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1章
1―1.日常の終わり
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――遠い昔、この世界は邪悪な魔王によって支配され、魔物達が跳梁していました。
そんな中では人々は、ただ力の強い魔物に従うしかないのでした。
ある者は一生を魔物の爪磨ぎに捧げ、ある者は体を肥やされて喰われました。勇敢な者は武器を持ち抵抗しましたが、一瞬にして肉を斬り裂かれて死んでいきました。
魔王は大きい四本の角、鋭い牙を持つ二つの口、頑丈な漆黒の体、強力な魔力を持ち、大勢の手下を従えていました。
その強大な力で人々を服従させ、支配していたのです。
しかし、それでも抵抗をする人々は途絶えませんでした。人々は完全に希望を捨てる事は無かったのです。
ある時、天から光の力を授かった者が現れました。
その者は魔王に匹敵する魔力を備えていて、果敢に魔王に立ち向かいました。
戦いの中で、その者はいつしか「勇者」と呼ばれるようになり、仲間と出会います。
元気いっぱいのエルフ、若き龍、そして、美しき巫女。
勇者は幾多の魔物、幾多の試練に立ち塞がれましたが、三人の頼もしい仲間と共に立ち向かいました。
そして、勇者は遂に魔王の元に辿り着き、魔王を追い詰めました。
しかし、追い詰められた魔王は最後に残った力を放出し、大地を引き裂き、砕き、滅ぼしてしまいました。
人々が、動物が、そして、魔王自身の率いる魔物もが命を絶たれようとした時です。
四つの力が魔王の力を遮りました。
それは、勇者達四人の力。勇者達は魔王を封印するために力を使っていましたが、一人でも多くの生き物を守ろうと、更なる力を発揮したのです。
しかし、それは、勇者達の願いを叶えるには、あまりにも非力な力でした。
世界は闇に包まれました。
しかし、勇者達の力は消えませんでした。勇者達の願いは闇を光に変え、荒れ地を草原に変え、悲しみを喜びに変えたのです。
そう。世界は救われました。
「――その時に出来たのが、夜に天を包む邪光のカーテンだと言われてるのよ」
腰辺りまである長い髪を風になびかせながら、少女は自分を囲んでいる子供達に話している。
「夜に出る、赤紫と青紫の奴だよね!」
一人の子供が手を上げた。
「赤紫ってか、桃色っぽいよな」
「薄いピンクっぽいよ」
「てか、ぼやけてるから、よく分かんねーよ」
「うふふ……」
話している少女がくすりと笑い、続けた。
「どの色にも見えるから、みんな正解だよ。ただ、赤紫って言ってる人が多いから、みんなそう言ってるだけ。青紫と赤紫だから言い易いのかもね」
「そっかぁー」
「おお、なるほどー」
子供達が感心の声を上げる。
「でも、いい色じゃないんだろ。魔王のだぜ」
「……そう。あれが魔王の力の色だって言われてるの」
話している少女は顔を曇らせた。
「えー……あんなに綺麗なのに……」
「綺麗ってお前、あれ、魔王の力なんだぞ!? 魔王の手下じゃねーのかよ!」
「違うよぉ! 魔王はずっと昔に勇者に退治されたって、今、エミナお姉ちゃんが言ってたじゃん」
「でもよぉ……」
「ふふふ……レミールちゃんは魔王の手下じゃないと思うわよ。だって、私もレミールちゃんと同じ、綺麗だと思うもの」
エミナは首を少し傾け、男の子に微笑みかけた。
栗色のさらさらした髪が僅かに揺れ、頬を伝って垂れ下がる。
「えー!? お姉ちゃんも!?」
