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5巻
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明日できることは明日やる。
座右の銘は成せば成る。まったり生きよう、神城タケルです。
みなさん、お元気でしたか。俺は今、異世界マデウスにいます。
謎の『青年』に不思議な力をたくさんもらい、元気に生活しているよ。
いやいやいや、なんとか死なずにいるよほんとまじで! 死ぬような目には何度もあってきましたよ!
村や町の外は、凶暴なモンスターが悠々と歩く危険地帯。危険な目にあったら、完全に自己責任。死と隣り合わせの日常が当たり前の世界で、俺は素材採取家として生計を立てているわけだ。
冒険者チーム『蒼黒の団』に所属し、見たことのない場所で面白い素材を探しつつ、日々を懸命に生きている。
そんななか、蒼黒の団リーダーであるドラゴニュートのクレイストンが愛用の槍を壊してしまった。思い入れのあるその槍は、かつて伝説の勇者が使っていたものだったらしい。
俺たちはクレイの槍を新調すべく、リザードマンの偉大なる先祖たちが眠っているという地下墳墓に行くことになったんだけど。
平和なお墓参りとはいかないだろうなあ……
やれやれ。
1 渦潮~うずしお~
これから俺たちが向かおうとしているのは、リザードマンの郷へスタルート・ドイエから更に南にある湿地帯、カリディア。
何処までも続く広大な湿地には常に霧がかかっており、太陽の光も届かないほどの雲が空を覆っているという。
リザードマンの偉大な祖先は、なんでそんな雰囲気最悪なところに眠っているのかね。もっと明るくて、誰でも墓参りウェルカムな場所に作ればいいのにさ。
と、ぶつくさ言っていたら――
「大昔、我らの種は沼地に暮らしていたのだ」
なるほどトカゲだからかな。
装備を整えるクレイの説明を聞きながら、さて何を持っていこうかと思案する。
食料も調味料も調理器具も、持ちすぎなくらい鞄に入っているから、改めて何かそろえる必要はない。
クレイの槍の持ち主が眠るお墓には数々の財宝も眠っているらしく、盗掘防止の罠が仕掛けられているそうだ。墓っていうよりダンジョンじゃないですか。ちょっとだけわくわくするな。
大岩に追いかけられる考古学者を連想し、虫だらけの床があったら軽く死ねるなと思う。虫はやめて。
飲み水は大樽四つぶん持った。墓は広いうえに迷路になっているというから、迷ってしまうことも考えて飲み水だけは確保しなくてはならない。迷ったら転移門で入り口まで戻るとして――もしも転移門が使えなくなったとしたら、天井ブチ壊して逃げることも考えよう。
「タケル、貴殿は浄化の魔法も使えるのであろう?」
ブロライトが言い辛そうに聞いてきた。
「やったことあるけどどうだろうな」
「もしも悪霊が出てきたらどうするつもりじゃ! 悪霊に攻撃しても無駄なのじゃろう?」
「墳墓って、故人が手厚く埋葬されているところなんだろ? だったら悪霊なんて出てこないんじゃないかな」
「わからぬではないか! どうするのじゃ出てきたら!」
それぞれが支度を進めている最中、そう言って一人抵抗を続けるのはエルフのブロライト。亡霊とか幽霊という得体の知れないものが苦手らしく、俺が地下墳墓に行くことを知らせたら、顔を真っ青にしたのだ。この前キエトの洞で巨大ナメクジみたいな化け物を倒しておいて、今更そんなこと言われても。
「リベルアリナだって悪霊みたいなもんだろ? 実際はそんなに怖くないって」
「おおおお、恐れ多いことを申すでない! 我が尊き神に無礼じゃ!」
ブロライトたちエルフが神と崇める精霊リベルアリナは、尊い存在らしいが見た目がな。むっちりバディのランプの魔人。アレはどう見ても悪霊だ。精霊だって得体の知れないよくわからない存在だと思うんだが。
