創世戦争記

歩く姿は社畜

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日常の崩壊

襲撃

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 夜、アレン達十二神将は疲れた顔をして広間から出て来た。後ろから武公もげんなりした顔で出て来る。
「どうしちゃったんだよハーケの奴…あんな暴れるなんてさ…」
 武公の梦蝶モンディエがヴィターレの言葉に首を傾げた。
「ハーケは二重人格か何かか?かれこれ二十年以上の付き合いだが、暴れているのは見た事が無い」
 梦蝶は隣を歩く武公のヨルムを見上げた。
「お前達飛竜スカイドラゴンは千年以上この国に仕えていたな。見た事あるか?」
 ヨルムは眠たそうな目をしぱしぱとさせて考え込んだ。
「いやー…無いですね…」
 梦蝶とヨルムは魔人ではない。梦蝶は苏安スーアン出身の人間だが、その実力と美貌で最強戦力にまで上り詰め、皇帝の寵愛を受け、皇帝との間に二人の娘をもうけた。その二人は母から武芸の才を受け継ぎ、現在は十二神将として活躍している。梦蝶の年齢は五十一歳と言われているが、二十代後半にしか見えない。恐らく皇帝に永久保存されているのだろう。
 一方のヨルムは原初の竜と〈創世戦争〉と呼ばれる神代の戦争で悪名高い〈厄災〉リントヴルムに最も近い飛龍王として知られるが、数千年前に一族を連れて帝国へ降った。ヨルムは莫大な食費と諸々に使用する面積を抑える為、角と翼、タッパと尻尾がある以外は人間と何ら変わらない外見をしている。他の飛竜が人に変化へんげしているのを見た事があるが、ヨルムの変化は妙に顔色が悪く鱗も残っており、下手糞という印象が強い。
 そんな二人は、自分達と同じく魔人ではないアレンに良くしてくれていた。
「アレン、ハーケがぶち撒けたチェス盤が顔面に当たったと聞いた。他に怪我は無いか?」
 そう言って梦蝶はアレンの顔を両手で包むと、深紅の瞳でアレンの顔を観察し始める。梦蝶は華奢な見た目に反して力が強い。顔をむにむにと揉んでいるつもりなのだろうが、表情筋が余り発達していないアレンの細い顔は梦蝶の手によって無理矢理に引っ張られ、悲鳴を上げていた。
 ハーケのチェス盤返しをもろに食らったアレンの顔は所々絆創膏が貼ってあった。ハーケもかつては最前線で戦う戦士だった為、普段は鈍臭く見えても攻撃力は高い。
 ヨルムが提案した。
「ちょっと鼻が腫れてますね。夜は寒いので、そこで冷やしては?」
「身体も冷えるだろう」
 梦蝶の指摘にヨルムは「ああ…」と言った。
 アレンは何とか梦蝶の手から逃れる。
「お気遣いどうも…この後屋敷の片付けがあるので、俺はこれで失礼します」
 梦蝶とヨルムは顔を見合わせた。そしてそれぞれ挨拶をする。
 アレンがその場を立ち去ろうとしたその時、アレンの前に武公のジェティが立ち塞がった。ジェティは幼い少年のような姿をしているが、誰よりも陰湿で性悪だった。
 ジェティもまた人間を酷く毛嫌いしており、アレンに繰り返し嫌味を言ったり嫌がらせをしてくる。しかし立場は十二神将よりも武公の方が上なので報復は出来ない。それこそ首が飛びかねないからだ。
 アレンは溜息を吐いた。ジェティの相手は面倒で疲れる。
「今日は何ですか?」
 会議の後、十二神将や武公、貴族達は談笑するのが日課だが、アレンにはそんな趣味は無い。ましてやジェティとの談笑などごめんだ。
 ジェティはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべてアレンを見上げた。
「ふふっ、別にぃ~?」
(何なんだよこいつ)
「ジェティ!」
 梦蝶の声が聞こえた。ジェティはあからさまに嫌そうな顔をするとアレンを見上げて言う。
「…じゃあね、穢れた血」
(何だったんだ…)
 アレンは舌打ちしながら不朽城を出た。この不朽城は帝都フェリドールの一番高い岩山に立っており、明るい時間帯であれば砂漠を遠くまで見渡せる。今は夜だが、帝都を囲う城壁の先は沢山の松明が揺らめいている為、昼程ではないが少し遠くまで見渡せた。
 アレンは溜息を吐く。退屈な会議に、妙に突っ掛かって来る差別主義者…アレンは只、穏やかに生きたいだけだが、出自のせいで穏やかには暮らせそうにない。帝国を出て行けば、松明の明かりを越えた先、何者にも邪魔される事の無い平和な生活があるのだろうか。
(いや、無いな)
 所詮は穢れた血。何処へ逃げようと、悪意と飛んでくる石によって窓を毎日割られる生活からは逃れられない。
 アレンは下らない妄想に首を振って歩き始めた。屋敷に帰れば暖かい部屋と布団がある。それで充分じゃないか。
 しかし、天はそれを赦してはくれないようだ。
「何者?」
 背後から感じる気配。相当な手練だろう。
