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第6章 邪神蠢動
第62話 新しい力
しおりを挟むアインズロードの公邸に到着すると既にセシリーが待っていた。
今まで見た事が無かった新しいローブを着ている。薄い桃色の生地でその身を包み、肩から漆黒のショールを羽織っていた。
「ああ、済まないなセシリー。お父君と一緒に戻りたかったろうに。」
カンナが手を上げてそう言うとセシリーは苦笑いをした。
「いえ。お兄様も取り敢えずはご無事の様ですし、お父様から事情は聞いたので。」
「そうか。では、早速始めよう。シオン、お前からだ。コッチ来い。」
カンナはシオンを呼び、公邸の広い庭に連れて行く。
セシリーがツツッとルーシーに歩み寄る。ルーシーはセシリーを眩しそうに見た。
「そのローブ、初めて見るね。セシリーに似合っていてとっても綺麗だわ。」
セシリーのトルマリンの髪に良く合っている。
「え?そ・・・そう?そう言って貰えると嬉しいな。」
セシリーは頬を染めて照れる。
「亡くなったお母様がね、私が何処かに嫁ぐときには着ていってねって遺してくれた物なの。強い魔力が宿っていて着る者を守ってくれるんだって。」
「同じだ・・・。私のお母さんもこのローブを遺してくれたの。」
「・・・嬉しいわ。同じだなんて・・・。」
「私も。」
2人の少女は頬を染めて笑い合った。
が、セシリーがニヤリと笑って表情を変えた。
「で、どうだったの?」
「え?」
セシリーの問いにルーシーが首を傾げる。
「『え?』じゃなくて、昨夜はどうだったの?って訊いてるの。シオンと最後までいったの?」
「!」
途端にルーシーの顔が蒸気を吹き上げる。
「い・・・いってないよ!」
ルーシーが半ば悲鳴の様な声で否定するとセシリーは怪訝な表情を見せた。
「え・・・そうなの?・・・シオンって意外と奥手ね。好きとなったらドンドン押していくタイプだと思ってたのに。」
ブツブツと呟くセシリーにルーシーは慌てて言う。
「ち・・・違うよ。シオンはちゃんと求めてくれたよ。でも・・・その途中で私が魔女の覚醒に気づいてしまって、それどころではなくなってしまったの。」
「あ・・・あらそうなの。・・・ソレは残念だったわね。」
セシリーにニヤリと笑われてルーシーは眉根を寄せてソッポを向く。
「もう・・・セシリー、悪い顔になってる。」
「まあまあ。で、じゃあ最初はどんな感じだったの?」
「どうって・・・」
遠くでキャアキャアと騒いでいる少女2人を困り顔でシオンは見ていた。
――・・・あれは絶対セシリーが昨夜のことを訊いているんだろうな。
そしてセシリーがアレだけ燥ぐとしたら
――・・・多分、ルーシーは喋っちゃってるんだろうなぁ・・・
とシオンは溜息を吐く。
「まあ昨日は残念だったな。」
地面にガリガリと魔方陣を描きながらカンナが口を開いた。こうして見ていると小さい女の子が地面に落書きをしている様にしか見えない。
「残念って?」
「迫ったんだろ?ルーシーに。」
明け透けも無いカンナの言いようにシオンは顔を赤らめながら頷く。
「まあな。何もしないで居られる筈が無いだろ。」
「ふふふ。」
カンナが笑いシオンがソレを咎める。
「何が可笑しいんだよ。」
「可笑しくないさ。お前が正常な男でホッとしてるんだよ。好きなくせに自分からは行動を起こそうとしないクズや、女に全く反応出来ない性癖の持ち主じゃなくてな。」
「・・・」
「まあ、後者は仕方が無い。人それぞれの好みの問題だからな。咎める気など毛頭無い。だが前者だった場合、理由の如何に拠ってはお前を軽蔑しなくては為らなかったからな。」
「理由って?」
「・・・例えばルーシーから迫ってきて貰うのを待ってたとか、彼女をからかって遊びたかったとかだな。」
「な・・・」
余りにも酷い例え話にシオンは絶句する。
「そんな・・・ルーシーに失礼な真似をする訳無いだろ!」
「怒鳴るな。世の中にはそう言うどうしようも無い男も居るって事さ。お前に限って言えばソレは無いだろうと思って昨日は2人きりにしてやったんだ。」
「・・・そうか。ありがとう。折角の気遣いを上手く生かせなくて済まなかったな。」
シオンはカンナの心遣いを嬉しく思う。
「なに、今回のコレはもう不運としか言いようが無いだろう。・・・で、この件が片付いたらどうするんだ?」