そりゃ俺だって、クレイから亡霊が出るかもって聞いたときはげんなりした。異様に前髪が長い井戸の女性とか、全身白塗りぱんつ少年を怖いと思う気持ちがある。暗がりで出会ったら、絶対に叫ぶだろう。これは恐怖耐性とか関係ない。精神的に嫌なだけだ。
しかし、それは映画や小説などの空想上の存在。実際に見たことはないし、俺には霊感も一切ない。何より怖いものは、得体の知れない亡霊なんかじゃないんだよ。
それはさておき、地下墳墓はドワーフ王国のヴォズラオの坑道よりずっと広い空間が続いているらしいから、馬車を出して休めばいい。馬車が通れるくらい広ければ、プニさんに引っ張らせてあげよう。
ついでだからとギルド「ネレイド」に寄り、地下墳墓用の依頼も受注することにした。カリディアにしか生息しない野草の採取と、地下墳墓内の蔦に生える葉の滴の採取。どちらも薬として需要があって、すり潰して他の薬と混ぜ合わせることにより様々な効能を発揮するらしい。
地味依頼にしては報酬がいいなと思ったら、地下墳墓に近づくリザードマンはいないから、という理由らしい。亡霊的なものが恐ろしいというより、穏やかに眠り続けているだろう祖先を目覚めさせるのが申し訳ないとかなんとか。主に、郷の外からやってくる一般の冒険者向けの依頼なんだろうな。
ヘスタルート・ドイエを訪れる冒険者は、比較的度胸のある中堅ランクが多い。郷までにある恐怖の吊り橋を何食わぬ顔で渡れる者はなかなかいないだろう。よって下位の冒険者は近づくこともできず、地味な薬草採取依頼の需要はあるが、供給が追いつかないというわけ。
「気ぃつけてにょう」
「深追いはしないことだ。名のある盗賊でも、地下墳墓に入ったきり戻ってこないという話もある」
「にゅふ」
翌日の早朝。
恐ろしいフラグを立てる、クレイの息子のギンさんと、にゅふにゅふ言う村長に見送られ、最後まで嫌がっていたブロライトを何とか説得して出発した。ブロライトを宥めるためにも、地下墳墓内でカニ入り麦飯雑炊を作らねばな。
郷の英雄であるクレイが地下墳墓へ赴くことを極秘にしておこうと言ったのは、村長だった。大々的に知られてしまったら、我も我もと同行を志願する者が後を絶たなくなるらしい。それは困る。いくら広々とした場所だったとしても、大勢のリザードマンが押し寄せてご先祖様を安眠から目覚めさせるようなことになれば、いろいろ怖いじゃないの。
こうして俺たちは、一路カリディア湿地帯を目指すこととした。
ヘスタルート・ドイエからクルルク街道を南下。郷のこっち側は陸続きになっているから、恐怖の吊り橋は渡らないで済んだ。
広い街道に出てから馬車を出し、馬化したプニさんにひたすら引っ張ってもらう。プニさんは相変わらず馬車を引くのが楽しくてたまらないらしく、足取りはとても軽やかだ。
街道沿いの青く穏やかな海が朝日に煌めき、遠い沖では巨大トビウオが大ジャンプを繰り広げている。眩い海面を眺めながら、その先にあるであろう遠い陸地へと思いを馳せた。
そのうち他の大陸に渡ってみるのもいいな。ダヌシェの港から西の大陸に渡るための定期船が出ていた。それに乗って西の大陸に行けば、更に他の大陸に渡るための船に乗ることができる。海原を、水の上も進めるプニさんに走ってもらうという方法もあるが、それよりも船に乗ってみたいんだよな。ダヌシェの港に停泊していた巨大なガレオン船に興奮したのは言うまでもない。帆船なんて芦ノ湖でしか乗ったことないからな。あれはエンジンついていたけど。
「タケル、筒の中は何だったのだ」
「あ、忘れてた」
馬車の中、御者台のすぐ裏にある談話スペースでくつろいでいると、御者台に乗って手綱を握っているクレイに声をかけられ思い出した。
村長から託された、ヘスタスに関する何かが書かれてあるという文献の入った筒。
クレイに罵声を浴びせられる前に鞄から筒を取り出し、「開けるときちゅういしてね」の警告文に従って、そろりそろりと蓋を開ける。ほんの僅かな魔力を感じたが、指先にちりりとした静電気が走った程度だった。
「何が入っておるのじゃ」
「ちょいお待ち」
