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第二五六話 シャルロッタ 一六歳 弑逆 〇六

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 ——インテリペリ辺境伯領の中心にある領都エスタデル……その門をくぐり完全武装の兵士たちが街の中へと行進していた。

「お、おい……あれはティアマット伯爵軍の旗だ」
 エスタデルの住民達の前を堂々と行進していく重装歩兵の一団……その先頭には黒い鎧を着用した騎士が先導している。
 黒騎士の名前はヨハン・ティアマット伯爵……ティアマット伯爵家の次男でありつい先日までは第一王子派に与していた貴族の一人でもある。
 赤黒い髪は短くまとめられ、筋骨隆々といっても良い立派な体格に漆黒の板金鎧プレートメイルがよく似合っている偉丈夫だ。
 彼が着用している鎧のあちこちには、道中で魔物から受けた傷がいくつか残っており辺境伯領の街道沿いを進まずに、危険な地域を抜けてきたことがわかった。
 彼が率いる兵士たちの一部も怪我をしたものが混じっており、ここまでの旅路が決して楽なものではなかったことを示している。
 だが今彼の手には降伏を示す白い旗が掲げられており、戦闘のためにここへ来たのではないということを住民達は理解してホッと胸を撫で下ろす。
 そんな彼らの行軍の前へと歩み出る一人の男……こちらも同じく白い旗を手にしており、お互いが戦いに陥らないことを示す以上に、自衛のための武器すら持っていない。
 だがその男性を見てヨハンは慌てて馬上から降りると、片膝をついて頭を下げた。
「ヨハン・ティアマット……ティアマット伯爵が次男にして男爵である……当方に戦闘の意思はござらん」

「ウォルフガング・インテリペリ……いや、堅苦しい挨拶はやめにしないか? ヨハン」
 インテリペリ辺境伯家次期当主であるウォルフガングはにっこりと笑うと、ヨハンの側へと歩み寄りそっと手を差し伸べた。
 少し前までは彼らは第一王子派、第二王子派と別々の場所に属しており内戦が激化すれば戦場であい見えることもあっただろう。
 だが彼ら自身は旧知の中であり、学園で共に学んだ友人でもあった……それ故に内戦状態となったことをお互い嘆いており、内情を伏せた形で定期的なやり取りを続けていたのだ。
 ヨハンはじっとウォルフガングの目を見つめると、同じように屈託のない笑みを浮かべて笑うと友が差し出した手を取って立ち上がる。
「ウォルフ……此度我らがここへ来たのは、我がティアマット伯爵家が貴殿らに味方をするということを示すためだ」

「それで軍勢ごと来たのか? それにずいぶん汚れている……」

「聞きしに勝りし辺境だな、お前の領地は……いい餌に見えたのだろうさ、グリフィンが襲いかかってきた」
 ヨハンがニヤリと笑ってから兵士へと合図すると、ティアマット伯爵軍の兵士たちが荷車に掛けられた布を捲ると、そこには血抜きを済ませたかなり巨大なグリフィンの死体が載せられていた。
 ティアマット伯爵軍が倒したというグリフィンを見て、おお……とエスタデル住民の間から声が漏れる……普段インテリペリ辺境伯領で目撃される魔獣よりも一回り大きく立派なグリフィンであったからだ。
 それを見たウォルフガングは感心したように丁寧に処理されたグリフィンの体にそっと手を這わせる……おそらく一日前程度に倒したものなのだろう、肉はまだ傷んでいない。
「……これだけの魔獣がエスタデル近くまで出てきているのか……内戦で魔獣討伐もろくにできていないからな」

「ああ、早くこの無益な戦さを終わらせないとイングウェイ王国は魔獣の天国となるな」
 元々領地内における魔獣討伐の任務はウォルフガングとその部下達が率先して行なっていた。
 インテリペリ辺境伯領は、その名の通り元々人類未到の地を開拓して作られた辺境地域に存在しており、どういうわけだが開拓が進んでいる今現在でも魔獣の生息地域は減少せず、双方の衝突が絶えない場所でもあった。
 辺境伯家は定期的に魔獣討伐と間引きのための狩猟を繰り返しており、その活動がなくなっている現在魔獣による被害は増加の一途をたどっている。
 内戦を早く終わらせて領内の安定を図らなければ、この辺境伯領に住む人類の生息圏は次第に縮小せざるを得ないだろう。
 ヨハンへと向き直るとウォルフガングは深々と頭を下げた……それは普段の彼であれば絶対に行わない最大限の謝辞を込めた行動でもあった。
「感謝する……今現在我らは領内の魔獣討伐を満足に行えていない……最近はクリストフェル殿下も討伐に引っ張り出しているような状況でな……」

「は? 殿下が魔獣の討伐を……?」

「ああ、率先して向かっていただいている……何でも修行になるからとかで」
 苦笑しながらウォルフガングはヨハンに応えるが、彼はそれを見てやれやれとばかりに肩をすくめる……クリストフェルが病魔を克服したのち、剣の修行に没頭していたことは貴族であれば誰でも知っているが、それにしても魔獣討伐とは、と驚きを隠せない。
 王族の催しとして魔獣退治を行うものは過去に存在している……が、それは名目上の話であって大半の人間は部下に狩猟を任せてそれを見学するケースが多い。
 当たり前の話だが王族が負傷でもすれば、侍従達が責任を問われることになるからだ。
「殿下は本当に活発に動かれているのだな……婚約者のおかげか?」

