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グラコス王国編 〜燃ゆる水都と暁の章〜
ネメシアを追って
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「…で、何で攫われた?あいつそんな弱かねぇだろ。ハニートラップにでも引っ掛かったか?」
酒場を出て街を走りながらアレンは横を走るフレデリカに問うた。
「ハニトラじゃないわ。美凛の目の前で攫われたのよ。その動きが凄く速かったんだって」
地下街で乱闘まがいの手合わせをした時、美凛は圧倒的な身体能力と奇想天外な策で攻撃を仕掛けてきた。手練の猛将とも戦えるような美凛の目の前での人攫いは困難な筈なのに、犯人はそれをやってのけた。
「美凛、ネメシアは攫われる直前に何してた?キラキラした物を見せびらかしてたら金銭目当てで攫われるだろうけど…」
ネメシアは美しい銀細工のイヤーカフを付けていた。もしかしたらその装飾品目当てに攫ったのだろうか。しかし、美凛から返ってきた答えは予想外過ぎた。
「ううん、兵士達が疲れてたから、ネメシアはスライムの作り方を教えてたの」
「…は?」
アレンとフレデリカの声が重なる。
「スライムって…魔物だよな。生物創造してペットにでもするつもりか?」
「ペットショップの店員にでも攫われたの?」
「違うって!ムニムニプルプルした生きてないスライムだよ!それに犯人は人間に化けた魔人だよ!」
美凛が怒鳴ると、アーサーが説明した。
「最近の流行りでな。スライムはスライムでも、核の無いスライムだ。ホウ砂水と水糊で作れる。そう言えば、ゼオルとネメシアは拠点でスライムを量産してたな」
「アーサー!暴露すんなよ!」
アレンはフレデリカに問うた。
「魔人がネメシアを攫ったって…殺さずに攫ったのなら目的がある筈だ。何だと思う?」
「分からない。スライムが目的って事?癒やしでも…いやいや、スライムとか気色悪いでしょ!」
「同感だ」
アレン達はフレデリカの魔力探知を頼りにネメシアの後を追っている。そしてその結果たどり着いたのは、埠頭だった。
「この船の行き先って、ガロデル闘技場?」
フレデリカは鼻を摘んだ。
「ああ嫌だ、何度見ても悍ましい気配がするよ、あの闘技場は」
「ネメシアの気配はあの先か?」
「ええ。でも五人だけで乗り込むには危険過ぎる。増援を呼んだけど、誰が来るかしら。童顔な奴が良いわね、船賃高いし」
フレデリカはそう言いながら船賃を確認する。大人料金とお子様料金があり、十五歳以下はお子様料金だった。しかし、どれもぼったくりを疑う程高い。
「美凛は今から十四歳ね」
「えー…私そんな幼くないし」
「ゼオルは十五歳。アレンも十五歳。アーサーは自分の金から払って。最後は増援が誰かだけど⸺」
ゼオルがムスッとした顔で物申そうとしたその時。
「ごめん、待たせた!」
肩で息をしながらやって来たのは、何とパカフだった。
「パカフ!?」
「うん、俺だよ。皆は演習で凄く忙しいからね。コンラッド先生と除霊師先生から出された宿題で来た」
実戦経験は大事だとアレンも思うが、いきなり過酷過ぎるのではないかと思う。
パカフはこの一ヶ月で確かに成長した。テオクリスとリヴィナベルクへ向かって移動していた時、夜は野宿をしていたがたまに拠点に戻って皆の様子を確認していた。その際に拠点の食堂で遅くまで勉強に励むパカフを見た事がある。
「アレンでも勝てない相手だよ…?パカフに務まるかな」
そう言ったフレデリカにパカフが言う。
「見た感じこのパーティーは攻撃型しか居ないだろ?俺は支援役として戦えるよ!」
アレンは少し考えた後に頷いた。
「分かった。ただし、フレデリカより前に出るなよ」
「ちょっとアレン!あんたでも勝てない相手なのに…」
