神が去った世界で

ジョニー

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第6章 邪神蠢動

第75話 竜王の御子

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『人の子よ。この鱗を其方に託そう。人の力にて抗えぬ時、コレを必要とせぬ者に託すが良い。』
 巨大な竜が1人の女性に輝く鱗を手渡す。
 鱗は光となって溶け、女性の身体に染み込んでいく。
『其方はこの力を繋ぐ巫女となれ。其方と縁繋ぐ者は御子となりて災厄を祓う。』
 女性は静かに頷いた。

 其れは旧き日に、竜から人に贈られた慈しみの証。
 加護無きままに、そして未だ未熟なままに、新たな世界を歩き始める人の身を案じた高き神々の祈りの証。

『愛おしき全ての生命に永き祝福がもたらされん事を』


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


 シオンの身体が紅く輝き続ける。

 カンナが唖然となってシオンの変化を見守る中、少年の背中から光の塊が迫り出してくる。光の塊はどんどんと伸びていき、やがて1対の大きな翼の様な姿に変わる。其れはまるで絵に描かれる竜の翼の様にも見えた。

 白銀の髪。紅の双眸。そして輝く光の翼。
 その姿を見てカンナはポツリと呟いた。
「竜王の御子・・・」

 放たれる紅の輝きが収まった時、カンナはシオンから途轍もない魔力を感じて全身に鳥肌が立つのを感じた。量だけでは無い。その魔力の濃密さも自分と比べれば桁違いだ。
 ――・・・何て力だ・・・。

 シオンがゆっくりとカンナ達に光の翼を伸ばした。翼は優しく2人を包み込む。
 先の爆発魔法で受けたカンナとルーシーの傷が、忽ちの内に癒えていく。
「シオン・・・お前・・・『御子』になったのか・・・?」
 ノームの少女は呆然とシオンに尋ねる。

 シオンは紅い双眸をカンナに向けた。
「分からん。だが今までとは少し違うみたいだ。」
 ・・・少しどころでは無い。まるで中身が別人の様だ。

「ルーシーを頼む。」
 シオンが言うとカンナは言われるままに頷いた。
「あ・・・ああ。・・・お前・・・グースールを止められるのか・・・?」
 少年はノームの少女に少しだけ視線を投げて、グースールの邪神を見た。
「其れが、俺とルーシーの受けた『依頼』だからな。」
 その答えにカンナはクスリと笑った。
「無報酬なのにか?・・・割に合わない依頼だな。」
「そうでも無いさ。」
 シオンも笑う。

「・・・頑張れよ、もはやお前しか居ない。」
「ああ。」

 シオンは光の翼をはためかせる。フワリと足が大地を離れシオンは宙に舞い上がった。
「・・・」
 カンナは言葉も無くシオンを見守る。

 ――・・・何故、このタイミングで覚醒したんだ?
 先程も浮かんだ疑問が再度、頭を過ぎる。

 彼女は『巫女と御子』を探るべく改めて伝道者の記憶を辿った際に視た、過去の2人の御子を思い出す。そして御子に目覚めなかった者達の事も。
 ――・・・何が違う?・・・そして2人の御子とシオンは何が同じなんだ?

 カンナは未だ目を覚まさないルーシーを見る。

 ルーシーを傷付けられた事への怒りか?・・・いや違う。其れならば邪教徒相手にとうの昔に目覚めていただろう。グースールへの贄にされ掛かったあの時の方がシオンの怒りは遙かに大きかった筈だ。
 では単純に、御子になる為の絶対条件でもある『情愛の深さ』が問題だったのか?
 だが其れこそ過去の巫女達と男達の情愛も今のシオンとルーシーに負けず劣らずの深い情愛で結ばれて居た。
 では信仰心か?竜王神を敬う思い?・・・いや絶対に違う。寧ろシオンは竜王神に、ルーシーを苦しめた『巫女』の運命に怒りすら抱いていた。

 怒り・・・?

