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1章
1-14.過去
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「……エミナも、きっと、あの子の不思議な魅力を感じたのね」
シェールは、店を閉じながら、今日の事を思い返した。
シェールには何となく予想が付いていた。エミナの願いを、両親はきっと拒まないと。
ショーとリィンは、なるべく子供を縛りたくないと思っているし、最近では、エミナがこの村に縛られているのではないかと、私に相談してきていた。
「淋しくなるわね……」
この村では数少ない魔法使いのシェールは、小さい頃からエミナに魔法を教えたりしてきた。大きくなってからも、
「あの二人……どうなるかしら……」
本人の自覚があるかは分からないが、エミナはミズキに普通以上に好感を抱いている。ミズキの方は、記憶を取り戻すのに必死で、あまり気にしていない様だが……。
「カランコエの神ジャヴヴィアンよ……どうか二人に祝福を……二人の前途に幸あれ……」
「お前さ、優等生になって何がしたいの。よく疲れないな」
違うんだ。意識してやってるんじゃない。こういう性格なんだよ……。
「瑞輝、将来の事を考えるなら、今、頑張れ。学年で五位くらいにはなってないと、学校に入った意味が無いぞ」
父さん……難しいんだよ。一生懸命勉強したけど……。いつも学年五位くらいには入ってるんだし、僕はこれでいいのに……。
「ムカつくんだよね。そんな、媚を売ってるお前見てるとさ」
皆にいい顔をしてるのは、何となく分かってる。でも、誰かを傷付けたくなくて……。
「テレビではまたツイッターで炎上など騒がれていますが、皆さんはこれから就職活動が控えています。特に気を付ける必要があり……」
この漠然とした恐怖は何だろう。将来への不安か、窮屈な閉鎖感か……取るに足らないようで、時に押し潰されてしまいそうになりそうだ。
「凄いじゃない! この調子なら、いい大学に行けるんじゃない? ほら、ここなんて、いい会社に就職してる人ばっかりじゃない」
現状維持だけで精一杯なのに、そんな所に入れるわけないよ……。
「次は負けねえから!」
父さんが怖いんだよ。成績悪いと、お説教が始まるんだ。僕だって、少しは気を抜きたい。
「二十歳男性の遺体が見つかりました。男性は正社員になったばかりで法外な労働を強いられ、過労自殺した疑いがあり、遺族は男性の勤めていた企業を提訴し……」
頑張っていい会社に入らないといけない。でも、入った先に待っているものって何だろう。もし、こんな会社に当たったら……でも、今、頑張らないと、いい会社には入れないし……僕はどうしたらいいんだ……。
「よう、お坊ちゃん」
両親は過保護かもしれない。でも、親切を無駄に出来ない……いや、断る勇気が無いだけなのかもしれない。
「ね、そんなに思い詰めてもさ、一度や二度失敗したくらいで、この世が終わるわけでもないんだから、しっかりしなよ」
悠さん……。僕にとって、彼女の言葉がどれだけ救いになったかは分からない。
ただ、彼女が居なくなった時の絶望を思い出すと、僕は相当、彼女に励まされ……依存していたのだと思う。
「大変悲しいお知らせです……」
そして、そんな彼女が……僕にとって、唯一の、確実に信じられる人は……突然、事故に遭い、亡くなった。
――どうして僕は人を傷付けてしまうのだろう。クラスメイトは僕を見る度に不愉快な顔をする。両親や親戚の期待には、僕はきっと応えられないだろう。
どうすれば、皆を傷付けないように出来るのか……そんな事を常に考えてきた。でも……もう、疲れた……こんな思いをするくらいなら……。
「……痛いな」
悪夢なら覚めて欲しい。頬をつねった――痛みがある。夢じゃない。
これは現実だ。生きている限り、逃れようの無い現実。
――いざ、決心がつくと、周りの景色が鮮やかに目に入ってくる。夜景、星空、雑踏……。
「こんな所にも車の音が聞こえるんだ……」
――ガタン!
