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3-1 浮上する黄昏れ

第102話 明日は我が身

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 訓練二日目の昼食時より少し手前、森の入り口の平原側にテーブルを広げ、ルーティンである出張販売に勤しんでいる。
 パンもかき氷もまだ在庫には余裕があり、売り上げの方もまずまずといったところで、午前中は非常に順調な出足だ。

 この出張販売は約半月ぶりという事もあり『もっと営業間隔を詰めて欲しい』という有り難い要望も寄せられるが、俺の本文は冒険者──訓練が主な目的で、出張販売自体はあくまで副次的なもので、それに対して色よい返事が出来ない事が少々心苦しくもある。
 
 前回得た気付きとして、金銭収入とは別に出張販売を行う上での利点がもう一つある。
 それは『冒険者界隈の情報』を得られるという事だ。

 今から森へ臨もうとする冒険者達は、若手、熟練問わずやはり多少の怖気──躊躇があるようで、物品を購入するついでに、緊張をほぐそうと皆総じて世間話に興じてゆくのだ。
 その際に耳にする内容は『誰それが武器を新調した』という取り留めも無い話題から『この魔物にはこう対処した方が安全だ』という有益なものまで、様々バリエーションに富む。
 
 情報や知識を重要視している俺からすれば、現金収入に勝るとも劣らない程有り難い副産物で、所謂"世間話"と馬鹿にできない貴重な時間となるのだ。
 だが当然、"冒険者"的内容が大半を占める訳で、手放しに喜べるような内容では無い場合もあるのは複雑なところだ。

「お~っす、平凡のあんちゃん」

「よ! クロワッサンまだあるか?」
 早朝のラッシュから少しの間を置き、二人の冒険者がやってきた。

「おはようございます。今日も全種類ありますよ」

「ホ~」──スス
 リーフルが伏せの姿勢を取り『いらっしゃいませ』をしている。

「ハハ、鳥っ子~! 今日も愛らしいじゃねえか」
 挨拶するリーフルに応え、頭を撫でている。 

「客商売は愛想が大事ってな! んじゃ、期待に応えて"リーフルン"を……と行きたいところだけど、クロワッサンとカカパンで節約すっかなぁ」
 財布の中身を眺めながら、渋い顔をしている。

「なんだよ、随分寂しいじゃねえか。俺達は冒険者だろ? 金離れがいい方が仕事クエストも回ってくるって言うぜ?」

「馬鹿お前、"トミー"の話聞いてねえのかよ」

「ん? トミーって、あの出稼ぎに来てる若い奴の事か? そういや最近見かけねえな」

「先週、見つかっちまったんだとよ、境界デッドライン辺りで……」

「マジかよ……そいつは気の毒に……」
 二人の冒険者が揃い顔色を曇らせる。 

「え……あの、そのお話、詳しく聞かせてもらえませんか?」
 今となっては珍しくも無い、時折耳にする

 赤の他人であろうと、同じ仕事をしている人間のそういった情報は、やはり何度聞いても気持ちのいいものではない。
 出来れば詳細など自我の外に放置し、目を背けていたい思いだが、己の身に降りかかる事も十分にあり得る事なので、なるべく把握しておくように努めている。
 
「ああ。あんたも知っての通り、境界ってのはこの森の奥深く、国が開拓調査を終えた領域と、その領域外の狭間の事だ」

「ええ、地形や魔物、未知の領域に足を踏み入れるのは、許可が出されたタイミングかつ任命された冒険者が赴くっていう、あれですね?」

「って事はトミーの奴、功を焦って領域外に……」

「だろうな。あいつ『早く母さんの治療費を稼がないと』って、随分息巻いてたからなぁ……」

(気の毒に……でも危険を冒す理由って言えば……)

「確か、特別報酬ボーナスが支給されるんでしたっけ?」

「ああ。だが許可も任命されても無いから活動停止措置ペナルティと引き換えに、だけどな。それでも支給される金は高額だ。大方母親の待つ故郷に帰る前に一儲けして、ペナルティ期間内は帰省しようとでもしてたんじゃねえかな」

「なるほど」
 
 俺達の住まうこのアンション王国が大陸の端、海洋まで国土を広げるべく、森の開拓を目的として建てられた前線基地の役割を果たす街がサウドだ。
 なので同じ冒険者ギルドでも、サウドには唯一特殊な規定がいくつか存在しており、境界規定デッドラインルールもその内の一つだ。

 基本的に領域の拡張──地理的安全性の調査、生息する魔物の把握等──は国からの命を受けた統治官の指示が出された場合のみに限られる。
 以前聞いた話では、開拓任務にはかなりの高額が支払われるらしく、尚且つ御国に貢献した功労者という名誉も授かれるので、もし任命されれば、その冒険者は一躍大スターの羨望を集める存在となる。
 
 国に対する忠心が強い者や大金を夢見る者達にとって、開拓任務は研鑽を積む上での大きな目標とされる花形仕事クエストで、その反面もそれ相応に低いとされる高難易度のクエストだ。

 話にあったトミーという冒険者は、任命され境界まで赴いた訳では無さそうだが、仮に無許可でも何らかの成果を持ち帰ればその労力に見合った対価は支払われるので、恐らくそれを目当てに無謀な冒険に打って出たのだろう。

「そりゃ冒険者やってる以上は大金も夢見るけどよ、命あっての物種だろ? 死んじまったらそれこそ"クロワッサン"さえ買えなくなっちまうよ」

「……それもそうだな。あんちゃん、俺もクロワッサンにしとくわ」
 話を聞いた金払いを説いていた冒険者が、思い直したのか安価なもので済ませるようだ。

「その点あんたは賢い稼ぎ方を思いついたもんだよな。危険も少ないし、俺達みたいな森へ入る連中の為にもなってるし。やっぱり冒険者とは言え、"頭"も使ってかなきゃなぁ」

「うっせ! どうせ俺はこいつ振り回すだけの単純野郎だよ」
 腰に帯びる剣の柄に手をかけ、冗談めかして語気を強めている。

「ハッ! 別にお前の事は言ってねえだろ。じゃあなヤマト、また帰りに寄らせてもらうわ」

「鳥っ子! 今日も元気に頑張れよ!」

「ホホーホ~(ナカマ)」

「ありがとうござました~」
 二人の冒険者が森へ進みゆく背中を眺めながら、先程の話が思い返される。


(里の母親の為に、か……)

「気の毒な話だけど、誰にもどうする事も出来ない問題だしな……」

「ホーホ(ヤマト) ホ? (イク?)」
 リーフルが俺の顔を見据えながら訴える。
 
「ん~。誰だってそうじゃないかな? 俺も多分、リーフルの為に大金が必要だってなったら、なりふり構わず動くんだろうし」

「ホゥ! (イラナイ!)」
 脇を広げながら怒りを表現している。

「うん、気持ちは分かるよ。でもなリーフル、時に制御出来ない献心は、相手の望みに寄り添えない場合もあるんだよ」

「ホ~? (ワカラナイ)」
 首を傾げ呟いている。

「ちょっと難しかったかな? リーフルの為なら高いお肉も惜しまないよって事だよ」

「ホーホホ! (タベモノ!)」──スッ
 リーフルが飛び上がり、定位置の右肩に舞い降りる

「はは、そろそろお昼にしようか。今日はラビトーのシチューにするかなぁ」

「ホ~!」
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