神が去った世界で

ジョニー

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第3章 宮廷

第25話 お忍び1

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「そろそろシオンは来るのかしら?」
「もうすぐ二の鐘が鳴りますから、もう控えに来ていると思います。」
 エリスの返事にシャルロットは控えの間に続く扉を見た。
「お呼び致しましょうか?」
「・・・そうね。」
「畏まりました。」
 扉へ向かうエリスの後ろ姿を眺めながらシャルロットは昨日の激しい手合わせを思い返していた。


 彼女の中で兄王子であるアスタルト以上の剣才の持ち主など存在しなかった。実際に彼が負けるところなど見た事が無い。
 彼に匹敵する強さを持つのはアインズロード家当主のブリヤンかその息子であるバーラントくらいだと言われているが、実際に立ち合った場面を見た事が無い以上、彼女の中でアスタルトは公国で1番強い存在だった。
 それが昨日、あっさりと覆された。覆したのは・・・

「お早う御座います、姫殿下。」
 覆したのは室内に入り一礼を施す黒髪黒目の少年だった。穏やかな微笑みを浮かべる長身の美丈夫。
 冒険者という生死の狭間で生きるような厳しい生活を送っている者とは思えない程に洗練された立ち居振る舞いは、良質な品性さえも漂わせる謎の多い少年だった。

「お・・・お早う御座います。今日も宜しくお願いしますね。」
「畏まりました。」

 昨日のシオンの戦い振りを思い返すと目の前の穏やかな少年が本当に同一人物なのかとシャルロットは疑ってしまう。
 跳ね、屈み、回転し、剣を華麗に振るう姿はまるで舞を披露するかのようでシャルロットはその優美な戦いに眼を奪われたものだ。

「・・・。」
 仄かに高揚する自分の感情を押し止めるかのように彼女は自分の両頬を両の手で押さえる。
「姫様?如何なさいましたか?」
 エリスがシャルロットの顔を覗き込む。
「いえ、何でもないわ。」
 取り繕うとエリスに本日の予定を確認する。
「本日は午前に正教会のパトリシア様より講義を受ける予定で御座いましたが、イシュタル大神殿からの帰還が遅れておりまして延期となっております。」
「まあ、では今日は一日空いているのね?」
 シャルロットの声に喜色が混じる。
「・・・左様に御座います。」
 エリスは一瞬ジトリとシャルロットを見たが直ぐに表情を消して答えた。
「ふふふ。そうなのね。そう・・・。」
「姫様・・・」
「では外出ですね。」
「なりませ・・・」
「エリス、準備をお願いね。」
「・・・畏まりました。」
 説得を諦めたエリスは静かに部屋を出て行く。

 すれ違いざまに、シオンに
「今日は宜しくお願いしますね。」
 と言い残して。

「?」
 シオンはエリスの後ろ姿を見送るとシャルロットに視線を投げた。
「姫殿下。外出とは一体どちらへ?」
「え?」
 シオンを見ていたシャルロットは何か取り繕うように慌てて人差し指を顎に当てて考える素振りをする。
「うーん・・・そうね・・・。あ・・・」
 何かを閃いたようにシャルロットはニヤリと淑女らしからぬ笑みを浮かべる。
「そう言えばシオンはアカデミー生なのよね。」
「はい、左様に御座います。」
 シオンの返答にシャルロットは良しと頷く。
「では、今日はアカデミーに行ってみます。」
「・・・は?」
「1度行ってみたかったのよ。アインズロード様が発案されてお父様がお認めになった公国肝入りのアカデミー。良いでしょ?」

 公国の姫に直接打診されてシオンが否と言える筈も無い。にじり寄るシャルロットからシオンは一歩引いて答える。

「では、伯爵閣下に確認を取って参ります。」
「駄目よ。それじゃお忍びに成らないわ。私は敢くまでコッソリと行きたいの。」
「しかしアカデミーなんて場所に行けば、後日必ず伯爵閣下のお耳に入りますよ。」
 シャルロットは別に構わないと頷いた。
「良いのよ。大事なのは今日お忍びで楽しむ事なのだから。」
『なるほど・・・これは大変そうだ』
 シオンは先程のエリスの言葉とシャルロット自身が初日に言っていた言葉の意味を漸く理解した。

 そうは言うもののブリヤンにだけは前以て伝える必要があると判断して、シオンはシャルロットが着替えている最中に密かにブリヤンの執務室に赴き事の次第を伝えた。
「姫殿下が・・・。」
 ブリヤンは嘆息する。
「良く知らせてくれた。やはり君を護衛に付けたのは間違いでは無かったな。姫殿下には困ったものだが、敢えてのご希望ならば致し方あるまいよ。直接の護衛は君に任せる。アカデミーには殿下のお顔を知るような高位貴族はセシリー以外に居ないから騒ぎになる事もあるまい。あの子にも協力させなさい。」
「畏まりました。」
 一先ず息を吐くシオンだった。
「それから、そうと知ってしまえば何もしない訳にはいかない。姫殿下にはばれぬように護衛を数名付ける。有事の際にはその者達と協力するように。」
「畏まりました。」

『よし、これで取り敢えずは良いだろう。』
 シオンは満足して公女の私室に戻った。


「ああ、お城の外も久しぶりだわ。」
 簡素な丈の短いドレスに着替えたシャルロットは上機嫌で声を上げる。エリスも私服と思われる清楚なワンピースに着替えていた。
 そんな2人の後をシオンが歩いていると、エリスが歩調を緩めてスッと近付いてきた。
「シオンさん。あの今回の外出の件は・・・。」
 不安気に見上げるエリスにシオンは微笑んだ。
「アインズロード伯爵閣下にはお知らせして有ります。護衛が数名、後ろから付いてきているので一応安心してくれて構いません。何かあれば指示を出しますので姫殿下のお側を離れぬようにして下されば後は私と護衛で対処致します。」
 シオンの言葉にエリスは安堵した様だった。
「有り難う御座います。私も幾らか武術の心得はあるのですが毎回やはり不安で・・・。」