「ん……」
僕は、少し強い揺れを感じて目を覚ました。
「……また、この夢か」
これで三回目か。ここに来てから、この夢ばかり見る。
「起きたの?」
目の前に居るのはエミナさんだ。そう。僕は都に行く途中でコーチの中で寝泊まりして……たった今、コーチが何かの振動で揺れたので、目を覚ましたのだ。
「うん……」
僕は、コーチの外を見た。辺りには草原が広がっていて、太陽は、もう空高く高く昇っている。コーチは揺れて、少し座り心地は悪いけれど、ぽかぽかとした陽気が心地が良い。外から吹き込む風も爽やかだ。
「はぁ……気持ちいいな」
僕は今、生きている。さっきまでは夢で、これが現実。夢と現実、両方の独特の感覚の差が、そう僕に思わせる。
しかし、ビルから飛び降りた時の感覚は、はっきりと覚えている。今感じているのと同じ、現実の感覚だ。
そして、この記憶は僕のものだ。少し前までは、そう確信していたし、そう思いたい。が、本当に記憶喪失で、この記憶が他人の記憶、もしくは夢なのではないだろうか。僕は、段々と、そう思えてきた。
この世界は、まるで夢だ。僕の感覚からしたら、この世界の方が夢の世界みたいな存在なのだ。僕の知っている現実と、今過ごしている現実が、あまりにかけ離れている。
「着いたよ! 見て!」
エミナさんが身を乗り出しているので、僕もそれに倣った。
「わ……」
僕は目の前の光景に声を失った。
「ね、凄いでしょ?」
エミナさんが自慢げに言う。
目の前には、煉瓦造りの煌びやかで大きな城がそびえ立ち、その周りには城を守り、その凄味を誇示しているかのように城壁が囲んでいる。
全体的に洋風な作りになっているように思える。洋風といったところで、その対になる和風という概念があるのだろうか。……そもそも、ここに日本があるのかすら分からないが。
「これは……凄い……ほんと……」
この世界の事は、まだ良く分からない。ちょっと怖い事はあるけど……こんな感じに驚いてばかりだし、人は皆親切だ。
……此処に、ずっと居たいな。
「ほら、大きな都でしょ!」
エミナさんが興奮気味に言った。
「そうだね、集落としては、随分大きいや……」
エミナさん程ではないが、僕も少し興奮している。
外で見た城は、城壁の中では更に大きく重厚に見え、通りには商店や屋台が溢れている。
「ひとまず、荷物、置いていこ」
「そうだね……ナタクフェイバー」
僕はエミナさんに同意し、筋力アップの魔法を使った。
「やっぱり凄いね、ちょっと練習しただけで、ファストキャストできるって」
エミナさんが感心したように言う。
ファストキャストとは、威力や回復量。つまり、効果の大きさを犠牲にする代わりに詠唱を省略して、魔法名のみで魔法を放つ技法だ。コーチの中で、エミナさんから教わった。
エミナさんは、ここに到着するまでに色々な事を教えてくれた。魔法だけでなく、道具の使い方とか、作法とか。
今使ったナタクフェイバーもそうだ。これは筋力アップの魔法で、コーチの中で、僕は何度も魔法を詠唱して練習した。
そうする中で、ふと、ファストキャストを教わった事も思い出したので、試しにこの二つを合わせてみた。すると、出来てしまったのだ。
「よいしょ」
僕は両手に布のバッグを持った。旅用の大きなバッグの中には、着替えや非常食、松明等が入っている。魔法で補助されているといっても、なかなかに重い。
コーチが宿屋の軒先まで乗り入れる事ができたのが救いだろうか。おかげで運ぶ距離は短くて済みそうだ。
「躍るシマリス亭……か……」
僕は宿屋の看板を見て、ぼそりと呟きながら中へと入った。ここの名前らしい。
その後、エミナさんが手早く部屋を取ってくれたので僕達はすぐに部屋に着いた。
僕は荷物を降ろすやいなや、傍らの椅子に腰を掛けた。
「はぁ……」
ようやく落ち着けるところに腰を降ろせてホッとした。
馬車の中は常に揺れていたので、休むにしても、寝るにしても、なんだか疲れが取れなかったのだ。
「さてと、これからどうする?」
エミナさんの声と同時に部屋が明るくなる。エミナさんが雨戸を開けたのだ。
外の光を背に受けながら、エミナさんは続けた。
「図書館に行くのが目的だけど、町を歩いて色々なものを見てみるとか、魔法が得意そうだから、魔法修練所に行くとかさ。いずれにしても、記憶を取り戻す刺激になると思う。冒険者ギルドに行くのも手だけど……魔法修練所で訓練してから行った方がいいと思う」
「そうだねぇ……」
着いたところで一旦休みたいと思ったが、確かにまだ日が高い。このまま夜になっても手持ち無沙汰になってしまいそうだ。
「町を見て回ろうかな。記憶を取り戻すのなら、図書館が一番だろうけど……」
次の言葉を出すかどうか迷い、僕は話を止めた。
「……ミズキちゃん?」
エミナさんが怪訝な様子で僕の顔を覗き込む。
「……うん。実はね」
僕は腹を決めた。
「僕は、多分、記憶喪失じゃないんだ」
「うん? 記憶喪失じゃないって……?」
「その……本当に記憶喪失か、それとも別の理由かは分からないんだけどさ……皆、記憶喪失だと思って親切にしてくれてるから、言い出せなくて……でも……ほんとに漠然としてて、特に証拠も何も無いんだけど……僕、別の世界の人間じゃないかなって」
「……」
エミナさんの表情は変わらない。僕の話を真剣に聞いているみたいだ。
「僕の持ってる記憶は全然違うんだ。建物とか、色々な物も、こことは違って鉄とかが中心で、魔法は存在自体してない世界なんだ。……正直、その世界に、余りいい思い出は無いけどさ……」
僕の脳裏に過去の色々な記憶が蘇る。
「でも、やっぱり戻りたいなって。その世界にも、親切にしてくれた人は居たし、僕はまだ完全に絶望してはいなかったのかもって。だから、戻りたい。あ、勿論、こっちの世界も好きなんだ、とっても。皆親切だし。どっちも捨てられないと思う」
この事をひとに話すのは初めてだ。口に出る事にまとまりは無いが、頭の中では段々と整理されていくのが分かる。
しかし、依然としてとっ散らかっている僕の脳味噌、は良く分からない結論を弾きだし、僕はそれを口に出した。
「ああ、そうか……どっちの世界にも行き来が出来たら、一番いいんだ!」
「……」
エミナさんが呆然とこちらを見ている。
「あ……ご、ごめん。なんか、一人で納得しちゃったみたい」
「ふふ……いいんだよ。違う世界の話、私も面白いから」
「そ、そう? 良かった……まあ、これは単なる夢なんだろうけどさ、なんだかそんな気がしなくて」
「……うん」
エミナさんが頷いた。
「それは夢じゃないと思う」
「え?」
「魔法の無い世界なんて、私には信じられないし、想像できないけど……懐かしそうに喋るミズキちゃんを見たら、きっと本当にあるんだなって」
「エミナさん……」
「だから、一緒に探そうよ! その世界があって、ミズキちゃんがそこから来たんだったら、二つの世界を繋ぐ通路だって、きっとあるよ!」
「エミナさん……ありがとう……ふふっ」
「……何?」
「あの時……僕を選んだ時もそうだったけどさ……」
「思い込みが激しくって、しかも、一度思ったら引かない頑固者だって?」
「い、いや、そこまで言ってないけど……」
「いいわ。皆もよく言ってるから……でも、当たってたでしょ?」
「……そうだね。だったら、さっきの事も、きっと当たりかもしれない」
二つの世界を繋ぐ通路……そんな都合のいいものはあるわけないけど、不思議な事に、エミナさんを見ていると見つかる気がする。
そうじゃなくても、元の世界に戻る手段がある。そんな気がしてならなくなってきた。
「じゃあ、やる事は決まったね」
「うん、まずは町で情報収集だ!」
僕達は簡単な支度をすると、息巻いて部屋を出た。
シェールは、店を閉じながら、今日の事を思い返した。
シェールには何となく予想が付いていた。エミナの願いを、両親はきっと拒まないと。
ショーとリィンは、なるべく子供を縛りたくないと思っているし、最近では、エミナがこの村に縛られているのではないかと、私に相談してきていた。
「淋しくなるわね……」
この村では数少ない魔法使いのシェールは、小さい頃からエミナに魔法を教えたりしてきた。大きくなってからも、
「あの二人……どうなるかしら……」
本人の自覚があるかは分からないが、エミナはミズキに普通以上に好感を抱いている。ミズキの方は、記憶を取り戻すのに必死で、あまり気にしていない様だが……。
「カランコエの神ジャヴヴィアンよ……どうか二人に祝福を……二人の前途に幸あれ……」
「お前さ、優等生になって何がしたいの。よく疲れないな」
違うんだ。意識してやってるんじゃない。こういう性格なんだよ……。
「瑞輝、将来の事を考えるなら、今、頑張れ。学年で五位くらいにはなってないと、学校に入った意味が無いぞ」
父さん……難しいんだよ。一生懸命勉強したけど……。いつも学年五位くらいには入ってるんだし、僕はこれでいいのに……。
「ムカつくんだよね。そんな、媚を売ってるお前見てるとさ」
皆にいい顔をしてるのは、何となく分かってる。でも、誰かを傷付けたくなくて……。
「テレビではまたツイッターで炎上など騒がれていますが、皆さんはこれから就職活動が控えています。特に気を付ける必要があり……」
この漠然とした恐怖は何だろう。将来への不安か、窮屈な閉鎖感か……取るに足らないようで、時に押し潰されてしまいそうになりそうだ。
「凄いじゃない! この調子なら、いい大学に行けるんじゃない? ほら、ここなんて、いい会社に就職してる人ばっかりじゃない」
現状維持だけで精一杯なのに、そんな所に入れるわけないよ……。
「次は負けねえから!」
父さんが怖いんだよ。成績悪いと、お説教が始まるんだ。僕だって、少しは気を抜きたい。
「二十歳男性の遺体が見つかりました。男性は正社員になったばかりで法外な労働を強いられ、過労自殺した疑いがあり、遺族は男性の勤めていた企業を提訴し……」
頑張っていい会社に入らないといけない。でも、入った先に待っているものって何だろう。もし、こんな会社に当たったら……でも、今、頑張らないと、いい会社には入れないし……僕はどうしたらいいんだ……。
「よう、お坊ちゃん」
両親は過保護かもしれない。でも、親切を無駄に出来ない……いや、断る勇気が無いだけなのかもしれない。
「ね、そんなに思い詰めてもさ、一度や二度失敗したくらいで、この世が終わるわけでもないんだから、しっかりしなよ」
悠さん……。僕にとって、彼女の言葉がどれだけ救いになったかは分からない。
ただ、彼女が居なくなった時の絶望を思い出すと、僕は相当、彼女に励まされ……依存していたのだと思う。
「大変悲しいお知らせです……」
そして、そんな彼女が……僕にとって、唯一の、確実に信じられる人は……突然、事故に遭い、亡くなった。
――どうして僕は人を傷付けてしまうのだろう。クラスメイトは僕を見る度に不愉快な顔をする。両親や親戚の期待には、僕はきっと応えられないだろう。
どうすれば、皆を傷付けないように出来るのか……そんな事を常に考えてきた。でも……もう、疲れた……こんな思いをするくらいなら……。
「……痛いな」
悪夢なら覚めて欲しい。頬をつねった――痛みがある。夢じゃない。
これは現実だ。生きている限り、逃れようの無い現実。
――いざ、決心がつくと、周りの景色が鮮やかに目に入ってくる。夜景、星空、雑踏……。
「こんな所にも車の音が聞こえるんだ……」
――ガタン!