「私とレミールちゃんだけじゃない。他にも沢山居るわ」
「俺んちのママもそうだぜ。夜になると、たまに空を見上げてボーっとしてる」
「本当かよ……」
眉をひそめている男の子を見ながら、エミナは続ける。
「ふふふ……だって、あんなに綺麗な赤紫と青紫の、透き通った光なんですもの。思わず見とれてしまう気持ちは分かるわ」
「でもさぁ……魔王の力だしよぉ……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
男の子の声を、突然の悲鳴が掻き消した。
「何!?」
外から聞こえてきた悲鳴を聞いて、エミナは急いで立ち上がり、部屋を飛び出た。
「こんな所にも車の音が聞こえるんだ……」
誰に聞かせるわけでもなく呟いた。
僕はビルの九階に立っている。こんなに高い所に立っているのに、車のエンジン音が聞こえる。忌々しい事に、電車のゴトゴトという走行音も聞こえた。
「下も……見えるな……」
下を歩く人が見える。ベランダとか、アンテナの類とかの遮る物は、殆ど何も無い。
吹き付ける風が冷たいし、車のライトや街灯が綺麗だ。
「誰も居ないよな……」
後ろを向く。屋上の手摺を乗り越えて立っているので、見つかったら面倒な事になりそうだ。
それに……僕自身の決意も濁ってしまいそうだ。
(いっそ、この風で吹き飛ばされてしまえれば楽なのに……)
高所だからか、油断すれば飛ばされそうなくらい強い風が吹いている。
しかし、僕の手は思いの外ガッチリと手摺を握っていて、放さない。大して意識はしていない筈なのだが、何故か自然と手に力が入ってしまうのだ。
掌に汗をかいていて滑り易いのが、かえって気を楽にさせているのが、救いといえば救いだろうか。
「これでようやく楽になれる……」
僕はまた後ろを向いた。人は居ない。
「はやく……飛ばないと……」
人が来たら騒ぎになる。
「飛ばないとな……」
――何回同じことを考えただろう。
見つかる事を期待しているのか?
そうかもしれない。でも……。
僕は生きていても仕方のない人間なんだ。
この先生きていたって、色々な人に迷惑をかけるだけだ!
「頑張ればそこそこの……最低限の事は出来ると思ってた……頑張れば誰だって、それなりに普通に暮らしていけて……人を傷付けたりする事だって、自分次第で防げて……努力すれば、そこそこに願いも叶えられる。……そう……思ってた……!」
僕の声が、強風や街の雑踏にかき消されていくのを感じる。
「でも……僕は駄目だった…… 頑張ったつもりだったけど……駄目だったんだよぉぉぉ!」
手すりを握る手に、更に力が入った。
「やっぱり……皆に迷惑はかけられない……!」
僕の足が、屋上の床を蹴った。気分は昂揚している。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
自分を振るい立たせるための叫びが、恐怖に怯える叫びに変わっていく。
怖い! 瞼はいつの間にか、きつく閉じられている。地面に激突したら、きっと、これまでに体験した事の無い痛みが襲ってくるのだろう。
どれくらい感じているのか……体はすぐに死ぬだろうけど、もしかしたら、意識はそれとは別かもしれない。体とは別に、もっと長く残っているとしたら……もっと楽な死に方があったのかもしれない。
でも、もう何を考えたって、何をしたって無駄だ。
僕は、後少しで死ぬ。後戻りは出来ない。
後悔があったのか?
……それを考える時間も、もう無いだろう。
もうすぐ地面に着いて、僕の体はバラバラに……。
――ドサッ!
