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グラコス王国編 〜燃ゆる水都と暁の章〜
調査開始
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『…そうか、梦蝶の可能性が…』
苏月はフレデリカの説明に眉を潜めた。そして警戒するように息を吐いて言う。
『…少し待て。こればかりは私一人では決められない』
「決められない?」
フレデリカの大きな声にアレンは思わず顔を上げた。
「ねえ、もう影武者はうんざりよ。今日だけで何人も影武者を見たわ。影武者さん、貴方の飼い主は、今何処!?」
苛々の余りにダン、と大きな音を立ててフレデリカが机を叩き、美凛が確かめるように水晶盤の前へ駆け寄った。
アレンはフレデリカの横に立つと問う。
「フレデリカ、どういう事だ?影武者って何で分かる?」
「苏月は緊急の物事になる程、素早く決断を下す。なのにこいつ、梦蝶が誰か解ってないみたいなモソモソした喋り方してるでしょ。それに変装が下手糞。苏月の手は綺麗な形をしてるけど、白魚の手じゃない。傷痕で元の肌が見えない醜い手よ。それなのにあの白さといったら!ねぇ影武者君、梦蝶って知ってる?」
アレンが顔を画面に向けると、影武者は頭を掻いて首を振った。
『うぅ…知らないです』
「あんたも近代史の勉強しなさい。それから変装の修行もっとやって。あと話の通じる奴居ないの?」
『こ、皇后様呼んできます!』
そう言って影武者君は尻に火をつけられたように走って出て行く。すると、キオネは思い出したように言った。
「そう言えば、月は先週から遠征してるよ」
「は!?」
一同は驚きの余りに声を揃えて叫んだ。国王が自ら軍隊を率いて城を空けるとは何事か。そう言いたげな一同にキオネは肩を竦めて言った。
「あれは多分、本家長老の首を自ら刎ねるつもりだね。グラコスと苏安は同盟国で僕と月はお友達だから影武者を執務室に置いていたのは知ってたけど、今日はいつもの影武者君の息子さんかな?」
「…影武者をすり替えて失敗したとか、重罪じゃないか?」
アレンの問いにキオネは自信が無さそうに答えた。
「…うーん、多分?」
すると、水晶盤に一人の女性と先程の影武者君が写った。
『ごめんなさいね、夫は今遠征中なの。代わりに私、舞蘭がお話するわ』
碧い瞳の女性は美凛を視界に入れると、にこりと微笑んだ。そして笑みを消して問う。
『それで、梦蝶と隷属魔法が何ですって?』
アレンは苦言を呈そうとしたフレデリカの代わりに答える。
「俺は元十二神将のアレンだ。梦蝶は生存していて、苏安式の隷属魔法を帝国に流している可能性がある」
フレデリカがあのスライムを空間魔法で取り出すと、スライムは縮こまって震え出した。
『変異種のスライム…もしかして魔物を使役しようとしてるの?』
「察しが良くて助かる。ネメシアの話によれば、魔物を量産しようとしているようだ」
『…生き残ったのはこの子だけ?他のスライムは?』
「死滅した」
『…確かに使われているのは苏安式だけど、大和式に近いわね』
「大和式?」
初めて聞いた言葉にゼオルが説明した。
「二十年前まで…いや嘘。今でも大和じゃ会社員を奴隷のようにこき使ってる。その奴隷⸺社畜を管理するのに使われる隷属魔法が大和式だが、他のどの型より致死率と思考管理力が高い」
『感情や感覚を奪って完全な奴隷を作り上げられるけど…そのスライムちゃんはかなりの特殊個体のようね。スライムのような下等な魔物では長く保たないわ』
そう言って舞蘭はキオネの方を見て怖い笑みを浮かべた。
『王様だよねぇキオネ君。常任理事国としてどうなのよ、コレ。本当に梦蝶の仕業なのかは置いておいても、抜け穴だらけじゃない』
キオネはアーサーの後ろに隠れると、変な声で言った。
「ボク、キオネジャナイ。キオネイナイヨ」
舞蘭は表情を穏やかな笑みに戻すと、背筋をピンと伸ばして言った。
『隷属魔法について知りたいから連絡して来たのでしょう?皇帝に代わって通行を許可するわ。但し、美凛以外の二名まで。資料館に入るのはその内の一名、どうかしら』
アレンが一同を見渡すと、皆が賛成するように頷いた。
「フレデリカ、魔法には流石に詳しいよな」
「当たり前よ。何年生きてると思ってんの」
「じゃあ苏安にはフレデリカが行ってくれるか?他よりは適任だろう」
「任せて。それと同行者だけど…」
その時、バルコニーから飛竜の姿に戻ったドゥリンが顔を覗かせた。
「キオネ、闘技場は制圧したよ~…って、これ何の騒ぎ?」
アレンは空を舞う飛竜の姿を想像して思い付いた。
「キオネ、ドゥリンを借りても良いか?」
「…言うと思った。良いよ…」
そう言うキオネは寂しそうだが、ドゥリンはバルコニーの向こうから嬉しそうにひょこひょこと身体を動かした。
「空の旅?空の旅?私、頑張っちゃうよ~」
『あら、ドゥリンちゃんも来るの?じゃあ良いお部屋取っておくわね~。そうだ、そのスライムちゃんについて調べてくれないかしら。何か分かる事が分かるかも』
「分かった」
舞蘭は柔らかい微笑みを浮かべて頷くと、美凛の方を向いた。
『爸爸(お父さん)はあなたに追放令を出したけど、嫌ってる訳じゃないわ。本家とのいざこざが終われば直ぐに解除される筈よ。媽媽(お母さん)は宮殿で阿凛の事、待ってるからね。えーと、アレン君だっけ。アーサーと娘を宜しくね。アーサー、アレン君達に苦労掛けちゃ駄目よ』
そう言って舞蘭は通話を切った。
穏やかで優しそうな舞蘭からも『人に苦労掛ける野郎』認定されているアーサーをじっとり見詰め、冗談めかしてアレンは言う。
「…お前、苦労掛けんなよ」
「多分もう掛けないよ…」
「はいはい」
アレンはアーサーの言葉を軽く流すと、指示をし始めた。
「ネメシアとゼオルはスライムの調査。二人共強いし、ゼオルは行軍経験がある筈だから、軍事演習より調査を優先してくれ。アーサーは演習に参加しろ。うかうか城下町へ行ったら何されるか分からない。パカフはそろそろ演習にも参加してみるか。美凛も演習。それでフレデリカだけど…」
フレデリカは暫くドゥリンと行動する事になる。予定だけでも把握するべきだろう。
「いつ出発する?」
「ドゥリンの都合にもよるかな。荷物を用意しないといけないから、早くても明日の夜明けになると思うけど。何で?寂しい?やっぱりアレンは可愛いね」
「聞かなきゃ良かった。行ってらっしゃいとか言わないから好きなタイミングで行って良いよ。どうせ上手くやれるだろ」
「はぁぁぁ!?あんた冷た過ぎない?ねえラザラスに水ぶっ掛けられたからそんな冷たいの?ねぇねぇねぇ!」
「うるっせぇな糞尼!マジで何も言わなきゃ良かった…」
それでも喚くフレデリカをアレンは執務室から放り出した。
一連の遣り取りを見ていたドゥリンはぼそりと呟く。
「ありゃあ、只じゃ黙りそうにないなぁ~」
しかし竜の姿に戻った状態では身体も声も大きくなる。ドゥリンは呟いたつもりだったが、その声はアレンに丸聞こえだ。
「ああいう女は本来関わらないのが正解だが…まあ良いや。円滑に任務を遂行する為だ」
そう言ってアレンはコートの裾を絞ってタオルで頭をわしわし拭くと、ポーチから美男葛の革財布を取り出した。
「何か買い物?」
キオネの問いにアレンは真面目に答える。
「物で黙らせる」
「舌切鋏なんて売ってたかなぁ」
素っ頓狂な事を言い始めるキオネにアレンは思わず声を荒げた。
「誰がそんな物騒なモン買うって言ったよ!あいつの身体って直ぐに再生するから舌切鋏なんて金の無駄。それに買わなくても持ってる」
キオネとアーサーが口を揃えて怒鳴った。
「そんな危ない物捨てなさい!」
「捨てない!」
アレンはそんな茶番のような遣り取りを咳払いで強制的に締め括ると、そのまま部屋を出ようとした。しかし、キオネが長い腕をぬっと伸ばしてアレンの肩を掴む。
「まずは着替えようか。水も滴る良い男だけど、非常識だしレディの前でそれは許されざる行為だよ。そうでなくても、普通地上じゃ水路にでも落ちない限りずぶ濡れの人間なんて居ないからね。という訳で、宮廷御用達の裁縫師が居るんだ。さあ行こう!」
そう言ってキオネはアレンの襟首を引っ掴むと、執務室から走り去ってしまった。行こう⸺文法的に考えれば意思系だが、アレンの意思は組み込まれておらず、拒否権の無い命令系だ。
(…俺はコンラッドから人間の常識と会話術を叩き込んでもらわないと)
「まずは髪型からね。フワフワ感残して整えよう!」
「美容室長いから嫌いなんだよ…」
