神が去った世界で

ジョニー

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第5章 巫女孤影

第51話 巫女の戦い

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 カンナを前に乗せてシオンは馬を疾走させる。以前にルーシーから聞いたテオッサの村の場所をウェストンが知っていたのは幸いだった。

『大きな村だから高地アインを登って行けば場所は直ぐ判る。』
 その言葉と簡単な手書きの地図を頼りにアインズロード領から、シオンは高地アインに踏み入る。

「シオンよ、折角の道中だ。巫女と御子についてもう少し話しておこう。」
 馬上に慣れた様子でカンナはシオンに言う。
「・・・頼む。」
 少し思案したシオンだが直ぐにカンナに話を促すように答える。
「1400年分の伝道者の記憶を辿った限りで私が『巫女』らしき人間を見たのは合わせて7人だった。」
「そんなモノなのか。」
 シオンは意外にも少数な事に驚く。
「ザッと200年に1人の計算だな。そして、そのほぼ全員が異性と交わっている。その中で『御子』が生まれたのは2人だ。」
「少ないな。」
「そう思う。全員が誰かしらと縁を結んでいるにも関わらずだ。では、その2人の『御子』が生まれた時はどうだったか。1人は普通に男女の仲だった。その中で女が男に力を与えた。暫くして男は弱体化したこの時代に於いては正に人知を超える程の力を発現させていた。」
「それ程なのか?」
「うん。シオンよ、お前では足下にも及ばん程にな。」
「・・・そうか。まあ、余り興味は無いな。」

 実際、シオンは興味が持て無かった。過ぎた力と言う物は遅かれ早かれ、本人とその周囲に不幸をもたらす可能性が高い。
 今、正にルーシーが其れで苦しめられている筈だ。彼女の手紙には『やりたい事が出来たから故郷に戻るけど心配は要らない。』といった内容が書かれていた。だが、コレまでの付き合いの中で其れは考え辛い。カンナの話を聞けば尚更だ。
 だからシオンには、今、ルーシーを取り巻く環境から彼女を守れるだけの力が在れば其れで良い。

 カンナはシオンの返答に苦笑する。
「ま、お前はそう言うだろうな。だが、もう少し与太話に付き合え。」
「他にする事も無いしな。続けてくれ。」
 必要だから話すのだろう。カンナはそう言う女だ。シオンは続きを促した。

「御子について1つ判った事も在る。御子が生まれるにあたり、必ずしも男女の契りが必要では無いという事さ。其れはもう1人の御子が証明してくれている。」
「どう言う事だ?」
「もう1人の御子を生み出した巫女は未だ10歳にも満たぬ幼子だったのさ。そして御子はその巫女の父親だった。」
「・・・」
「無論、この2人の間にいかがわしい事など無かったぞ。純粋な父親への信頼と思慕、純粋な娘への父としての揺るがぬ情愛。コレが縁となって御子が生まれた。・・・つまり御子の誕生には互いの深い情愛が在れば問題は無いという事だ。故にギルドで私は、お前とルーシーが気持ちだけでも愛を交わしたか?と聞いたんだ。」
 シオンは「なるほど」と思う。しかし。
「じゃあ、他の5人は何故御子を誕生させられなかったんだ?」
「それが判ればお前に伝えている。情が足りなかったのか、情愛にプラスして何か別の条件が必要なのか。」
「・・・いずれにせよ、真相に辿り着けるとしたらお前しか居ないと言う事くらいしか、俺には解らない。」
 シオンの言葉にカンナは笑った。
「確かにその通りだ。」


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


 大聖堂の入り口を潜った瞬間にルーシーは身を竦めた。この感じには覚えがある。この怒りと悲しみに満ちた感覚はグゼ神殿の・・・!咄嗟にルーシーは聖堂の先に祀られている神体を見る。
 それは幾つもの顔が浮かび上がった女性像だった。

「グースールの魔女!」
 ルーシーは叫ぶと杖を構えた。
 タナスは楽しそうに声を上げた。
「そう、我らの偉大なる神ですよ。貴女のお母様の恐れていた存在でもありましたねぇ。」
「貴方達はオディス教徒だったのね。」
「その通り。」
 今やその醜悪な表情を隠そうともしないタナスが嗤いながら答える。
「・・・魔女を神体にしていたの・・・」
「勘違いして貰っては困りますよ。グースールの魔女は我が教団の神体の1つに過ぎません。貴女が考える以上に我が教団は偉大な存在なのです。」

 ルーシーの脳裏に苦しげに自らの過去を語ったシオンの顔が浮かんだ。
「・・・たくさんの人達を苦しめる存在が偉大ですって・・・?」
 ルーシーの心に怒りの炎が灯る。
 そんな彼女の表情を見てタナスは嗤った。
「ハハハッ。そんなモノ些末な事。取るに足らない。・・・大体、貴女もその人間達に散々煮え湯を飲まされて来たのでしょう?恨む気持ちは在る筈だ。」
「そうね・・・」
 ルーシーは目を伏せた。
「村長達は決して許さない。・・・でも、貴方達はもっと許せない。」

 古より人々に災厄を撒き散らし続けてきた邪教の使徒。その存在をルーシーは初めて目にする。シャルロットを狙い、セシリーを襲い、シオンを深く傷付けた者達。そして、間接的にとは言え両親を死に導いた者達。

 ルーシーの双眸が紅く輝いた。生まれてこの方、コレほどの激しい怒りに身を包まれたのは初めてだった。
 ルーシーの怒りに気が付いたのかタナスはルーシーを返り見ると嗤った。

「おや、今ここで我々と戦うのか?フフフ・・・聖女は存外に戦いがお好きな様だ。」
 タナスが杖を構える。周囲の男達もそれに倣って杖や剣を構えた。
「・・・しかし、幾らお前がザルサング猊下に見出される程の魔力の持ち主とは言え、主教たるこのクランザとその配下5人を相手に戦い抜けるモノかな?」
 タナスはその偽名を捨て本当の名であるクランザを名乗ってルーシーを挑発する。
「・・・以前の私なら、この状況に耐えられなかったかも知れない。でも、今の私にはセシリーのくれた強さが在る。シオンのくれた暖かい思い出が在る。・・・だから、邪教なんかに負けはしない。」
 ルーシーは今まで体内に秘めていた魔力を解放する。小さな嵐が彼女を中心に巻き起こり彼女の美しい銀髪が激しくたなびく。そして少女の魔力に反応したセイクリッドローブが、嵐にその裾を激しく捲られながら青白く輝きだした。巨大なオーラの膜が球状に広がり、邪教の神殿に聖なる光が満ち溢れる。
「お・・・おお・・・」
 クランザは思わず驚愕の声を上げる。滅多なことでは驚嘆などしない彼が呆気に取られてしまう程にルーシーの放つ魔力は巨大であった。周囲の男達は勿論、主教であるクランザの魔力すらアッサリと飲み込む程に。

「しゅ・・・主教様!」
 オディス教に入信した際に恐れを捨てた筈の男達の、動揺した声にクランザは我を取り戻す。
「幾ら魔力が高かろうとも、私と配下5人を相手に勝てると思うのか。」
「勝てなくても良い・・・。ただ、貴方達は・・・斃す!」
「クッ、全員で掛かれ!」
 クランザの号令に3人が魔法の詠唱に入り、剣を持った2人がルーシーに突きかかった。が、その剣はルーシーに届かなかった。少女の放つオーラの幕に男達が触れた途端に
「ギャアッ!!」
 と絶叫をあげて地面に転がったのだ。オーラに触れた部分が煙を上げて焼けている。ルーシーが転がる男達を見ると2人は「ヒッ」と怯えた声を上げて後ずさる。
 その時、残り3人の男達の詠唱が終わった。
 3本の黒い蛇が同時にルーシー目掛けて飛んでいく。
 如何な聖なる守りで在ってもケイオスマジックには歯が立つまい。聖なる力ごと蛇に喰われて終いだと嗤ったクランザはその嗤い顔を引き攣らせる。黒い蛇はオーラの膜の中で呆気なく蒸発して消えてしまったのだ。
「な・・・何なのだ、貴様は!」
 引き攣った声でクランザは叫ぶ。
 何故、吸収出来ない!?聖なる力を喰らい破るからこその奈落の法術では無かったのか。

 クランザは焦った。しかし、あの聖女は此方を斃す気でいるのだ。あれ程の神性をぶつけられては一溜まりも無い。最大の魔法で対抗するのみ。
 邪教の主教は杖を構える。
『久遠の流れに揺蕩う不浄なる祈りよ、我が魂に還りて理を統べよ・・・アビス=パニッシュメント』
 クランザを中心に黒い瘴気のオーラが湧き上がる。其れはドーム状に広がっていき、ルーシーを飲み込んだ。
「ウッ・・・」
 全身を鋭い刃物で切り裂かれる様な痛みに襲われてルーシーは呻いた。
 その声にクランザは余裕を取り戻す。
「フフフ・・・痛かろう。それだけの高い神力では瘴気の毒は期待出来ないが・・・果てなき呪いに喰らい尽くされるが良い。猊下のお叱りは受けるだろうが、最悪、肉は残らずとも魂さえ残れば充分であるからな。」

 キラリと黒いドームの中で何かが光った。

「!」
 クランザがアッと思う間も無く光条が幾重にも迸る。そして唐突に黒いドームは引き裂かれ弾け飛んだ。その先では、変わらずにオーラの膜に身を包んで立つルーシーの姿が在った。セイクリッドローブの所々が切り裂かれ白い肌が露わになってはいるが、肉体そのものに傷が付いた様子は無い。
「な・・・何なのだ、お前は・・・」
 クランザは思わず後退る。

 ルーシーは無言で杖を前に掲げる。その瞳から一筋の涙が流れる。
 ――これから私は人を殺す・・・もう取り返しはつかなくなる・・・。
 それは、今まで守ってきた自分の中の倫理との決別の涙だった。でも、止める気は無い。ルーシーはクランザを睨み据えると詠唱に入った。
「ま・・・待て・・・」
 クランザの恐怖に引き攣った声が聞こえる。が、ルーシーは止めない。

『最果てに眠りし王たる妖よ。我が深淵の導きを以て昏き暗焔に一迅の光明を示せ。我が名は竜王の巫女なり・・・』
「待てぇぇぇっ!!」
『・・・セイクリッドオウガ!!』
 ルーシーの紅い瞳がより一層強く輝いた。そして強烈な光弾が飛んでいき制止を求めるクランザに無情に突き刺さる。光弾が主教の身体に入り込むとクランザの全身から光条が溢れだしその身を包んでいく。
「ギャアアアアッ!!」
 絶叫が響き渡る。
 やがて光が消滅すると全身を焼かれた嘗て主教だった者の骸が立っており、それも直ぐに地に伏した。

 強大な魔法を使い、ルーシーは強い疲労を感じた。思わず身体がよろける。
 残された5人の黒ローブの男達は戦意を失い掛けていたが、そのルーシーの様子を見て残忍な笑みを浮かべた。見れば先ほどまで彼女を守っていたオーラの膜も消えている。
 今なら斃せる。
「力を使い過ぎたな、巫女よ!」
 2人の剣がルーシーに迫り、3本の蛇が再びルーシーに襲いかかる。

 ルーシーはその様子を無感動に見遣ると呟いた。
『セイクリッドオーラ』
 途端に先ほどよりも遙かに強力な光の膜がルーシーを包み込んだ。黒い蛇はオーラに飲まれて消滅し剣使いの2人はまともにその中に突っ込んでしまう。
 全身を焼かれる男達の絶叫が響く。ルーシーはそのまま残った3人の黒ローブの男達に近づく。光の膜に男達は包まれて悶絶するが、やがて動かなくなった。

「・・・」
 ルーシーは自分以外に生者の居なくなった聖堂に1人佇む。自分が手に掛けた6人の死体を見下ろした。

 殺してしまった。
 6人も。
 罪悪感などと言う物ではとても表現仕切れない後悔の念に囚われる。斃さなければ自分が殺されると言う状況で在ったし、直接に手を触れた訳では無いけど、殺意を持って殺したのだ。恐らくは許されない。

 それでも自分は生きるんだ。

 ルーシーは聖堂を引き返すと、涙を流しながら来た道をヨロヨロと戻って行く。


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