神が去った世界で

ジョニー

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第1章 アカデミー

第6話 合同演習 前々日・前日

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 合同演習2日前。


 シオン達、武術科の生徒達は武術棟の教室にコース毎に集められた。

 長机と長椅子が並べられた席の窓際にシオンは腰掛ける。隣に座ったミシェイルから説明を受けながら、シオンは配布された6枚のリクエストシートに記入していった。

『1つはミシェイル、もう1つはアイシャ、魔術師枠にルーシー、残りは未定。』

 ミシェイルはシオンの書き込みを見ながら同じメンバーを書き込んでいく。アイシャは弓術コースからシオンとミシェイル、そしてルーシーを指名しているはずだ。

 ミシェイルは書き込みながらシオンに話し掛ける。
「アイシャから聞いたときはちょっと戸惑ったけどいい試みだと思うよ。」
「ルーシーの事か?」
「そう。俺はそのルーシーさんって子を知らないんだけど、回復師コースってあんまり良い噂を聞かなかったから。役立たずだとか地味だとかさ。でも、女の子が1人で頑張っているのにそんな言い方は無いだろって思ってた。だから噂の真偽を自分の目で確認したくて話に乗ってみた。」
「そうか。ありがとう。」
 シオンの笑顔にミシェイルは照れたように顔を背ける。が、やや表情を改めてシオンの顔を見直す。

「アイシャと随分仲良くなっているな。」
「そうだな。必修が同じだから行動がほぼ一緒になる。お陰で助かっているよ。」
「そっか。」
 ミシェイルは言おうか言うまいか迷っているようだが意を決したように口を開く。
「アイシャはさ、あの見た目で性格も気さくだろ。剣術科の生徒からの人気はかなり高いんだ。」
「なるほど、わかる話だ。お前もそうなのか?」
「ああ・・・。!?い・・いや違う!!。いや・・・ち・・・違わないけど・・・。」
 余りにも何気なく尋ねられてミシェイルは思わず頷いてしまう。が、ハッと自分の返答に気が付いて慌てて叫び散らかしながら顔を赤らめた。

「そ・・・そんな事よりも、気を付けろって言いたいんだ。」
 ミシェイルは表情を取り繕うとシオンに注意を促した。
「気を付ける・・・?」
「つまり。お前、一部の生徒から妬まれているぞ。」

 ミシェイルの言葉にシオンは不思議そうな表情をした。

「なぜ妬む必要がある?その生徒達もアイシャと話をしたらいいだろう?」
「いや、だから急に編入して来たお前がアイシャと仲良くしているのが気に入らないんだろ。」
「そうか。」
 ミシェイルの言葉をシオンは受け入れてみせるが、全く気にするつもりは無い。当然アイシャの厚意を無碍にする気も無い。

「まあ、そいつらが何か言ってきたら話しを聞いてみるさ。」

 全く様子が変わらないシオンにミシェイルは苦笑した。
「まったくさ。大物だよ、お前は。同じ年齢とは思えないよ。」
「まあ、それなりに苦労してきたしな。男のやっかみ位で一々動揺なんてしてられない。」

 そう、それよりもシオンはこのアカデミーに対してある種の不安を感じており、そちらの方が気になっていた。
「シオンはルーシーって子を随分気に掛けているみたいだけど何かあるのか?」
 ミシェイルは押し黙ったシオンに興味津々の体で尋ねて来た。
「ルーシーが・・・と言うよりは、アカデミーの回復師に対する認識が気になるんだ。」
「回復師への認識?」
 ミシェイルは期待していた答えとは違う回答に少し残念そうな表情をしたが、シオンの回答そのものに興味を引かれた。

「ああ。例えばミシェイル。6人パーティを組んで戦闘になった場合で、全員が戦士である場合と、1人分の戦力を削って回復師を混ぜた場合、お前ならどちらのパーティに入りたい?」

 ミシェイルは思わぬ質問をされて考えてみる。
「うーん・・・。6人が全員戦士ならそれだけ早く戦闘は終わるよな。でも無傷って訳にはいかないだろうし。回復師がいてくれれば傷の手当てをしてくれる。1人減らしてもそちらの方が良さそうだよな。・・・ん?いや、考える間でも無く回復師が1人いた方がいいな。」
「では、さらにもう1人戦士を除いて魔術師を入れた場合は?」
「うーん。俺は魔法がどういう物があるか知らないから何とも言えないな。」
「そうか。」