「うっ!」
突然の衝撃に、僕は思わず呻いた。
「うわっ!」
地面が左右に揺れている。
「何だ!?」
僕は何かに掴まりながら目を開けた。
辺りはいつの間にか朝になっている。
周りの景色は……ぐるぐると回っていて良く分からない。が、ビルは無さそうだ。
「と、とにかく何かに……」
何かに掴まらないと、振り落とされてしまう。
「どうなってるんだ!?」
何で僕は生きてるんだ。何かに引っかかったのか。そもそも何で昼間なんだ。
あんなに長く落ちていれば、途中で何かに引っかかっても、どこか怪我するだろう、普通。
「まともに死ぬ事も出来ないのか、僕は……!」
必死に紐のような物を握っている手の感触を感じながら、叫んだ。
「……草の匂い?」
公園の芝生、森林の中……そんな匂いがする。町の真っ只中で、ビルから道路に向かって飛び込んだのに、何でこんな匂いがするんだろうか。
僕は本当に落ちたのか? 体はどこも痛まない。死にきれなかったら苦痛にもがき苦しむ事になる筈なのに。
「うわっ!」
掴まっていた紐が弛み、靴の裏が地面を滑る。
「うっ、うっ、ここ、どこ!?」
下はアスファルトではなく土だ。
「ええ? 何で……」
夜が朝で、排気ガスが草の匂いで、アスファルトが土で、下に落ちているのがぐるぐる回転していて……自分の置かれている状況が、まるで分らない。それどころか、頭が混乱していて、自分が何を思っているのかだって分かっていない。
「どういう事なんだ……これ……!?」
多少、冷静になったのか、考えが今の状況を把握する事へと向いてきた。
まず、自分の下には布で出来た袋がある。その下には木箱が……いや、周りが柵のようなものに囲まれている。これは荷台。木で出来た荷台だ。
僕の掴んでいる紐は、荷台に荷物を固定するための紐だろう。
体に当たる風の感触から察するに、僕の下の物体は、僕の頭の方向へ進んでいる。
「ん……」
なんとか首を曲げ、進行方向を見る……何かの動物が見える。後ろ姿だけで分からないが、恐らく馬だ。
「何で……馬車に乗ってるの!? 誰かぁーっ!」
ようやく叫び声を上げる所まで頭が回った。何で疾走している馬車にしがみ付いているのかは分からないが、助けを呼ばなくては。
「うおお! お前さん、何だべ!?」
男の野太い声がする。
「この悪さはお前さんがしたんだべか!? 密航か!?」
「密航って……好きで乗ってるんじゃないんですよぉ!」
「ああ? とにかく、このワムヌゥを落ち着かせるべ! 人でも轢いたら……うおっ!」
「うあっ!?」
僕は突然強い衝撃を感じ、目の前が真っ暗になった。
そんな中では人々は、ただ力の強い魔物に従うしかないのでした。
ある者は一生を魔物の爪磨ぎに捧げ、ある者は体を肥やされて喰われました。勇敢な者は武器を持ち抵抗しましたが、一瞬にして肉を斬り裂かれて死んでいきました。
魔王は大きい四本の角、鋭い牙を持つ二つの口、頑丈な漆黒の体、強力な魔力を持ち、大勢の手下を従えていました。
その強大な力で人々を服従させ、支配していたのです。
しかし、それでも抵抗をする人々は途絶えませんでした。人々は完全に希望を捨てる事は無かったのです。
ある時、天から光の力を授かった者が現れました。
その者は魔王に匹敵する魔力を備えていて、果敢に魔王に立ち向かいました。
戦いの中で、その者はいつしか「勇者」と呼ばれるようになり、仲間と出会います。
元気いっぱいのエルフ、若き龍、そして、美しき巫女。
勇者は幾多の魔物、幾多の試練に立ち塞がれましたが、三人の頼もしい仲間と共に立ち向かいました。
そして、勇者は遂に魔王の元に辿り着き、魔王を追い詰めました。
しかし、追い詰められた魔王は最後に残った力を放出し、大地を引き裂き、砕き、滅ぼしてしまいました。
人々が、動物が、そして、魔王自身の率いる魔物もが命を絶たれようとした時です。
四つの力が魔王の力を遮りました。
