛んだ。
「……別にそんなことなかったよ」
事実はどうあれ、友子ちゃんを心配させるわけにはいかないと思い、私はそう言っておいた。
すると、友子ちゃんは心配そうに「本当?」と聞き返してきた。
それに、私は頷いて見せた。
「本当だよ。まぁ、奴隷と言っても、どっちかと言うと一緒に旅をするパートナー的な扱いだったからね」
「……パートナー……」
「リートは力が無いから、力仕事を押し付けられたりすることはあったけどね。でもステータスはかなり上がってるから、そのおかげで別に苦では……」
そう言いながら顔を上げた私は、友子ちゃんの顔を見て言葉を詰まらせた。
なぜなら、彼女の顔が明らかに不機嫌そうだったから。
え、何……? 私、何か変なこと言った……?
不安に思っていると、彼女は小さく息をつき、ソッと目を伏せた。
「友子ちゃん……?」
「……そのリートって、魔女のこと……?」
相変わらず不機嫌そうな態度のまま、友子ちゃんはジトッと私を見てそう聞いてきた。
それに、私は「そうだよ?」と聞き返した。
すると、彼女は「ふぅん……」と呟くように言いながら目を逸らした。
「……リート、って……呼び捨てにしてるんだ……」
「いや、リートだけじゃないよ。フレアとか、リアスとか……一緒に旅してた人は割と皆呼び捨てにしてた」
「その二人は……一緒にいた、赤髪の人と青髪の人?」
「あぁ、うん。赤髪の人がフレアで、青髪の人がリアス」
「確か、あの二人もアランみたいな心臓の守り人なんだっけ?」
「うん。……あれ、話したっけ?」
「いや、山吹さん達に話してたから」
「あぁ、そっか……」
山吹さん達に話した時は、話がややこしくならないように名前は省いて説明したからな。
そんな風に考えつつ、私はソッと胸に手を当てた。
なぜだろう。話せば話す程、胸の痛みが強くなるような……胸の中の突っかかりが大きくなって、息が苦しくなるような、変な感じがする。
これ以上は……ダメだな。
「ていうか、私の話ばっかりじゃない。そろそろ友子ちゃんの話も聞かせてよ」
「わ、私!?」
私の言葉に、友子ちゃんは素っ頓狂な声を上げた。
それに私は頷き、すぐに彼女の顔を指さした。
「まずその前髪。切ってみたら? って私が言った時は切らないって言ってたのに、どうして切ったの?」
「こ、これは……」
私の言葉に、友子ちゃんは顔を赤らめながら前髪を手で隠した。
いや、今更隠しても遅くない?
内心でそうツッコミを入れつつも、なんだかそんな友子ちゃんの態度が可笑しくて、私はつい吹き出してしまった。
「こ、こころちゃん!? なんで笑うの!?」
「あはははっ! いや、はははっ、ごめん……隠さなくても良いじゃん。似合ってるのに」
私の言葉に、友子ちゃんは目を丸くした。
彼女はしばし考える素振りをした後で、ソッと前髪から手を離した。
それから上目遣いで私を見て、小さく口を開いた。
「本当に……似合ってる……?」
「うん。すごく」
「……変じゃない?」
「全然」
「……えへへ……」
思ったことをそのまま答えて見せると、彼女は頬を緩ませ、前髪を指で弄りながらはにかんだ。
……大体、前髪を切ることを推奨したのは私だって言うのに……。
そんな風に呆れつつ、私は浴槽の壁に背中を預けた。
「……こころちゃんが死んだって聞いて……変わらないと、って思ったんだ」
すると、彼女はそんな風に続けた。
それに顔を上げると、彼女は小さく笑みを浮かべ、続けた。
「強くなりたいって、思ったの。……こころちゃんを守れるくらい、強く」
「私を……?」
「あはは……変な話だよね。死んだ人を守りたい、なんて……」
そう言いながら、彼女は頬を掻いてはにかむように笑った。
私はそれに、すぐに首を横に振って「変じゃないよ」と答えた。
「嬉しいよ、凄く……上手く、言葉に出来ないけど、本当に嬉しい。……ありがとう」
「ッ……」
私の言葉に、友子ちゃんはグッと唇を噛み、フイッと顔を背けた。
彼女は短くなった前髪を指で弄りながら、そのまま続けた。
「だ、だから……長かった前髪を切って……人見知りも、頑張って直して……強くなれるように、戦って……」
「うん……」
「頑張ったの……こころちゃんを、守りたくて……でも、こころちゃんはもういないから、どんなに頑張っても、意味なんて無いんじゃないかって……悩んだりして……」
「……うん……」
「だからッ……こころちゃんがッ、生きているかもしれないってッ……聞いたッ……時はッ……ホントにッ……ホントにッ、嬉しくてッ……」
ポツポツと、友子ちゃんの顎から伝った雫が、水面に落ちていく。
その雫の正体に気付いた私は、すぐに彼女の体を抱き寄せ、頭を優しく撫でた。
「ッ……ごめッ……私ッ、泣いてばっかりでッ……」