 戦術科の生徒が魔法を知らない。これも問題だ。

「なら、あくまで俺の意見だが、魔術師は1人入れた方がいい。」
「そうなのか。魔法ってそんなに強いのか。」
「いや、魔法が強いというよりも魔法による援護の恩恵が強力なんだ。武器強化に防具強化、この2つを掛けて貰うだけで戦闘における安定感は別物となる。魔法による直接攻撃はそれこそ2次的なものだ。無くてもいい。」
 シオンの答えにミシェイルは首を傾げる。
「でも、魔術科の生徒はみんな直接攻撃に熱を上げているって聞くけどな。」
「援護魔法を習得した上でのものなら問題ないさ。だが、俺の感覚で言わせて貰えば、戦闘前が魔術師の出番。戦闘中は戦術科の出番。戦闘終了後は回復師の出番。が基本だと思っている。」
 ミシェイルは素直に頷いた。
「そうなのか。覚えておくよ。」
「あくまでも俺個人の考えだ。参考程度に止めておいてくれ。」
「わかった。」

 ミシェイルは冒険や戦闘に関するシオンの言葉には疑う事無く素直に応じる。その為、ここ一週間弱でミシェイルの剣技はかなりの成長を見せている。
 シオンも、技を見せればミシェイルがそれを真似て習得しようとする為、下手に高難度な技は見せず無理なく習得出来そうな技を見せるようにしていた。

「話は逸れたが、俺がアカデミーの認識に対して気になるのは、そう言った魔術師や回復師をパーティに加えるメリットやその運用方法をしっかりと生徒に伝える意識があるのかどうかって事さ。」

 シオンの言葉にミシェイルは呆然と呟いた。
「・・・お前、本当に俺と同じ年齢なのかよ・・・」

 回収されたリクエストシートは一旦整理されて、明日結果を発表されるそうだ。

 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆

「おはよう、ルーシー。」
 後ろから挨拶の声が掛かる。
「おはよう、セシリー。」
 淡いトルマリン色の長い髪が美しい少女にルーシーは笑顔で答えた。

 セシリーは、変わり者扱いされるルーシーに対して入学当初から親しんでくれる数少ない友人である。快活で魔術スキルは優秀、しかも美人とあって魔術科でも注目を浴びる1人だ。

『そんな彼女がなぜ自分を気に掛けてくれるのか』
 ルーシーは不思議に思いセシリーに尋ねた事があった。
『決まってるわ。貴女が優秀だからよ。私には回復師としての素養は無い。だから自分に無いものを持っている人と仲良くなりたいと思うのは当然じゃ無い?それに私、強い意志を持っている人って好きだわ。』
 照らいもなく真っ直ぐに双眸を見て話すセシリーの言葉にルーシーは赤面する羽目になったのだが。

 その事を思い出し、ルーシーは再び双頬を紅くする。
「どうしたの?」
「ううん。・・・前にセシリーが私に言ってくれた言葉を思い出して。」
「?」
 ルーシーの言葉が何を指しているのか解らなかったのか、セシリーは首を傾げた。
「・・・自分に無いものを持っている人と仲良くなりたいって。」
「ああ・・・」
 セシリーは何の事を言われていたのか解ったのか頬を染める。
「まあ、私が敵わないと思うところはもう1つあるんだけどね。」
「そうなの?」
 セシリーはルーシーをジトリと眺めると
「そのスタイルよ。出るところは程良く出てるし、引っ込むとこはしっかり引っ込んでるし」
「な・・・何いってるの!?」
「いいわよねー、その真っ白なローブ。憧れるわ。」
 恥ずかしそうに身を捩らせるルーシーにセシリーはニヤリと笑いにじり寄る。
「知ってる?白は身体のラインを引き立てるんだって。しかも、魔術科女子のローブって妙に身体にフィットするじゃない?」
「やめてよ。」
 恥ずかしがるルーシーからセシリーは離れると憮然としたように言葉を紡ぐ。
「全く、このローブのデザインをした人はとんだ変態さんだわ。どこのレーンハイムさんとは言わないけど。」
「言っちゃってるよセシリー。それに只の噂じゃない。ホントかどうか分からないよ?」
「まあ確かにね。私だって決めつけてる訳じゃ無いわよ。疑ってると言っても10割くらいの確率でしか疑ってないもん。」
「・・・。」