アレンの嘆きを他所に、キオネはフレデリカとアレンの良好な関係の為に廊下を疾走するのだった。
苏月はフレデリカの説明に眉を潜めた。そして警戒するように息を吐いて言う。
『…少し待て。こればかりは私一人では決められない』
「決められない?」
フレデリカの大きな声にアレンは思わず顔を上げた。
「ねえ、もう影武者はうんざりよ。今日だけで何人も影武者を見たわ。影武者さん、貴方の飼い主は、今何処!?」
苛々の余りにダン、と大きな音を立ててフレデリカが机を叩き、美凛が確かめるように水晶盤の前へ駆け寄った。
アレンはフレデリカの横に立つと問う。
「フレデリカ、どういう事だ?影武者って何で分かる?」
「苏月は緊急の物事になる程、素早く決断を下す。なのにこいつ、梦蝶が誰か解ってないみたいなモソモソした喋り方してるでしょ。それに変装が下手糞。苏月の手は綺麗な形をしてるけど、白魚の手じゃない。傷痕で元の肌が見えない醜い手よ。それなのにあの白さといったら!ねぇ影武者君、梦蝶って知ってる?」
アレンが顔を画面に向けると、影武者は頭を掻いて首を振った。
『うぅ…知らないです』
「あんたも近代史の勉強しなさい。それから変装の修行もっとやって。あと話の通じる奴居ないの?」
『こ、皇后様呼んできます!』
そう言って影武者君は尻に火をつけられたように走って出て行く。すると、キオネは思い出したように言った。
「そう言えば、月は先週から遠征してるよ」
「は!?」
一同は驚きの余りに声を揃えて叫んだ。国王が自ら軍隊を率いて城を空けるとは何事か。そう言いたげな一同にキオネは肩を竦めて言った。
「あれは多分、本家長老の首を自ら刎ねるつもりだね。グラコスと苏安は同盟国で僕と月はお友達だから影武者を執務室に置いていたのは知ってたけど、今日はいつもの影武者君の息子さんかな?」
「…影武者をすり替えて失敗したとか、重罪じゃないか?」
アレンの問いにキオネは自信が無さそうに答えた。
「…うーん、多分?」
すると、水晶盤に一人の女性と先程の影武者君が写った。
『ごめんなさいね、夫は今遠征中なの。代わりに私、舞蘭がお話するわ』
碧い瞳の女性は美凛を視界に入れると、にこりと微笑んだ。そして笑みを消して問う。
『それで、梦蝶と隷属魔法が何ですって?』
アレンは苦言を呈そうとしたフレデリカの代わりに答える。
「俺は元十二神将のアレンだ。梦蝶は生存していて、苏安式の隷属魔法を帝国に流している可能性がある」
フレデリカがあのスライムを空間魔法で取り出すと、スライムは縮こまって震え出した。
『変異種のスライム…もしかして魔物を使役しようとしてるの?』
「察しが良くて助かる。ネメシアの話によれば、魔物を量産しようとしているようだ」
『…生き残ったのはこの子だけ?他のスライムは?』
「死滅した」
『…確かに使われているのは苏安式だけど、大和式に近いわね』
「大和式?」
初めて聞いた言葉にゼオルが説明した。
「二十年前まで…いや嘘。今でも大和じゃ会社員を奴隷のようにこき使ってる。その奴隷⸺社畜を管理するのに使われる隷属魔法が大和式だが、他のどの型より致死率と思考管理力が高い」
『感情や感覚を奪って完全な奴隷を作り上げられるけど…そのスライムちゃんはかなりの特殊個体のようね。スライムのような下等な魔物では長く保たないわ』
そう言って舞蘭はキオネの方を見て怖い笑みを浮かべた。
『王様だよねぇキオネ君。常任理事国としてどうなのよ、コレ。本当に梦蝶の仕業なのかは置いておいても、抜け穴だらけじゃない』
キオネはアーサーの後ろに隠れると、変な声で言った。
「ボク、キオネジャナイ。キオネイナイヨ」
舞蘭は表情を穏やかな笑みに戻すと、背筋をピンと伸ばして言った。
『隷属魔法について知りたいから連絡して来たのでしょう?皇帝に代わって通行を許可するわ。但し、美凛以外の二名まで。資料館に入るのはその内の一名、どうかしら』
アレンが一同を見渡すと、皆が賛成するように頷いた。
「フレデリカ、魔法には流石に詳しいよな」
「当たり前よ。何年生きてると思ってんの」
「じゃあ苏安にはフレデリカが行ってくれるか?他よりは適任だろう」
「任せて。それと同行者だけど…」
その時、バルコニーから飛竜の姿に戻ったドゥリンが顔を覗かせた。