それは、勇者達四人の力。勇者達は魔王を封印するために力を使っていましたが、一人でも多くの生き物を守ろうと、更なる力を発揮したのです。
しかし、それは、勇者達の願いを叶えるには、あまりにも非力な力でした。
世界は闇に包まれました。
しかし、勇者達の力は消えませんでした。勇者達の願いは闇を光に変え、荒れ地を草原に変え、悲しみを喜びに変えたのです。
そう。世界は救われました。
「――その時に出来たのが、夜に天を包む邪光のカーテンだと言われてるのよ」
腰辺りまである長い髪を風になびかせながら、少女は自分を囲んでいる子供達に話している。
「夜に出る、赤紫と青紫の奴だよね!」
一人の子供が手を上げた。
「赤紫ってか、桃色っぽいよな」
「薄いピンクっぽいよ」
「てか、ぼやけてるから、よく分かんねーよ」
「うふふ……」
話している少女がくすりと笑い、続けた。
「どの色にも見えるから、みんな正解だよ。ただ、赤紫って言ってる人が多いから、みんなそう言ってるだけ。青紫と赤紫だから言い易いのかもね」
「そっかぁー」
「おお、なるほどー」
子供達が感心の声を上げる。
「でも、いい色じゃないんだろ。魔王のだぜ」
「……そう。あれが魔王の力の色だって言われてるの」
話している少女は顔を曇らせた。
「えー……あんなに綺麗なのに……」
「綺麗ってお前、あれ、魔王の力なんだぞ!? 魔王の手下じゃねーのかよ!」
「違うよぉ! 魔王はずっと昔に勇者に退治されたって、今、エミナお姉ちゃんが言ってたじゃん」
「でもよぉ……」
「ふふふ……レミールちゃんは魔王の手下じゃないと思うわよ。だって、私もレミールちゃんと同じ、綺麗だと思うもの」
エミナは首を少し傾け、男の子に微笑みかけた。
栗色のさらさらした髪が僅かに揺れ、頬を伝って垂れ下がる。
「えー!? お姉ちゃんも!?」
「私とレミールちゃんだけじゃない。他にも沢山居るわ」
「俺んちのママもそうだぜ。夜になると、たまに空を見上げてボーっとしてる」
「本当かよ……」
眉をひそめている男の子を見ながら、エミナは続ける。
「ふふふ……だって、あんなに綺麗な赤紫と青紫の、透き通った光なんですもの。思わず見とれてしまう気持ちは分かるわ」
「でもさぁ……魔王の力だしよぉ……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
男の子の声を、突然の悲鳴が掻き消した。
「何!?」
外から聞こえてきた悲鳴を聞いて、エミナは急いで立ち上がり、部屋を飛び出た。
「こんな所にも車の音が聞こえるんだ……」
誰に聞かせるわけでもなく呟いた。
僕はビルの九階に立っている。こんなに高い所に立っているのに、車のエンジン音が聞こえる。忌々しい事に、電車のゴトゴトという走行音も聞こえた。
「下も……見えるな……」
下を歩く人が見える。ベランダとか、アンテナの類とかの遮る物は、殆ど何も無い。
吹き付ける風が冷たいし、車のライトや街灯が綺麗だ。
「誰も居ないよな……」
後ろを向く。屋上の手摺を乗り越えて立っているので、見つかったら面倒な事になりそうだ。
それに……僕自身の決意も濁ってしまいそうだ。
(いっそ、この風で吹き飛ばされてしまえれば楽なのに……)
高所だからか、油断すれば飛ばされそうなくらい強い風が吹いている。
しかし、僕の手は思いの外ガッチリと手摺を握っていて、放さない。大して意識はしていない筈なのだが、何故か自然と手に力が入ってしまうのだ。
掌に汗をかいていて滑り易いのが、かえって気を楽にさせているのが、救いといえば救いだろうか。
「これでようやく楽になれる……」
僕はまた後ろを向いた。人は居ない。
「はやく……飛ばないと……」
人が来たら騒ぎになる。
「飛ばないとな……」
――何回同じことを考えただろう。
見つかる事を期待しているのか?
そうかもしれない。でも……。
僕は生きていても仕方のない人間なんだ。
この先生きていたって、色々な人に迷惑をかけるだけだ!