 今日も良い天気だ。

「明日は合同演習だね。楽しみだわ。」
「うん。」
 ルーシーは感情を押し込めるようにして作り笑いを浮かべた。
「ルーシー、ちゃんと私の名前を書いてくれた?」
「うん、書いた。」
「毎回毎回、武術科の連中が私たちの仲を引き裂こうとして来るから頭にくるわよ。」
 不快気な表情で愚痴を溢すセシリーの横顔を見てルーシーは穏やかに笑った。
「セシリーは有名人だから。」

 セシリーは、合同演習の度に武術科からのリクエストが殺到する。実力と何よりもその美貌が人気の要因である事は疑いようも無い。セシリーからのリクエストしか貰った事の無いルーシーから見れば、セシリーの方がよほど羨望に値する。

 ルーシーは美貌の友人にいった。
「もし、明日組めたら宜しくね。」

 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆

「では、リクエストのあった生徒を発表する。呼ばれた者はリクエストカードを受け取りに来て今日の午前中に返答するように。」

 魔術科の教室にて担当講師がそう述べる。

「では1人目。セシリー=アインズロード。」
 呼ばれたセシリーはどっさりとリクエストカードを渡されてウンザリした表情で戻ってきた。
「相変わらず凄い量だね。」
 ルーシーはセシリーの表情に苦笑しながら声を掛ける。
「関係無いわ。私はルーシーと組むんだから。ルーシーのリクエストカードを見て決めるわ。」
 セシリーは憮然とした表情でそう言う。
「私はセシリーのだけだから。」
 そんな会話をしていると、ルーシーの名前が呼ばれた。

「ルーシー=ベル。」
 ルーシーが受け取りに行くと、講師が4枚のリクエストカードを渡して来た。1枚はセシリーの物だ。でも残りの3枚は?
「あれ?」
 戸惑うルーシーに講師は笑いかけると小声で言った。
「おめでとう、武術科からのリクエストが来ているよ。君の頑張りを見てくれる人が現れたよ。」
 講師の言葉に、ルーシーは双眸を潤ませると
「ありがとうございます。」
 と呟き、リクエストカードを受け取った。

 ルーシーは戻りながら、待ちきれずに一番上のリクエストカードを覗いた。

『依頼者:シオン=リオネイル』

「え?」
 ルーシーはその名前にドキリとした。
 フルネームは知らない。それにあの人は本物の冒険者でアカデミーに居るはずが無い。その下のコメント欄を見た。

『キャラバンでは楽しい時間を有り難う。』

「ほ・・・ホントに・・・?」
 ルーシーは呆然と呟いた。

 忽ちルーシーはあのキャラバンの事を思い出した。
 シオンの話す数々の冒険譚、コボルト襲撃時の戦士として活躍した彼の姿、笑うと意外に幼い横顔、とても暖かな空気を感じていた。そして別れた時に感じた自分でも驚く程の名残惜しさも。

 ・・・もし、アカデミーに居るのなら会いたい。

 真っ赤な顔でふらふらと戻ってきたルーシーの様子に、訝しげな表情で声を掛けようとしたセシリーはルーシーの持っている4枚のカードを見て驚いた。

「ちょ・・・ルーシー、あなた私以外の誰かからもカード貰ったの!?」
「え、あ、うん・・・」
「ちょっと見せて!」
 セシリーはルーシーからカードを受け取ると、食い入るように自分のカードと見比べだした。が、しばらくしてガックリとセシリーは項垂れた。
「私のところには、この3人からは来ていないわ。・・ああ!せっかくルーシーにカードを送ってくれる人達が現れたのに、このままじゃ一緒になれないかも知れないじゃない!」

 魔術科は武術科と比べてその生徒数は2割にも満たない。そのため極力公平を期する為に1パーティに対して1人ずつ割り振られる事が多い。つまり、余程の理由でも無い限り魔術科は全員がバラけてしまうのだ。

「いいわ。」
 セシリーは何かを決意したように呟くと、自分のリクエストカードからルーシーの物を選び出し、リクエストに応じる欄にチェックを入れた。
「ルーシーはその3人にチェックを入れなさい。その3人、パーティを組んでるみたいだから。」
「でもセシリーは?」
「私は先生が何か言ってきたら徹底抗戦よ。明日だけは何としてもルーシーと組むわ。」
 鼻息荒く宣言するとセシリーはルーシーを見て笑って見せた。

 だが、セシリーの決意は徒労に終わる。
 アカデミーはセシリーのリクエストカードの返答について、何も言ってこなかったのだ。

「あ・・・あれ?OKって事で良いのかな・・・?」
 セシリーはモヤモヤを抱えながら、帰宅する時間を迎えるのだった。


 明日は2ヶ月に1度の合同演習だ。





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