「キオネ、闘技場は制圧したよ~…って、これ何の騒ぎ?」
アレンは空を舞う飛竜の姿を想像して思い付いた。
「キオネ、ドゥリンを借りても良いか?」
「…言うと思った。良いよ…」
そう言うキオネは寂しそうだが、ドゥリンはバルコニーの向こうから嬉しそうにひょこひょこと身体を動かした。
「空の旅?空の旅?私、頑張っちゃうよ~」
『あら、ドゥリンちゃんも来るの?じゃあ良いお部屋取っておくわね~。そうだ、そのスライムちゃんについて調べてくれないかしら。何か分かる事が分かるかも』
「分かった」
舞蘭は柔らかい微笑みを浮かべて頷くと、美凛の方を向いた。
『爸爸(お父さん)はあなたに追放令を出したけど、嫌ってる訳じゃないわ。本家とのいざこざが終われば直ぐに解除される筈よ。媽媽(お母さん)は宮殿で阿凛の事、待ってるからね。えーと、アレン君だっけ。アーサーと娘を宜しくね。アーサー、アレン君達に苦労掛けちゃ駄目よ』
そう言って舞蘭は通話を切った。
穏やかで優しそうな舞蘭からも『人に苦労掛ける野郎』認定されているアーサーをじっとり見詰め、冗談めかしてアレンは言う。
「…お前、苦労掛けんなよ」
「多分もう掛けないよ…」
「はいはい」
アレンはアーサーの言葉を軽く流すと、指示をし始めた。
「ネメシアとゼオルはスライムの調査。二人共強いし、ゼオルは行軍経験がある筈だから、軍事演習より調査を優先してくれ。アーサーは演習に参加しろ。うかうか城下町へ行ったら何されるか分からない。パカフはそろそろ演習にも参加してみるか。美凛も演習。それでフレデリカだけど…」
フレデリカは暫くドゥリンと行動する事になる。予定だけでも把握するべきだろう。
「いつ出発する?」
「ドゥリンの都合にもよるかな。荷物を用意しないといけないから、早くても明日の夜明けになると思うけど。何で?寂しい?やっぱりアレンは可愛いね」
「聞かなきゃ良かった。行ってらっしゃいとか言わないから好きなタイミングで行って良いよ。どうせ上手くやれるだろ」
「はぁぁぁ!?あんた冷た過ぎない?ねえラザラスに水ぶっ掛けられたからそんな冷たいの?ねぇねぇねぇ!」
「うるっせぇな糞尼!マジで何も言わなきゃ良かった…」
それでも喚くフレデリカをアレンは執務室から放り出した。
一連の遣り取りを見ていたドゥリンはぼそりと呟く。
「ありゃあ、只じゃ黙りそうにないなぁ~」
しかし竜の姿に戻った状態では身体も声も大きくなる。ドゥリンは呟いたつもりだったが、その声はアレンに丸聞こえだ。
「ああいう女は本来関わらないのが正解だが…まあ良いや。円滑に任務を遂行する為だ」
そう言ってアレンはコートの裾を絞ってタオルで頭をわしわし拭くと、ポーチから美男葛の革財布を取り出した。
「何か買い物?」
キオネの問いにアレンは真面目に答える。
「物で黙らせる」
「舌切鋏なんて売ってたかなぁ」
素っ頓狂な事を言い始めるキオネにアレンは思わず声を荒げた。
「誰がそんな物騒なモン買うって言ったよ!あいつの身体って直ぐに再生するから舌切鋏なんて金の無駄。それに買わなくても持ってる」
キオネとアーサーが口を揃えて怒鳴った。
「そんな危ない物捨てなさい!」
「捨てない!」
アレンはそんな茶番のような遣り取りを咳払いで強制的に締め括ると、そのまま部屋を出ようとした。しかし、キオネが長い腕をぬっと伸ばしてアレンの肩を掴む。
「まずは着替えようか。水も滴る良い男だけど、非常識だしレディの前でそれは許されざる行為だよ。そうでなくても、普通地上じゃ水路にでも落ちない限りずぶ濡れの人間なんて居ないからね。という訳で、宮廷御用達の裁縫師が居るんだ。さあ行こう!」
そう言ってキオネはアレンの襟首を引っ掴むと、執務室から走り去ってしまった。行こう⸺文法的に考えれば意思系だが、アレンの意思は組み込まれておらず、拒否権の無い命令系だ。
(…俺はコンラッドから人間の常識と会話術を叩き込んでもらわないと)
「まずは髪型からね。フワフワ感残して整えよう!」
「美容室長いから嫌いなんだよ…」
アレンの嘆きを他所に、キオネはフレデリカとアレンの良好な関係の為に廊下を疾走するのだった。
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