神が去った世界で

ジョニー

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第6章 邪神蠢動

第64話 決戦前

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 ノーザンゲート砦。

 アインズロード領の最北端に位置する要塞である。
 高地アインと低地アインの間の狭い谷を渡す様な形で、二重の巨大な壁が聳え立っており北からの外敵の侵入を強固に阻む。また、砦壁には大型の槍や岩を撃ち出す兵器も多く配備されており、正しくセルディナを魔物から守護する強大な盾であった。
 過去に幾度も押し寄せてきた魔物の大軍を退けアインズロード領を延いてはセルディナを守り通せたのは、屈強なアインズロード騎士団の働きも在ろうが、其れと同時にこの強大堅固な壁と砦が大きな役割を果たしたのは万人の認識する処だ。
 そのノーザンゲート砦が破られた。
 この事実は統治に関わる全ての者達を不安で包み込んだ。公都では即座に増援部隊が編成され、公都を出立した。更に翌日、魔術院が選出した魔術師団がノーザンゲートを目指す。各地方の貴族達も助勢と後方支援の為に騎士団を派遣した。

 嘗て無い公国滅亡の危機。

 純粋にセルディナの未来を望む者達も、啀み合う政敵同士も、野心を胸に秘める者達も『今だけは』との言葉を胸に一致団結を図る。当然だ。如何な想いも土台となるセルディナが無くなれば全てが幻と消えるのだ。其れだけは避けねばならない。

 ノーザンゲートには稼働可能なアインズロード騎士団・兵士団2000名の他に、公都騎士団と兵士団が2000名、魔術師団700名、各地より集結した3000名の騎士団や兵士団が集まった。後日、冒険者ギルドから派遣される上級冒険者の一団も合流する予定だ。

 総司令官はブリヤン=フォン=アインズロード卿。副司令官に公都より派遣されたゼネテス公都騎士団長。

 当面の目標は屈強なる戦闘力で敵一団の中核を成す黒騎士団と其れに従う邪教徒達を攻め滅ぼす事。是れを打ち崩せば他の魔物達は散り散りになるか、抵抗が考えられるとしても連携の取れない単発の戦闘になるだけだろう。

 先ずは黒騎士団と邪教徒を殲滅する。
 次いで抵抗する残敵も各個撃破で殲滅する。
 最終的にはルーシーが視たというグゼ大森林北部のシバ砂漠へと侵攻して敵拠点を叩き潰したい。その為には一度は放棄した複数の前線砦も奪還する必要が在るかも知れない。

 敵本体の位置の把握。展開予測。補給物資の確認とルート確保。攻城兵器の運搬方法。具体的な戦術。既に放たれていた斥候部隊のもたらす情報を元に様々な話し合いが軍上層部で行われた。

 そんななか、シオン達はブリヤンと話をする機会を得た。

「君達3人だけで行くと言うのかね!?」
 ブリヤンは信じられないといった表情でシオンを見た。
「はい。」
 少年が頷く。

 少年達が提示した行動予定はブリヤンの想像を超えていた。セルディナ連合軍が敵軍と衝突した隙を突いてシオン、ルーシー、カンナの3人でシバ砂漠へ向かうと言うものだった。

「賛同しかねる。危険に過ぎる。」
 ブリヤンは首を振ったが、逆にカンナがブリヤンに対して否を唱える。
「いや、是れが最も危険が少なく、短時間で敵の喉元に喰らい付ける方法だ。」
「と、いうと?」
 ブリヤンは首を傾げる。
「恐らく、敵の最も強大な戦力は眼前の黒騎士団だろう。其れを我らの中で最も強大な戦力であるセルディナ連合軍で受け止めて貰う。そうなれば、私達の行く手を遮るのは単発で出会す魔物のみ。そしてその程度ならば余程の大軍に出会さない限り、私達3人で凌いで行ける。それに・・・」
 カンナはブリヤンを見る。
「神威的な力を持たぬお前達で、どうやってグースールの魔女を止めるつもりだ?神の加護が無ければ近寄っただけで魔女に取り込まれ、喰われるか味方に剣を向けるかのどちらかになるぞ。」
「・・・そうか。」
「そうだ。だからお前達はシバ砂漠まで進軍できたら其処で軍を展開し、結界を張って待機していてくれれば良い。其れだけでも充分に助かる。」
「・・・解った。・・・武運を祈る。」
 ブリヤンの言葉に3人は一礼を以て応えた。