蓋を開けたら強烈な酸が飛び出る……というようなこともなく、中には一枚の古びた油紙。油を浸み込ませたその紙は耐久性に優れており、重要な情報を保存するために用いられることがある。
しかし筒に保存されていた油紙には、何も書かれていなかった。
「うん??」
「なんじゃ。何も書かれてはおらんではないか」
残念がるブロライトに油紙を見せ、御者台に乗っているクレイにそれを渡すと、クレイは紙を裏表と確認し顔をしかめた。
「村長が大切に保管しておった文献であるから、何かしら意義深いことが書かれていると思うたが……」
太陽に透かして見ても、何も浮かび上がらない。
何にちゅういすればいいんだ。
「長年保管していたことによる劣化か?」
「そうかもしれないな。ああ、それともアレか? この場合、レモン汁を垂らしてドライヤーで熱を加えるとオッテンドルフの数列がだね……」
「れもん? どらいあ??」
一部マニアにしかわからないであろう映画のネタはさておき、そんな化学反応を試さずとも、俺には心強い先生がおられるではないか。
「調査」
【ヘスタス・ベイルーユの遺言】
七百八十五年前に亡くなったリザードマン、ヘスタス・ベイルーユの遺言書。
なるほど遺言書。
文献というのとはちょっと違う気もするが、そりゃ書いてある文字が消えていて読めなければ、中身がどんなものなのかもわからないままだったのだろう。
「うーん、消えた文字はどうすればいいんだろうか」
「元に戻すことはできぬのか?」
「元に戻す? どうやって?」
「お前には壊れたものを直し、修復する魔法があるではないか」
あっ、はい。
そうでしたそうでした。
消えた文字を、消えてなかった状態にまで戻す。つまり、修復をすればいいんだな。
クレイにいろいろと突っ込まれるのも面倒だったので、無詠唱で修復を唱えた。すると油紙に文字がじわりと浮かび上がる。
特殊なアナグラムではなく、筒に書いてあった文字と同じ古代カルフェ語だった。
「おおお、文字が浮かび上がってきた!」
「成功したみたいだ」
「ピュウゥィ」
油紙をしきりに嗅ぐビーを落ち着かせ、はしゃぐブロライトと何か文句の一つも言いたげなクレイに紙を見せる。
「我らには読めぬようだ。タケル、声に出して読んでくれ」
「えっ」
「なんと書かれてあるのじゃ」
音読は苦手なんだけどな。
仕方がない、このまま読んでやれ。
「封印の魔法を施した筒を、正しい呪文で開けた君に万歳をあげる。ばんざあい、ばんざあい……」
……封印の魔法ですって。
……正しい呪文なんて唱えませんでしたけど。
え。何気なくぽこんと筒の蓋を開けちゃったんだけど、もしかして特定の呪文を唱えないと開けちゃいけないものだったのかな。いやいやいや、まさかそんなー。だって元々ゆっるい蓋だったし。ちょっと魔力を感じたけど、ちょっとだけだし。
気がつけば、ジトリ目で俺を見つめるクレイとブロライト。その目ほんとやめて。俺が悪いわけじゃないでしょうが。ヘスタスが悪いんだろうが。こんな頭の悪い文章を遺しやがって。これをそのまま音読すると、ポラポーラの二の舞だ。領主の屋敷で読まされた恥ずかしいポエムを思い出し、あのときの視線も痛かったなあと。
俺は続きに何が書いてあったのか伝えていく。
「えーと、まあ、これはヘスタスの遺言書みたいなものだ。自分が死んだら偉大なる祖先が眠るカリディアに躯を埋葬してほしいってことと、遺産は嫁さんと子供たちに全て渡すっていうのと、えーと……? 月と太陽の……槍を……? なんだこれ」
「如何したのだ」
文字が消えているわけではない。俺が止まったのは、書かれてある文章に疑問を持ったからだ。
「クレイ、月と太陽の槍も埋葬してくれって書かれてあるんだけど、ヘスタスの槍っていうのは一本じゃなかったわけ?」
「……いや、そのような話は聞いたことがない」
「でも、月の槍と太陽の槍は対になっているから放したくないって……あ、ちょっと待った。太陽の槍は生涯おれっちを認めてくんなかったのが心残りだったなあ、無念無念☆って書いてある。っていうことはつまり……」
ヘスタスの槍は二つあったということ?
