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第二五七話 シャルロッタ 一六歳 弑逆 〇七
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「戦果は上々であります閣下!」
「あー、そうか……戦果は上々ね……ったく……人の言うことなんか聞きやしねえ」
目をキラキラと輝かせながら報告する兵士に「竜殺し」ティーチ・ホロバイネンはそっぽを向いたまま投げやりな返事を返す。
明らかに不機嫌な表情を浮かべて、イライラしているのか何度も貧乏ゆすりを繰り返しながら、数回短くため息をついている。
その様子に何か機嫌でも損ねたのかと不安そうな表情を浮かべる兵士に気がついたのか、彼の傍に立っていた赤髪の美しき副官リーヒ・コルドラクが慌てて兵士へと声をかけた。
「あ、すまない……君のせいではないので下がってよろしい」
「は、はい……では失礼します」
兵士は何度か不安そうにティーチを振り返りつつも天幕を出ていく……彼の姿が完全に見えなくなってからリーヒは深くため息をついてから、その美しい指をパチンと鳴らした。
それと同時に天幕中に恐ろしい量の魔力が満ち溢れる……それと同時に天幕の外の音が次第に小さくなっていく。
リーヒが展開した炎の魔力が完全に天幕内を結界で覆い尽くすと、そこは音を漏らさない無音の空間が生み出された。
その魔力が周囲の音を侵入させないことを何度か足踏みして確かめると、リーヒはティーチの耳をつまみ上げると怒鳴り始めた。
「兵士にあんな態度をとるな! お前は感情が表に出過ぎる!」
「痛い痛い! お前の馬鹿力で耳を引くな、ちぎれる!」
「人の言うことを聞かないお前の耳など千切れようが構わん!」
リーヒは青筋を立てて怒り狂うが、その感情に引っ張られるように彼女の顔が次第に元の姿……レッドドラゴンの姿へと変化していく。
かつてマカパイン王国とインテリペリ辺境伯領の境を縄張りとしていたレッドドラゴン、リヒコドラクと呼ばれた巨大な竜は今は契約によりマカパイン王国の将軍であるティーチ・ホロバイネンとともに同行していた。
リーヒは竜の顔でチロチロと火を吹き出しつつ、怒りを露わにするがティーチはすでに慣れているのか、まるで馬鹿にするかのような顔で肩をすくめると吐き捨てる。
「あれあれー? リヒコドラク様ともあろう至高の竜がこんなことで怒るなんておかしいなあ?」
「ひ、開き直りやがった……」
その態度を見て呆れ返ったのか、リーヒの顔が元の……いや正確には竜の姿が本来の姿ではあるが、美しい赤髪の女性の顔へと戻っていく。
ティーチとリーヒの付き合いは長く、彼ら二人がシャルロッタ・インテリペリとの密約によりマカパイン王国の侵攻を今まで妨害し続けてきたことを知るものは王国には存在していない。
だが……それでも限界があったのか、今彼らは名目上の指揮官としてシェリニアン将軍の軍と共に行動している。
報告は必ず届けられるし、一応命令を出すとそれに従うようなそぶりは見せるのだが、実質的に兵士たちをコントロールしているのは将軍であった。
ティーチがコントロールできる兵士は二〇〇名程度であり、はっきり言って指揮官とは名ばかりのお飾りと化している。
実際に若くして「竜殺し」という名声を得たティーチに嫉妬を覚えるものは少なくない……さらに人間形態となっているリーヒという絶世の美女を侍らせる彼を疎ましく思っている貴族も多くいる。
つまりはティーチ自身が気がつかないうちにマカパイン王国内に多数の敵を作ってしまっている状況なのだ。
「こんな人の言うことを聞かない軍隊なんか、シャルロッタ様に滅ぼされればいいんだ、皆殺しだ、魔法が全弾命中して仕舞えばいい」
「ま、まあそうなんだが……大量虐殺などシャルロッタ様が望むわけがなかろう……」
シャルロッタ・インテリペリと言う少女……美しい銀髪にエメラルドグリーンの瞳を持つイングウェイ王国屈指の美女である彼女は、マカパイン王国にもその美貌が知れ渡っている。
第二王子クリストフェルの寵愛を受ける美女辺境の翡翠姫……マカパイン貴族の間でもその美貌は評判であり、羨望の的だった。