「頼むから傷口に塩を塗るような事言わないでくれよ…」
アーサーが口を開いた。
「まあまあ、潜入してネメシアを回収するだけだ。良いだろ」
「それに時間が経てば経つ程、ネメシアが無事かは分からなくなる」
ゼオルの正論にフレデリカは溜息を吐いた。それに除霊師とコンラッドは頭もキレる。何か狙いがあるのだろう。
「分かった。それじゃあ、アーサーは自分で船賃払って。あとは…」
「アレンとパカフの分は俺が払おう。お子様全員分払うのは無茶があるだろ」
「そうね、帰りもあるし」
フレデリカはそう言って値段表を睨むと叩いた。
一行は船で酒を飲んでいる男に近付いた。
「ガロデル闘技場島まで行きたい」
フレデリカがそう言うと、男はさぞ面倒臭そうに溜息を吐いた。
「またかよ…お前ら、船で暴れたりしねぇよな」
「する訳無いじゃない。何でそんな事聞くのよ」
男はフレデリカとアーサーから船賃を受け取ると、金を数えながら遠くを見詰めるような顔をした。
「さっきガタイの良い男が袋に入れられた…奴隷か?奴隷か何かを運んでいたんだが、その奴隷がまあ暴れたんだわ。お陰で五回くらい転覆しかけたよ」
「それは…大変だったね」
男は金を数え終わると、アレンとゼオルを見て怪訝そうな顔をした。
「この二人…大人だよな」
やはり誤魔化すのは難しい。そこでアレンはアーサーの腕を掴んで言った。
「俺、そんな老け顔…?」
「おいおい、俺の甥っ子が傷付いたじゃねぇか」
「分かった分かった、十五歳だな?ごめんごめん!」
何とか無理矢理通したが、十五歳で通すのは中々難しいようだ。
アレン達は船に乗ると、大人しく座った。
一方その頃、ガロデル闘技場地下にて。
「えーとね、ホウ砂水と水糊を混ぜて、お好みで着色料を入れて均一に混ぜるんだよ」
ネメシアは困惑していた。何故自分は訓練の休憩中に攫われ、此処で手作りスライム講座を魔人相手に開いているのだろう。真っ黒なローブを着た屈強な魔人達がネメシアが渡したサンプルのスライムを触ったり観察している姿は中々に珍妙で、水晶盤を部屋に忘れていなければ写真を取りまくっていたところだ。
ネメシアは手袋を付けた状態でスライムを捏ねながら魔人達を見た。
(にしても気味が悪いな…何でこいつら皆同じ顔なんだよ)
背格好も顔も髪型も、何もかもが同じだ。違うのは、スライムに対する反応だけ。
「ほう、こんな物も作れるのか。帝国には無い技術だな」
「そもそも水が中々手に入らないからな」
(そっか、帝国は砂漠だから水が無いのか)
魔人の一人が挙手した。
「これ海水でも出来るか?」
「えー…?スライムは塩を掛けたら液体と個体に分離するからなぁ…分かんない。今度自分達で試してみて!」
ネメシアはそう言って再びスライム作りに勤しむ魔人達を観察した。
「ラメとか入れたら可愛いだろうか」
「ビーズ入れるのもアリだよな」
「うわ、スライム溶けた!」
「何入れたんだよ」
「さっき食べたレモンの皮」
ネメシアは注意した。
「皮にレモン汁でも付いてたのかな。クエン酸はスライムを溶かしちゃうからな!」
「ネメシア先生、このスライムと魔物のスライムって、性質同じですか?」
「ベースは同じだぞ。あとは保有してる核の性質や吸収する物によって変わってくるよ」
ネメシアは一見馬鹿だが、士官学校に在学中は座学で良い成績を修めていた。強い奴は頭も良い、それがネメシアの考え方だ。
「吸収する物?」
「例えば、ビーズを入れたらジョリジョリスライムになるし、蠟を垂らして固めたらパキパキスライムになる。これ、魔物も同じなんだよ。例えばスライムが角の生えた魔獣を吸収したら角が生える。骨を吸収したら、身体は亀みたいに外骨格で覆われるんだ」
魔人達は手を打って笑みを浮かべた。
「成る程!それじゃあこれで魔物を量産出来るな!」
(何だって?)
