17 / 339
第二章 戦への道程
五、出立
しおりを挟む「さて、日暮れだ。出立しよう」
居並ぶ兵たちよりも一段高い場所に腰掛けていた光政が、よく響く声でそう言って立ち上がると、そこにいる者たちが鎧を鳴らしてそれに倣った。
前列に控えている兵士たちは皆鎧兜を身につけ、落ち着いた表情で光政を見上げている。年若い者、壮年の者、あるいは初老の者までがそこに顔を並べる。それほどまでに、此度の戦には頭数が必要であるのだ。
事実、農村や漁村、市中からかき集められた足軽兵達を合わせても、青葉軍の兵力は一万にも満たず、鎧武者達の背後に居並ぶ元非兵士達の顔は緊張と恐怖に強張り、既にくたびれ果てているようにも見える。
光政はそんな非兵士たちへの申し訳無さや、限りある兵力への心許なさ、そして是が非でも勝利せねばならないという極度の重圧の中、必死で将たる顔を保ってきていた。
しかし、千珠が現れてからは、そんな心のなかの重石が少しばかり軽くなったように感じられている。
頭の片隅にいる冷静なもう一人の自分は、こんな年端もいかない子どもに過度な期待をかけるなど、大人のすることではないと諌めてくるが、現実これから戦に赴くという、静かに昂った武将としての自分は、噂に名高い白珞鬼を手に入れたことを喜んでいる。
それが兵士たちの士気につながればいい。気迫で負ければ、全てが終わりだ。
皆の目線から隠れるように自分の背後に佇んでいる千珠の方へ顔だけ向けると、光政は静かに命じた。
「我々は山道から進む。お前は一足先を行き、偵察に向かえ。なにかあったらすぐ俺に知らせろ」
「分かった」
そう言うなり、千珠の姿はふっと消えた。
皆の前で紹介したいという光政の申し出を頑なに拒否していたため、まだ千珠の姿を見たことのなかった兵も数多いる。そんな中、否応なく目を引いていた千珠がかき消すように消えたことで皆が大いにざわつく。
「皆、見たか? かの有名な、白珞族の千珠である! 我らは軍神を得たのだ! 勝利は近いぞ!」
張りのある通る声が、兵士たちに力強く降り注ぎ、ざわめき顔を見合わせあっていた兵士たちは皆一斉に光政を見上げた。
「白珞族だと?」
「あの伝説の? 味方にすれば絶対勝つっていう?」
「たしかにあの異形の姿、人ではなかったな。本物か」
「すごい! すごいぞ!」
今までとは違う、熱のこもった声が漣のように兵士たちの間を駆け巡り、そこここから威勢のいい鬨の声が上がり始めた。それは大きなうねりとなって、皆が一丸にまとまっていく動きを、確かに感じさせた。
「進むぞ! 決戦の地、大和へ!!」
「応!!」
士気が高まり、不安げに強張った表情を見せていた者達の表情が緩むのを見届けると、光政は満足気に石段から降りた。
しかし、そこに唯輝のつまらなそうな顔を見つけて、一気に気分が冷えていく。
「あの子鬼、役に立ちますかな」
と、唯輝が馬の方へと進む光政に付き従いながら、小声でそんなことを言った。
「活かすも殺すも、我々次第」
光政はその目を見返して強く言い放つ。
「ふん、楽しみですな」
唯輝は目を細めて鼻を鳴らすと、さっさと自分の馬を引き、行ってしまった。
光政は家臣たちの手前であるため、舌打ちしたい気分を何とか抑える。唯輝を睨む代わりに空を睨むと、茜色に染まった空高くに、一羽の鳶が悠々と飛んでいる。
その姿に、ふと千珠の姿が重なる。
千珠の落ち着き払った美しさを想うと、何故だかささくれ立った心が凪いでいく。その心には既に、千珠を想う気持ちが根付き始めていることを、光政はまだ気づいてはいない。
10
お気に入りに追加
233
あなたにおすすめの小説
エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので
こじらせた処女
BL
大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。
とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…
少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。
ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。
だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる