推理問答部は謎を呼ぶ -Personality Log-

猫蕎麦

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第2章>仔羊の影踏[ゾンビ・アポカリプス]

Log.51 humanly virus

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 床一面に貼られた白いタイルの上に、優衣さんの血がしたたる。

 地下道に水はそんなに流れておらず、少し湿っている程度。雰囲気としては近代の研究施設にある連絡通路のような印象だった。ハシゴの穴はちょうど行き止まりに位置していて、反対側は明るいトンネルが少しずつ曲がっていた。

 確かに優衣さんは、いつウイルスの機能への免疫が作られてしまうか分からないとは言っていた。でも、優衣さんはどう見ても人間だし、こんなリアルな世界がバーチャルだとか、現実離れし過ぎていて、全くゲームの中にいる実感がなかった。

 だからかもしれない。余計に仮想世界で現実のような衝撃を受けていた。

 「そ、そんな事言わないでくださいよ……だって、優衣さんは人間じゃないんでしょう?それなら、ゾンビになったりもしないでしょう?だから……」

 自分に言い聞かせるように言葉を探す美頼に、優衣さんは否定の言葉を返す。

 「言ったろう?チートの機能が切れたって。このゲームのプログラムが、私という異物を検知して、対策をとったんだよ。今の私にはなんの力もない。今この瞬間も体の中で何かが蠢いてる感覚があるんだよ」

 ポチャポチャとどこかで水が垂れる音。何の変哲も無い環境音が、頭の中にずっしりと響く。

 「……迷っちゃったんだよね、私。地上で別れるべきか。でもさ、まだ何も説明できてないし、お別れの言葉も言いたかったんさ……特にアキ君には」

 俺に……?なんでだ?未だにわからないことが多すぎる。疑問符を浮かべる俺に、優衣さんは続けた。

 「まず私の正体ね。仲山愁が作った、白夜叉優衣のを持った人工知能。ウイルス型AIよ」

 「ああ……」

 美頼の口からそんな声が漏れる。

 優衣さんの言ったことは、突拍子もなく、現実味もない。だが俺らの中ではそうなんじゃないかという予想はボンヤリながらついていて、今それが言葉となってはっきりした。納得いくが、納得できない。

 そんな感覚を声にすると、多分今の美頼みたいな反応になるのだろう。

 俺は優衣さんがタブレットを触った時のことを思い出す。彼女は自分の体質にタブレットが合わないと言っていたし、実際しばらくして壊れてしまっていた。それも優衣さんがウイルスだったとすれば、説明がつく。

 だが、そもそも俺の父さんがそんなものを作る目的が皆目わからない。

 「このゲームを作った蒲通咲夜が、こういうことをするのをあらかじめ愁さんは予期していた。もともとは生前の私の人格をシミュレートするために私は生まれたんだけど、利用出来ると思われたんだろうね。私は意志を持ったプログラムみたいなもんでさ、この世界でアキ君達を守るのは私にうってつけの仕事だった訳よ」

 時間が無いのを感じるのか、優衣さんは今までで1番早口になりながら話す。そして引きつった笑いを見せた。

 父さんがこの出来事を予期?11年前に??

 それに、白夜叉優衣の人格のシミュレートをする?一体なぜ……?

 ──強いて言えば……そうだな、私の恋人かな

 俺の質問への優衣さんの回答を思い出す。

 「ここに送り込んだのが俺の父さんで、それがあなたの恋人ってことは……」

 優衣さんが話していた幼馴染のことが頭に浮かぶ。だがその質問はまた遮られた。

 「ごめんね、それはやっぱり話せないみたいだ。現実に戻ってから誰かに聞いてくれ。霞ちゃんとかなら知ってると思うから」

 俺の姉、霞のことまで知っているらしい。

 「プログラムでね、話せない記憶と話せる記憶を決められていたのよ。今はゾンビ化のウイルスが私のプログラムに改変を加えているから、その禁止が緩んでいるみたい」

 なるほどそういうことか。道理であまり詳しく話せなかったわけだ。

 「じゃあ今話せることは他に……?」

 「……。私は、自分の記憶では、あなた達のことが好きよ。アキ……あなたのことは愛してるわ」

 優衣さんの息遣いは荒くなっていた。時折苦しそうに顔をしかめる。枝分かれする血管が肌に浮き出てきていた。


 俺と美頼は無言で佇んでいた。


 「ごめんね……。結局、別れることになっちゃって……せっかくのチャンスだったのにさ。ほんとは、最後、見えない所に行きたかったけど。……もう間に合わないみたい」

 そう言うと彼女は自分の腰から拳銃を引き抜いた。そして震えながらも、怪我のない方の腕でリロードする。恐怖で震えているんじゃない、自由が利かなくなっている証拠だ。

 美頼が横で息を飲むのを感じる。俺の手はひとりでに動いて、空を切る。優衣さんは最期に唇を動かした。

 「……いきのびて、ね」

 そして破裂音がトンネルに響いた。

 俺達の数メートル先で、優衣さんが倒れた。

 最初で最後の涙を俺たちに見せて、それでもなお笑えていない笑顔を作りながら。
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