「ん……」
僕は、少し強い揺れを感じて目を覚ました。
「……また、この夢か」
これで三回目か。ここに来てから、この夢ばかり見る。
「起きたの?」
目の前に居るのはエミナさんだ。そう。僕は都に行く途中でコーチの中で寝泊まりして……たった今、コーチが何かの振動で揺れたので、目を覚ましたのだ。
「うん……」
僕は、コーチの外を見た。辺りには草原が広がっていて、太陽は、もう空高く高く昇っている。コーチは揺れて、少し座り心地は悪いけれど、ぽかぽかとした陽気が心地が良い。外から吹き込む風も爽やかだ。
「はぁ……気持ちいいな」
僕は今、生きている。さっきまでは夢で、これが現実。夢と現実、両方の独特の感覚の差が、そう僕に思わせる。
しかし、ビルから飛び降りた時の感覚は、はっきりと覚えている。今感じているのと同じ、現実の感覚だ。
そして、この記憶は僕のものだ。少し前までは、そう確信していたし、そう思いたい。が、本当に記憶喪失で、この記憶が他人の記憶、もしくは夢なのではないだろうか。僕は、段々と、そう思えてきた。
この世界は、まるで夢だ。僕の感覚からしたら、この世界の方が夢の世界みたいな存在なのだ。僕の知っている現実と、今過ごしている現実が、あまりにかけ離れている。
「着いたよ! 見て!」
エミナさんが身を乗り出しているので、僕もそれに倣った。
「わ……」
僕は目の前の光景に声を失った。
「ね、凄いでしょ?」
エミナさんが自慢げに言う。
目の前には、煉瓦造りの煌びやかで大きな城がそびえ立ち、その周りには城を守り、その凄味を誇示しているかのように城壁が囲んでいる。
全体的に洋風な作りになっているように思える。洋風といったところで、その対になる和風という概念があるのだろうか。……そもそも、ここに日本があるのかすら分からないが。
「これは……凄い……ほんと……」
この世界の事は、まだ良く分からない。ちょっと怖い事はあるけど……こんな感じに驚いてばかりだし、人は皆親切だ。
……此処に、ずっと居たいな。
「ほら、大きな都でしょ!」
エミナさんが興奮気味に言った。
「そうだね、集落としては、随分大きいや……」
エミナさん程ではないが、僕も少し興奮している。
外で見た城は、城壁の中では更に大きく重厚に見え、通りには商店や屋台が溢れている。
「ひとまず、荷物、置いていこ」
「そうだね……ナタクフェイバー」
僕はエミナさんに同意し、筋力アップの魔法を使った。
「やっぱり凄いね、ちょっと練習しただけで、ファストキャストできるって」
エミナさんが感心したように言う。
ファストキャストとは、威力や回復量。つまり、効果の大きさを犠牲にする代わりに詠唱を省略して、魔法名のみで魔法を放つ技法だ。コーチの中で、エミナさんから教わった。
エミナさんは、ここに到着するまでに色々な事を教えてくれた。魔法だけでなく、道具の使い方とか、作法とか。
今使ったナタクフェイバーもそうだ。これは筋力アップの魔法で、コーチの中で、僕は何度も魔法を詠唱して練習した。
そうする中で、ふと、ファストキャストを教わった事も思い出したので、試しにこの二つを合わせてみた。すると、出来てしまったのだ。
「よいしょ」
僕は両手に布のバッグを持った。旅用の大きなバッグの中には、着替えや非常食、松明等が入っている。魔法で補助されているといっても、なかなかに重い。
コーチが宿屋の軒先まで乗り入れる事ができたのが救いだろうか。おかげで運ぶ距離は短くて済みそうだ。
「躍るシマリス亭……か……」
僕は宿屋の看板を見て、ぼそりと呟きながら中へと入った。ここの名前らしい。
その後、エミナさんが手早く部屋を取ってくれたので僕達はすぐに部屋に着いた。
僕は荷物を降ろすやいなや、傍らの椅子に腰を掛けた。
「はぁ……」
ようやく落ち着けるところに腰を降ろせてホッとした。