シオンは返答に詰まる。
「どうって・・・言われてもな。・・・そうだな、折を見てルーシーに話すよ。」
「うん、満点だな。そうしろよ。口には出さなくてもルーシーもきっと気に掛けているぞ。」
「ああ、解った。」
カンナは立ち上がった。
「さて、シオン。剣をこの魔方陣の中央に置け。」
シオンが言われるままに置くと魔方陣が輝きだした。同時に残月から瘴気のようなモノが立ち上り始め激しく火花の様なモノを散らし始める。
「よし。コレは暫くこのままだ。・・・あっちの戯れている魔女っ娘2人を連れて来てくれ。」
「魔女っ娘・・・お前だってそうだろうが。」
シオンがツッコミながらも笑いを堪えるような表情で2人を呼びに行く。
3人がカンナの下に戻ると、カンナは簡単な魔方陣を描き終えていた。
ノームの少女は2人の若き魔法使い2人を見据える。
「さて・・・お前達、ケイオスマジックには幾つか種類が在るのを知っているな。」
「はい。」
2人が頷く。
「言ってみな。」
「神仙術と奈落の法術。」
「そう、そしてもう1つ在る。精霊魔法だ。」
「精霊魔法・・・」
「そう。」
2人が復唱するとカンナは頷く。
「簡単に言えば、火・水・風・土の精霊を呼び寄せて自在に操る魔法さ。・・・コイツをお前さん達がが習得出来るかどうかを試してみたい。」
「・・・」
2人の表情が緊張した様に強ばる。
「でも・・・難しいんじゃ?」
2人が問うとカンナは小首を傾げる。
「うーん・・・そうだな。難しいと言えば難しいかな。資格が無ければ1000年修行しても習得は不可能だ。だが資格が有れば即座に使える様になる。」
「?」
今度は2人が小首を傾げた。
「つまり、精霊を呼び出すんだ。そしてお前達の放つ魔力を精霊が気に入れば、精霊魔法を使う資格有りという事になり精霊はお前達の要請に応じる様になる。気に入らなければ資格無しとして精霊は絶対に要請に応じない。」
「気に入って貰うだけ?」
「そう。とは言っても術者がソレまでに相当な魔法を習熟している必要がある。・・・私から見て、お前達2人の習熟度なら充分にこの儀式を受けるに値すると踏んだのさ。」
「・・・そう・・・ですか。」
あまりピンときていない2人を見てカンナは1人ずつ魔方陣に立つように促した。
「先ずはルーシー。その魔方陣に立ってみろ。」
「はい。」
ルーシーが魔方陣の上に立つと、陣が輝き始める。
「よし、では魔力を燃焼させるんだ。」
カンナに言われるがままにルーシーは自分の魔力を燃焼させ始める。風が巻き起こり、ルーシーのセイクリッドローブが揺れる。
「・・・」
全員が黙って見守る中、やがてルーシーの周囲に青色の水の塊の様な物がポワポワと浮かび始める。それらはルーシーの周りをクルクルと回り始めた。まるで好奇心旺盛な子供が『何だコレ』と確認をしているかの様だ。
「・・・何?アレ?」
セシリーが呟くとカンナは愉快そうに声を上げる。
「ほう・・・水の精霊が現れたぞ。」
「あれが精霊・・・」
シオンとセシリーは初めて見る精霊に我を忘れて見入った。
「ルーシー、魔力を解放してみろ。」
カンナに従ってルーシーが魔力を解放させる。すると水の精霊はご馳走を与えられて燥ぐかの様に上へ下へと縦横無尽に飛び回り始める。
「・・・この子達・・・私の魔力を吸っている・・・」
ルーシーが楽しそうに精霊達を見て言った。
やがて水の精霊は満足したのか動きを止めると、青い光を放ち始めパチンと弾けて消えた。
「・・・いなくなっちゃった・・・。」
ルーシーが残念そうに呟くとカンナが頷いた。
「契約成立だな。お前はこれから好きなときに水の精霊を呼び出して使役する事が出来るようになった。要が無くても偶には呼び出して魔力を与えてやれよ。喜ぶから。」
其れを聞いてルーシーは嬉しそうな表情になる。
「では次はセシリーだな。」
カンナに促されるとセシリーは緊張した表情になる。
――・・・私には来てくれなかったら・・・。
不安が押し寄せる。
そんなセシリーのお尻をカンナはポンポンと叩いた。
「つまらない事を気にするな。お前はお前だ。気楽に行け。」
「・・・」
セシリーは意を決して魔方陣の上に立つ。
カンナはセシリーがルーシーに対してコンプレックスを抱いている事に気づいていた。魔法で敵わない、そんな思いが彼女に宿っている事に。それはルーシーを大切に思うからこそ対等の位置に立って良いのか解らない歯痒さから来る感情だった。