「妹も同様に狩猟を手伝っているよ……あの子は私たちが考える以上の傑物だった」
 辺境の翡翠姫アルキオネシャルロッタ・インテリペリ……インテリペリ辺境伯家の令嬢にして、王国随一の美女として知られる彼女は内戦において武名を轟かせた。
 元々美しさとその慈愛によってよく知られていた彼女ではあるが、内戦開始直後から尋常ではない活躍ぶりを見せ、その能力が人知を超えたものであるということを知らしめた。
 混沌の怪物を打ち倒し、悪魔デーモンを滅ぼし……強大な神の僕を切り裂いた逸話は、吟遊詩人達がこぞって英雄譚として語り始めており、辺境の翡翠姫アルキオネの名はそれまでの美しさを讃える歌ではなく、勇者王子クリストフェルと共に立つ英雄としての名前が広く知れ渡るようになっている。
 ウォルフガングは深くため息をついてから、ポカンとした顔で彼を見つめるヨハンに微笑むと、改めて苦笑いを浮かべるのだった。
「……妹が英雄だなんて、悔しいとか悲しいとかそういうのを通り越して、すごいとしか思わなかったよ私はな」



「シャルッ! そっちへ行きました!」
 ユルの声が響くのと同時にわたくしが魔法陣を展開して浮かぶ場所へ複数の飛行する怪物が迫る。
 小型とはいえ馬よりもはるかに大きな体に対の翼を羽ばたかせ、進路上に立っているわたくしに気がついたのか唸り声をあげて迫ってくる巨大な空飛ぶ蜥蜴……四体のワイバーンが恐ろしい速度で飛行してくるのが見える。
 ワイバーンはドラゴン種ではあるが、知能はそれほど高くなく……とは言っても馬くらいはあるという話だが、人や家畜を見ると餌にしようと襲いかかってくるくらい危険な魔獣だ。
 尻尾の先には蠍のような尖った針が備わっており、これに刺されると人間であれば数時間もあれば全身から血液を吹き出して死ぬくらいの致死性の猛毒を持っている。
 まあ当たらなきゃどうってことはないのだけどね。
「……口の端に布切れね……商人か旅人を食ったなこいつら」

「ギャオオオオオッ!」

「ギャアギャアうるせーよ」
 先頭で飛行するワイバーンとわたくしが交差する瞬間、私は体を回転させて怪物の頭に踵落としを叩き込む……ボギャアアッ! という鈍い音と共にワイバーンの頭部がひしゃげ血飛沫を上げながら地面へと落下していく。
 それを見た残りの三体が慌てて直進をやめて、空中で羽を羽ばたかせながらこちらの様子を窺い始めた……まあこいつらにとって普通の人間は餌くらいでしかないのだけど、その餌が手痛い反撃を行ってくるなんて考えても見なかったのだろう。
 それに空は本来ドラゴンや怪鳥類の生息域だ……そこに人間であるわたくしがいること自体が不思議なのだろう。
 ワイバーン達は何か不思議なものを見るかのように困惑した様子でこちらを窺っているが……まあ、そりゃそうだろうね人が空を飛ぶなんて彼らからすると理解不能の出来事だろうから。
「グギャアアアアッ!」

「うーん、今日の晩御飯はワイバーンステーキかなあ……」
 ドラゴン類の肉は締まりが良く脂が適切でまろやかな味わいなんだよね、前世で散々狩って食いまくった食材の一つだ。
 ちなみに尾には毒腺が通っていて、食べると内臓ごと焼け爛れて腐り落ちるので死んじゃうので気をつけなきゃいけない。
 まあ、食ったところで修復すればなんとかなるけど‥…フツーの人は助からないので要注意、ちなみに勇者時代の仲間が尻尾を生で食って大変なことになったのは懐かしい思い出だ。
 わたくしは拳に魔力を集中させると、戸惑うワイバーン達に向かってニヤリと笑う……まあ彼らはわたくしの表情なんて理解はできないだろうから。
「……んじゃま間引きするわ、安心なさい? 繁殖に必要な雌は逃がしてあるから」

 そのまま拳を打ち出すとわたくしの券圧で衝撃波が打ち出される……拳戦闘術フィストアーツほどではないが、威力は十分。
 衝撃波は慌てて逃げようとしたワイバーンの翼を砕き、胴体を変形させ空中で魔獣たちが口から血を吐きながらそのまま地面へと落下していく。
 ふむ、先日のフェリピニアーダから受けた影響はもう微塵も感じられない……完全復活と言って過言ではないだろう。
 この調子で次の戦闘があっても全力で戦える……地面へ叩きつけられたワイバーン達を見ながらわたくしはパキパキと首を鳴らすと、その様子を見ていた呆れ顔のクリスと、侍従達へと手を振る。

「……全力じゃないから、まだステーキにはできると思いますけど……血抜きしてくださいね」
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