 無理も無い。
 立ち居振る舞いから武術のの心得は多少有ると踏んではいたが、それでも1人で護衛など出来るものでは無い。

「・・・でも姫様の御年齢を思えば外に出たがるのは致し方無いと不憫に思う気持ちもあって強くは言えないのです。女官としては失格です。」
 目の前の少女を愛おし気に見つめるエリスにシオンは心が温まる思いがする。
「お優しいのですね。エリス殿は。」
「優しいなどと・・・ただ、不敬ですが私は姫殿下を妹の様に思っております。」
「その思いはきっと殿下にも伝わっている事でしょう。」
 普段のエリスに対するシャルロットの態度から、シオンはそう思った。

 先を歩いていたシャルロットの呼ぶ声に応じて2人は歩を早める。

 3の鐘が過ぎた頃、3人は漸くアカデミーに着いた。
「やっと着いたね。」
「姫様が寄り道をし過ぎたからです。」
「だって露店って見てるだけでも楽しいんだもの。」
 入り口で言い合う2人をシオンは促して久し振りのアカデミーに足を踏み入れる。

「先ずは何処から案内してくれるのかしら?」
 シャルロットはご機嫌でシオンに尋ねてくる。
「最初に魔術科の教室に向かいます。」

 本館の3階に着くと、シオンは2人を待機させて、人の声が聞こえる教室に近付く。扉をノックすると講師の声が止まり扉が開いた。

「おや、君は特待生のシオン君だね。魔術科に用かな?」
 講師は咎める事も無くシオンに用向きを尋ねる。
「講義のお邪魔をして申し訳ありません。セシリー嬢に至急の要件が有り伺いました。」
 講師は頷くとセシリーを呼び出してくれる。

 訝し気な表情で廊下に出て来たセシリーはシオンの顔を見て驚きの表情を見せた。
「まあ、シオン!久し振りね。今日は護衛はお休みなの?」
 セシリーはブリヤンから事情を聞いているのだろう。話が早そうで助かる。
「いや、今も仕事中なんだ。」
 シオンはそう言って視線でセシリーの視線をシャルロット達の方向へ誘導した。
「!!」
 セシリーは今度こそ本当に驚いた表情で2人を見つめた。
「ちょ・・・ちょっと待っててね。今日は受講を取り止めるわ。」
 そう言って彼女は再び教室に戻った。

「殿下。お久しぶりで御座います。」
 セシリーはシャルロットにカーテシーを披露して挨拶する。
「ええ、お久しぶりね。セシリーさん。貴女、もっと私のところにも顔を出して欲しいわ。」
「はい、申し訳御座いません。」
 苦笑しながらセシリーは返答した。そしてエリスを見る。
「エリス様もお久しぶりです。」
「お久しぶりです。セシリー様。その黒いローブ、良くお似合いですわ。」

『2人は知り合いだったのか。』
 そんな事を思うシオンにセシリーはツイっと並び立つと小声で話し掛けてきた。

「で、これはどう言う事なの?」
「姫殿下のお忍びだよ。殿下には内緒で伯爵閣下にはお伝えしてある。」
「殿下にお忍び癖が有るって本当だったのね。」
 セシリーはそっと溜息を吐く。
「それで君にも案内兼護衛の協力をお願いできればと思ってね。」
「!・・・護衛」
 彼女の瞳が輝く。
「任せて!魔法で確りサポートするから!」
「いや、何か起きたらの話さ。」
「分かってるわ。ああ、腕が鳴るわ。」

 本当に理解しているのだろうか?何だか自ら事件を起こしそうな勢いだが。

 シオンは先頭を歩きながら気になっていた事をセシリーに尋ねた。
「そう言えば今日はルーシーが来てない様だけど?」
「?」
 シオンの問いにセシリーはキョトンと見上げた。
「あれ?お城で会わないの?」
「どう言う事だ?」
 セシリーは呆れたような声を出す。
「あの子、この前の陛下襲撃の翌日から毎日マリーさんと一緒にお城に連れて行かれているのよ。本人はお手伝い出来て勉強にもなるからって喜んでいるから良いんだけどさ。お陰で私は毎日つまらないわ。」
「知らなかったな。巻き込んだのは俺の所為だな。」
「こうなると、貴方が以前に言っていた回復師が引っ張り回されるって意味が解ってきたわ。」
「ハハハ、まあマリーさんはこう言うのが引っ切り無しに続くのが嫌で冒険者を辞めたらしいからな。ルーシーも多分、卒業したら同じ事になると思うよ。」
「そっか・・・。」

 少し寂しそうなセシリーだった。

「でも、弓術科とか行けばアイシャだって居るだろう?」
「居ないわ。」
「え?」
「アイシャも来てないの。ここ一週間くらい。長期実習依頼が出されているんですって。」
 セシリーの不満気な顔を横目にシオンは思った。
『そうか、アイシャも・・・』

 冒険者の養成施設ならば本来こうあるべきなのだ。型に嵌まる必要など無い。冒険者に成るための基本的な実力と常識さえ身に付けたら、心の思うがままに飛び出せば良い。後はギルドが確りと手綱を握ってくれるのだから。

『アカデミーも少しずつ変わり始めているのだろうな』
 シオンから思わず笑みが零れた。



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