「一緒に行けなくてごめんなさい。」
 出発前、セシリーはシオン達に頭を下げた。
「気にするな。元々、お前を連れて行くつもりは無かったのだから。」
「え?」
 セシリーの表情を見てカンナは言葉足らずを失敗したかの様な表情で言う。
「あー・・・つまりだな。私達が狙うのは敵の中枢。グースールの魔女そのものだ。其処に神の加護を持たない者は連れて行けないんだよ。」
「・・・でも、ではシオンは?」
 セシリーの問い掛けにカンナはシオンを見遣った。
「まあ、コイツは戦い慣れているしな。魔法防御や抗呪はからきしだが、コイツ1人くらいなら私とルーシーで守ってやれる。逆に私とルーシーは物理的な力には対抗手段が少ないんでな、コイツに盾になって貰う。」
「俺は盾役か。」
 シオンの納得しかねた表情を見てカンナはニヤける。
「光栄に思えよ。美女2人の盾になれるなど、男冥利に尽きるだろ。」
「・・・そうだな。」
 シオンはルーシーを見て頷いた。ルーシーが頬を染めて俯く。
「おい。美女はコッチにも居るぞ。」
 カンナが咎める様に言うと
「そうだったな。」
 シオンはそう言ってセシリーを見る。セシリーは苦笑いをした。
「・・・おい。」

 ともするとセシリーは無言でシオンに抱きついた。
 固まるシオンに囁く。
「ご武運を。」
 我を取り戻したシオンが頷く。
「ああ。」

 続いてセシリーはカンナに抱きつく。
「どうかご無事で。」
「うむ。」

 そして最後にセシリーはルーシーを抱き締めた。
「ルーシー、私の大切な親友。必ず・・・無事に帰ってきて下さい。」
 その言葉にルーシーはセシリーを抱き返す。
「ありがとう、セシリー。私に出来た初めてのお友達。私の大好きな友達。きっと帰ってきます。」
「待ってる。」

 こうしてシオン達はノーザンゲートの巨大な門を潜り抜けてグゼの大森林に再び足を踏み入れた。
「・・・お前、本当に馬を操れるのか?」
 シオンの心配そうな表情を余所に、カンナは満足げに若馬の背に跨がって手綱を握っている。
「馬鹿にするなよ。私が何年この世界を旅して回っていると思ってるんだ?手綱捌きくらいお手の物さ。」
 自信満々に胸を反らすカンナだが。端から見れば幼児が馬に乗せて貰って燥いでいる様にしか見えない。
「お前こそルーシーを落とすなよ。」
「其れは絶対に無い。」
 シオンの後ろでは、横乗りで馬に乗るルーシーが顔を赤らめながらシオンの腰に手を回している。2人の乗る馬とカンナの乗る馬は母子馬である。シオンの操る母馬が走り出せば、難しい操作をせずともカンナの乗る若馬は勝手に母馬に付いていく。
「行くぞ。」
 こうして2騎の母子馬は走り出した。

 グゼ大森林は広く、その広大さはセルディナ公国とほぼ同じ広さとなる。更に足場も悪く、ノーザンゲートからシバ砂漠までの最短距離を馬で駆けようとすると丸1日は掛かる。但し今回はその最短距離の道程には魔物の本隊が陣取っている可能性がある為、少し迂回するルートを取った。3日、いや2日は掛かるだろうか。
 ノーザンゲートからセルディナ軍が討って出るのは明朝とブリヤンは言っていた。その行動も計算に入れておきたい。