余談だが、辺境伯領を略奪して彼女を奪い取ろうと言う冗談のような軍事作戦が立案されたこともあるのだが、それは流石に戯れがすぎるとして却下されている。
普段は可憐な少女ではあるが、二人にとってはその笑顔は恐怖の的でしかない……美しい顔の下にあるのは、圧倒的な実力と底知れぬ魔力を秘めた化け物でしかないのだから。
「……そういえばシェリニアンに命令を出している奴がわかったぞ」
「え? お前働いていたの?」
「……ひどくない? まあいいや……黒幕はスピードワゴン公爵だ」
ニール・スピードワゴン公爵……マカパイン王国に長らく君臨する大貴族の一人であり、マカパイン王の相談役として辣腕を振るってきた老獪な人物だ。
リーヒはスピードワゴン公爵の顔を思い出そうと指を頬に当てて首を傾げる……彼女にとって人間の顔は非常に覚えにくく、誰も彼も同じようにしか見えないのだがそれでもなんとか記憶の中から公爵の顔を思い出すと、ああ……とため息混じりの息を吐いた。
初めて会った時にリーヒを見てあまり紳士的ではない感情を込めた目つきで、上から下へと舐めるような視線を向けてきた男か、と彼女は思った。
リーヒの人間形態は遥か遠い過去に一度だけ見た人間の王族の姿を模しており、それ自体にあまり意味があるわけではないのだが、人間形態をとって初めて彼女の姿は人間に劣情を抱かせるものだと今では知っている。
「やつか……まあそんな雰囲気の老人ではあるな」
「ああ、どうも彼の周りに怪しい連中が侍っているようなのでね」
ティーチの本領は戦士などではなく、斥候時代の経験を生かした潜入工作の指揮や威力偵察などから得られる情報を元に戦場を思うがままに動かす能力であるため、忠実な斥候を使った情報収集には一定の信憑性があった。
リーヒはどうするべきかと悩む……本来なら侵攻そのものを放り出して本国へと戻り、混沌の眷属と繋がっているであろうスピードワゴン公爵を抹殺した方が良い気がする。
だが、それでは今インテリペリ辺境伯領を侵攻している軍勢がそのままになってしまう……もし領都エスタデルまで到達してしまった場合、シャルロッタから敵対行動と見做されるだろう。
「……やはり最初の目論見通りシャルロッタ様と合流せねばならんか……」
「まあ、そうなるよな……しかし軍勢は俺の言うことなんか聞かないしな、そのまま彼女を捕えようとして……うっ……うええ」
そこまで話すとティーチは気分が悪くなったのか口元を押さえる……シャルロッタとの契約時に彼女の膨大な魔力を見せつけられ、はっきり言って逆らうなど考えようもないと思っている。
そして契約を破った時には「カエル」になると言われており、そのことも余計にティーチ自身の精神を不安定にしている。
だが迷う時間はあまりない、すでにこの軍勢の周辺でインテリペリ辺境伯家の偵察部隊が目撃されており、マカパイン王国の軍勢が領内に侵入していることはバレてしまっている。
美しいが底知れぬ圧力と存在感を持つエメラルドグリーンの瞳が脳裏に甦り、ティーチは底知れぬ恐怖に身を震わせる。
「……頼むからシャルロッタ様が来ないでほしい……いや来て欲しいけど、やっぱり来てほしくない……神様、女神様俺はどうすればいいのですか……」
「はー……マカパイン王国軍がねえ……」
わたくしはクリスとお茶を飲みながら兵士からの報告を受けてふと、懐かしい二人の顔を思い出す。
ティーチ・ホロバイネン……マカパイン王国の斥候部隊にいた若き兵士と、威厳ある強大なレッドドラゴンにして今はティーチの副官を務めるリヒコドラクの二人だ。
懐かしいなあ……最近は手紙のやり取りでしか二人の状況をつかめていないのだが、ティーチは「竜殺し」なんて大層な称号を得て順調にマカパイン王国内で出世していると聞いている。
リヒコドラクはリーヒなんて名前で人間へと擬態し、ティーチの出世を助けるべく副官を務めているんだっけ……最初の出会いは最悪だった二人だが、今では従順なわたくしの下僕である。
「……ん? でもあいつら最近手紙送ってこないな……」
「どうしたんだい? シャル」
「あ、いいえ……それでマカパイン王国の軍はどのあたりにいるんですか?」
わたくしの質問にクリスはちょっと複雑な表情を浮かべる……そりゃそうだろう、わたくしがこんな質問を出すからには介入したがっていると思われても仕方のない発言だからだ。
まあ、介入したいんだけどね……インテリペリ辺境伯領にいる兵士は先の戦闘でかなりの人数が失われている。
後方支援に徹していた「赤竜の息吹」のおかげで重傷者の大半は救うことができたが、それでも失われた命のことを考えると心が痛む。
マカパイン王国の軍勢との戦闘を決断するのは簡単だが、その際にはさらなる損害を覚悟しなければいけない……そしてそこで出る損害を考えると、第一王子派との戦闘がさらに不利になることは明白なのだ。
「……心配してらっしゃる?」
「心配してるのは君じゃない、敵国の兵士だよ」
「……む!」
クリスの返答にわたくしは思わず頬を膨らませる……なんだよそれ、わたくしが軍勢ごと薙ぎ倒すとか思ってるのか? とムカっとしてしまうが、そんなわたくしを見たクリスは苦笑しながら「そうじゃないよ」とだけ返すと兵士を下がらせるために軽く頷く。
クリスとわたくしに深々と頭を下げると兵士はその場から立ち去っていくが、それを見送った後に彼はわたくしの手をそっと握ると、手の甲へと軽く口づけを落とした。
彼の指が触れるとモヤモヤした自分自身の心が落ち着くような気がする……以前からも彼の言葉や顔を見ているだけでも安心感を感じるのだけど、それは彼のことをわたくし自身が信頼し始めている証なのだろう。
「……君は強すぎるよ、普通の兵士では相手にならないだろう?」
「そうですわね、強いですわ……でもそのために罪無き者を殺せないのです」
わたくしの言葉に少し訝しがるような表情を浮かべたクリスの手をそっと両手で包むと、そっと微笑む……勇者となったものは強い、それこそ人を圧倒するような能力を発揮し、一騎当千の力を発揮することができる。
だが、それは勇者としての掟にしたがっているから許されるものであり、無差別になんでもできるわけでは無いのだ。
まあ、相手をぶん殴るのはわたくしの趣味でしか無いので……わたくしはクリスの手を話すと立ち上がって、彼に向かって優雅にカーテシーを披露してからもう一度微笑んだ。
「わたくしがマカパイン王国の軍勢を止めてきますわ、失う戦力を考えればわたくし自身が出た方が早い……大丈夫安心してくださいまし人死は可能な限り避けますので」
「あー、そうか……戦果は上々ね……ったく……人の言うことなんか聞きやしねえ」
目をキラキラと輝かせながら報告する兵士に「竜殺し」ティーチ・ホロバイネンはそっぽを向いたまま投げやりな返事を返す。
明らかに不機嫌な表情を浮かべて、イライラしているのか何度も貧乏ゆすりを繰り返しながら、数回短くため息をついている。
その様子に何か機嫌でも損ねたのかと不安そうな表情を浮かべる兵士に気がついたのか、彼の傍に立っていた赤髪の美しき副官リーヒ・コルドラクが慌てて兵士へと声をかけた。
「あ、すまない……君のせいではないので下がってよろしい」
「は、はい……では失礼します」
兵士は何度か不安そうにティーチを振り返りつつも天幕を出ていく……彼の姿が完全に見えなくなってからリーヒは深くため息をついてから、その美しい指をパチンと鳴らした。
それと同時に天幕中に恐ろしい量の魔力が満ち溢れる……それと同時に天幕の外の音が次第に小さくなっていく。
リーヒが展開した炎の魔力が完全に天幕内を結界で覆い尽くすと、そこは音を漏らさない無音の空間が生み出された。
その魔力が周囲の音を侵入させないことを何度か足踏みして確かめると、リーヒはティーチの耳をつまみ上げると怒鳴り始めた。
「兵士にあんな態度をとるな! お前は感情が表に出過ぎる!」
「痛い痛い! お前の馬鹿力で耳を引くな、ちぎれる!」
「人の言うことを聞かないお前の耳など千切れようが構わん!」
リーヒは青筋を立てて怒り狂うが、その感情に引っ張られるように彼女の顔が次第に元の姿……レッドドラゴンの姿へと変化していく。
かつてマカパイン王国とインテリペリ辺境伯領の境を縄張りとしていたレッドドラゴン、リヒコドラクと呼ばれた巨大な竜は今は契約によりマカパイン王国の将軍であるティーチ・ホロバイネンとともに同行していた。
リーヒは竜の顔でチロチロと火を吹き出しつつ、怒りを露わにするがティーチはすでに慣れているのか、まるで馬鹿にするかのような顔で肩をすくめると吐き捨てる。