馬車の中は常に揺れていたので、休むにしても、寝るにしても、なんだか疲れが取れなかったのだ。
「さてと、これからどうする?」
エミナさんの声と同時に部屋が明るくなる。エミナさんが雨戸を開けたのだ。
外の光を背に受けながら、エミナさんは続けた。
「図書館に行くのが目的だけど、町を歩いて色々なものを見てみるとか、魔法が得意そうだから、魔法修練所に行くとかさ。いずれにしても、記憶を取り戻す刺激になると思う。冒険者ギルドに行くのも手だけど……魔法修練所で訓練してから行った方がいいと思う」
「そうだねぇ……」
着いたところで一旦休みたいと思ったが、確かにまだ日が高い。このまま夜になっても手持ち無沙汰になってしまいそうだ。
「町を見て回ろうかな。記憶を取り戻すのなら、図書館が一番だろうけど……」
次の言葉を出すかどうか迷い、僕は話を止めた。
「……ミズキちゃん?」
エミナさんが怪訝な様子で僕の顔を覗き込む。
「……うん。実はね」
僕は腹を決めた。
「僕は、多分、記憶喪失じゃないんだ」
「うん? 記憶喪失じゃないって……?」
「その……本当に記憶喪失か、それとも別の理由かは分からないんだけどさ……皆、記憶喪失だと思って親切にしてくれてるから、言い出せなくて……でも……ほんとに漠然としてて、特に証拠も何も無いんだけど……僕、別の世界の人間じゃないかなって」
「……」
エミナさんの表情は変わらない。僕の話を真剣に聞いているみたいだ。
「僕の持ってる記憶は全然違うんだ。建物とか、色々な物も、こことは違って鉄とかが中心で、魔法は存在自体してない世界なんだ。……正直、その世界に、余りいい思い出は無いけどさ……」
僕の脳裏に過去の色々な記憶が蘇る。
「でも、やっぱり戻りたいなって。その世界にも、親切にしてくれた人は居たし、僕はまだ完全に絶望してはいなかったのかもって。だから、戻りたい。あ、勿論、こっちの世界も好きなんだ、とっても。皆親切だし。どっちも捨てられないと思う」
この事をひとに話すのは初めてだ。口に出る事にまとまりは無いが、頭の中では段々と整理されていくのが分かる。
しかし、依然としてとっ散らかっている僕の脳味噌、は良く分からない結論を弾きだし、僕はそれを口に出した。
「ああ、そうか……どっちの世界にも行き来が出来たら、一番いいんだ!」
「……」
エミナさんが呆然とこちらを見ている。
「あ……ご、ごめん。なんか、一人で納得しちゃったみたい」
「ふふ……いいんだよ。違う世界の話、私も面白いから」
「そ、そう? 良かった……まあ、これは単なる夢なんだろうけどさ、なんだかそんな気がしなくて」
「……うん」
エミナさんが頷いた。
「それは夢じゃないと思う」
「え?」
「魔法の無い世界なんて、私には信じられないし、想像できないけど……懐かしそうに喋るミズキちゃんを見たら、きっと本当にあるんだなって」
「エミナさん……」
「だから、一緒に探そうよ! その世界があって、ミズキちゃんがそこから来たんだったら、二つの世界を繋ぐ通路だって、きっとあるよ!」
「エミナさん……ありがとう……ふふっ」
「……何?」
「あの時……僕を選んだ時もそうだったけどさ……」
「思い込みが激しくって、しかも、一度思ったら引かない頑固者だって?」
「い、いや、そこまで言ってないけど……」
「いいわ。皆もよく言ってるから……でも、当たってたでしょ?」
「……そうだね。だったら、さっきの事も、きっと当たりかもしれない」
二つの世界を繋ぐ通路……そんな都合のいいものはあるわけないけど、不思議な事に、エミナさんを見ていると見つかる気がする。
そうじゃなくても、元の世界に戻る手段がある。そんな気がしてならなくなってきた。
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