 カンナの思考がふと止まった。

 ――・・・逆なのか?

 娘との縁に依って『御子』となった父親はどうだったか?あの父親は『巫女』の運命に苦しむ娘の苦難を取り除きたい一心で『御子』になった。
 もう1人の『御子』はどうだったか?彼も愛する女性の『巫女』の運命に怒りを抱き、不要としながらも女性の苦しみを取り除く為だけに『御子』の力を受け入れた。

 では、他の『御子』に為れなかった者達はどうだったか?
 或る者は人々の苦難を嘆き竜王の御子の力を求めた。別の者は身分の違う女性と生涯を共にする為に課せられた試練を乗り越えようと御子の力を求めた。他の者も同じだ。皆、それぞれの理由を以て御子の・・・神の力を求めた。

 シオンは・・・。
 神々の課した『巫女』への過酷な運命に怒り、ルーシーの悲運を代わりに背負おうと『御子』の力を受け入れた。

 そうだ。

 カンナは理解した。
 シオンも含めた3人の『御子』は欠片も御子の力を欲して居なかった。寧ろ嫌悪に近い感情すら抱いていた。だが、愛する者を救うべくその力を受け入れたのだ。

 御子の力を望まない事。そして望まないながらも『御子の力を受け入れる』事。コレが御子になる為のもう1つの条件だったのだ。

 カンナは嗤った。
「・・・成る程、神も意地の悪い事を図るものだ。・・・力を望まないからこそ、力を与えられるとはな。皮肉も此処に極まれリ・・・と言う事か。」

 だが、強大な力を渡す側の立場になって考えて見れば、至極当たり前の事だ。

 簡単に力を求める者に『力』を与えてしまえば、その者は簡単にその力を振るい始めるだろう。人は心弱い生物だ。其れは人間に限らず、エルフもドワーフもノームも、皆そうなのだ。

 本来なら人の力を合わせる事で解決出来る困難すら『力』を以て解決し始めるだろう。そう為れば歯止めは効かなくなり、いずれ必ず本人と周囲の人に不幸を撒き散らし始める。

 だから、竜王神は制限を設けた。
 『巫女』の深い情愛を受け、其れに心から応える事が出来る者。
 そして『御子』の力など欲しない者である事。それは与えられた力などに頼らず、敢くまでも己が努力に依って手にした、自分本来の力を主体に置く事が出来る者。

 人の情を識り、神の力など手段の1つに過ぎないと断じる事が出来る者で無ければ、強大な力など渡せる筈も無い。


 シオンは邪神の高さまで飛ぶと『彼女達』を見据えて呟いた。
「竜王の御子よ。その『力』俺が使ってやる。せめて役にくらい立って見せろ。」

 グースールの聖女達の閉じられていた瞳が再び開く。そしてシオンを見て吠えた。
『アアアアアァァァァッ!』
 聖女達の全ての口が再び精霊を召喚し始める。炎が、氷が、岩が、突風がシオンに襲い掛かる。が、シオンはそれらを腕で、翼で、剣で弾いていく。そして、そのまま急接近すると神剣残月を突き出し、邪神本体を深々と刺し貫いた。

「う・・・」
 吠える邪神の声にルーシーが呻いた。
「ルーシー。」
 カンナの呼び声にルーシーが目を開けてカンナを見る。
「カンナさん・・・。」
 ルーシーは呟いた直後に飛び起きた。
「シオンは!?」
「あそこだよ。」
 カンナは宙を舞うシオンを指差した。
「・・・。・・・え?」
 ルーシーは絶句してシオンを見つめる。
「シ・・・シオン?・・・どうしたの?」

 カンナはルーシーに微笑んだ。
「・・・シオンは『竜王の御子』になったんだよ。」
「御子に・・・」
 ルーシーは呆然となって戦うシオンを見つめた。
「・・・良かったな、ルーシー。」
「え?」
「シオンがお前の『苦しみ』を引き受けてくれたぞ。」
「・・・」
 ルーシーは再びシオンを見る。
「シオン・・・」
「是れからは・・・もう、お前は1人で苦しむ必要は無いんだ。お前には心から信頼できるパートナーが出来たんだから。」