「あれあれー? リヒコドラク様ともあろう至高の竜がこんなことで怒るなんておかしいなあ?」
「ひ、開き直りやがった……」
その態度を見て呆れ返ったのか、リーヒの顔が元の……いや正確には竜の姿が本来の姿ではあるが、美しい赤髪の女性の顔へと戻っていく。
ティーチとリーヒの付き合いは長く、彼ら二人がシャルロッタ・インテリペリとの密約によりマカパイン王国の侵攻を今まで妨害し続けてきたことを知るものは王国には存在していない。
だが……それでも限界があったのか、今彼らは名目上の指揮官としてシェリニアン将軍の軍と共に行動している。
報告は必ず届けられるし、一応命令を出すとそれに従うようなそぶりは見せるのだが、実質的に兵士たちをコントロールしているのは将軍であった。
ティーチがコントロールできる兵士は二〇〇名程度であり、はっきり言って指揮官とは名ばかりのお飾りと化している。
実際に若くして「竜殺し」という名声を得たティーチに嫉妬を覚えるものは少なくない……さらに人間形態となっているリーヒという絶世の美女を侍らせる彼を疎ましく思っている貴族も多くいる。
つまりはティーチ自身が気がつかないうちにマカパイン王国内に多数の敵を作ってしまっている状況なのだ。
「こんな人の言うことを聞かない軍隊なんか、シャルロッタ様に滅ぼされればいいんだ、皆殺しだ、魔法が全弾命中して仕舞えばいい」
「ま、まあそうなんだが……大量虐殺などシャルロッタ様が望むわけがなかろう……」
シャルロッタ・インテリペリと言う少女……美しい銀髪にエメラルドグリーンの瞳を持つイングウェイ王国屈指の美女である彼女は、マカパイン王国にもその美貌が知れ渡っている。
第二王子クリストフェルの寵愛を受ける美女辺境の翡翠姫……マカパイン貴族の間でもその美貌は評判であり、羨望の的だった。
余談だが、辺境伯領を略奪して彼女を奪い取ろうと言う冗談のような軍事作戦が立案されたこともあるのだが、それは流石に戯れがすぎるとして却下されている。
普段は可憐な少女ではあるが、二人にとってはその笑顔は恐怖の的でしかない……美しい顔の下にあるのは、圧倒的な実力と底知れぬ魔力を秘めた化け物でしかないのだから。
「……そういえばシェリニアンに命令を出している奴がわかったぞ」
「え? お前働いていたの?」
「……ひどくない? まあいいや……黒幕はスピードワゴン公爵だ」
ニール・スピードワゴン公爵……マカパイン王国に長らく君臨する大貴族の一人であり、マカパイン王の相談役として辣腕を振るってきた老獪な人物だ。
リーヒはスピードワゴン公爵の顔を思い出そうと指を頬に当てて首を傾げる……彼女にとって人間の顔は非常に覚えにくく、誰も彼も同じようにしか見えないのだがそれでもなんとか記憶の中から公爵の顔を思い出すと、ああ……とため息混じりの息を吐いた。
初めて会った時にリーヒを見てあまり紳士的ではない感情を込めた目つきで、上から下へと舐めるような視線を向けてきた男か、と彼女は思った。
リーヒの人間形態は遥か遠い過去に一度だけ見た人間の王族の姿を模しており、それ自体にあまり意味があるわけではないのだが、人間形態をとって初めて彼女の姿は人間に劣情を抱かせるものだと今では知っている。
「やつか……まあそんな雰囲気の老人ではあるな」
「ああ、どうも彼の周りに怪しい連中が侍っているようなのでね」
ティーチの本領は戦士などではなく、斥候時代の経験を生かした潜入工作の指揮や威力偵察などから得られる情報を元に戦場を思うがままに動かす能力であるため、忠実な斥候を使った情報収集には一定の信憑性があった。
リーヒはどうするべきかと悩む……本来なら侵攻そのものを放り出して本国へと戻り、混沌の眷属と繋がっているであろうスピードワゴン公爵を抹殺した方が良い気がする。
だが、それでは今インテリペリ辺境伯領を侵攻している軍勢がそのままになってしまう……もし領都エスタデルまで到達してしまった場合、シャルロッタから敵対行動と見做されるだろう。
「……やはり最初の目論見通りシャルロッタ様と合流せねばならんか……」
「まあ、そうなるよな……しかし軍勢は俺の言うことなんか聞かないしな、そのまま彼女を捕えようとして……うっ……うええ」
