創世戦争記

歩く姿は社畜

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苏安皇国編 〜赤く染まる森、鳳と凰の章〜

帰還

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 上の階層から轟音が響いた。それ以降、鎖が地面で引き摺られるような音がする他一切の音が聞こえない。
「速く戻ろう。もう用は無いわ」
 上で戦っていた苏月スー・ユエも決着がついた頃だろう。
 フレデリカが創造魔法で梯子を創り出すと、一行は順番に梯子を登って上の階層へ上がった。
ユエさん、終わった?」
 床に空いた穴から出たアレンは目を見開いた。何と、偽物の苏月が鎖で四肢を束縛され、引き千切れる寸前まで引っ張られていたのだ。一方の本物はというと、瓦礫の上で長い脚を組んで、筋が浮くほど強い力で鎖を握っている。おまけに無傷だ。
 水晶盤の向こう側で舞蘭ウーランが人差し指を唇に当てる。フレデリカは苏月に目を向けると小声で言った。
「記憶にアクセスしてるみたい」
 苏月の手に握られている鎖は手首から伸びていて、偽物の身体から本物の身体へ青い粒子が流れている。
「記憶に?どうして?」
「分からない」
 その時、苏月は伏せていた目を開いた。そして鎖を思い切り引く。
『グギャアアアアアア!』
 偽物は手脚を千切られ、千切れた部分から黒い靄を噴き出した。
「…大した情報は持っていなかったな」
 偽物は唸りながらも一矢報いようと首を動かすが、苏月が手を振り下ろすと、今度は紫色の雷を纏った槍が身体を穿つ。その瞬間、どういう訳かアレンは頭痛に見舞われた。
「…っ!?」
「アレン、どうしたの?」
 苏月が脚を組み替えた瞬間、別の誰かの姿が重なる。
(あれは…誰…!?)
「…滅びよ」
 黒い髪に黒い肌。亀裂のように身体を覆う紫の紋章。アレンには無い記憶だ。
 しかし、それは一瞬で消える。偽物の声にならない断末魔で現実へ引き戻されたのだ。
 苏月は鎖を消すと、億劫そうに立ち上がった。
「こちらも終わりだ。遺物は見付けたか?」
 アレンは眉間を押さえながら答えた。
「ああ…謝坤とネメシアが破壊した」
「二人共、よくやった」
 苏月が二人の頭を撫でると、ネメシアは苏月に抱き着いた。
「臭かったよぉ~!」
「おい、ズルいぞ!」
 苏月は困ったようなしょんぼりした顔をすると水晶盤の方を向いた。
「舞蘭、すまないが消臭剤を用意してくれないか?地下牢は余りにも臭かったからな…」
『分かった。一旦離れるけど、帰りも気を付けてね』
 アレンは苏月の方を向いた。
「けど、どうやって戻るんだ?」
「行きと同じ。穴を空けてしまえば良い」
「…この城は復興とかしないのか?」
 費用は掛かるだろうが、一応聞いてみる。しかし苏月は首を振った。
「負の遺産として後世に遺す。過ちを繰り返さない為にもな」
 多少壊れても良かろう、そう言って義指にもなっている飾り爪で手首を傷付けると天井に向かって手を伸ばす。すると、血が鎖へ変化して天井を一直線に貫いた。
「帰りはやっぱりこれだろう。下へ向かうのには向いていないが…」
 アレン達が鎖をしっかり掴むと、鎖がアレン達一行を上へ引き上げる。アレンはふと、一番下に居る苏月に問うた。
「さっき、何で記憶に干渉していたんだ?」
「リーサグシア大森林の中にある首都の弱点を調べていた」
「森なら焼き払えば良いんじゃないのか?」
「あの森に生えている木々は十万年前に植えられた物で、水を豊富に含んでいる。油を使っても燃やす事は出来ない」
 アレンは思わずぼやいた。
「木って燃やすもんだろ…」
「木は乾燥させなければ簡単には燃えない。それに、戦争の後は賠償金が付き物だ。襲撃を受けた村の復興に回す分、迷惑料、軍備増強…取れるだけ取るには、ある程度の生存者を残したまま徹底的に潰さねばならない」
 森林が強固な城壁となっているリーサグシア大森林の攻略は困難だ。
「軍の侵入経路さえ確保出来れば、後はこっちの専門なんだけど…」
 荒野や砂漠で戦ってきたアレンにとって、森林地帯での戦闘は初めてだ。初めてを言い訳にしたくはないが、初めてだから分からない事もある。
 すると、苏月が問う。
「経路の横幅はどのくらい欲しい?」
「広ければ広い程良いよ。帝国に居た頃は圧倒的兵数と物資量、それから速度で攻めてたからね。戦略はその次くらいな感じでさ」
「成る程。それじゃあ後で思いついた事を話すよ」

