305 / 339
第一章 暮らし
六、旅路
しおりを挟む
夜顔は笑顔を浮かべながら、水国の一歩先を歩いていた。
編笠を被り、濃紺の着物に灰色の袴を身につけた夜顔は、身なりの良い商家の子息のように見える。
旅支度は結城家が整えてくれたのだ。結城治三郎の娘、都子は、予てから夜顔をいたく可愛がっていたため、せっかく遠方に行くのならば、きちんと支度をしていくべきだと言い張ったのである。
腰に帯びているのは、藤之助の刀だ。振るう機会はなくとも、丸腰で発たせるわけには行かぬと藤之助から持たされたものだ。
水国は馬に乗り、疲れる様子もない夜顔を後ろから見守っていた。
藤之助から聞いた、夜顔の過去。
今目の前を楽しげに歩いているこの子からは、想像もつかない壮絶な過去だ。
「先生、あとどれくらいかなぁ」
「ん? まだまだじゃ」
「ふうん~」
そんなやり取りを何度も繰り返しながら、何事も無く旅は続いた。
***
紀伊道で一泊することにした二人は、小さな宿で一夜を過ごすこととした。
明日には、青葉に着く。その前に、夜顔には言い聞かせておかねばならないことがあった。
「夜、座れ」
「なぁに?」
夜顔は二人分の布団を準備しながら振り返り、すでに正座している水国の前にきちんと座った。
「夜顔、明日は青葉に着くぞ」
「本当!? うわぁ、楽しみだな」
思わず顔を綻ばせる夜顔を見て、水国も若干表情を緩める。しかし、咳払いをすると、
「いくつか、約束してほしい」と、きりりとした声音で夜顔を真っ直ぐに見つめた。
「はい」
水国の態度に、何か物々しいものを感じたのか、夜顔も姿勢を正す。
「わしは、お前を青葉の城まで連れて行こう。そこで、殿様にお目通りをさせて戴くつもりじゃ。そして、千珠さまに会いたいと、お伝え申す」
「はい」
「お前たちが会えたなら、わしはそのまま都へ行く。そして、御札をもらってから青葉にお前を迎えに戻ってくる。いいな」
「はい」
「その間、お前は青葉で数日を過ごすじゃろう。その間、お前は結城夜顔と名を名乗るのだ」
「ゆうき? でもそれ、治三郎さまのお名前だよ」
「苗字はあったほうが都合がいい。結城夜顔だ、ええな」
「はい」
「それから、お前の力は使わぬこと。お前は強い、だからこそ、誰かに剣を向けてはいけない、いいか?」
「はい」
「あまりご迷惑をかけぬようにな。その子どもっぽい振る舞いも、少し改めねばならんが……」
「うーん……。分かってるよ。さくみたいに話せばいいんでしょ?」
夜顔は咲太を思い浮かべながらそう言った。水国は頷く。
「まぁ、そうだな。あやつは幼い頃から結城家に奉公しておるから、礼儀はちゃんとしておったな」
「わかった、やってみる」
「やってみる?ではなく」
「やってみます」
夜顔はやや表情を引き締めて、こっくりと頷く。
水国はしばらく、礼の仕方や口の聞き方などを夜顔に仕込みながら、当面のことに思いを馳せた。
ーー何も起こらなければいいが……。藤之助に約束したのだ。わしがしかとこの子を連れ帰らねばならぬ。
徐々にさまになってきた夜顔の礼儀作法を見守りながら、水国はそんなことを考えていた。
編笠を被り、濃紺の着物に灰色の袴を身につけた夜顔は、身なりの良い商家の子息のように見える。
旅支度は結城家が整えてくれたのだ。結城治三郎の娘、都子は、予てから夜顔をいたく可愛がっていたため、せっかく遠方に行くのならば、きちんと支度をしていくべきだと言い張ったのである。
腰に帯びているのは、藤之助の刀だ。振るう機会はなくとも、丸腰で発たせるわけには行かぬと藤之助から持たされたものだ。
水国は馬に乗り、疲れる様子もない夜顔を後ろから見守っていた。
藤之助から聞いた、夜顔の過去。
今目の前を楽しげに歩いているこの子からは、想像もつかない壮絶な過去だ。
「先生、あとどれくらいかなぁ」
「ん? まだまだじゃ」
「ふうん~」
そんなやり取りを何度も繰り返しながら、何事も無く旅は続いた。
***
紀伊道で一泊することにした二人は、小さな宿で一夜を過ごすこととした。
明日には、青葉に着く。その前に、夜顔には言い聞かせておかねばならないことがあった。
「夜、座れ」
「なぁに?」
夜顔は二人分の布団を準備しながら振り返り、すでに正座している水国の前にきちんと座った。
「夜顔、明日は青葉に着くぞ」
「本当!? うわぁ、楽しみだな」
思わず顔を綻ばせる夜顔を見て、水国も若干表情を緩める。しかし、咳払いをすると、
「いくつか、約束してほしい」と、きりりとした声音で夜顔を真っ直ぐに見つめた。
「はい」
水国の態度に、何か物々しいものを感じたのか、夜顔も姿勢を正す。
「わしは、お前を青葉の城まで連れて行こう。そこで、殿様にお目通りをさせて戴くつもりじゃ。そして、千珠さまに会いたいと、お伝え申す」
「はい」
「お前たちが会えたなら、わしはそのまま都へ行く。そして、御札をもらってから青葉にお前を迎えに戻ってくる。いいな」
「はい」
「その間、お前は青葉で数日を過ごすじゃろう。その間、お前は結城夜顔と名を名乗るのだ」
「ゆうき? でもそれ、治三郎さまのお名前だよ」
「苗字はあったほうが都合がいい。結城夜顔だ、ええな」
「はい」
「それから、お前の力は使わぬこと。お前は強い、だからこそ、誰かに剣を向けてはいけない、いいか?」
「はい」
「あまりご迷惑をかけぬようにな。その子どもっぽい振る舞いも、少し改めねばならんが……」
「うーん……。分かってるよ。さくみたいに話せばいいんでしょ?」
夜顔は咲太を思い浮かべながらそう言った。水国は頷く。
「まぁ、そうだな。あやつは幼い頃から結城家に奉公しておるから、礼儀はちゃんとしておったな」
「わかった、やってみる」
「やってみる?ではなく」
「やってみます」
夜顔はやや表情を引き締めて、こっくりと頷く。
水国はしばらく、礼の仕方や口の聞き方などを夜顔に仕込みながら、当面のことに思いを馳せた。
ーー何も起こらなければいいが……。藤之助に約束したのだ。わしがしかとこの子を連れ帰らねばならぬ。
徐々にさまになってきた夜顔の礼儀作法を見守りながら、水国はそんなことを考えていた。
12
お気に入りに追加
237
あなたにおすすめの小説




サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる