神が去った世界で

ジョニー

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第5章 巫女孤影

第47話 秋の帰り道

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 翌日、シオンはアカデミーに朝早く登園するとレーンハイムの執務室の扉を叩いた。

「失礼します、レーンハイム学長。」
「おお、シオン君。」
 シオンが声を掛けると、レーンハイムは笑顔を浮かべてシオンにソファーを勧めた。
「昇格、おめでとう御座います。レーンハイム学長。」
「君のお陰だよ、シオン君。」
 レーンハイムの表情には力強い信念が宿っている。アカデミーで学ぶ者達にとっては喜ばしい事だろう。
「俺は大した事はしていませんよ。」
「そんな事は無い。君の行動が私に不退転の覚悟を呼び寄せてくれたのだから。」
「恐縮です。」
 シオンは一礼を施す。

「それで、今日はどうしたのかな?」
 レーンハイムの問いにシオンは居住まいを正した。
「実は昨日、アカデミーに断り無く剣術コースで冒険者資質の査定をしてしまいまして。」
「ああ、聞いているよ。面白い試みだと思う。」
「そう言って頂けるとホッとします。」
 レーンハイムの反応にシオンは安堵する。
「それで、実は弓術コースの生徒達にも査定をして欲しいと頼まれておりまして、今日はその許可を頂きに参りました。」
「ああ、それも聞いている。構わんよ、やってくれ給え。それとギルドが良ければ定期的にこういった査定をして行きたいんだが。」
「もちろん問題無いと思いますよ。ギルドマスターには言っておきます。」
「助かるよ。それと・・・。」

 レーンハイムは少し声を落として話し始めた。

「話は変わるが、君は当然カーネリア王国を知っていると思う。彼の国について何か噂を聞いたことは無いかね?」
「?・・・いえ、特には。」
「そうか。」
 レーンハイムの思い悩む表情が気に掛かる。
「カーネリア王国がどうかしたのですか?」
「うむ、どうも彼の国は内部情勢が不安定らしくてな。細かい話は不明なのだが、だいぶ治安が悪くなっているとか。」
「ああ・・・」
 その程度の話ならシオンも耳にしている。
「トップの後継者争いに伴って、貴族階級の諍いが表に出始めているとか。」
 レーンハイムは頷いた。
「そう。そうなれば、当然だがその影響が民にも及んでくる。」

 シオンは首を傾げる。
「それはそうでしょうが、それが何か?」
 特別にレーンハイムの職務とは関連が無さそうだが。
「実はな、アカデミーの新しい役割として、卒業した生徒の就職斡旋も出来る様になったんだ。今までは卒業した生徒達は個々にギルド登録をしたり、手軽な護衛任務を探したりしていたんだが、それではアカデミー側が無責任だと判断されてな。」
「そうですか。良い試みだと思います。」
「それで、ギルドはもちろんだが、各貴族や富豪を回って話を付けたりしているんだが・・・。如何せん斡旋口がさほど多くなくてね。幅広い雇用口を用意してやりたくて他国の雇用先としてカーネリアも考えているんだが、不安でね。」
 成る程、シオンは思案した。

 彼もここ数ヶ月はカーネリアに赴いていない。
 敢くまでも半年以上前の情報にはなるが、確かに現在のカーネリアは殺伐としていて安定した就職先とは言えないかも知れない。
「・・・仕事は多いと思います。それこそセルディナ以上に。が、報酬が支払われない等のトラブルが頻発する可能性は大いにあると思われます。その時に新米冒険者・・・冒険者とは限りませんが、彼らでは対応出来ないでしょうね。今はカーネリアは外すべきかと思います。」
 考えながら発言するシオンにレーンハイムは頷いた。
「報酬の取りっぱぐれは大問題だな。わかった、カーネリアは外そう。助言に感謝するよ。」
「お役に立てたなら何よりです。」
 シオンも笑顔で応える。


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


「宜しくお願いします。」
 少女達の声が弓術訓練場に響き渡る。

 弓術コースの人数は剣術コースの半分も居ない。しかも殆どが女子だ。昨日のような面倒は起こらないだろう。
 シオンは査定の方法を話し始める。
「査定は難しいモノじゃない。先ずは自分達の弓でいつもの的に当てて貰う。的の何処を狙って貰っても構わないが、もちろん外しては駄目だ。次に俺が適当に渡した弓を使って無調整のまま撃って貰う。3回以内に当ててくれ。的を狙う時間はできる限り短い方が良い。」
「はい!」
「査定を終えた者はアイシャからアドバイスを貰ってくれ。彼女の弓のセンスはかなりのモノだ。アイシャ、任せるぞ。」
「解った。」
「ミシェイルは合格者を記録しておいてくれ。」
「了解。」
 弓術コースの査定が始まる。

 1人目は昨日話しかけてきたルシアだった。
 彼女は緊張気味に射位に立つ。その表情を見てシオンは笑って見せた。
「ルシア、必要以上に緊張しなくて良い。もし今回失敗しても、またチャンスは来る。今の自分の実力はどのくらいのモノなのかを量る位の気楽さでやってくれ。」
「うん、わかった。」
 ルシアは心中を見抜かれた恥ずかしさから頬を染めたが笑って頷いた。

 深呼吸。弓を番え弦を引き絞った。そして矢を放つ。
 なかなかの早さだ。
 矢は正確に的の頭部に吸い込まれる。
「よし。」
 シオンが頷くとルシアは嬉しそうに笑う。
「では次はコレだ。」
 シオンから手渡された弓をルシアは受け取る。
「・・・」
 先ほどの弓とは重さも弦の張り具合も違う。
 ――出来るだろうか。
 少女の不安をアイシャが跳ね飛ばした。
「ルシア!楽しんじゃえ!」
 アイシャの笑顔を見てルシアの口元に笑みが広がる。
「よおし!」
 ルシアは矢を番えた。先ずはいつもの打ち方でどんなモンかを探ろう。
 一発目は的の少し下を通過していく。弦の張りが甘いせいか矢の勢いも悪い。これでは当たっても的に刺さるか解らない。
 ルシアは再度、矢を番えた。引きを強め、射角をやや上げて矢を放った。
「ヒュンッ」
 矢は風を切り、やや弓なりの軌跡を描いて的の胴に突き刺さった。
「やった!」
 ルシアの歓喜の声が響く。
「合格。」
 シオンが宣告する。

「やったよ、アイシャ!」
 ルシアはアイシャに抱きつく。
「うん、おめでとう。ルシア。」
 正直、ルシアが駄目ならもう殆ど見込みは無いと思っていたアイシャは、内心ホッとしていた。

「よ・・・宜しくお願いします。」
 2人目は昨日も剣術コースで査定を受けたエリナだった。昨日の不合格が尾を引きづっている。そんな表情だ。
 シオンは微笑んで肩に手を置き穏やかな声で言った。
「エリナ、昨日の出来事は昨日までの出来事だ。忘れていい。今日は今日だ。」
「うん・・・」
「アイシャだって剣術査定を受けたら不合格なんだから、君も弓術で通れば良い。」
「ちょっとシオン、余計なことは言わなくて良いから。」
 いきなり引き合いに出されて叫ぶアイシャの声にエリナは思わず笑った。
「そうだね、人には得手不得手があるもんね。」
「その通りだ。」

 彼女の精神的な切り換えは悪くないようだ。
 エリナは自分の弓に依る射的は難なくクリアした。
 渡された弓に関しては3発目で的に当てる。・・・が矢は的に刺さらなかった。

 いつものシオンなら不合格を言い渡すところだが・・・。
 昨晩のウェストンの言葉が脳裏をよぎる。
『シューターが少ないんだったな・・・。まあ、これも受給バランスの一端ではあるか。』

「・・・合格だ。」
「ホント!?」
「ああ、本当だ。」
 シオンは頷く。面倒はウェストンにしっかりと視て貰おう。
「ただ、腕力はもう少しだけ鍛えた方が良い。」
「うん、解った!ありがとう!」
 エリナはシオンの手を握って感謝の気持ちを表した。

 こうしてシオンにしては、やや甘めの判定で査定は進んでいった。

 午後になり、また見物が増える中で弓術コースの査定は終了した。結果、合格者は4名。
 シオンは終了した査定の総括を皆に話すと、冒険者査定を終了した。
「合格した4人は明日以降のどのタイミングでも構わないからギルドに行くと良い。話は今日中にギルドマスターに通しておくよ。」
「はい。」
 4人は頷く。
 シオンはやや落胆気味の他の生徒を見る。
「・・・それと、他の皆も焦らなくていい。学長が言うにはこの様な査定も定期的に行っていくつもりの様だ。だから次の査定までに更に腕を上げておくといい。」
「「!」」
 不合格となった生徒達の瞳が輝いた。

「じゃあ、査定を終わるよ。」
「有り難う御座いました。」


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


「4人!?そうか、4人も居たか!1人居れば御の字だと思っていたが、そうか!」
 ウェストンの声が上機嫌に響く。が、シオンは余り愉快そうな表情では無い。
「言っておきますけど、『甘めの査定』ですからね。しっかりとクリアできたのはルシアって言う名前の少女だけですよ。他の3人はあと一歩です。しっかりフォローしてあげて下さいね。」
「もちろんだ。貴重なシューターの卵だぞ。大事に育てるさ。」
 ウェストンが理解していれば安心だ。
「それと。」
 シオンはレーンハイムの依頼を話した。
「レーンハイムさんが定期的にこういった査定をして欲しいと言ってましたよ。」
「そうか、じゃあソレも含めて明日辺りにアカデミーに顔を出して見ようか。」
「そうして下さい。」
 シオンとてギルドが賑わうのは嬉しい。自然と顔は綻ぶ。
「さて、じゃあ俺は帰りますよ。」
「おう、ご苦労さん。」
 どこまでもご機嫌なウェストンであった。


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


 少し早い夕食をギルドで摂り、其所を出る頃には空を薄闇が覆い始めていた。
 城下町の喧噪も賑わいを増し始めている。もうすぐ商店街界隈は夕飯の買い出しでごった返すだろう。いや、既にそうなっているか。

「帰るか。」
 そう呟いたところでシオンは呼び掛けられた。
「シオン?」
「?」
 振り返るとルーシーが立っていた。
「ルーシー、今帰りなのか?」
「うん。」
 栗色の髪の少女は、以前にシオンが渡した銀の髪飾りを差していた。
「それ、付けてくれているんだな。」
「え?うん、えへへ。」
 ルーシーは頬を染めながら大事そうに髪飾りを指で撫でる。
「とても大事な物だから。毎日付けていたいの。」
「・・・そうか。」
 白磁の頬を薄紅色の染めて話すルーシーの姿に愛しさが込み上げてくる。
「送るよ。」
「・・・ありがとう。」
 一瞬だけ断る素振りを見せようとしたルーシーだったが、思い直して頷くと嬉しそうにそう言った。

 セルディナの夏はそれ程長くない。もう、秋の夜風が吹き始めている。人通りの絶えたこの辺りの道の端からは、スズムシと呼ばれる虫の放つ美しい音色がそこかしこから聞こえ始めている。

「もう秋が来るね。」
「ああ。秋には公都近くのクレオ湖で小さな豊穣の祭りがあるそうだよ。」
「そうなの。秋の湖か・・・。綺麗なんだろうな。」
 想像してルーシーは声を弾ませる。
「その祭りで出会いを祝福した男女は末永く結ばれるらしい。」
「よく知っているね。」
「ああ、以前に冒険者仲間に聞いた。」
 ルーシーは楽しそうだ。
「その祭りに今度行かないか?」
「え?」
「俺達の出会いを祝福しないか?」

 ルーシーは驚いた表情でシオンを見る。
 以前にデートに誘ってくれた時に『もしかして』と期待はしていた。でも、今回のコレは本気にしてもいい?

「わ・・・私でいいの?」
 尋ねながらもルーシーの心臓はバクバクと早鐘を打ち始めている。顔が火照って熱い。
 そんな彼女の戸惑う姿にシオンは心から暖まる思いがした。笑顔に精一杯の想いを込める。
「ああ。君がいい。」
「シオン・・・」
 少年は想いを口にした。
「ルーシー、君が好きだ。」

 少女は何度その光景を想像したか。そして何度打ち消した事か。
 自分のこの先の運命を考えればソレは起こらない方が都合が良い筈。なら、自分から離れてしまえば良い。そうすれば彼もきっと自分など見なくなる。

 解っていても離れられなかった。側に居たかった。それでも彼の口から聞きたいと願ってしまった。その言葉をシオンは口にしてくれた。
 嬉しさと申し訳なさと様々な気持ちが綯い交ぜになって、ルーシーの目から涙が溢れた。せめて今だけは素直で居たい。

「・・・ありがとう。とても嬉しい。」
 俯いて涙を拭きながらルーシーはそう言った。
「ルーシー・・・」
 シオンの心配げな声に、少女は顔を上げると微笑んだ。
「私も出会った時からずっとシオンが好きです。」
 そしてルーシーはソッとシオンの背に手を回した。
 シオンも優しくルーシーの背に手を回し抱き締めてくれた。

 少女は爪先立って少年の耳元に口を寄せると囁いた。
「大好き。」
「・・・。」
 シオンは照れ臭そうに笑顔を向けるルーシーを見た。いつもからは想像が付かないような積極的な態度に嬉しさとより強い愛しさが湧き上がる。
「ルーシー・・・。」
 シオンは愛しい少女の名を呼ぶと、その愛らしい顔に自分の顔を寄せた。
「!・・・シ・・・シオン・・・ま・・・待って・・・」
 笑顔がクルリと驚きの表情に変わり、ルーシーは視線をあちらこちらに飛ばしながら顔を更に赤らめて少し身を引こうとする。
 シオンは少し顔を引いて少女を見た。
 慌てた様子ではあるけど、嫌がられてはいなさそうだ。口の端も少し綻んでいる。唐突過ぎたかな、と思いながらもシオンは止める気も無かった。

「ルーシー。」
 もう一度彼女の名を呼ぶ。
 一瞬ピクリと肩が震えた彼女だったが、やがて少年を見る双眸が恍惚としたモノに変わる。
「シオン・・・」
 呟いた少女の紅色の唇をシオンは自分の口でそっと塞いだ。

 温かく柔らかく、そして少し湿った唇の奥から少女の少しくぐもった声が漏れる。シオンの背に回されたルーシーの細い両腕に無意識に力が籠もって強く抱き締めてくる。彼女の2つの膨らみを感じて、シオンも自分の中から溢れ出てきた猛る炎を抑えきれず、ルーシーの細い身体を強く抱き締めた。

 その時間は長かったのか、短かったのか。2人は夢中になって互いの唇を求め合った。
 そして、やがて2人は恍惚の刻を終えて口づけを終える。

 ルーシーは頬を染めた顔を少し逸らしながら、でもその双眸は愛しい少年を恥ずかしそうに見ながら顔を離した。少女は自分の唇をペロリと舐めながら、艶めかしい光を潤んだ瞳に宿して少年を見つめる。

「シオン、ありがとう。とても嬉しい。・・・私、今日のこと・・・絶対に忘れないよ。」
 ルーシーは幸せそうに微笑んだ。


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