神が去った世界で

ジョニー

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第6章 邪神蠢動

第72話 生きて帰る意思

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 絵画に誓いを立てた後、シオンとルーシーはエントランスで休憩をとる事にした。

 この地底城に落下してから、どれ程の時間が経ったかは解らないが1日以上は確実に経過している。その間、ルーシーは何も食べ物を口にしていない。
「こんな物しか無いが。」
 と言ってシオンは干し肉と固いパンを渡した。
「有り難う。」
 ルーシーはそう言うとそれらを受け取り囓り始める。食べにくそうだ。
「食べにくい?」
 微笑みながらシオンが尋ねるとルーシーは顔を赤くして首を振った。
「平気。・・・でも道具が在れば料理出来るんだけどな。」
「ああ・・・其れは魅力的だな。」
 シオンはルーシーが作ってくれた料理の数々を思い出す。
「事が一旦片付いたら、また君の料理が食べたいよ。」
 シオンがそう言うとルーシーは恥に噛む様に微笑んで頷いた。
「うん、私もまた食べて貰いたい。」

 ルーシーの微笑みを愛おしそうに眺めると、シオンは少し視線を逸らした。
「それと・・・」
「?」
「あの夜の事だが・・・」
「あの夜?」
 首を傾げるルーシーにシオンは顔を赤らめる。
「その・・・君と一緒に寝た夜の事だ。」
「あ・・・!」
 忽ちルーシーの顔が真っ赤に染まり恥ずかしそうに俯く。
「俺は・・・君とあの続きをしたいと思っている。」
「え!?」
 驚いた顔をするルーシーにシオンは慌てて手を振る。
「い・・・いや今じゃ無い。だが俺はそう思っている。ルーシーの全てが欲しいと、愛したいと・・・そう思っている。・・・君は・・・どう想っている?」
「・・・」

 ルーシーは胸を押さえた。心臓が驚く程に高鳴っている。
 気にしていなかった筈が無い。いや、寧ろずっと気になっていた。でもこんな時に言われるとは思っていなかっただけだ。シオンの思いは・・・当然嬉しい。
「・・・私も・・・私も貴男の全てを知りたい・・・。もっと・・・もっと知りたい・・・。」
 顔が火照って仕方が無い。どうしようも無く恥ずかしい。
 でも彼女は自分の想いを少年に告げた。

 堪らずにシオンはルーシーを抱き締めた。
「生きて帰ろう。この気持ちが在れば、きっとどんな困難からも生還できる。」
「うん。・・・私・・・絶対に生きて帰りたい。」
 ルーシーはシオンを抱き締めた。

 慕情は死地から生還する為に最も大きな力を発揮する事をシオンは知識としては知っていた。過去に旅の同行者が瀕死の重傷を負ったとき、生き延びた者は総じて愛する恋人や家族を持つ者達だったからだ。
 だが人との深い繋がりを避けてきたシオン自身には、その感情が理屈としては理解出来ても共感出来た事は無かった。
 しかし今なら彼らの気持ちが良く解る。

 ルーシーと1つになるまでは絶対に死にたくない、その思いが今のシオンには在る。その思いをルーシーにも持って欲しかった。
 そしてその思いはルーシーにも伝わった様だった。


 休憩を終えて2人は立ち上がった。
 為すべき事は既に定まっており、生き残る為に必要な想いも確認出来た。ならば後は為すべき事を為すだけだ。

「ルーシー、何か感じるか?」
「うん、グースールの聖女がこの城の下に居るのは解っているの。でも、行き方が解らない。」
「よし、では下に行く方法を探そう。」

 2人はエントランスを探索し始める。

 やがて2人は足を止めた。
「この格子の向こう・・・地下に向かっているね。」
「そうだな。」
 大階段の裏側の壁に人が1人通れる程の大きさの格子扉が在った。
「離れていてくれ。」
 シオンはそう言ってルーシーを離すと神剣残月を格子扉の錠を目掛けて振るった。

『ギィ・・・』
 と不気味な軋み音を上げて、扉がゆっくりと開く。

 格子扉の奥は下に続く階段になっていた。明かりは無く暗闇が2人に向かって口を開けている。
 シオンは松明に明かりを灯して放り込むと、ルーシーを見た。
「行こう。」

 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆

 セルア砦――

 ブリヤン達が奪還したセルア砦で軍の再編成をしていると騎士が報告に来た。
「報告致します。ノーザンゲート砦より、冒険者部隊の増援が到着しました。」
「そうか。」
 ブリヤンは頷くとゼネテス将軍に編成を任せて、彼らが集まる広間に向かった。

 広間には100名を超す冒険者達が集っていた。
 全員がBランクの冒険者だと聞いている。現状、どの冒険者ギルドにもAランクに認定された冒険者が存在しない以上、このセルディナで最高ランク冒険者達が終結した事になる。
 頼もしい限りだ、とブリヤンは満足げに頷く。
「ようこそ、冒険者諸君。私はアインズロード伯爵家当主のブリヤン=フォン=アインズロードだ。ノーザンゲート砦での君達の奮戦は聞き及んでいる。我が領地の危機を救ってくれた事、心より感謝している。有り難う。」
 ブリヤンは素直に頭を下げた。
 冒険者達は雲の上の身分の人に頭を下げられて、此方も恐縮した様に頭を下げる。

 ブリヤンは頭を上げると口の端を上げた。
「勿論、謝意の形を言葉だけで済ますつもりは無い。此度の君達の働きはアスタルト殿下に報告し、君達の報酬の上乗せを約束しよう。」
「おお!」
 冒険者達の間に歓喜の声が上がる。

 ブリヤンは頷き、手を翳して響めきを静める。
「だが、戦いが終結したとは言い切れない。我が軍は是れより北方の砂漠『シバ砂漠』に赴き、戦いの趨勢を見極めに向かう。そして場合に拠っては再度の激戦も予想される。敵は当然、邪教徒共だ。そしてそれらに加勢する勢力の全ても敵となる。」
「・・・」
「厳しい戦いも予想されるが、今一度、諸君等の力をお借りしたい。宜しく頼む。」

 冒険者達を解散させて再編成に戻ろうとするブリヤンに声が掛かる。
「ブリヤン様。」
「!」
 聞き慣れた声にブリヤンは驚いて振り返った。
「マリー殿・・・何故、貴女が?」
 ブリヤンはそう尋ねるが、美貌の回復術士の笑顔に彼も相好を崩した。
「まあ、色々在りましてね。ウェストンに引っ張って来られました。」
「そうでしたか・・・この様な戦場で貴女に会えるとは思わなかった。感謝します。」
「感謝なんて不要ですよ。戦場こそ回復術士の本領が発揮される場でしょうから、精一杯頑張らせて貰いますよ。」
「・・・有り難う。疲れたでしょう。お茶でも如何ですか?」
「え?・・・ああ・・・まあ、では頂きます。」
 マリーは少し戸惑う素振りを見せたが、素直に頷いた。

 執務室のソファーをマリーに勧めると、ブリヤンも対面に腰を下ろす。
 従者が紅茶を出して下がるのを待ってからブリヤンは口を開いた。
「しかし・・・本当に驚きました。まさか貴女にお会いできるとは。」
「ウェストン・・・と言うか急にギルド名目で指名されましてね。現役を離れてもう長いんだから、こんなオバサンなんかじゃなくて、もっと現役バリバリの回復術士を連れて行けって言ったんですけどね。」
 マリーは苦笑したがブリヤンは首を振った。
「いや、貴女のような熟練の回復術士の存在は本当に心強い限りです。其れにオバサンと仰るが貴女は未だ未だお若い。」
「若いとは言えませんよ。とうとう30を過ぎてしまったんですから。」
 ブリヤンは再度首を振った。
「やはりお若い。」
「ふふふ。そう言って貰えるなら嬉しいですね。」
 マリーが微笑むとブリヤンも笑顔を返した。
「そう言えばウェストン殿は?直接的には彼の奮戦がノーザンゲート砦陥落の危機を防いでくれたと聞いていますが。」
「ああ、彼は砦に残ってますよ。また強敵が来ないとも限りませんからね。其れにミシェイル君やアイシャちゃんも居ますし、セシリーさんの護衛も必要ですし。」
「ミシェイル君やアイシャ嬢も来てくれているのですか・・・。本当に有り難い。」
 ブリヤンは目を瞑り感謝の意を示す。
「・・・この度の騒動はアインズロード領にとって・・・いやセルディナ公国にとっても嘗て無い程の危機です。・・・ですが沢山の人々の縁に依ってギリギリの処で崩壊を免れている。私も長年、領主として、そして王家の臣としてこの国の治安に携わってきましたが・・・是れほどに人の縁を有り難く思った事は無い。」
「・・・其れは、良う御座いましたね。」
「ええ・・・。そして其れは貴女との出会いにも同じ事が言えます。」
「ん?」
 マリーは首を傾げた。
「私ですか?」
「はい。・・・いずれ、その辺りのお話をまたさせて頂きたい。」
「え?・・・はあ。」
 只管に首を傾げるマリーにブリヤンは微笑んだ。


 セルディナ軍がセルア砦を出発し、シバ砂漠に到着したのは翌日の夕暮れ時だった。
 負傷者とその看護を目的に残した魔術院の魔術師達を差し引き、その他の雑用の為に置いて来た兵士や帰還させた他領の騎士達を除く、総勢2000名がシバ砂漠の入り口に到着する。