ネメシアは思わず大きい声でそう言い掛けた。しかしネメシアは決して馬鹿ではない。敢えて黙ろうとした。しかし。
「じゃあこの小僧はもう用無しだな」
魔人の一人が手甲鈎を装着して立ち上がった。そしてネメシアに近付いて腕を振り上げる。
「やば」
「有益な情報ありがとうな。死ね」
魔人は驚きの余りに硬直したネメシアに、無情にもその腕を振り下ろした。
酒場を出て街を走りながらアレンは横を走るフレデリカに問うた。
「ハニトラじゃないわ。美凛の目の前で攫われたのよ。その動きが凄く速かったんだって」
地下街で乱闘まがいの手合わせをした時、美凛は圧倒的な身体能力と奇想天外な策で攻撃を仕掛けてきた。手練の猛将とも戦えるような美凛の目の前での人攫いは困難な筈なのに、犯人はそれをやってのけた。
「美凛、ネメシアは攫われる直前に何してた?キラキラした物を見せびらかしてたら金銭目当てで攫われるだろうけど…」
ネメシアは美しい銀細工のイヤーカフを付けていた。もしかしたらその装飾品目当てに攫ったのだろうか。しかし、美凛から返ってきた答えは予想外過ぎた。
「ううん、兵士達が疲れてたから、ネメシアはスライムの作り方を教えてたの」
「…は?」
アレンとフレデリカの声が重なる。
「スライムって…魔物だよな。生物創造してペットにでもするつもりか?」
「ペットショップの店員にでも攫われたの?」
「違うって!ムニムニプルプルした生きてないスライムだよ!それに犯人は人間に化けた魔人だよ!」
美凛が怒鳴ると、アーサーが説明した。
「最近の流行りでな。スライムはスライムでも、核の無いスライムだ。ホウ砂水と水糊で作れる。そう言えば、ゼオルとネメシアは拠点でスライムを量産してたな」
「アーサー!暴露すんなよ!」
アレンはフレデリカに問うた。
「魔人がネメシアを攫ったって…殺さずに攫ったのなら目的がある筈だ。何だと思う?」
「分からない。スライムが目的って事?癒やしでも…いやいや、スライムとか気色悪いでしょ!」
「同感だ」
アレン達はフレデリカの魔力探知を頼りにネメシアの後を追っている。そしてその結果たどり着いたのは、埠頭だった。
「この船の行き先って、ガロデル闘技場?」
フレデリカは鼻を摘んだ。
「ああ嫌だ、何度見ても悍ましい気配がするよ、あの闘技場は」
「ネメシアの気配はあの先か?」
「ええ。でも五人だけで乗り込むには危険過ぎる。増援を呼んだけど、誰が来るかしら。童顔な奴が良いわね、船賃高いし」
フレデリカはそう言いながら船賃を確認する。大人料金とお子様料金があり、十五歳以下はお子様料金だった。しかし、どれもぼったくりを疑う程高い。
「美凛は今から十四歳ね」
「えー…私そんな幼くないし」
「ゼオルは十五歳。アレンも十五歳。アーサーは自分の金から払って。最後は増援が誰かだけど⸺」
ゼオルがムスッとした顔で物申そうとしたその時。
「ごめん、待たせた!」
肩で息をしながらやって来たのは、何とパカフだった。
「パカフ!?」
「うん、俺だよ。皆は演習で凄く忙しいからね。コンラッド先生と除霊師先生から出された宿題で来た」
実戦経験は大事だとアレンも思うが、いきなり過酷過ぎるのではないかと思う。
パカフはこの一ヶ月で確かに成長した。テオクリスとリヴィナベルクへ向かって移動していた時、夜は野宿をしていたがたまに拠点に戻って皆の様子を確認していた。その際に拠点の食堂で遅くまで勉強に励むパカフを見た事がある。
「アレンでも勝てない相手だよ…?パカフに務まるかな」
そう言ったフレデリカにパカフが言う。
「見た感じこのパーティーは攻撃型しか居ないだろ?俺は支援役として戦えるよ!」
アレンは少し考えた後に頷いた。
「分かった。ただし、フレデリカより前に出るなよ」
「ちょっとアレン!あんたでも勝てない相手なのに…」
「頼むから傷口に塩を塗るような事言わないでくれよ…」
アーサーが口を開いた。
「まあまあ、潜入してネメシアを回収するだけだ。良いだろ」
「それに時間が経てば経つ程、ネメシアが無事かは分からなくなる」