「アレン将軍、御命頂戴する!」
「…狙いは、それだけ?」
 刺客は答えない。
「…そう」
 アレンは振り向きざまに空間魔法で身の丈を超える白い大剣クレイモアを抜くと、黒いローブを纏った敵の胴を無造作に薙いだ。しかし気配は一つではない。
(弱い、こいつは囮だ)
 飛び出した臓物を踏んでアレンは視界に入った敵を斬り捨てる。
 アレンは表情一つ変えないまま冷静に敵を分析していた。
(武器は手甲鈎…暗くて見えにくいが、全員血が滲んだ包帯を巻いている。まさか十二神将相手に怪我人を送り込む訳も無いだろう。毒か)
 アレンは接近してきた敵の攻撃を刀身で正面から受け流し、自分より図体のでかい刺客の腹部を蹴り飛ばした。刀身をちらりと確認すると、紫の液体が付着している。
(やはりか)
 隠れていた刺客が出てくる。
 アレンは距離を空けると、自分の前に五つの魔法陣を展開した。
「明神に変わって命ずる。穿て、〈聖の弾丸ホーリーバレット〉」
 閃光の弾丸が連射され、迫り来る刺客を次々と貫く。しかし、一人だけそれらを全て躱して距離を詰めてくる刺客が居た。
(お前が一番強い奴だな)
 〈聖の弾丸〉は聖属性の魔法でも下位の魔法だ。アレンは下位魔法であれば複数の魔法陣を同時展開して使用出来た為、今回は五つ同時に展開して雑魚狩り、あわよくば強い奴も葬れればと思っていたが、そうはいかないようだった。
 アレンは魔法陣を消して大剣を持つと攻撃を受け止めた。攻撃が重たい。どの程度の毒かは知らないが、当たれば致命傷だろう。
 アレンが剣で相手の腕を弾くと、刺客は手甲鈎を装備した右手をアレンの顔面目掛けて突き出した。アレンはそれを躱すと、太腿に巻いているポーチから素早く短剣を取り出した。アレンのポーチは時空魔法が掛かっており、ポーチに入れられる物なら幾らでも入れられる。
 アレンは姿勢を低くして短剣を持って迫ると、刺客の脇腹、防具の隙間に深々と突き刺した。
(糞、長さが足りない!)
 刺客が唸りながらアレン目掛けて手甲鈎を振り降りした。手甲鈎はアレンの身体を貫く事無く、アレンの右腕を掠めた。掠めたとは言っても、傷口はぱっくりと割れている。
「糞、刺さらぬか!しかし手甲鈎には猛毒が塗ってある!」
「長くはないと、そう考えてる?」
 アレンは距離を取ってポーチから紐を取り出すと、素早く傷口より上の位置で縛った。しかし視線は刺客から離さない。
「質問。誰の命だ?」
「冥土の土産に教えてやろう。皇帝陛下の御命令だ。禁忌魔法である時空魔法を習得した反逆者アレンと、その配下を全て皆殺しにせよ、とな」
 時空魔法は最強の魔法の一つだ。その魔法の使用は世界の秩序を管理する裁判神官によって、アレッサンドロのみに留められている。何処からアレンが時空魔法を使える事が露呈したのかは分からないが、反逆を疑われても仕方の無い事だった。
 一瞬アレンは沈黙した。反逆など、考えた事も無い。だが、深く息を吐く。
「…そうかい」
 失意は無い。喜びも。アレンは只静かに事実を受け入れた。
「つまり生き残れば⸺」
 アレンのすぐ前まで迫った刺客は、背後からの気配に身を捩った。アレンは刺客の背後から飛んで来た白い剣を手に取る。白い剣はアレンが浮遊魔法で引き寄せたものだ。
「俺は自由だ」
 十二神将には一人一人、能力に見合った称号がある。アレンに与えられた称号は〈神風〉。他の十二神将より小柄な分、素早い立ち回りと接近戦に特化したアレンは、姿勢を更に低くして距離を詰めた。
 武器と武器がぶつかって火花が散る。
「諦めろ小僧!その毒を受けて助かった者は居ない!」
「じゃあ俺が初めての事例になるだけだ!」
 アレンは刺客を突き飛ばすと、躊躇う事無く時空魔法を使った。
「風穴を開けてやる。虚空に還るが良い。〈虚無ヴォイド〉!」
 刺客は高速で放たれた複数の魔力弾を躱そうとするが、魔力弾の一つが左腕に命中した。
「ぐあああああああ!」
 魔力弾は刺客の左上半身を空間ごと侵食した。
「何だ、これ…ッ!腕が…!」
「あーあ、動くから」
 脇腹が穴によって大きく抉れ、骨と内蔵が丸見えになる。やがて穴の拡大は収まり、刺客の左脚が根本から千切れた。
 アレンは無情に動けない刺客を見下ろすと、一切の躊躇も見せる事無く首に剣を振り降りした。
(屋敷に戻らないと。屋敷が襲撃されてる可能性が⸺)
 足で死体を退けたその時、城下町から鐘が響いた。
 貴族街の辺りが赤々と燃えている。
(あの辺りは…俺の屋敷じゃないか!)
 襲撃を受けたのだろう。屋敷に残っているマキシン達は戦えない訳ではないが、突出して強い訳ではない。オグリオンに至っては動く事も出来ない。
 アレンは急いで武器を仕舞うと、坂道を走って下りはじめた。
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