 そしてブリヤンは其処で意外な人物に出会った。
「カンナ殿?」
 小さな身体を丸めて草むらに腰を下ろし、やるせなく馬と戯れるノームの娘を見てブリヤンは呼び掛ける。
「おお、ブリヤン殿。先日振りだな。おや、マリー嬢も一緒か。」
 カンナの言葉にマリーが顔を赤くする。
「・・・嬢!?・・・カ・・・カンナさん!私はもう『嬢』なんて言われる年齢じゃ・・・」
「何を言う。私から見ればお前さんも未だ未だ『嬢』だよ。其れよりもブリヤン殿。取り敢えずの危機は脱した様だな。」
 カンナがブリヤンに話を振るとブリヤンは頷いた。
「ええ。ノーザンゲート砦方面は一旦の落ち着きを見せています。カンナ殿が預けてくれた術が決め手となりましたよ。アレが無ければ退却せざるを得ず、戦いは長引いたでしょう。」
「そうか。ソレなら良かった。」
「其れよりも、カンナ殿は何故ここに居るのです?」
「ああ・・・」
 カンナは大地の崩落によりシオン達とはぐれてしまった事、合流する手段が無く此処まで戻って来た事を手短に話した。
「そうですか・・・シオン君達は無事なのだろうか?」
「シオンは生きている。彼奴は『相棒』として私が認めているからな。離れていても生死だけは解る。が、ルーシーの生死が解らん。」
「そんな・・・ルーシー・・・」
 マリーが悲壮な表情を浮かべて呟く。
「だが、恐らくルーシーも生きている。」
 カンナには確信に近いモノが在った。仮にも竜王の巫女たる存在が、自然の事故で命を落とすとは考え辛い。竜王神の加護が働く筈だ。だが生死の確認は必要だ。
「其処でだ。」
 カンナはブリヤンを見上げる。
「魔術師達の力を借りたい。」
「魔術師達を・・・?勿論、構いません。」
「助かるよ。ルーシーに呼び掛けたかったんだが魔力量が足りなくてな。どうしようかと思案していたところだったんだ。」
 マリーが尋ねる。
「ルーシーに呼び掛けるって・・・そんな事が出来るんですか?」
「ああ、多分な。私の『伝道者』としての力は精霊神様から渡されたモノでルーシーの『竜王の巫女』の力は竜王神から渡されたモノだ。どちらも高等神で同格の神。ならば力を渡された者同士、その神性を通じて語りかける事が出来るかも知れん。」
「・・・そういうモノですか・・・。」
 マリーには解らない感覚の話だ。
「そういうモノさ。」
 カンナは苦笑した。

 ブリヤンが集めた魔術師達にカンナが魔方陣の作成と魔力収束の呪法の準備を依頼する。

「さて其れとな、気になる事が在ってな。」
 暫く魔術師達の作業の様子を見ていたカンナは、ふと思い出した様にそう言うと、おもむろに草地と砂地の境目で砂を手に掬いブリヤンとマリーに見せた。

「2人とも、この砂を見て・・・何か気付かないか?」
「?」
 2人はカンナの小さな手に掬われた砂を見つめた。

 何とも普通の砂の様に見える。・・・所々に妙に白っぽい砂も混じっているが・・・。・・・コレは本当に砂なのか?
「・・・妙に白い砂が混じってますな。」
 ブリヤンが呟いた。
「・・・コレ・・・骨粉じゃ無いですか?」
 マリーが呟く。

 カンナがニヤリと笑った。
「優秀な生徒を持つと話が楽で助かる。」
 カンナは手の砂を払い落とした。

「ずっと気になっていたんだ。砂漠で大地が崩落した事が。」
「・・・」
「そもそも崩落とは何か。其れは大地の下に空洞が出来て岩盤がその自重に堪えられずに崩れる事だ。他にも原因は在るだろうが専らコレが原因だ。・・・つまりだ・・・」
「・・・この砂漠は岩盤の上に大量の砂や其れに類するモノが大量に被さって出来ていると。・・・そしてその下には空洞が在ると言う事ですか?」
「その通り。」
 ブリヤンの答えにカンナは頷いた。
「・・・でも、でしたらこの砂はドコから来たモノなのでしょう?」
 マリーが首を傾げる。
「・・・敢くまで仮説だが・・・」
 とカンナは前置いて推察し始める。
「もともと此処が砂の多い土地だったのは間違い無いだろう。そして其処に大きめの集落か巨大な施設が在ったのでは無いかな?其れこそ1000年単位で昔の時代に。其れが風化してこの地の砂と混じった、と言うのは無理が在るだろうかな?」
「・・・何とも申せませんな。」
 ブリヤンが思案した挙げ句にそう返した。

 カンナはその答えに頷く。
 確かに今の自分の仮説は、ビアヌティアンから聴いた話が色濃く反映されたモノである事は間違い無い。それ故にビアヌティアンの話を知らないブリヤンからの反応は、肯定にせよ、否定にせよ、信頼に値するモノだった。
「まあ、平和になったら調べるのも一興だろうよ。」
 カンナがそう言うとブリヤンが笑った。
「成る程。コレは良い研究題材を頂いた。」
「そうだろう?」
 カンナも笑う。

「カンナ様、準備が整いました。」
 魔術師の1人がカンナに声を掛けて来る。
 どんな魔法を見せてくれるのか、と期待に目を輝かせてカンナを待つ魔術師達の下へ彼女は向かう。

 さて、本題に取りかかるとしようか。


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