「頑張ればそこそこの……最低限の事は出来ると思ってた……頑張れば誰だって、それなりに普通に暮らしていけて……人を傷付けたりする事だって、自分次第で防げて……努力すれば、そこそこに願いも叶えられる。……そう……思ってた……!」
僕の声が、強風や街の雑踏にかき消されていくのを感じる。
「でも……僕は駄目だった…… 頑張ったつもりだったけど……駄目だったんだよぉぉぉ!」
手すりを握る手に、更に力が入った。
「やっぱり……皆に迷惑はかけられない……!」
僕の足が、屋上の床を蹴った。気分は昂揚している。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
自分を振るい立たせるための叫びが、恐怖に怯える叫びに変わっていく。
怖い! 瞼はいつの間にか、きつく閉じられている。地面に激突したら、きっと、これまでに体験した事の無い痛みが襲ってくるのだろう。
どれくらい感じているのか……体はすぐに死ぬだろうけど、もしかしたら、意識はそれとは別かもしれない。体とは別に、もっと長く残っているとしたら……もっと楽な死に方があったのかもしれない。
でも、もう何を考えたって、何をしたって無駄だ。
僕は、後少しで死ぬ。後戻りは出来ない。
後悔があったのか?
……それを考える時間も、もう無いだろう。
もうすぐ地面に着いて、僕の体はバラバラに……。
――ドサッ!
「うっ!」
突然の衝撃に、僕は思わず呻いた。
「うわっ!」
地面が左右に揺れている。
「何だ!?」
僕は何かに掴まりながら目を開けた。
辺りはいつの間にか朝になっている。
周りの景色は……ぐるぐると回っていて良く分からない。が、ビルは無さそうだ。
「と、とにかく何かに……」
何かに掴まらないと、振り落とされてしまう。
「どうなってるんだ!?」
何で僕は生きてるんだ。何かに引っかかったのか。そもそも何で昼間なんだ。
あんなに長く落ちていれば、途中で何かに引っかかっても、どこか怪我するだろう、普通。
「まともに死ぬ事も出来ないのか、僕は……!」
必死に紐のような物を握っている手の感触を感じながら、叫んだ。
「……草の匂い?」
公園の芝生、森林の中……そんな匂いがする。町の真っ只中で、ビルから道路に向かって飛び込んだのに、何でこんな匂いがするんだろうか。
僕は本当に落ちたのか? 体はどこも痛まない。死にきれなかったら苦痛にもがき苦しむ事になる筈なのに。
「うわっ!」
掴まっていた紐が弛み、靴の裏が地面を滑る。
「うっ、うっ、ここ、どこ!?」
下はアスファルトではなく土だ。
「ええ? 何で……」
夜が朝で、排気ガスが草の匂いで、アスファルトが土で、下に落ちているのがぐるぐる回転していて……自分の置かれている状況が、まるで分らない。それどころか、頭が混乱していて、自分が何を思っているのかだって分かっていない。
「どういう事なんだ……これ……!?」
多少、冷静になったのか、考えが今の状況を把握する事へと向いてきた。
まず、自分の下には布で出来た袋がある。その下には木箱が……いや、周りが柵のようなものに囲まれている。これは荷台。木で出来た荷台だ。
僕の掴んでいる紐は、荷台に荷物を固定するための紐だろう。
体に当たる風の感触から察するに、僕の下の物体は、僕の頭の方向へ進んでいる。
「ん……」
なんとか首を曲げ、進行方向を見る……何かの動物が見える。後ろ姿だけで分からないが、恐らく馬だ。
「何で……馬車に乗ってるの!? 誰かぁーっ!」
ようやく叫び声を上げる所まで頭が回った。何で疾走している馬車にしがみ付いているのかは分からないが、助けを呼ばなくては。
「うおお! お前さん、何だべ!?」
男の野太い声がする。
「この悪さはお前さんがしたんだべか!? 密航か!?」
「密航って……好きで乗ってるんじゃないんですよぉ!」
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