「・・・」
 シオンが馬を止めた。馬も先へ進みたがらない。
「どうした、シオン?」
 続いて馬を止めたカンナがシオンに尋ねる。

 シオンは周囲に目を配りながら小さく答えた。
「囲まれた。・・・獣の類いが・・・全方向に7~8匹はいる。」
「・・・」
 3人は馬を下りて武器を構える。

 カンナが光りの障壁を生み出し、自分とルーシー、馬2頭を包み込んだ。同時に茂みから巨大なグレイウルフが飛び出す。大きな犬歯と長い爪をひけらかせて障壁から外れたシオンに飛びかかる。
 シオンは身を躱して攻撃をやり過ごすと、流れるように抜き放った神剣残月を煌めかせ、正確にオオカミの首筋を斬り裂いていく。5頭、6頭とどす黒い血煙を上げながら魔獣が斃れた時、木陰から2体の巨人が現れる。片方は棍棒を、もう片方は何処かで拾ったのか古い巨槍を手にしている。
「オーガか。」
 カンナが呟いた時、巨人が乱喰い歯を覗かせた。飯にありつけた、と言った顔だ。

 2体がシオンに突進する。
「シオン!」
 ルーシーが叫ぶ。
「其処を出るな、ルーシー!」
 シオンは叫ぶと振り下ろされた棍棒を跳躍で大きく躱した。爆風が巻き起こるよりも外まで跳んだシオンはそのままオーガの首筋を目掛けて再跳躍する。が、もう1体が槍を横合いから突き出した。
「!」
 シオンは辛うじて身を捻りソレを躱す。槍先がシオンの身を少し抉る。
 オーガの膂力は人のソレとは比較にならない程に強大だ。攻撃を受け止める事は出来ない。躱し続けながら隙を突くしか無い。シオンは無理に攻め込まず防御に徹底した。
 やがてオーガ2体の攻撃を躱し続けていたシオンに好機が訪れた。誤爆を誘発するように動いていたシオンの策に嵌まり、2体の巨人の武器が勢い余って派手にぶつかり怯ませた。
「!」
 シオンは刹那の動きで棍棒を持つ1体に跳びかかるとその首を目掛けて剣を薙いだ。普通の鉄剣なら強靱な筋肉と太い脛骨に阻まれて跳ね飛ばす事は出来ないオーガの首も、神剣の切れ味の前には為す術もなく跳ね飛ばされる。
「ウォオオオッ!」
 怒りの咆哮を上げて無造作に突き出した残り1体のオーガの槍をシオンは剣を滑らせて難なく躱すとそのまま首を跳ね飛ばした。
「・・・」
 残りのグレイウルフはソレを見て逃走していく。

「2人とも怪我は無いか?」
 剣を収めながら尋ねるシオンにカンナが呆れ顔になった。
「怪我をしているのはお前だろ。ルーシー、治してやれ。」
「あ、はい。」
 ルーシーがタタタッとシオンに走り寄って怪我に手を翳す。
 その様子を見ながらカンナは溜息を吐いた。
「流石はグゼ大森林といったところか。当たり前にオーガなんぞと遭遇するとはな。」


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


 ノーザンゲート砦から最も近い位置に配備された前線砦は、今や邪教徒達の巣窟に成り果てていた。1000名を超す聖堂騎士団と多数の邪教徒達が陣取る砦の外には、支配下に置いた無数の魔物達が犇めいて居る。

「リグオッド卿。」
 邪教徒の主教の1人バンジールが、団長席に座る黒い甲冑に身を包んだ大柄な騎士に声を掛ける。 
「・・・何だ。」
 その嗄れた声は、凡そ聴く者を震え上がらせる空虚さを漂わせる。
「セルディナが軍を纏めて明日にでも討って出てくるようだ。」
「そうか。ならば返り討つまで。」
 そう言い放つ。

