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第4章:土の心臓編

097 折角一緒にいるのに

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 友子ちゃんが落ち着くのを待ち、私達は風呂から上がった。
 私の着替えは全部リートが持っている為、ひとまず今日着ていた服は洗濯した後で、クラインの風魔法で乾かして明日も着ることになった。
 しかし、今日寝る時の服の替えは無く、仕方がないので全裸の上から部屋に置いてあった薄手のガウンを着ることになった。
 ……何だかスースーして落ち着かないな。
 これならいっそ、真っ裸になってしまった方が楽なのではないか?

「……ごめんね。こころちゃん」

 ガウンの紐を結んでいた時、寝間着に着替えた友子ちゃんが、スンスンと鼻を啜りながらそう言ってきた。
 それに顔を上げると、彼女は俯いたまま続けた。

「なんか、こう……すぐに気持ちが高まっちゃって……すぐ泣いちゃって……」
「別にそんなこと、気にしなくても良いのに……友達でしょ?」

 私はそう言いながら、濡れた彼女の髪を撫でてやった。
 すると、彼女はビクリと一瞬肩を震わせたが、すぐに目を細めて受け入れた。
 その時、体の前で縛っていたガウンの紐がはらりと解けてしまった。

「ッ……!?」
「あぁ、解けちゃった……思っていたよりもすぐに解けるなぁ」

 小さく呟きつつ、私はすぐに紐を縛る。
 ふと顔を上げると、友子ちゃんが顔を真っ赤にして目を背けているのが分かった。

「……友子ちゃん?」
「わ、何!?」
「いや、別に……」

 やけに大袈裟に驚く友子ちゃんに、私はそう答える。
 まさか、そんなに驚くとは思わなかった。
 ……もしかして、私の裸に驚いたなんてことないよね?
 さっき普通に一緒にお風呂に入ったし、それは無いだろうけど……。

「そ、それより、早く髪乾かそう!? 湯冷めしちゃうよ!」

 慌てた様子で言いながら、彼女は脱衣所を出た。
 それに続くように脱衣所を出ると、部屋には化粧台があり、そこには髪を乾かす魔道具が備え付けられていた。
 友子ちゃんはその魔道具を手に取ると、チラッとこちらを見てきた。
 ……? どっちから乾かすかって話かな?

「先に乾かしなよ。私は友子ちゃんより髪短いから、すぐに終わるし」

 私はそう答えつつ、手近にあったベッドに腰かけた。
 すると、なぜか彼女の顔に不機嫌そうな表情が浮かんだ。
 え、何……? と思っていると、彼女は化粧台の前にある椅子を軽く叩いた。

「……座って」
「……はい?」

 予想外の言葉に、私はつい聞き返す。 
 すると、友子ちゃんは頬を赤らめて目を逸らし、続けた。

「私が……乾かしてあげる」
「……? わざわざどうして……」
「……」
「……分かったから……」

 さらに不機嫌そうになる友子ちゃんに、私はそう答えつつベッドから立ち上がった。
 ひとまず椅子に座ると、彼女は満面の笑みを浮かべ、魔道具を発動した。
 ブォォォと温風が濡れた髪に当たるのを感じ、私は小さく息をついた。

「……でも、急にどうしたの? 髪乾かしたいなんて」

 なんとなく、私はそう聞いてみた。
 すると、彼女は私の髪を乾かしながら「うーん……」と小さく呟いた。

「別に……深い意味は特に無いよ。ただ、折角だから、少しでもこころちゃんに長く触れていたいと思って」
「……ふぅん」
「ていうか、さっきの反応から思ったんだけど……こころちゃんは、その……こうして、魔女に髪を乾かしてもらったりとかは……」
「ないよ、流石に」

 どこか尻すぼみな様子で聞いてくる友子ちゃんに、私はそう答えながらヒラヒラと軽く手を振った。
 リートが私の髪を乾かすだなんて、そんな優しいことしてくれるはずもない。

「大体、私が奴隷だったからね。どっちかと言うと、私がリートの髪を乾かす側じゃないかな」
「……乾かしてたの?」
「してないよ」

 少し低くなった声で聞いてくる友子ちゃんに、私は慌ててそう否定した。
 まぁ、お互いに整容は自由にしていたかな。
 こういう一つしか無い道具を使う時は、流石にリート優先だったけど……。
 そんな風に考えていると、また胸の中がモヤモヤして、気分が悪くなってきた。

「……そうなんだ」

 そう呟いた友子ちゃんの声色は、やけに明るく感じた。
 目の前にある鏡を介して彼女の顔を確認してみると、何だか上機嫌な様子だった。
 ……私とリートがお互いの髪を乾かしたことがあるかどうかって、それほど重要な問題なのか?
 ふと考えてみるが、正直よく分からない。
 それで友子ちゃんが喜んでいる理由も、イマイチ分からない。
 けど、まぁ……彼女が嬉しそうなのは、別に嫌な気分では無い。

「……そういえば、こころちゃんって髪伸ばさないの?」

 すると、友子ちゃんがそんな風に聞いてきた。
 それに、私は「髪……?」と聞き返しつつ、鏡に映った自分の顔を見た。
 私の髪は、大体肩くらいまでの長さだ。
 別に長い方でも無ければ短くも無い、特筆すべきこともない平凡な髪型。

「……髪は長いと手入れが大変だからね。なんとなく、この長さに落ち着いちゃった」
「そうなんだ。……こころちゃん、長いのも似合うと思うけどな」

 そう言いながら、友子ちゃんは魔道具を切り、空いている手で櫛を取って私の髪を梳いていく。
 乾いた私の髪は、彼女の扱う櫛の隙間をサラサラと流れていった。

「……綺麗な髪してるから」
「……」

 小さく続けた友子ちゃんに、私は少し驚いた。
 綺麗、なんて褒められ方中々しないから、何だか新鮮だ。
 今まで私にそんなことを言ってくれたのなんて、リートくらい、しか……──。

「……じゃ、次は私が乾かすよ。座って?」
「っ……うんっ。よろしくお願いします」

 嬉しそうに言いながら、友子ちゃんは私の座っていた椅子に腰かけた。
 私はそれに笑いつつ、魔道具を使って、先程彼女がしてくれたのと同じように乾かす。
 彼女は髪が長いから大変かと思ったけど、先程私の髪を乾かしてくれている中でまぁまぁ乾いていたみたいで、時間は私とそんなに変わらなかった。
 髪を乾かし終えると、私は櫛を使って、同じように髪を梳いてやった。

「……友子ちゃんだって、綺麗な髪してるじゃない」
「……そう……?」
「うん。……すごく綺麗」

 私はそう言いながら、指で軽く彼女の髪を梳いた。
 乾いた空色の髪の毛が私の指の間で擦れてサラサラと落ちていく様は、まるで川のせせらぎのようだと思った。

「……ありがとう」

 友子ちゃんはそう言って、僅かに俯いた。
 それからひとしきり髪を梳き終え、私は彼女の頭をポンッと軽く撫でた。

「はい。終わったよ」
「っ……」

 私の言葉に、友子ちゃんは自分の頭に手を当てて目を丸くした。
 しかし、すぐにフワッと笑みを浮かべて、無言で一度頷いた。
 それに私は笑い返しつつ、櫛を化粧台に置いた。

「……あぁ、そうだ。ベッドはどっち使う? 二つあるけど……」

 私はそう言いつつ、化粧台の後ろにあるベッドに視線を向けた。
 すると、友子ちゃんは私の言葉に立ち上がり、二つのベッドを見た。

「どっちが良い? 私は別にどっちでも良いからさ」

 私はそう聞きながら、二つのベッドの間の方に歩いて行く。
 高級な宿屋なだけあって、ベッドも今まで泊まっていた宿屋のものとは比べ物にならないくらい良い物だ。
 造りもしっかりしていて、布団は綿のようにフカフカしている。
 そんな風に二つのベッドをそれぞれ審査でもするかのように眺めていると、友子ちゃんも私の方に歩いて来た。

「……? どっちにするか決まった?」
「……こころちゃん」

 私の問いに答えず、彼女は言いながら、私のガウンの袖をキュッと握り締めた。
 それに驚いていると、彼女は私の顔を見上げ、続けた。

「一緒に寝てくれるって……言ったよね?」
「えっ……?」

 一瞬不思議に思ったのも、束の間。
 彼女は私の肩を掴み、すぐ傍にあったベッドに押し倒してきた。
 かなり良いものであろうベッドは、私達二人が乗っても軋むことは無く、その音は吸い込まれていったような錯覚がした。
 突然のことに驚いている間に、友子ちゃんは私の肩を掴んだまま、顔を覗き込んできた。

「一緒に……寝てほしい、です……」
「……はい……」

 潤んだ目で真っ直ぐ見つめられながら紡がれた言葉に、私は反射的に頷いた。
 気付けばガウンははだけており、体が外気に触れるような感覚があった。
 どこか肌寒いような感覚にむず痒さを覚えていた時、友子ちゃんはハッとした表情で、慌てて私の体から手を離した。

「ご、ごめん……! なんか、咄嗟に……!」
「あぁ……いや、平気だよ。大丈夫」

 また謝ってくる友子ちゃんに、私は笑ってそう返しつつ、はだけたガウンを正した。
 ……いや、本当はかなりビックリしたけどね……!?
 未だに心臓がバクバク言ってるし、なんか動揺が凄い。
 まさかあんなことをしてくるなんて……リートじゃあるまいし……。

「っ……」

 脳裏に過ぎったリートの顔に、私はソッと額に手を当てた。
 ……嫌だな、この感じ。
 胸の中が何だかモヤモヤして、痛くて……気持ち悪い。

「……こころちゃん?」

 すると、友子ちゃんが心配そうな表情で言いながら、顔を覗き込んで来た。
 私はそれに顔を上げ、彼女の顔を見た。

「あぁ、ごめん。何でも無いよ。ちょっと考え事」
「本当に大丈夫? 気分が悪いんだったら、クラインさんとか呼んでくるけど……」
「ホントに平気。……ありがとう」

 そうお礼を言ってやると、友子ちゃんはまだ少し不安そうだったが、すぐに「うん」と小さく頷いた。

「……じゃあ、私、電気消してくるね」

 彼女はそう言うと立ち上がり、部屋の電気のスイッチの方へ歩いていった。
 私はその後ろ姿を眺めながら、静かに自分の胸に手を当てた。
 ……何なんだろう、この……嫌な感じ。
 忘れよう。折角一緒にいるのに、別の誰かのことを考えているなんて、失礼だ。
 どうせ、もう会うことは無いのだから。
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