「ううん、良いんだよ。大丈夫。……大丈夫だから」
肩を震わせながら謝る友子ちゃんに、私はそう言ってやりながら、彼女の頭を撫でた。
すると、友子ちゃんは私の肩に額を当てながら、何度も「ごめん」と謝ってきた。
私はそれに、同じように何度も「良いよ」とか「大丈夫」とか言ってやりながら、彼女の頭を撫でた。
……やっぱり、これで良かったんだ。
こんなにも私なんかのことを好いてくれる彼女のことを置いていくなんて、そんなこと出来るわけがない。
今まで、私をこれ程までに大切にしてくれた人が、どれだけいただろう。
この先、私をこれ程までに大切にしてくれる人は、現れるのだろうか。
私なんかの為に強くなりたいと願い、涙を流す程頑張ってきてくれた彼女を、無碍にして良いはずが無い。
……大切にしなければ、ならないんだ。
だから、これで良い。……これで良いんだ。
部屋に備え付けられていた浴槽を満たす湯の中に浸かった私は、ついそんな声を上げた。
それに、友子ちゃんは「そうだねぇ」と呟くように答えた。
部屋の風呂は思っていたよりも広く、二人で入っても足を伸ばせる程だった。
宿屋に入った時からずっと思っていたことだが、ここはかなり良い所だと思う。
まぁ、一応城の使いのようなものだし、良い所に泊まるのか。
普段私がリート達と泊まっていたような所とは比べ物にならない……なんて考えた時、ズキッと胸が僅かに痛んだ。
「友子ちゃん達が泊まっていたような宿屋って、もしかしてどこもこんな感じだったの?」
「……こんな感じ?」
「えっと……高級そうな感じ?」
私の言葉に、友子ちゃんは顎に手を当てて「うーん……」としばらく唸った。
それから顔を上げ、一度頷いた。
「うん、割とどこもこんな感じ。てっきり、異世界の宿はどこもこんなものなんだと思ってたけど……」
「そんなこと無いよ。私が泊まったことある宿屋は、どこももっと質素だったし。……やっぱり国から金が出てると違うのかなぁ」
私の言葉に、友子ちゃんはクスクスと楽しそうに笑った。
「でも、これからはこころちゃんもこれが当たり前になるんだよ? 早く慣れないとね」
「……そうだね」
無邪気な感じの笑顔を浮かべながら言う友子ちゃんに、私はそう答えながら、自分の胸に手を当てた。
……また、胸に痛みが走ったのだ。
ほんの一瞬だったので、今はもう痛くはないけれど。
ひとまず息をついて手を下ろした時、友子ちゃんがお湯を両手で掬った。
「夢みたいだな。こうしてこころちゃんとお喋りしながら、一緒にお風呂に入ることが出来るなんて……」
「……夢じゃないよ」
「うん。知ってる」
はにかむように笑いながら言う友子ちゃんの顔を見ていると、自然と自分の顔が綻ぶのを感じた。
その顔を見ているだけで、自分の選択は正しかったのだと、確認できるような気がした。
彼女は掬っていたお湯を戻し、続けた。
「ずっと……こころちゃんが死んだと思っていたから。もう、触れることも、話すことも出来ないと思っていたから……ホントに、凄く嬉しい」
友子ちゃんはそう言いながら、笑みを浮かべた。
私はそれに、何だか照れ臭くなって、頬を掻きながら目を逸らした。
すると、彼女は「そういえば」と続けた。
「ずっと魔女の奴隷になってたって言ってたけど、何か酷いこととかはされなかった? こき使われたりとか、何か……変なことされたりとか……」
「いや、そんなこと……」
心配する友子ちゃんに否定しようとして、私は少し口ごもる。
いや……割とそんなことあったな。
結構人遣い荒かったし、ステータスが上がったから体力的な消費はほとんど無かったけど、冷静に考えてみると割とこき使われていたと思う。
リートをおんぶして長距離移動したり、常に彼女の盾になったり、夜に襲われかけたり……あぁ、最後はリアスだった。
まぁ、こき使われていたと言っても、ステータスが高くなっていたおかげでそれ自体は別に苦では無かったけど……。
そんな風に思い出していた時、またズキリと胸が痛んだ。
「……別にそんなことなかったよ」
事実はどうあれ、友子ちゃんを心配させるわけにはいかないと思い、私はそう言っておいた。
すると、友子ちゃんは心配そうに「本当?」と聞き返してきた。
それに、私は頷いて見せた。
「本当だよ。まぁ、奴隷と言っても、どっちかと言うと一緒に旅をするパートナー的な扱いだったからね」
「……パートナー……」
「リートは力が無いから、力仕事を押し付けられたりすることはあったけどね。でもステータスはかなり上がってるから、そのおかげで別に苦では……」
そう言いながら顔を上げた私は、友子ちゃんの顔を見て言葉を詰まらせた。
なぜなら、彼女の顔が明らかに不機嫌そうだったから。
え、何……? 私、何か変なこと言った……?
不安に思っていると、彼女は小さく息をつき、ソッと目を伏せた。
「友子ちゃん……?」
「……そのリートって、魔女のこと……?」
相変わらず不機嫌そうな態度のまま、友子ちゃんはジトッと私を見てそう聞いてきた。
それに、私は「そうだよ?」と聞き返した。
すると、彼女は「ふぅん……」と呟くように言いながら目を逸らした。
「……リート、って……呼び捨てにしてるんだ……」
「いや、リートだけじゃないよ。フレアとか、リアスとか……一緒に旅してた人は割と皆呼び捨てにしてた」
「その二人は……一緒にいた、赤髪の人と青髪の人?」
「あぁ、うん。赤髪の人がフレアで、青髪の人がリアス」
「確か、あの二人もアランみたいな心臓の守り人なんだっけ?」
「うん。……あれ、話したっけ?」
「いや、山吹さん達に話してたから」
「あぁ、そっか……」
山吹さん達に話した時は、話がややこしくならないように名前は省いて説明したからな。
そんな風に考えつつ、私はソッと胸に手を当てた。
なぜだろう。話せば話す程、胸の痛みが強くなるような……胸の中の突っかかりが大きくなって、息が苦しくなるような、変な感じがする。
これ以上は……ダメだな。
「ていうか、私の話ばっかりじゃない。そろそろ友子ちゃんの話も聞かせてよ」
「わ、私!?」
私の言葉に、友子ちゃんは素っ頓狂な声を上げた。
それに私は頷き、すぐに彼女の顔を指さした。
「まずその前髪。切ってみたら? って私が言った時は切らないって言ってたのに、どうして切ったの?」
「こ、これは……」
私の言葉に、友子ちゃんは顔を赤らめながら前髪を手で隠した。
いや、今更隠しても遅くない?
内心でそうツッコミを入れつつも、なんだかそんな友子ちゃんの態度が可笑しくて、私はつい吹き出してしまった。
「こ、こころちゃん!? なんで笑うの!?」
「あはははっ! いや、はははっ、ごめん……隠さなくても良いじゃん。似合ってるのに」
私の言葉に、友子ちゃんは目を丸くした。
彼女はしばし考える素振りをした後で、ソッと前髪から手を離した。
それから上目遣いで私を見て、小さく口を開いた。
「本当に……似合ってる……?」
「うん。すごく」
「……変じゃない?」
「全然」
「……えへへ……」
思ったことをそのまま答えて見せると、彼女は頬を緩ませ、前髪を指で弄りながらはにかんだ。
……大体、前髪を切ることを推奨したのは私だって言うのに……。
そんな風に呆れつつ、私は浴槽の壁に背中を預けた。
「……こころちゃんが死んだって聞いて……変わらないと、って思ったんだ」
すると、彼女はそんな風に続けた。
それに顔を上げると、彼女は小さく笑みを浮かべ、続けた。
「強くなりたいって、思ったの。……こころちゃんを守れるくらい、強く」
「私を……?」
「あはは……変な話だよね。死んだ人を守りたい、なんて……」
そう言いながら、彼女は頬を掻いてはにかむように笑った。
私はそれに、すぐに首を横に振って「変じゃないよ」と答えた。
「嬉しいよ、凄く……上手く、言葉に出来ないけど、本当に嬉しい。……ありがとう」
「ッ……」
私の言葉に、友子ちゃんはグッと唇を噛み、フイッと顔を背けた。
彼女は短くなった前髪を指で弄りながら、そのまま続けた。
「だ、だから……長かった前髪を切って……人見知りも、頑張って直して……強くなれるように、戦って……」
「うん……」
「頑張ったの……こころちゃんを、守りたくて……でも、こころちゃんはもういないから、どんなに頑張っても、意味なんて無いんじゃないかって……悩んだりして……」
「……うん……」
「だからッ……こころちゃんがッ、生きているかもしれないってッ……聞いたッ……時はッ……ホントにッ……ホントにッ、嬉しくてッ……」
ポツポツと、友子ちゃんの顎から伝った雫が、水面に落ちていく。
その雫の正体に気付いた私は、すぐに彼女の体を抱き寄せ、頭を優しく撫でた。
「ッ……ごめッ……私ッ、泣いてばっかりでッ……」
「ううん、良いんだよ。大丈夫。……大丈夫だから」
肩を震わせながら謝る友子ちゃんに、私はそう言ってやりながら、彼女の頭を撫でた。
すると、友子ちゃんは私の肩に額を当てながら、何度も「ごめん」と謝ってきた。
私はそれに、同じように何度も「良いよ」とか「大丈夫」とか言ってやりながら、彼女の頭を撫でた。
……やっぱり、これで良かったんだ。
こんなにも私なんかのことを好いてくれる彼女のことを置いていくなんて、そんなこと出来るわけがない。
今まで、私をこれ程までに大切にしてくれた人が、どれだけいただろう。
この先、私をこれ程までに大切にしてくれる人は、現れるのだろうか。
私なんかの為に強くなりたいと願い、涙を流す程頑張ってきてくれた彼女を、無碍にして良いはずが無い。
……大切にしなければ、ならないんだ。
だから、これで良い。……これで良いんだ。
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