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1章

1-43.非日常の終わり

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「例え一時の平和でも……」
「……皆を……この世界を」
「「守るんだ!」」
 気付いた時には、ミズキとエミナは叫んでいた。両者とも体は元通りになっているどころか、体がはち切れそうなほどに凄まじい力を感じていた。

「暗黒に光を、混沌に秩序を、災いに福徳を、呪詛に祝福を、邪悪を払いのけ滅せし力を今こそ我に……ディバインラスターフラッド!」
「ギャランホルンの鐘の音、そして光神ヘイムダルの加護を纏いてその身を現し、我が身を守りたまえ……サモン・アスガルズゴーレム!」

 僕がディバインラスターフラッドを唱えた横で、エミナさんはサモン・アスガルズゴーレムを唱えて巨大なゴーレムを召還した。
 ディバインラスターフラッドの光は二人で唱えた時よりも激しく輝き、瞬く間に広がっていく。
 その光がユーベルとぶつかると、前と同じに嵐のように激しい摩擦が生じた。そして、ユーベルの体が少しずつ押し返されていく。
「ぐおおおおぉぉぉ!」
 声から察するに、ユーベルは苦しそうだ。

「うおおおぉぉぉぉ!」

 こちらも負けじと力を入れる。前とは違う。ユーベルはディバインラスターフラッドを押し返せないのだ。

「はあああぁぁぁぁぁ!」

 エミナさんも叫ぶ。僕と、恐らくエミナさんも、更に魔法の勢いを増すべく、魔力を絞り出した。すると、ディバインラスターフラッドはそれに呼応するかのように勢いを増した。

「うおおおおぉぉぉぉ!」

 ユーベルが猛るが、勢いを増したディバインラスターフラッドは一気にユーベルを押し返し、ユーベルは視界から消え去った。

「……視界から……だよね、あくまで」

 ユーベルの威圧的な気配は、未だ消えていない。見えなくてもビリビリと、痛いくらい感じる。

「酷い……」

 ユーベルの通った跡には何も残っていない。木々は蹴散らされ、石は砕かれている。
 砕かれた石の割合が多く、土の色が少し違う所は、元々川があった場所だろうか。水が無いという事は、干上がっているという事なのか。
 その川には……そして、ここの大部分を占めていたであろう森林には、人、そして動物は居たのだろうか。
 ……どちらにせよ、この湖の外に僅かな森林が残った程度で、後は荒野に様変わりしてしまっている。

「下劣な人間共がぁぁぁ!」

 ユーベルの怒号が大地を震わしながら、僕とエミナさんに伝わってきた。足が竦む。

「うう……!」
「ミズキちゃん!」
「う……うん……!」

 エミナさんの声で我に返った。ディバインラスターフラッドで距離は取れた。アスガルズゴーレムがどれだけ耐えられるかは分からないが、このタイミングでやるしかない。

「「グラー……サーシティアー……アイレ……」」

 古代言語による呪文詠唱。勇者様は、僕とエミナさんに、この記憶を刻んでくれた。

「「エーディッヒ……スゲルブー……イーティエン……」」

 そこまで唱えた所で、アスガルズゴーレムが雄たけびを上げた。

「ウオォォォォォ……」

 直後、半円形で緑色の透明なフィールドが一帯を包み込んだ。
 ――ドォォォォ……ドォォォォォ……!
 フィールドにユーベルの攻撃がぶつかり、辺りに轟音が響き渡る。
 いつまでフィールドが耐えられるか不安だが、詠唱を中断するわけにはいかない。

「「クレース……ディハストゥール……デリ……ヴィーブス……」」

 詠唱するうちに、アスガルズゴーレムのフィールドにヒビが入り始めた。もう長くは持ちそうにない。

「「オルクゥ……セッピカロ……ゼフデュートルス……」」

 ヒビは徐々に大きくなり、何本かのヒビが地面に達した。それから間も無くフィールドは砕け散り、その破片はヒラヒラと地面に落ちながら消滅した。

「フィールドが! ……うわぁっ!」

 黒い刃が僕の背中を直撃する。

「ミズキちゃん! 大丈夫!?」
「大丈夫、少し痛かったけど、バトルドレスが守ってくれてる。それより後少しだ。詠唱を続けよう」
「うん」
「「クシュトー……ディビエンテ……コンゲール……」」
「グオォォォォォォォ……」

 アスガルズゴーレムが、大きな音をたてて崩れ去った。

「「イルシ……オルスト……エラエム……」」
「く……」

 降り注ぐ黒い刃に耐えきれず、エミナさんは膝をついた。

「エミナさん!」
「大丈夫。後少し……続けるよ」
「う、うん」
「コース……スツペー……!」」
「うわあぁぁぁ!」
「きゃあぁぁぁぁ!」

 僕は身体中を襲う強烈な痛みに、思わず身をくねらせながら悲鳴を上げ、倒れた。エミナさんもそうだ。

「あ……ぐあ……」

 ユーベルも必死だ。攻撃を更に強めたのだろう。意識を保つのが辛い。

「う……うっっ……」

 エミナさんもグロッキーだ。

「後……一節だよ!」
「そう……だよね……!」

 エミナさんの鼓舞で、僕は意識をどうにか保ち、立った。
 エミナさんも、よろよろと立ち上がり、僕と目が合う。

「ドルクゥ……エッダ……デ……ピ……オーリ!!」

 唱え終わった時、一瞬、すべてが紫の光に包まれた。あまりに瞬間的な事なので、既に頭の中にはおぼろげな記憶しか残されてはいないが、伝説の勇者、そして巫女の力を感じた。
 いや……少し違うかもしれない。あれは、エミナさんと僕自身の力だった気がする。

「や……やった……のか……」

 ――辺りは一転して静寂に包まれている。ユーベルの姿も、もう無い。
 倒された召還体は消え去るので、当然、アスガルズゴーレムの姿も跡形も無く消えている。

「あ……」

 僕はバタリと地面に倒れた。受け身もとれなかったが、痛みは……よく分からない。既に身体中に、ズキズキと激痛が走っていたからだ。

「う……う……」

 さっきの封印で魔力を使いきってしまったので、回復も出来ない。
 ふと、自分の息づかいが異常に荒い事に気付く。体力も相当に消耗しているらしい。

「エ……エミナさん……」

 前に倒れているのはエミナさんだろうか。ピクリとも動かない。

「……ううっ」

 どうにかエミナさんに近寄ろうとしたが、駄目だ。もう……意識を保つことが……。
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