そこまで話すとティーチは気分が悪くなったのか口元を押さえる……シャルロッタとの契約時に彼女の膨大な魔力を見せつけられ、はっきり言って逆らうなど考えようもないと思っている。
そして契約を破った時には「カエル」になると言われており、そのことも余計にティーチ自身の精神を不安定にしている。
だが迷う時間はあまりない、すでにこの軍勢の周辺でインテリペリ辺境伯家の偵察部隊が目撃されており、マカパイン王国の軍勢が領内に侵入していることはバレてしまっている。
美しいが底知れぬ圧力と存在感を持つエメラルドグリーンの瞳が脳裏に甦り、ティーチは底知れぬ恐怖に身を震わせる。
「……頼むからシャルロッタ様が来ないでほしい……いや来て欲しいけど、やっぱり来てほしくない……神様、女神様俺はどうすればいいのですか……」
「はー……マカパイン王国軍がねえ……」
わたくしはクリスとお茶を飲みながら兵士からの報告を受けてふと、懐かしい二人の顔を思い出す。
ティーチ・ホロバイネン……マカパイン王国の斥候部隊にいた若き兵士と、威厳ある強大なレッドドラゴンにして今はティーチの副官を務めるリヒコドラクの二人だ。
懐かしいなあ……最近は手紙のやり取りでしか二人の状況をつかめていないのだが、ティーチは「竜殺し」なんて大層な称号を得て順調にマカパイン王国内で出世していると聞いている。
リヒコドラクはリーヒなんて名前で人間へと擬態し、ティーチの出世を助けるべく副官を務めているんだっけ……最初の出会いは最悪だった二人だが、今では従順なわたくしの下僕である。
「……ん? でもあいつら最近手紙送ってこないな……」
「どうしたんだい? シャル」
「あ、いいえ……それでマカパイン王国の軍はどのあたりにいるんですか?」
わたくしの質問にクリスはちょっと複雑な表情を浮かべる……そりゃそうだろう、わたくしがこんな質問を出すからには介入したがっていると思われても仕方のない発言だからだ。
まあ、介入したいんだけどね……インテリペリ辺境伯領にいる兵士は先の戦闘でかなりの人数が失われている。
後方支援に徹していた「赤竜の息吹」のおかげで重傷者の大半は救うことができたが、それでも失われた命のことを考えると心が痛む。
マカパイン王国の軍勢との戦闘を決断するのは簡単だが、その際にはさらなる損害を覚悟しなければいけない……そしてそこで出る損害を考えると、第一王子派との戦闘がさらに不利になることは明白なのだ。
「……心配してらっしゃる?」
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「……む!」
クリスの返答にわたくしは思わず頬を膨らませる……なんだよそれ、わたくしが軍勢ごと薙ぎ倒すとか思ってるのか? とムカっとしてしまうが、そんなわたくしを見たクリスは苦笑しながら「そうじゃないよ」とだけ返すと兵士を下がらせるために軽く頷く。
クリスとわたくしに深々と頭を下げると兵士はその場から立ち去っていくが、それを見送った後に彼はわたくしの手をそっと握ると、手の甲へと軽く口づけを落とした。
彼の指が触れるとモヤモヤした自分自身の心が落ち着くような気がする……以前からも彼の言葉や顔を見ているだけでも安心感を感じるのだけど、それは彼のことをわたくし自身が信頼し始めている証なのだろう。
「……君は強すぎるよ、普通の兵士では相手にならないだろう?」
「そうですわね、強いですわ……でもそのために罪無き者を殺せないのです」
わたくしの言葉に少し訝しがるような表情を浮かべたクリスの手をそっと両手で包むと、そっと微笑む……勇者となったものは強い、それこそ人を圧倒するような能力を発揮し、一騎当千の力を発揮することができる。
だが、それは勇者としての掟にしたがっているから許されるものであり、無差別になんでもできるわけでは無いのだ。
まあ、相手をぶん殴るのはわたくしの趣味でしか無いので……わたくしはクリスの手を話すと立ち上がって、彼に向かって優雅にカーテシーを披露してからもう一度微笑んだ。
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