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第二章 青葉にて
六、宴の席で
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その頃三津國城では、佐為と槐を歓迎する宴は、賑やかに催されていた。
上座には光政と紗代、桜姫が各々の子を連れて座っている。広間の中心では、舞を舞う者、楽を奏でるもの、唄を歌うものが賑やかに騒ぎ立て、華やかな雰囲気である。
槐は浮かない顔で、上座のすぐそばに座っていた。そんな表情に気付いた光政は、立ち上がって槐のすぐ目の前にどっかりと腰を下ろす。
「どうした、もう酒は飲めるだろう?」
「あ、ありがとうございます」
盃に酒をなみなみと注ぐ光政に、槐は慌てて背筋を伸ばす。
「何かあったか? 塞いだ顔をして」
「いえ……兄上に、少し恥ずかしいところを見られてしまいまして」
と、槐は罰が悪そうにそう呟く。
「ほう、そうか。何か言われたのか?」
「はぁ……。目の前に現れた、少しばかり妖の血が流れている様子の少年に、思わず剣を抜いてしまいましたもので、怯えているのか……と」
「ほう、怪しい気配のする者だったのか?」
「いえ……それがよく分からないのです。でも、意識よりも本能で、私はあの少年を恐れたのだと……後から、そんな気がして」
「ふむ。さすがは神祇官だな、鋭い感覚をもっておいでのようだ」
「いえ……」
光政の笑顔に、槐は少しだけ笑みを見せた。あたりを見回すが、千珠はそこにはいない。
きっと、あの少年と一緒にいるのだろう。
あのあと、千珠は槐に水国を峠を超す辺りまでちゃんと送り届けるようにと申し付け、自分は少年を連れてどこかへ消えていってしまったのだ。
ーー気になって仕方がない。あいつは一体、誰なんだ。
そりゃあ、千珠には自分が知らない知り合いだってたくさんいるに決まっている。それに、兄上は半妖。妖の知り合いがいても、おかしくはない。
それでも、何だかとても、嫌な感じがする。
「槐、大丈夫か?」
「あ……はい。大丈夫です。まだ祝言のことを兄上に伝えていないので、明日はゆっくり話が出来ればと思いますが」
「そうだな。しかし、千珠はどこに? あいつは宴となると、いつも姿を消して出て来ぬからな」
「そうなんですか」
「騒がしいのは嫌いだと言ってな。ははは、相変わらず集団行動ができぬやつよ。父親になったのに、大人にはなっていないらしい」
「はは、そうですか」
楽しげに酔っている光政と話をしていると、少し気が紛れてくる。
今度は舜海がやってきて、槐の前に座り込んだ。
「おい、槐。お前いっちょ前に祝言あげるらしいやん。こおんなちっちゃかったお前が、もうそんな年とはねぇ」
舜海も酔っているのか、槐の首に腕をぐいと引っ掛けてなみなみと酒をつぐ。
「そんな昔のこと……やめてくださいよ」
「いやいや、千瑛殿のお屋敷に俺が行く度に、毎回阿呆みたいに同じような攻撃食らわしてきてたお前が、今は立派に神祇官とは、剣の師匠として俺は嬉しい」
「……どことなく耳が痛いのは気のせいでしょうか」
槐はむすっとして、杯の酒を飲み干す。
「お、千珠と違うて、お前はいける口らしい」
舜海は嬉しそうに、また槐の盃を満たした。
「そういえば、柊さんは?」
「ん? おるよ。おい、柊、こっち来い」
舜海に呼ばれた柊は、縁側の側で佐為と二人で酒を酌み交わしていた。二人は立ち上がって、槐と舜海の元に歩み寄ってくる。
「槐殿、お久しぶりですな」
柊の涼やかな低い声に、槐は一礼した。
「お久しぶりでございます。お変わりないですね」
「そうですか? もうすぐ俺も四十ですよ。ははは、そろそろ引退しなあかん」
柊は切れ長のすっきりとした目を細めて笑った。
「槐殿も、もう二十か。月日の流れは早いものだ。苦無修行に高じておられた頃が懐かしい」
「はは、もう十年も前の話でしょう」