 主教と同格に語るこの男をバンジールは好かなかった。偉大なるオディスの主教たる自分はザルサング猊下以外の全てから敬われて然るべき筈なのだが、この男・・・いや、この男に限らず聖堂騎士団からはその敬意が一切感じられない。
 しかし、その実力は疑うべくも無い程に頼りになる。

 一度剣を取れば死を厭わずに己が持つ剣技と魔術の限りを尽くして、眼前の全てを破壊し尽くす狂戦士の集団。その聖堂騎士団を束ねるリグオッドは間違い無くオディス最強の戦士だった。

 だが、その鼻っ柱を叩き折ってみたいと言う想いもバンジールにはある。

「しかし、返り討つとは言っても敵はかなりの数を集めている様だぞ?その数は10000にも届こうという規模らしいが。数の劣勢は初手の敗北とも思えるが・・・大丈夫なのかね?」
 バンジールの案じるような表情の、その裏の真意を見抜くかのようにリグオッドはジロリと目だけをバンジールに向けた。
「その為の貴様達だろう。白兵戦も満足に出来ぬ貴様等が此処で役に立てねば、只の無能の集まりという事にもなるが?」
「・・・!」
 バンジールの表情が屈辱で紅に染まる。
「言葉には気を付けて頂こうか。我らオディスの主体は常に我ら門徒にあると言う事を。そしてお前達、聖堂騎士団は敢くまでも我らの従徒に過ぎないと言う事を。」
「解っているよ。だからこそ、その主体たる門徒殿の力を見せて頂こう。」
 リグオッドは頬杖を付いてバンジールを見遣る。

 まるで表情の読めない聖堂騎士団長にバンジールは怒りと怖れの感情を抱いたが、言葉にしては
「良かろう。篤と御覧じよ。」
 と言い捨てて立ち去った。


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


 翌朝、ノーザンゲート砦から5000の騎兵団と500の魔術師達が出立した。目指すは敵本隊が陣取る前線砦『セルア砦』。

「敵は彼の大国サリマ=テルマを滅ぼした軍勢だ。油断の許されぬ強敵である。」
 ブリヤンの言葉は騎士達に緊張を与える。
「しかし、怖れる事は無い。彼の国は邪教徒の侵食に気付く事が出来なかった為に中枢までが毒されて滅ぼされてしまった。しかし我らは彼の国とは決定的に違う!」
 ブリヤンは騎士達を見据えた。
「何故なら我らは連中の侵略にいち早く気付き、こうして反撃の体勢を整える事が出来たからだ。真っ向からの競り合いならば我らセルディナ騎士団が遅れを取る事は無い!」
 騎士団の瞳に戦意が湧いてくるのをブリヤンは見て取った。
「勝つための策は講じた!後は己が力を信じ勝利を我らの手で掴み取るのみだ!」
「おおっ!!!」
 騎士団の雄叫びが上がる。
「全軍出撃!」

 詭弁である。
 確かに策は講じた。だが正体が未知の存在である相手に必勝の策など立てようも無い。だが、気持ちで負ければ勝てる戦いも勝てない。況してや今回の相手では一瞬で総崩れにされる怖れすら在るのだ。戦意だけは持たせてやらねばならない。
 バーラントとセシリーは砦に置いて来た。とても連れて行く気になどなれない。其れにあの2人ならば、万が一、自分が斃れたとしても協力しあってアインズロードを支えてくれよう。
 信頼する義理の息子と愛娘の幸せを願いブリヤンは前方を睨み据える。嘗ては公王をして『アインの英雄』と言わせしめた腕、存分に奮ってやろう。

 久しぶりの前線にブリヤンの士気が当時の血気盛んだった頃に戻って行く。

 決戦の火蓋は間もなく切って落とされる。


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