ゼオルの正論にフレデリカは溜息を吐いた。それに除霊師とコンラッドは頭もキレる。何か狙いがあるのだろう。
「分かった。それじゃあ、アーサーは自分で船賃払って。あとは…」
「アレンとパカフの分は俺が払おう。お子様全員分払うのは無茶があるだろ」
「そうね、帰りもあるし」
フレデリカはそう言って値段表を睨むと叩いた。
一行は船で酒を飲んでいる男に近付いた。
「ガロデル闘技場島まで行きたい」
フレデリカがそう言うと、男はさぞ面倒臭そうに溜息を吐いた。
「またかよ…お前ら、船で暴れたりしねぇよな」
「する訳無いじゃない。何でそんな事聞くのよ」
男はフレデリカとアーサーから船賃を受け取ると、金を数えながら遠くを見詰めるような顔をした。
「さっきガタイの良い男が袋に入れられた…奴隷か?奴隷か何かを運んでいたんだが、その奴隷がまあ暴れたんだわ。お陰で五回くらい転覆しかけたよ」
「それは…大変だったね」
男は金を数え終わると、アレンとゼオルを見て怪訝そうな顔をした。
「この二人…大人だよな」
やはり誤魔化すのは難しい。そこでアレンはアーサーの腕を掴んで言った。
「俺、そんな老け顔…?」
「おいおい、俺の甥っ子が傷付いたじゃねぇか」
「分かった分かった、十五歳だな?ごめんごめん!」
何とか無理矢理通したが、十五歳で通すのは中々難しいようだ。
アレン達は船に乗ると、大人しく座った。
一方その頃、ガロデル闘技場地下にて。
「えーとね、ホウ砂水と水糊を混ぜて、お好みで着色料を入れて均一に混ぜるんだよ」
ネメシアは困惑していた。何故自分は訓練の休憩中に攫われ、此処で手作りスライム講座を魔人相手に開いているのだろう。真っ黒なローブを着た屈強な魔人達がネメシアが渡したサンプルのスライムを触ったり観察している姿は中々に珍妙で、水晶盤を部屋に忘れていなければ写真を取りまくっていたところだ。
ネメシアは手袋を付けた状態でスライムを捏ねながら魔人達を見た。
(にしても気味が悪いな…何でこいつら皆同じ顔なんだよ)
背格好も顔も髪型も、何もかもが同じだ。違うのは、スライムに対する反応だけ。
「ほう、こんな物も作れるのか。帝国には無い技術だな」
「そもそも水が中々手に入らないからな」
(そっか、帝国は砂漠だから水が無いのか)
魔人の一人が挙手した。
「これ海水でも出来るか?」
「えー…?スライムは塩を掛けたら液体と個体に分離するからなぁ…分かんない。今度自分達で試してみて!」
ネメシアはそう言って再びスライム作りに勤しむ魔人達を観察した。
「ラメとか入れたら可愛いだろうか」
「ビーズ入れるのもアリだよな」
「うわ、スライム溶けた!」
「何入れたんだよ」
「さっき食べたレモンの皮」
ネメシアは注意した。
「皮にレモン汁でも付いてたのかな。クエン酸はスライムを溶かしちゃうからな!」
「ネメシア先生、このスライムと魔物のスライムって、性質同じですか?」
「ベースは同じだぞ。あとは保有してる核の性質や吸収する物によって変わってくるよ」
ネメシアは一見馬鹿だが、士官学校に在学中は座学で良い成績を修めていた。強い奴は頭も良い、それがネメシアの考え方だ。
「吸収する物?」
「例えば、ビーズを入れたらジョリジョリスライムになるし、蠟を垂らして固めたらパキパキスライムになる。これ、魔物も同じなんだよ。例えばスライムが角の生えた魔獣を吸収したら角が生える。骨を吸収したら、身体は亀みたいに外骨格で覆われるんだ」
魔人達は手を打って笑みを浮かべた。
「成る程!それじゃあこれで魔物を量産出来るな!」
(何だって?)
ネメシアは思わず大きい声でそう言い掛けた。しかしネメシアは決して馬鹿ではない。敢えて黙ろうとした。しかし。
「じゃあこの小僧はもう用無しだな」
魔人の一人が手甲鈎を装着して立ち上がった。そしてネメシアに近付いて腕を振り上げる。
「やば」
「有益な情報ありがとうな。死ね」
魔人は驚きの余りに硬直したネメシアに、無情にもその腕を振り下ろした。
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