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第4章:土の心臓編

080 大事な人に会いたい者同士

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 宿屋にチェックインした一行は、クラインから翌日の日程についての説明を受け、その日はもう休憩となった。
 一行が泊まった宿屋は一人部屋か二人部屋しか無かったので、柚子と友子、花鈴と真凛でそれぞれ二部屋とり、クラインが一人部屋に泊まることとなった。

「……わぁお」

 先に部屋に入った柚子は、部屋の一角を見てそう声を上げた。
 それに、友子は続いて部屋に入り、柚子の視線を追った。
 すると、そこには大きなダブルベッドが一つだけ置いてあった。

「まさかのダブルベッドとは……どっちで寝たい?」
「……別にどっちでもいいよ」

 どこか投げやりな口調でそう答えると、友子は持っていた鞄をベッドの近くの床に放り、ダブルベッドの壁側の方に腰かけた。
 それに柚子は嘆息し、鞄をベッドの上にソッと置いて、窓側の方に腰かけた。
 互いにベッドの外側に体を向けている為、背中合わせのような状態になる。
 友子は何も無い壁を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。

「緊張してる?」

 小さな声で投げかけられたその問いに、柚子は僅かに肩を震わせた。
 彼女は拳を強く握り締め、頷いた。

「……してる」
「……私も」

 友子の返答に、柚子は僅かに目を見開いた。
 しかし、すぐにソッと目を伏せて「そっか」と答えた。
 実際、緊張と言うよりは……不安だった。
 柚子達のレベルは、元々クラインが出した条件であるレベル50を下回っている。
 オマケに、花鈴と真凛はクラインの出した最低条件のボーダーラインギリギリと言った状態だ。
 しかし、学級委員長である自分がクラスメイトを不安にさせてはいけないと判断し、その弱音をソッと飲み込む。

「……不安?」

 すると、友子からそんな言葉が投げかけられた。
 自分の心を占める不安が表に出ていたのかと、柚子は焦る。
 しかし、ここで黙っていれば余計に不安を煽るだけだと判断し、彼女はすぐに口を開いた。

「そんなことないよ? 今まで皆で頑張ってきたし、明日もきっと勝てるって……私、信じてるから……」
「そんな、文化祭や体育祭の本番前みたいなこと言わなくても……不安ならそう言えば良いのに」
「だから、違うって……」
「私は不安じゃないよ」
「ッ……」

 突然の友子の言葉に、柚子は驚いて息を呑んだ。
 彼女の反応に気付いているのか否か、友子は続けた。

「クラインさんが私達をここに連れて来たということは、私達が心臓の守り人を倒せるって信じているってことだと思う。あの人は慎重な人だから、可能性の低い博打はしないと思うの」
「……なるほど……」

 柚子は小さく呟き、両手の指を絡めてキュッと軽く握る。
 船の上でクラインと話した時のことも踏まえてみると、友子の言っていることは尤もで信憑性は十分あった。
 確かに今は魔女の行動に焦る気持ちはあるだろうが、その感情に任せて博打に出るような人では無さそうだった。

「じゃあ、最上さんはなんで緊張してるの?」
「……心臓の守り人を倒したら、こころちゃんの所に少しでも近づけるんだと思ったら……なんか、こう……気持ちが逸る、というか……」
「あはは……揺るがないなぁ」

 あくまで通常運転の友子に、柚子はつい苦笑を零した。
 ……これを通常運転と呼ぶのは違和感があるかもしれないが、柚子や友子にとっては、これが平常だった。
 しばらく苦笑していた柚子はやがてそっと表情を緩め、静かに口を開く。

「私も、早く妹に会いたいなぁ」
「……揺るがないのはどっちだか」

 どこか呆れたように言う友子に、柚子ははにかむように笑った。
 それに友子は苦笑し、目を伏せた。

「じゃあ、明日はお互いに頑張らないとね。……大事な人に会いたい者同士」
「そうだね。……絶対勝とう」

 柚子の言葉に、友子は「うん」と小さく頷いた。
 そこで会話は途切れ、室内には静寂が流れる。
 元々、二人は友達でも無ければ、仲が良いわけでも無い。
 ただ、今は一緒のグループに所属しており、柚子がなんとなく友子を気にかけている程度の関係。
 花鈴と真凛がベッタリなのでなんとなく一緒に行動することが多く、友子が色々な人と話せるようになった為にこうしてよく話すようになっただけのこと。
 それ以上でも無ければ、それ以下でも無い。
 ──私と最上さんの関係って……一体何なんだろう……?

「魔女は、なんで……こころちゃんを仲間にしたのかな……」

 柚子の思考を遮るように、友子が突然そんなことを呟いた。
 唐突な呟きに驚きながらも、柚子は気を取り直して「急にどうしたの?」と聞き返した。
 それに、友子は「いや……」と小さく言う。

「少し、考えたの。こころちゃんが魔女の味方をしている理由については説明がつくけど、そもそもなんで、魔女はこころちゃんを味方にしたのかな、って思って」
「なんで、って……そりゃあ、味方は多い方が良いから、とかじゃ……」
「それなら、他の人じゃダメだったのかな。東雲さんとか、葛西さんとか……寺島さん……とか……」

 寺島という単語に、柚子の表情が僅かに曇る。
 否、寺島だけではない。
 東雲や葛西など、ダンジョンで死んだ面々の名前が出る度に、少しずつ彼女の顔は暗くなっていっていた。
 友子の言葉に、柚子は服の裾を握り締め、声を振り絞った。

「寺島さんが生きていたら……何か知っていたかもね」
「ッ……」

 柚子の言葉に、友子は僅かに息を呑んだ。
 言葉を詰まらせる友子に気付いているのか否か、柚子は続けた。

「私達がここで考えていても、答えは出てこないよ。どうして魔女が猪瀬さんを仲間にしたのかも……その逆も……本人達にしか分からない」
「──……なければ……った……」

 掻き消えそうな小さな声で何かを呟く友子に、柚子は僅かに眉を潜めた。
 しかし、すぐに視線を戻し、続けた。

「まぁ、いずれ魔女を倒す時にでも聞けばいいんじゃないかな。……魔女が正直に全部吐いてくれる相手なら、の話だけど」
「……そうじゃなかったら?」
「諦めるしかないんじゃない?」
「……無責任だね」

 柚子の言葉に、友子はそう小さく呟いた。
 少し情けない様子の口調に、柚子は小さく笑った。
 それから軽く伸びをして、続けた。

「まぁ、最上さんとしては、猪瀬さんさえ助けられればそれで良かったりするんじゃないの?」
「……否定できない」
「ふふっ、やった」

 どこか嬉しそうに言う柚子に、友子は少し苦笑する。
 それに、しばらくクスクスと笑っていた柚子は、フッと表情を緩めて続けた。

「まぁ、私には魔女をどうこうする力は無いから、何とも言えないけどね。結局は最上さんに任せるしかないし」
「私じゃなくても、望月さん達だっているのに……」
「魔女の生殺与奪を他の人に任せても良いのなら」
「……それはやだな」
「だと思った」

 どこか得意げに言う柚子に、友子は苦笑しつつ頬を掻く。
 しかし、彼女の言う通り、魔女を殺すのは自分の手でやりたかった。
 自分の手で、魔女を殺してこころを救い出したかった。
 柚子の言葉も、それを分かった上でのものだった。
 ──こころちゃんへの気持ちのことと言い、なんだか、お見通しって感じだな。
 友子は内心でそう考え、苦笑を零す。
 ──私って、そんなに分かりやすいのかな。

「……最上さん」

 すると、柚子に名前を呼ばれた。
 先程までと声色が違うことに気付き、友子の表情が僅かに強張る。
 パッと振り向くと、そこでは友子の方に体を向けて立っている柚子の姿があった。
 窓からの光が逆光になっている影響で、その表情はこちらから伺えない。
 しかし、目を離すことが出来ず、友子は言葉を詰まらせる。

「最上さんは、なんで……」

 掠れた声で、柚子は言う。
 しかし、そこから先を言おうとしたところで、彼女は何を思ったのか黙り込む。
 突然の状況に友子は驚き、柚子の次の言葉を待つことしか出来なかった。
 柚子はしばらく何かを言おうとする表情で固まっていたが、やがてグッと唇を噛みしめ、視線を逸らした。

「……ごめん。やっぱり、何でも無い」
「……」

 言葉を濁す柚子に、友子はその表情を曇らせた。
 彼女が何を言おうとしていたのかは分からないが、なんとなく想像出来たから。
 ここで自分から言及するべきなのかもしれないが、違う可能性もあるし、何より自分から掘り下げるような話では無いと思った。
 柚子も今話すことではないと判断したから、すんでのところで思いとどまったのだ。
 なんだか変な空気になってしまったことを察し、柚子はしばし考えて、口を開いた。

「明日……頑張ろうね」
「……うん」

 柚子の言葉に、友子は頷く。
 それ以上、お互いに会話を続けるつもりはなかった。

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