 それから暫くして、地下牢獄から脱出したアレン達は思薺スーチーの部隊から消臭剤をぶち撒けられた。
「くっさ。消臭剤追加ー」
 好きで腐敗臭を纏っている訳でもないのに、思薺の言葉は容赦無く心を抉る。
 スプレーだけでは足りず、容器の中身を液体そのままで掛けられたアレン達はくしゃみを繰り返す。
「思薺さん、今何時?」
 自分の服の匂いを確認しながらアレンが問うと、思薺は水晶盤を確認しながら答えた。
「十一時です。陛下、アレン様、明日の出発時刻を遅らせますか?ヤン親王殿下はまだ親王直属の軍のみでも二週間は保つとお考えのようです」
「陽が言うのなら大丈夫だろう。明日の出発時刻は正午だ。九時からリーサグシアでの作戦をある程度立てる」
「承知しました。それと陛下、アイユーブ王子とサーリヤ王女が新クテシアに到着したそうです」
 アレン達〈プロテア〉は思わず顔を上げた。
「ヌールハーン様から苦情のメッセージが来ております」
「…面倒だな。まあ良い、出よう。アレン達は今日はもう休んでくれ。私はヌールハーンと話をしてくる」
 そう言って一足先に苏月は陣営の方へ戻って行く。
「どの家も、子供には甘いのね」
 フレデリカはそう呟いた。
 アレンの視線に気付いたフレデリカは笑う。
「あんたの親父も甘かったわよ」
「親父って、コーネリアス?」
「ええ。服の素材で子供の柔らかい肌にはどれが良いのかとか、人間の子供が何をどれだけ食べるのかとか。分からない事があったら全部私達に聞いてた」
「…実は魔人とあんまり変わらないって事を俺も最近知った」
 フレデリカは悲しい顔をする。
「なのに殺し合わないといけないのは、悲しいね」
 戦友と同族が生み出した呪い、かつて愛していた男が犯した大罪仕掛けた戦争。どちらも止められなかった罪悪感がフレデリカの顔から滲み出る。だけど、フレデリカの顔にそれは相応しくない。
「フレデリカ⸺」
 そう呼び掛けて、こちらを向いた女の頬を引っ張る。
「笑え。お前はこっちの方が可愛い」
「え、私可愛い?」
 餓鬼ガキみたいでお調子者な聖女。そんなモノ聞いた事も無い。御伽話や聖書に出て来る聖女はいつだって慈悲深く、優しく落ち着いている。馬鹿みたいに騒いで喚く聖女を見たら、信心深い者達は発狂するだろう。だが、悲しい顔をしているより断然マシだ。
「…かぁいいかぁいい」
 満面の笑みは栗鼠みたいで可愛いが、改めて気恥ずかしく感じるので誤魔化すように言う。しかし、フレデリカは嬉しそうにアレンの周りを子供のように飛び跳ねた。
「もっかい、も~っかい!」
「はいはい、フレデリカは可愛いよー」
 そろそろ終わりにしてくれ、そう思って何と無しに辺りを見渡すと、水晶盤をこちらに向けてくるネメシアとロルツが居た。
「二人共、それで何してるのかな?」
 薄々解ってはいるのだが、一応確認の為に聞くと、ネメシアは悪気無く答える。
「四夫人とマリア姐に見せるんだ。美凛メイリンとザンドラのお世話で疲れてるだろうから、癒やしが必要な筈だろ?」
「それは癒やしじゃない!消せ、今直ぐ消せ!恥ずかしいだろうが!」
「何で~?アレン格好良かったのに!」
「喧しいわ、さっさと消せ糞餓鬼!」
 アレンはフレデリカから離れるとネメシアとロルツを追い始めた。
「待てコラ!」
 深夜の廃都に愉快な声が響く。歪だが、フレデリカはそのおかしな光景に笑った。かつて自分達が守ろうとしたこの世界は、やはり愛おしくて面白いのだ。
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