でも調査先生はそんなこと教えてくれなかったな。槍の名前だって月なんてついてなかった。ヘスタスの大槍、とだけ。
「クレイ、もう一度折れた槍を見せてもらってもいいかな」
「構わぬが……」
御者台に乗っていたクレイがブロライトと席を交換し、私室へと行く。しばらくすると、朱色の布に大切にくるまれた槍を持って戻ってきた。
「ちょっと見せてもらう」
布を恭しくそろりと開き、壊れて二つの棒になってしまった槍を先端からじっくりと見ていく。柄の先まで見事な文様が刻まれているが、特に目立ったものはない。
刃の部分から柄にかけてもう一度目を凝らして見てみると、刃と柄を繋ぐ金属製の装飾部分に月の絵が描かれているのに気がついた。あまりにも小さい。小指の爪よりも小さい絵だったから見逃していたんだ。
「クレイ、ここに月の絵がある」
「なんと? ……まことであるな。このような絵が描かれていたとは、気づきもせなんだ」
「じっくりと何かを探すつもりで見なければ、絶対に気づかれないように造られていたのかもしれない」
他の装飾に紛れてしまい、それが月であるのかどうかすら判別するのも危うい。しかし、三日月のようなこの絵は、たぶん月を表していると見て良いと思う。
「もしかしたらだけど、これが月の槍だとしたら……もう一つ、太陽の槍が存在するんじゃないかな」
「なんと? そのようなこと、俺は知らぬ」
「そりゃ知らないだろうよ。この遺言書で今確認したんだから」
なんせ七百年以上も前に亡くなってしまった人が書いた文章だ。
俺がこの筒を開ける前に誰かが先に開けていて、正しい呪文を唱えなかったせいで文章が消えてしまっていたのだろうか。
ともかく、この遺言書は本物だ。調査先生は事実だけを教えてくれる。
もしかしたらヘスタスの埋葬されている場所に、太陽の槍があるのかもしれない。
勇者ヘスタスが、生涯おれっちを認めてくんなかったとのたまった、槍。
それが実在したとしたら――
2 砂紋~さもん~
ご機嫌なプニさんに馬車を引いてもらい、午後にはカリディア湿地帯に着くことができた。
湿地帯で街道が終わっているため、これより先に行く者はぬかるんだ湿地を徒歩で移動しなければならない。ところどころ底なし沼のような箇所があり、うかつに侵入すれば命を落とすこともある。
湿地帯に入ったとたんに、重苦しい湿気と濃い霧に包まれた。まるで来る者を拒むかのような異様な雰囲気に、少しだけ帰りたくなる。というか身ひとつで来ていたら、方向感覚を失って死ぬまで迷うことになっていただろう。怖いな。
しかし我らが馬神様プニさんに、そんな湿地は何のその。湿地に足を取られないよう少しだけ浮いて、馬車をぐいぐいと引いてくれた。あまりにも軽やかな足取りだったので、うっかりと目的地である地下墳墓を通り過ぎそうになったくらいだ。
「見えたぞ、あれが入り口だ」
湿地帯に突如現れたのは、枯れた木と苔とシダ系の植物が生い茂る小高い丘。村長に教えてもらった場所に、それは確かにあった。
これまさか巨大な亀の甲羅じゃないよな、と思いつつ御者台から声をかけてきたクレイの視線の先を見ると、丘の中腹にぽかりと空いた穴。穴に続く石でできた古びた階段が、中まで続いていた。苔にまみれた階段には誰かが歩いた跡がない。
「しばらく誰も来ていないみたいだけど、墓参りとかってしないの?」
「ここは古い墓であるからな。偉大なる祖先の眠りを妨げるような真似はしたくないのだ」
エジプトのピラミッドを訪れるようなもんかな。あそこは観光客にまみれているけど。
さすがにあの入り口だとクレイがやっと通れるくらいだ。馬車は降りて一度鞄に入れ、中に入ってから様子を見てまた出せばいい。
人になったプニさんは地下墳墓に続く入り口をじとりと見つめ、静かに頷いた。
「禍々しいものは一切感じられません。ブロライト、そう怯えずとも悪霊が出ることはないでしょう」
「まことか?」
「たぶん」
たぶんかよ。
信心深いエルフはプニさんの言葉を素直に喜んでいたが、まだここは墓の入り口。地下墳墓は湿地帯の地下にある。クレイすら初めて入るのだから、誰も頼りにならないと思っておかないと。
迷ったときの最終手段として天井をブチ破るつもりだったが、天井を壊したら大量の水が流れ込むかもしれないなあ、なんて余計な心配をする。そうなったらそうなったときに考えるとして、今は解明している範囲だけの地図を解読しておこう。
村長に託されたこの地図は、地下墳墓の全容の三割ほどしか描かれていない。しかも盗掘防止の罠などは記されておらず、とにかくまあ気をつけにょう、と言われただけ。
