【R18】今晩泊めてくれる人いませんか? #裏垢男子 #神待ち

チハヤ

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1話 裏垢男子を拾いました

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しろ@裏垢男子 @shirokun_ura
今晩泊めてくれる人いませんか?
#裏垢男子 #神待ち
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『24歳OLです! せまいけどうちでよかったら好きなだけ泊まっていいよ』

 ツイッターで見かけた募集にこんなメッセージを送ったのはお酒の勢いだった。
 今晩の寝床がないという男子高校生と、泊める気満々の私。手短にやりとりを済ませると、私はすぐに自宅を飛び出してタクシーに乗り込んだ。

『西口で白のパーカーに黒のリュック背負ってるのが俺です』

 約束の時間である0時半過ぎ。追加で届いたメッセージと同じ服装の男の子が駅前のモニュメントの前に立っている。
 けれど、待ち合わせ場所に着く頃には私の酔いもすっかり冷めていた。

「ほ、本当にいる。どうしようどうしよう……っ」

 体を突き動かしていたアルコールが抜けて、今の私を満たしているのは「何であんなメッセージ送っちゃったんだろう」っていう後悔だけだった。バス停の看板裏に隠れながら、私は頭を抱える。
 泊めるのはやばくない? 相手は未成年だよ? これって人助けになるの? いや、やばいよ。常識的に考えて。

――よし。謝罪の連絡だけして帰ろう。
 申し訳ないとは思うけど、自分可愛さが勝った。立ち上がり、こそこそ後ずさりながら「ごめんなさい。行けなくなった」と入力している途中で更にメッセージが届いた。

『着きました?』
「あ……」

 手元のスマホから視線を上げれば私を見ていたらしい離れた位置の彼と目が合う。
 次の瞬間にはこちらに向かってくるから私はどうやら逃げるタイミングを逃したらしい。


「DMをくれたお姉さんですよね? しろです。よろしくお願いします!」

 私の前に立った男の子はツイッターのユーザー名と同じ、"しろ"と名乗った。
 しろくんのアカウントはプロフィールに「17歳 家出中」と書かれており、アイコンは雰囲気がわかる程度の見切れた横顔だった。
 アイコンの写真も輪郭が綺麗だとは思っていたが、実物のしろくんは想像以上に整った顔立ちをしていてかっこいい。
 髪型は毛束感のある柔らかそうなマッシュヘアーで、身長は170半ばくらいだろうか。小顔でスタイルがいいから無地の白パーカーに黒のスキニーパンツというシンプルな服装でも3割増しでオシャレに見える。

 キモいおっさんが来なくてよかったと喜ぶべきか、本当に17歳らしき男の子が来てしまったことを嘆くべきか。
 ……とにかく断るなら今しかない。

「や、やー……あのー……」
「お姉さん。わかってると思うけど、もう電車ないし、俺はお姉さんと約束したから他の人の誘い断ってるんですよ。まさか今更泊めるの無理なんて言い出さないよね?」
「えっ!?」

 考えが見透かされている……?

「あー……ち、散らかってるけど……」
「全然平気! ありがとうお姉さん」
「あはは」

 ニッと年相応な笑顔を見せる彼に対して苦笑いを返すことしかできない。結構ちゃっかりしてそうな男の子だ。
 でも、メッセージを送ったのは私なんだから腹をくくるか。今晩だけ、今晩だけ彼を家に泊めよう。

「車どこに停めたの?」
「え……タクシーで来たよ」
「タクシー?……ははっ、タクシー使うなんてお姉さん大胆だね。普通はこういうのってひっそりとするもんでしょ」

 お酒を飲んだ後だからタクシーにしたけど、言われてみればすごい行動力だ。人生で初めてお酒の失敗体験ができてしまった。





 駅周辺に居酒屋が多いこともあり、この時間でもタクシーは簡単に捕まって二十分ほどで家に到着した。
 しろくんと待ち合わせした駅とは違うけれど駅近で1LDK、ペット可、築年数もまだ新しいマンションの一室だ。
 ここだよと告げるとしろくんは「いいとこですね」と興味なさげに呟いた。家賃高いけどね、と息を吸うように愚痴りたくなるのをこらえて慎重に玄関を開ける。

「ドアすぐ閉めてね」
「お邪魔しまーす」
「にゃー」

 玄関に入るとすぐに駆け寄ってきた白猫が私の足首に顔を擦りつける。

「しろ、ただいま。もう……またリビングの扉開けちゃったの?」
「しろっていうんだ」
「うん。しろくんとおそろいだね」

 愛猫の"しろ"はその名の通り真っ白な毛をしている。瞳は綺麗な黄色。生後一年にも満たない甘えんぼうの男の子だ。
 私はこの家でしろと二人暮らしをしている。

「可愛い。お姉さんからのメッセージに返信したのはアイコンが決め手なんです。猫飼ってる人に悪い人はいないって言うし」
「ああ、そういえば他の人からも連絡あったって言ってたもんね」

 ツイッターのアイコン、ヘッダー、ついでにラインのアイコンもしろに設定しているのは我ながら親バカかな、と思う。でも、うちのしろは美猫だから多少はね。
 部屋にお客さんが来るのは久しぶりだった。話しながらもう一つスリッパを出すと、しろくんは脱いだスニーカーをきちんと揃えて玄関の隅に置いた。

「うーん。リプも合わせたら三十人くらいから連絡来たかな」
「三十人!?」
「冷やかしがほとんどだろうし、説教くさいこと言ってくる人もいるんですよ。捨てアカとかそれ専用のアカウントから送ってくる人がほとんどの中で、お姉さんのアカウント珍しかったんだよな」
「そう、なの?」

 まずいかなと今更ながら焦る。めちゃくちゃリアルの知り合いと繋がってるアカウントからメッセージを送ったし、しろくんのこともフォローしてしまった。
 しかし、うちに泊まりなよと男子高校生に声をかける人間が三十人もいるなんて日本終わってるな。自分のことを棚に上げて憂いながらリビングへと続くドアを開ける。

「どうぞ……っあ!」

 リビングの惨状が目に入ってきて表情が凍りつく。
 ローテーブルの上や周辺にビールやチューハイの空き缶が何本も転がっている。ソファーの上にはとっ散らかった洗濯物。後で畳もうと思ってそのままだったんだ。

「あー、だからタクシー……」
「ご、ごめん。すぐ片付けるね! いつもは綺麗にしてるんだよ? ちょっと今日はいろいろあって!」
「……なんかお姉さん不器用ですよね」

 リビングの入口でしろくんがポツリと呟く。私は洗濯物の山に紛れていた下着を隠しながら寝室に運んでいった。
 急いで戻ってくるとしろくんが未開封の缶チューハイを片手に口を開く。

「俺これ好きなんだ。一本もらっていいですか?」
「駄目だよ! 未成年でしょ」
「えー、そんなこと気にするの?」
「当たり前です。お酒とタバコは二十歳になってから。社会の常識だよ」
「お姉さんのケチ」

 お酒を取り返すと、しろくんはつまらなそうに口を尖らせた。

「ジュースと変わらないって。お姉さんも高校生の頃はこっそり飲んでたでしょ」
「ごねても駄目だからね。私は自分で言うのもなんだけど真面目に生きてきたんです。二十歳になるまで飲まなかったよ」

 しろくんは不良少年なのだろうか。それとも高校生がお酒を飲むのは普通のこと?
 私は優等生とまではいかなくてもこれといった問題を起こすことなく高校を卒業し、そこそこの大学に進学し、そこそこ良い会社に就職した。
 真面目といえば聞こえはいいが、ようは面白みのない平坦な人生を送ってきたのだ。多感な思春期にも家出をしようなんて考えたこともなかった。

「俺を家に泊めるのは悪いことじゃないの?」
「え……」

 心臓がドクンと跳ねた。

「そ、それは酔ってたから……その、むしゃくしゃしてて……」
「……よし。じゃあパーッと飲もう!」
「えぇ……?」
「やけ酒の途中だったんでしょ? 宿のお礼にいくらでも付き合いますよ」

 困惑する私をスルーして、しろくんは「何かジュースください」と我が物顔でソファーに腰を下ろした。





 しろくんは聞き上手だった。私の愚痴を否定したり、余計なお世話なことは一切言わない。適切なタイミングで相槌を打ち、時には会話を広げてくれる。
 自然とお酒の本数が増えていって、私はしろくんに思いの丈をぶつけていた。今日やけ酒していた理由も。

「見てよ。金払えっていうこの催促の山を! 社会人になったらもっと自由にお金使えると思ってた。ここ家賃高すぎ!」

 私は衝動のままに光熱費や税金の請求書、社内報、その他もろもろをテーブルの上に派手にぶちまける。

「へぇ。お姉さん、本名"花澄かすみ"っていうんだ。てか個人情報ガバガバだけど大丈夫ですか」
「んー……いいよー。何でもー」
「……アヤサカデンキで働いてるんですね。大きい会社ですよね」
「そー、事務員やってる。給料安いよ」
「ふぅん……」

 子供の頃から夢という夢はなかった。福利厚生の良い会社で希望の事務員をできているから仕事に不満はない。
 私が荒れているのは、この部屋で春まで同棲していた元彼のSNSを見たことが原因だった。
 未練があったわけじゃない。ただ何となく、怖いもの見たさで開いてしまったこと今は後悔している。

「あいつだけ新しい恋人と楽しくしてるのずるいー! 私は彼氏いないのに! 家賃高くて苦しんでるのに!」

 親の反対を押し切って始めた同棲だったから今更実家には戻れない。
 私は親の言うことを何でも聞く真面目ちゃんで。私の人生は舗装された平坦な一本道だったはずなのに……あのとき、きっと道を間違えた。

「うー……何で私だけこんな寂しいの……」

 いよいよ酔いも回り、机に突っ伏すと請求書や社内報がバサバサと床に落ちていく。
 いや、しろくんが叩き落としたのか。頭がぼんやりしていてよくわからない。
 静かに話を聞いていたしろくんが私の手を握る。ひんやりしてて気持ちいい。

「お姉さん――」
「っ!」

 しろくんの声が近付いてきて、吐息が耳をくすぐった。

「……寂しいなら慰めてあげようか。俺、上手いって言われるんです」
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