 ルーシーの紅の双眸からスゥッと涙が零れた。
 どうか無事に帰ってきて欲しい。巫女は愛する御子の無事を心から願う。


 力が収束し始めた。4種の精霊達が1点に集まり始める。

 先程は突然の事でカンナも判断が付かなかったが、今なら判る。アレは神話時代の『神殺しの魔法』の1つ。爆発魔法だ。その中では最も弱い威力のモノだが、ケイオスマジックも含めて今の世界で使われる魔法など比較にならない程に強固な決定力を秘めた最強の力の1つだ。
 本来なら在る筈の無い魔法だが、確かに神話魔法も下位の魔法で在れば『精霊を使役』する事で使用する事は出来るだろう。
 ・・・途轍もなく膨大な魔力を消費する事に為るが、邪神と化したグースールの聖女達なら扱えるのかも知れない。

 そして発動してしまえば止める手段は無い。
「シオン!また爆発魔法がくるぞ!やらせるな!」
 カンナが叫ぶ。とは言え、どうやれば止められるのか?カンナにも方法が判らない。

「・・・」
 シオンが動いた。力が集中していく宙の1点に向かって。
 そして手を伸ばし其の『力』を握り絞める。
「グッ」
 衝撃と熱がシオンを襲う。が、シオンはその手を緩める事なく身体から溢れて来る謎の力を注ぎ込み続ける。
 シオンから注ぎ込まれた魔力が『力』を弾き飛ばし拡散させた。

「何という力技だ。自分の魔力を無理矢理注ぎ込んで『力』の器を弾いたのか。」
 カンナが呆れた様に呟く。

 邪神が吠えてシオンに触手を叩き付けるが、シオンはその全てを残月で叩き斬る。だが、その隙を突いて巨大な腕がシオンを掴んだ。
「!」
 凶悪な力がシオンを締め上げ、そのまま大地に叩き付けようと振り翳される。
 しかし、その腕すらもシオンはモノともせずに全身に力を込めて破壊した。

 シオンはグースールの邪神を見下ろして言った。
「・・・もう良いだろう?聖女殿。」
『ア・・・ア・・・』
 邪神の動きが止まった。

 彼女達は戦っていたのでは無い。戦わされていたのだ。シオンは其れを確りと理解していた。
「もう貴女方は充分に苦しんで来た。本来ならば讃えられるべき貴女方が。」
 シオンの光の翼がグースールの邪神に向かって伸びていく。翼は光となって邪神を包み込んだ。その光の中で、グースールの邪神から・・・11の聖女の顔から憎悪が引いていく。

『か・・・神よ・・・』
 グースールの聖女がシオンに呼び掛ける。
『竜の神の御子よ・・・。救い給え・・・。』
 聖女達の双眸から涙が流れる。
『・・・救い給え・・・』
 聖女の願いにシオンは頷いた。
「救おう。」
 その為に戦ったのだ。だが、聖女の次の言葉がシオンを絶句させた。
『私達が護れなかった魂達を・・・私達を信じてくれた騎士様と魔術師様達の魂を・・・』
『その魂の連環に戻して下さい・・・』
『救って下さい・・・』

「!」
 是れだけの悲運を辿りながら、自身の救いでは無く嘗ての仲間の救いを真っ先に願うのか。何と慈愛に溢れた気高い魂なのか。

 シオンはその紅の双眸から涙を流しながら頷いた。
「救いましょう。必ず。だから、もう今は心穏やかに眠って下さい。真の聖女達。」

 シオンの光の翼が一層の輝きを増して聖女達に溶け込んでいくと、グースールの核となっていた肉体から光が溢れ出し塵となっていく。
 聖女達の、今となっては穏やかな11の顔が天に昇っていく光に導かれる様に消えていく。
『・・・ありがとう・・・』
 光の輝きが消えるとグースールの巨体は消えていた。