それならみんなに注意喚起するべきだな。
「中に入ったら余計なものに触れないように。歩く場所に全て罠が仕掛けられていると思って、用心して進むぞ」
「うむ。お前は罠の仕掛けられた場所に入ったことはあるのか?」
「いや、ないよ。だけど、知識ならある」
大岩が追いかけてくるかもしれない。床が開いてトゲだらけの奈落に落ちるかもしれない。壁から無数の矢や槍が飛んでくるかもしれない。そういった前世の映画の知識は山盛りあるのだ。スフィンクスのような化け物が問題を出してくるかもしれないしな。
「お前には強き魔法があるのです。自信を持ってわたくしを守りなさい」
「プニさん神様だろ? 神様だったら俺たちを守ってくれるもんじゃないの?」
「愚かなことを言うものではありません。わたくしは馬ですよ?」
あ、はい。
豊満な胸をむんっと張ったプニさんの言うことももっとも。
俺たちは力を合わせてランクSの巨大なナメクジを倒したという実績がある。それに、俺はこの世で最強と呼ばれている古代竜にも逢っているのだ。あれ以上の恐怖を味わうことはないだろうし、自分の中にある妙な自信がきっと大丈夫だと言っている。俺の勘は当たるのだ。
「地図によれば、ヘスタスの墓は奥にあるようだ」
「地図に記されてるということは、リザードマンの誰かはそこまで行けたってことだろ。昔の人が行けたんだから、魔王化したクレイが行けないわけないって」
「ピュイ!」
灯光を四つ作り出し、各々の足元を照らすように浮遊させた。
入り口に地点を固定し、これでいつでも転移門で戻ることが可能。
この奥に何が待ち受けているかはわからないが、とにかく行ってみよう。
+ + + + +
ぴちょん
ぴちょん
「ピューィーー……」
俺の頭にしがみ付いて怯えるビーの声と、天井から滴る水の音が響き渡る。
苔だらけの階段で滑らないよう用心しながら歩き、入り口からゆるやかな傾斜になっている坂を進んだ。
奥へ奥へと進めば、狭かった天井がより高く、圧迫感のあった空間が広くなっている。巨石が組まれた壁と天井にはみっちりと苔。苔は水分を多く含むため、地上にいたときよりも強い湿気を感じた。
「エルフの郷で感じた湿気ほど嫌なものは感じないから、これは停滞している魔素ではないと思う」
「思ったよりもおぞましいところではないのじゃな。これならば、キエトの洞よりも恐ろしくはない」
「ああ……あっちの洞のほうがよっぽどやばいもん出そうっていうか、実際出たな」
「ピュウゥーイ」
ビーがそうだそうだと声を上げると、ブロライトがにへりと微笑む。さっきから緊張しっぱなしのようだったが、少しだけ力を抜くことができたようだ。
「探査……モンスター反応はない。小動物が素早く動く反応はあるけど、これはネズミとかだろう」
「罠の位置などはわかるか?」
「人為的に何か仕組まれていそうな場所を探せばいい」
クレイに問われて答えたが試したことはない。けれど、やってみる価値はあるだろう。
そもそも床やら壁やら、全てが人工物なのだ。このなかで更に何かの仕掛けを探すとなると、どうすればいいのかな。
「エプララがあります」
「へ?」
「あそこのくぼみに」
プニさんが嬉しそうに指さした先には、壁の一部から生えているエプララの葉。回復薬にもなる薬草だ。
苔にまみれた壁に何故あそこだけ薬草が生えているのかと思う間もなく、プニさんが近づこうとする。
「いやしばし待たれよ、うかつに近づくのは危険だ」
そう言うクレイに俺も同意して頷く。明らかにおかしいって。なんであの壁だけ薬草がもっさり生えているんだよ。
地図には何も書かれていない。だが、あの部分だけに天井から光が射しているのは不自然だ。
「あれきっとアレだ。光に触れたら壁から矢が飛び出てくるとか、床から槍が飛び出てくるとか、そういう罠になっているんだよ」
「なんと!? そのような恐ろしい罠があるのか!」
いやわかんないけど。
派手に反応するブロライトはさておき、そういう可能性があるっていうことも考えておくべきだ。
大体、入り口から入ってすぐのところにどうして薬草が、ってお話なんですよ。今後のことを考えて在庫は豊かにしておきたいという冒険者心理が働く、そんな絶妙な場所にあるし。あそこにふらふらっと行って、まんまと罠に落ちるのが関の山。そんな浅はかな真似、できるわけが――
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