だがカンナは思う。
セシリーはそもそもを間違えている。セシリーは充分に優秀な魔術師だ。其れこそ希有と言ってもいい。比較の対象を竜王の巫女にする事が間違いなのだ。
魔方陣が再び輝き始める。風が巻き起こりセシリーの桃色のローブが激しく揺れる。
「ほ。・・・コレは素の魔力はセシリーがズバ抜けているな。」
「セシリーですもの。」
カンナが感心する横でルーシーは目を輝かせてセシリーを見つめている。
「やっぱりセシリーは素敵です。私の憧れの人。」
ルーシーが珍しく高揚しているのを見てカンナは言った。
「セシリーはお前のほうが凄いと思っているようだが?」
「?・・・そんな筈ありませんよ。何でも出来るセシリーのほうが凄いです。」
首を傾げるルーシーにカンナは苦笑した。
やがてセシリーの周りに赤い炎の様なモノが幾つもボワッと浮かび上がる。そしてルーシーの時の様にセシリーの周りをクルクルと回り始めた。
「セシリーは炎の精霊か・・・ん?」
セシリーの周りにもう1種類、違うモノが飛び回っている。白色に近い光球の様なモノだ。其れも炎の精霊と一緒にセシリーの周りを飛んでいる。
カンナは驚いて声を上げる。
「アレは風の精霊・・・。何と2種類も引き寄せるとは・・・初めて見た。」
――カンナが驚くなんてな。
シオンは珍しいモノを見たと思ったが、とにかくカンナに声を掛ける。
「カンナ、セシリーに指示を。セシリーが戸惑っている。」
「あ・・・ああ。」
カンナはハッとなって頷くとセシリーに声を掛けた。
「セシリー、魔力を全力で解放しろ。」
カンナに従ってセシリーが魔力を全て解放させる。突風が巻き起こりカンナは勢いに押されて吹き飛びそうになる。慌ててルーシーが浮き上がり掛けたその小さな背中を押さえつける。
「ふわー・・・ビックリした。」
カンナが呟くその先で、精霊達は先程の水の精霊の様に上へ下へと縦横無尽にセシリーの周りを飛び回り始めた。
白とオレンジの精霊達が競い合う様にセシリーの魔力を食い合っている。
やがて精霊達は満足したのか動きを止めると、白とオレンジの光を放ち始めパチンと弾けて消えた。
「ふふふ、契約完了だな。」
カンナは満足げに頷いた。
「2人とも、これで何時でも精霊が呼び出せる。セシリーは火と風を同時に呼び出すことも出来るぞ。当然、必要となる魔力は倍になるがな。2人とも慣れておけよ。」
ルーシーとセシリーは頷いた。
「さて、ではシオンの方を仕上げるか。」
4人が残月を置いた魔方陣に近づくと、あれ程に激しく散っていた火花は収まり一振りの剣がコロンと地面に落ちているだけだった。
「・・・」
シオンが無言で近寄る。
「持ってみろ。」
後ろから掛かったカンナの声に従い、シオンは残月を拾い上げる。
鞘を引き抜くと神々しい光と共に刀身が現れる。今までの妖しい雰囲気は消え失せていた。
「・・・どうなってるんだ?」
シオンがカンナに振り返り尋ねる。
「『反転』したんだよ。」
「反転?」
「そう、闇が転じて光りに変わったのさ。」
カンナはシオンを見た。
「残月をお前に渡した時に言ったよな。『この剣で全ての困難を切り開け』と。」
「ああ。」
「其れはこの剣に経験を積ませろと言う意味だったのさ。宝剣の類いは、持つ者の意志と潜り抜けた戦闘経験を蓄積していく。其れを元にして生まれ変わらせる事が出来る。さっきの魔方陣を使ってな。種類は幾つかあるが良く使われるのは『増大』と『反転』だな。『増大』は属性の力を拠り強力にし『反転』は属性の力を反対にする。」
「でか、この剣は光の力に変わったのか?」
シオンが問うとカンナはニヤリと笑って頷いた。
「そうだ。しかもただ変わったわけでは無い。『増大』か『反転』を行った宝剣は通常の宝剣よりも遙かに強い力を持つ。・・・謂わば神剣となるのさ。」
「神剣残月・・・」
「そう、今となってはその呼び名の方がその剣には相応しかろうな。」
「妖刀残月の方がカッコ良かったな・・・。」
シオンが呟くとカンナが情け無さそうな顔をした。
「お前・・・何を言ってるんだ・・・」
堪え切れなくなって少女2人が笑い出した。
応援ありがとうございます!
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