 そして、ソコには呆然とした表情で立ち竦む邪教の大主教が立っていた。

「な・・・アレは大主教!?」
 カンナが驚きの声を上げる。

 シオンは大地に降り立つとザルサングを見据える。
「やはりな・・・居ると思ったぞ。戦っている最中、聖女達の悲哀と怒りの他に1つ、もっとドス黒い傲慢な昏い魂の存在を感じていた。」

「何故だ・・・」
 ザルサングが呻く。
「全てが上手くいっていた筈だ。邪神の中に入り込み、その力を手中に出来た筈だ・・・何故だ!!」
 大主教の叫びにシオンは冷笑を浮かべる。
「貴様と聖女達では根本が違うと言う事だろう?」
「何!?どう言う事だ!?」
「話した処で貴様には一万年掛けても理解は出来まいよ。」

 シオンは冷笑を引っ込めるとその表情を変えた。
「・・・天央12神も許せんが、聖女達の慈愛から生まれた悲しみと怒りを利用した貴様達オディス教も許せん・・・。」
 竜王の御子の怒りが大主教を射貫く。

 ザルサングは嗤った。
「フフフ・・・だが、貴様などにやられはせんよ。」
 大主教は呪文を詠唱する。
『汝、最奥の地に眠る王の名に於いて願い給う。二つの首は一つに。旧き呪いに交わりて彼の者に祝福を・・・アビスドレイン!』
 シオンの足下に魔方陣が広がり瘴気が絡みついていく。

「・・・」
 シオンは自分の身体を這い上がってくる瘴気の蛇を無言で見つめていた。
「どうした、無駄と知って諦めるか!?」
 ザルサングが嗤う。

 ふと大主教はシオンの後方に居る2人の少女を見た。
「・・・」
 ルーシーもカンナも慌てた素振りも見せずに黙って蛇に飲まれていくシオンを見守っている。

 不穏な気配を感じた瞬間、シオンの光の翼が輝き蛇達を薙ぎ払い焼き尽くした。その後には傷1つ無いシオンが相も変わらず悠然と立っていた。
「・・・馬鹿な・・・」

 シオンの紅の双眸が輝き始める。
「・・・グースールの聖女達は出来るだけ傷付けたく無かった。だから攻撃も最低限のモノに留めた。だが、貴様には何の遠慮もしない。」
 全てを飲み尽くす程の膨大な魔力が辺りを支配する。
「ま・・・待て・・・」
 ザルサングは初めて恐怖の色を表情に浮かべた。

 シオンの頭の中に言葉が浮かび、少年はそのままその言葉を口にした。

『2つの点は1つの点に。宙の果て、真の果てに帰りし旧き神々の名に於いて命ずる。古の竜よ、その猛き真紅の炎を以て我が前に破壊の力を示せ・・・』

「や・・・やめろ!」
 ザルサングの顔が恐怖に引き攣る。
 シオンはその制止の声に何の感銘も受ける事なく魔法詠唱を完結させる。

『クリムゾンブレイク』

 変化はザルサングの身体に起きた。
 大主教の身体から紅い光がドーム状に溢れ出す。
「ヒッ・・・!」
 恐怖に身を竦めるザルサングの身体を、紅い光のオーラがどこまでも広がっていきながら飲み込んでいく。
「グッ・・・アアアアアァァァァッ!」
 ザルサングの絶叫が響き、同時に大主教の身体がグズグズと崩れていく。
「や・・・やめろ・・・た・・・たす・・・け・・・」

 シオンが無感動に言葉を投げかける。
「貴様の好きな奈落に落ちるが良い。魂を連環の営みから外し永劫の刻を彷徨え。・・・直にもう1人送り込んでやる。」
 ザルサングはシオンに手を伸ばすが・・・其れも崩れ去り、邪教の大主教は奈落の世界へ永遠の旅路に就いた。

 邪教徒の脅威は去った。


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