佐為はすでにとろんとした目付きをして、四つん這いでずりずりとその輪に入ってきた。
「やれやれ、独り身は僕だけか」
「あれ、そうなん?」
と、舜海。
「いいお話はたくさんあったじゃないですか。それを全てお断りしていたのは佐為さまですよ」
と、槐。
「ははは、僕はそういうの、多分向いていないから。それに、自分の血を世に残したくないし」
と、佐為は翳りのある笑みを見せた。
「そんな、素晴らしい力をお持ちなのに」
と、槐がそう言うと、佐為はすっと糸目を開いて槐を見た。
「素晴らしいものか、こんな力、誇れたものじゃないよ」
「えっ」
佐為の低く抑えた声に、そこにいた者は皆佐為を見た。そんな周りのしんとした空気に、佐為ははっとして、取り繕うように笑った。
「あ、いやさ。でも……千珠たちを見ていると、子どももいいなと思ったけどね。可愛いね、珠緒。あ、柊兄弟も賢くて可愛かった」
「ありがとうございます。まぁ……相変わらず千珠さまには親子ともども、五月蠅がられていますが……」
「あはは、楽しそうだったよ。いいもんだね、家族が増えるっていうのは」
どことなく淋しげに、佐為は微笑んだ。舜海はばしっとそんな佐為の背を叩くと、酒を注ぎながら言った。
「どうしたんやお前、寂しいんか?」
「寂しいよ。千珠は宇月に取られるし、宇月は千珠に取られるし……槐は祝言あげたらきっと陰陽寮なんかに遊びにこないだろうし」
急にめそめそと弱音を吐き出した佐為を見て、舜海は一瞬ぽかんとしたが、すぐに大笑いを始めた。
「何を言ってんねん。酔ってるやろ、佐為。大丈夫やって、いつでも青葉に来たら遊んだるから」
「僕は君と遊びたいわけじゃない」
「何やと」
佐為は口を尖らせて、ぐいと酒を煽った。槐はそんな二人を見て、笑った。
「私も遊びに行きますよ。そう腐らないでください」
「本当かい?」
少し気持ちを持ち直した佐為を見て、皆が笑う。
槐は楽しい気持ちで笑顔を浮かべながらも、目では千珠を探していた。ここに、一緒にいて笑っていて欲しかった……と。
兄上。
もっと兄上と、一緒に過ごせれば良かった。
ここにいる皆と同じように、時を共有したかった……。
槐は姿の見えぬ兄に、心のなかでそう語りかけていた。
上座には光政と紗代、桜姫が各々の子を連れて座っている。広間の中心では、舞を舞う者、楽を奏でるもの、唄を歌うものが賑やかに騒ぎ立て、華やかな雰囲気である。
槐は浮かない顔で、上座のすぐそばに座っていた。そんな表情に気付いた光政は、立ち上がって槐のすぐ目の前にどっかりと腰を下ろす。
「どうした、もう酒は飲めるだろう?」
「あ、ありがとうございます」
盃に酒をなみなみと注ぐ光政に、槐は慌てて背筋を伸ばす。
「何かあったか? 塞いだ顔をして」
「いえ……兄上に、少し恥ずかしいところを見られてしまいまして」
と、槐は罰が悪そうにそう呟く。
「ほう、そうか。何か言われたのか?」
「はぁ……。目の前に現れた、少しばかり妖の血が流れている様子の少年に、思わず剣を抜いてしまいましたもので、怯えているのか……と」
「ほう、怪しい気配のする者だったのか?」
「いえ……それがよく分からないのです。でも、意識よりも本能で、私はあの少年を恐れたのだと……後から、そんな気がして」
「ふむ。さすがは神祇官だな、鋭い感覚をもっておいでのようだ」
「いえ……」
光政の笑顔に、槐は少しだけ笑みを見せた。あたりを見回すが、千珠はそこにはいない。
きっと、あの少年と一緒にいるのだろう。
あのあと、千珠は槐に水国を峠を超す辺りまでちゃんと送り届けるようにと申し付け、自分は少年を連れてどこかへ消えていってしまったのだ。
ーー気になって仕方がない。あいつは一体、誰なんだ。
そりゃあ、千珠には自分が知らない知り合いだってたくさんいるに決まっている。それに、兄上は半妖。妖の知り合いがいても、おかしくはない。
それでも、何だかとても、嫌な感じがする。
「槐、大丈夫か?」
