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3-1 浮上する黄昏れ

第106話 探偵ミミズクと平凡助手 3

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 件の火災が起こった納屋を調べ始めてしばらく、未だこれといった手掛かりも掴めず、焦げ跡と灰が積もる地面とのにらめっこが続いている。
 先程のグリフのあの反応からして、何か仕掛けがあるのに間違いなさそうなのだが、魔導具に関して素人の俺の知見では具体的な予想を立てる事も叶わず、ただ薄暗いこの建屋の中で時間だけが過ぎてゆく。

 柔らかい砂を踏みしめたような乾いた音が小さく響く。

「ふぅ。暗いし灰だらけでよく見えないな……」
 地面に手を這わせ伝わる感触を頼りに手掛かりを探る。

 突然木材が何かにぶつかったような軽い音が響く──。

「──!? なんだ?……」

「ホ!? (テキ!?)」
 驚いたリーフルが物音が立った方向に首だけを百八十度回転させ凝視している。

「……あ、クワか」
 見ると農作業用と思われる一本のクワが地面に倒れていた。

「ホッ……」
 何か魔物やその他敵対者では無い事を確認したリーフルが小さく安堵し、手掛かりの捜索に戻った。

(闇雲にやってもだもんな……)
 まずは立ち返り、納屋の構造やその役割について検める事が重要だろう。

 この納屋の中は入り口から見て左手の内壁沿いに、高さ一メートル程の樽が三樽整列している。
 その隣にも二樽程据えられそうな空間があり、恐らくそこはマリンから話に聞いた、火災が起きる前に運び出されたという、魚が保存されていた樽の分の空間だろう。
 
 そして入り口から見て正面には、燃えてしまい原型をとどめてはいないものの、棚が二段備わっている。
 その棚の下の空間には他よりも灰が厚く積もっていて、干し草か何か、燃えやすい木材等が蓄積されていた場所なのだと思われる。
 納屋内部の焦げ跡の広がり方から推察するに、出火元は棚の下、木材から火の手が上がり、間一髪のところで炎が消し止められたといったところか。


「ホーホ? (ヤマト?)」──ツンツン
 ちょうど棚の下辺りで、リーフルが何かを突きながら俺を呼んでいる。
 
「ん~? 何か見つけた?」
 リーフルに歩み寄る──。

 ──すると自身の靴底から何かが軋む音が聞こえて来た。

 足をずらし確認してみると、何やら透明な"ガラス"のような物体が、灰に埋もれ地面に溶け広がっていた。

(ガラス……か? 色んな物の保管場所だし、ガラスがあっても不思議は無いか)

「ホー? (ワカラナイ)」──ツンツン

「ん~? どれどれ……」
 リーフルの発見した物を拾い上げる。
 
 拾い上げた拍子に灰が舞う納屋内に、心細く隙間から差す光を反射するその物体には、どこか見覚えがある。

「金属……の板? どこかで見たような……」

「ホーホ (ヤマト)」──バサ
 リーフルが俺の顔の脇を見据え右翼を広げ、何かを訴えている。

(その感じ……アイテムBOXか? という事は俺が持ってる物に何か関係が──)

「──あっ!? そうか、分かったぞ! お手柄だよリーフル!」
 リーフルを抱え上げ抱きしめる。

「ホー!」
 リーフルが俺の胸に体を寄せ得意げに喜んでいる。

「やっぱりリーフルには敵わないなぁ~──」

 ──何やら納屋の外がざわつく様子が漏れ聞こえてきた。


「そろそろ時間なのか。"神の御業"なんて言ってたけど、どんなものか拝んでみるか」

「ホー! (テキ!)」



『ラウスさんが呼ぶもんやから来たけど、一体何が始まるんや?』 『私今から洗濯物干さなあかんし忙しいんやけど……』 『あんたちゃんと宿題終わったんか? サボってたらまた先生に怒られんでっ』

 集う村人達の口々から関西弁が飛び交っている。

 納屋での調査を終えた俺は広場でマリンと合流。
 十数人の村人達の中に紛れ、その時を待っている。

 この村の中腹には円形のこじんまりとした広場があり、傾斜する地形のおかげで大海への眺めが良く、観光地として紹介されれば申し分の無い名所と言われそうな空間だ。
 だが今俺達の眼前に見える人物は、横幅のあるテーブルを用意し脇に大きな黒い鞄を置き、まるでマジックショーでも披露するかのような装いで衆目の前に立っており、折角の景観に水を差す何とも無粋な趣だ。

(ん? 眼鏡……さっきはかけてなかったのに)
 見るとグリフの顔に、先程面会した時には無かった眼鏡がかかっていた。


「みんなよう集まってくれた。これからこのグリフ君が如何に使える男かっちゅうのを披露するさかい、よ~見とってや」
 テーブルを前にするグリフの脇に男性が一人、未だ面識がないままだが、恐らくマリンの父である"ラウス"と思われる人物が、村人達に向け逞しい声量でもって宣言している。

「あの~ラウスさん? ええ機会やし聞かせてえな。何でそんな如何にも怪しげな男に肩入れしてるんや?」
 村人の中から一人の男性が、当然の疑問をラウスに投げかける。

『ほんまやで』 『胡散臭い格好やし』 『蛇とか気色の悪い……』
 男性に釣られ他の村人達も次々に疑念を口にしている。

「ああ、みんなが怪しむのも無理ないわな。突然の事やったし、グリフ君はこんな格好してるし」

「でもまあ、まずはグリフ君の力を見てもうた方が話し早いやろ。そしたらみんなも納得いく思うで」

「まぁラウスさんがそう言うんなら……」
 ラウスの言葉に村人達が大人しく引き下がる。
 村長という立場が正しいのかは定かでは無いが、マリンが誇るように、どうやらラウスという人物は村人達からの信頼が厚いようだ。
 
 一連の問答を経て、広場に息づく雑談の喧騒が徐々に鎮まってゆく。


「お集りの皆さま方。初めましてでは無いにせよ、今まであまり交流が無かった故、改めて自己紹介を」
 
「私は名をグリフと申します。神のご意思によりこの村へと派遣されて参りました、幸福の使者にございます」
 わざわざ一拍置き、場が落ち着き払った事を尊大に確認し終えたグリフが、首に纏わりつく蛇の表皮が黒いコートに擦れる不気味な音と共に頭を垂れ挨拶をしている。

『何ともふてぶてしい……』 『なんやの? 神がどうたらって』
 尊大な挨拶を目にし、村人達の怪訝な視線が一斉にグリフに注がれる。

「ふん、何が幸福の使者やっ。どうせ大したことあらへんて」
 険しく訝しむマリンが呟く。

「どうだろうね。魔法は使わないって言ってたけど、まだ何か不思議な力があるかもしれないしね」

「ホー……! (テキ!)」
 煮えたぎる敵対心を募らせるリーフルも視線をそらす事無く注視している。

「はは、これはこれは。皆様そう心配される事はございません。あくまでも私は神の御使い。私自身には何も秀でた能力などございませんので、ご安心ください」

「さて、今から皆様方にご覧いただきます現象は、総て神の御業により顕現する事象にございます」

「今より私が代弁する神の御業を御覧頂いた暁には、私をこの村の一員としてお認めいただける事と思います」
 そう告げるグリフがおもむろに黒い鞄を開き、"見世物"が始まる。
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