「あ……はい。大丈夫です。まだ祝言のことを兄上に伝えていないので、明日はゆっくり話が出来ればと思いますが」
「そうだな。しかし、千珠はどこに? あいつは宴となると、いつも姿を消して出て来ぬからな」
「そうなんですか」
「騒がしいのは嫌いだと言ってな。ははは、相変わらず集団行動ができぬやつよ。父親になったのに、大人にはなっていないらしい」
「はは、そうですか」
楽しげに酔っている光政と話をしていると、少し気が紛れてくる。
今度は舜海がやってきて、槐の前に座り込んだ。
「おい、槐。お前いっちょ前に祝言あげるらしいやん。こおんなちっちゃかったお前が、もうそんな年とはねぇ」
舜海も酔っているのか、槐の首に腕をぐいと引っ掛けてなみなみと酒をつぐ。
「そんな昔のこと……やめてくださいよ」
「いやいや、千瑛殿のお屋敷に俺が行く度に、毎回阿呆みたいに同じような攻撃食らわしてきてたお前が、今は立派に神祇官とは、剣の師匠として俺は嬉しい」
「……どことなく耳が痛いのは気のせいでしょうか」
槐はむすっとして、杯の酒を飲み干す。
「お、千珠と違うて、お前はいける口らしい」
舜海は嬉しそうに、また槐の盃を満たした。
「そういえば、柊さんは?」
「ん? おるよ。おい、柊、こっち来い」
舜海に呼ばれた柊は、縁側の側で佐為と二人で酒を酌み交わしていた。二人は立ち上がって、槐と舜海の元に歩み寄ってくる。
「槐殿、お久しぶりですな」
柊の涼やかな低い声に、槐は一礼した。
「お久しぶりでございます。お変わりないですね」
「そうですか? もうすぐ俺も四十ですよ。ははは、そろそろ引退しなあかん」
柊は切れ長のすっきりとした目を細めて笑った。
「槐殿も、もう二十か。月日の流れは早いものだ。苦無修行に高じておられた頃が懐かしい」
「はは、もう十年も前の話でしょう」
佐為はすでにとろんとした目付きをして、四つん這いでずりずりとその輪に入ってきた。
「やれやれ、独り身は僕だけか」
「あれ、そうなん?」
と、舜海。
「いいお話はたくさんあったじゃないですか。それを全てお断りしていたのは佐為さまですよ」
と、槐。
「ははは、僕はそういうの、多分向いていないから。それに、自分の血を世に残したくないし」
と、佐為は翳りのある笑みを見せた。
「そんな、素晴らしい力をお持ちなのに」
と、槐がそう言うと、佐為はすっと糸目を開いて槐を見た。
「素晴らしいものか、こんな力、誇れたものじゃないよ」
「えっ」
佐為の低く抑えた声に、そこにいた者は皆佐為を見た。そんな周りのしんとした空気に、佐為ははっとして、取り繕うように笑った。
「あ、いやさ。でも……千珠たちを見ていると、子どももいいなと思ったけどね。可愛いね、珠緒。あ、柊兄弟も賢くて可愛かった」
「ありがとうございます。まぁ……相変わらず千珠さまには親子ともども、五月蠅がられていますが……」
「あはは、楽しそうだったよ。いいもんだね、家族が増えるっていうのは」
どことなく淋しげに、佐為は微笑んだ。舜海はばしっとそんな佐為の背を叩くと、酒を注ぎながら言った。
「どうしたんやお前、寂しいんか?」
「寂しいよ。千珠は宇月に取られるし、宇月は千珠に取られるし……槐は祝言あげたらきっと陰陽寮なんかに遊びにこないだろうし」
急にめそめそと弱音を吐き出した佐為を見て、舜海は一瞬ぽかんとしたが、すぐに大笑いを始めた。
「何を言ってんねん。酔ってるやろ、佐為。大丈夫やって、いつでも青葉に来たら遊んだるから」
「僕は君と遊びたいわけじゃない」
「何やと」
佐為は口を尖らせて、ぐいと酒を煽った。槐はそんな二人を見て、笑った。
「私も遊びに行きますよ。そう腐らないでください」
「本当かい?」
少し気持ちを持ち直した佐為を見て、皆が笑う。
槐は楽しい気持ちで笑顔を浮かべながらも、目では千珠を探していた。ここに、一緒にいて笑っていて欲しかった……と。
兄上。
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