わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

文字の大きさ
237 / 430

第二〇二話 シャルロッタ 一六歳 暴風の邪神 〇二

しおりを挟む
「こんな状態でも夜会ねえ……」

 談笑の声、食事の匂い、奏でられる音楽……休戦期間を利用して、インテリペリ辺境伯家の寄子貴族を集めた夜会が開かれた。
 開催の名目はお父様……クレメント・インテリペリ辺境伯の快癒を祝ってということになっていて、実際に暗殺者の攻撃以降あまり顔を出していない彼が健在であるというのを示す必要があったからだ。
 とはいえ領の防衛に必要な貴族は参加できないし、第二王子派の貴族も各地に散らばっているのでエスタデル近郊の人たちだけを集めてというこじんまりとした夜会にはなっている。
 また今回クリスが夜会に参加していることもあって、もしかしたらイングウェイ王国の次期国王になれるかもしれない彼と近づいておきたいと考えている貴族にとっては売り込みのチャンスとばかりに、今彼はお父様と共に挨拶回りで忙しい。
「……殿下が王権を獲得された暁にはぜひ側室にうちの娘を……」

「いえいえ、僕には大事な婚約者がいますから」

「王ともなれば子孫繁栄も責務かと……」
 少し離れた場所でタスクボアーステーキを口に運びつつクリスの様子を見ているが、大変そーだなー……なおわたくしはちょっとした腫れ物扱いにて、今回の夜会については話しかけてくるような強者がいない。
 第二王子の婚約者で、戦場では単騎で敵を倒し、尚且つクソやばい悪魔などもぶん殴る女……そんなの怖くて誰も話しかけたくないだろうな。
 だが……背後に気配を感じてゆっくりと振り向くとそこにはこの夜会にふさわしくない薄汚れたローブに身を包んだ老婆が立っていた。
「……何者……いえ、あなたですか……」

「久しいの、尖兵よ」
 外見的な特徴から老婆だと思ったその人物が顔を上げると、ローブの中には認識阻害のかかったゆらめく蜃気楼の中に浮かぶ何者かの顔が写っているのが見える。
 夢見る淑女ドリームレディ、混沌神にて微睡む神格の写身がそこには立っている……相変わらず凄まじい存在感だが、ふと周りを見ると時間の流れが恐ろしく鈍化しているのか、ゆっくりゆっくりと時間が経過していくのがわかる。
 ああ、またお呼び出しか……と軽くため息をついてから彼女に向かって頭を下げると、満足したのか夢見る淑女ドリームレディはクフフと引き攣るような笑い声を上げる。
「最近は顔を見てなかったからな、久々にその顔を見たくなっただけ……よもや訓戒者プリーチャーを三人退けるとは思わなんだ」

「……運が良かっただけですわ」

「実力もあろうがな……それで今回再び顔を出したのは危険を伝えるためじゃ」

「……お優しいですね」
 これは皮肉なんだけど、その意味を知ってか知らずか夢見る淑女ドリームレディはクフフッ! と笑い声を上げる。
 この神様は本質的には混沌の神であり、人間の定義からすると邪悪そのものでしかないけど……それでもとなっているわたくしにとって見れば何かしらの際に手助けをしてくれるありがたい存在なんだよね。
 夢見る淑女ドリームレディ……この場合は何かしらの依代をもとに憑依している状態だろうけど、彼女はこちらからは認識できない顔でわたくしを見つつ話かけてきた。
「……妾は慈愛を持って尖兵を愛するぞ? さて、シャルロッタ・インテリペリよ混沌の怪物が再びこの領内へと迫っている」

「混沌の怪物?」

「左様……風に乗って歩むもの、大いなる白き沈黙、死とともに歩むもの……お主もよく知っているあれじゃ」

「……マジですか?」
 わたくしの言葉に黙って頷く夢見る淑女ドリームレディ……彼女の言葉から連想されるものとしては、一つしかない。
 巨大なる爆風を巻き起こし、全てを更地にしていく死の神、ウェンディゴもしくはイタカと呼ばれる邪神にして大いなる巨人だ。
 レーヴェンティオラで一度だけ遭遇したことがある……あれは神として崇拝されるレベルの存在であり、勇者の力を持っても殺すことができない怪物だ。
 なお神と形容される存在まで昇華した怪物は何者の手によっても殺せない、というのはよく知られておりその状態を神格を得たとか、神化なんて言われたりするんだけど……そういやわたくしもそのうち神格を得るとか話してたな、あの女神様。
「たのしかろ? 暴風がお前の故郷を吹き飛ばすぞ……それをどうやって阻止するのか、妾の楽しみが一つ増えた」

「対応するこちらとしてはあまり楽しくないんですけどね……」

「神格を得た邪神と、強き魂である勇者の戦いなど極上の見せ物であるぞ?」
 そりゃー安全な場所で見てる分にはいいけどさ……邪神と戦えって割と無茶振りだと思うんだよね。
 不満げな顔に気がついたのか、夢見る淑女ドリームレディはクハハハッ! と引き攣った笑い声を上げるとゆっくりと暗闇の中に姿を溶け込ませていく。
 次第に周りの喧騒が聞こえてくる……時間の流れがもとに戻るような感覚と、少しめまいのようなものを感じてわたくしは表情を歪めるが、次に夢見る淑女ドリームレディがいた場所に視線を戻すとそこには誰もいなかった。
 だが耳の奥に彼女の囁くような声が響いたことで、先ほどまで本当に彼女がそこにいたのだと認識できた。
「……死力を尽くして戦え異世界の勇者よ、お前の守りたいものを守るために、愛するものを助けるために、最後まで戦うのだ……」



「今夜は随分と風が強いな……」
 轟轟と音を立てて雪原の雪が舞う……インテリペリ辺境伯領の端、深い森の中で狩人ハラスは吹き付ける風に顔を顰めつつ、獲物を探して彷徨っていた。
 今年の冬は寒さが厳しい……少しでも多くの食料を確保しなければいけないのに、内乱による戦続きで思うように狩りの成果が上がっていなかった。
 魔獣ですら戦の気配で逃げ出しているのか、森の中は静かに風の音が響くだけになっている。
 こんなことは生まれて初めてだな……と思いながら、ハラスは森の中を歩いていく……本当に寒い、防寒具を着用しているにも関わらず身を切るような寒さだ。

「……くそ……戦争なんかおっ始めるから……」
 ハラスはぼやくもそれで何か変わるわけではない……一度誰に投げかけるわけでもない大きなため息をつくと、聞き耳を立てて森の中を進んでいく。
 まるで何もいない……このままだと冬を越す前に飢え死にだ、とブツブツと文句を言いながら彼はそれまで足を踏み入れたことがない森の奥へと歩みを向けていた。
 魔導ランプの灯りを頼りに何か獲物の気配がないかどうか、慎重に歩いていく……急に吹雪が途切れ音がしなくなっていく……なんだ? と彼は周りに視線を配るが、特に獲物になりそうなものはいない。
「……急に……どうして……」

 ふと彼の背後にどすん、と雪を踏み締めるような音が響く……振り返って魔導ランプを掲げるもそこには何もいない、巨大な動物のような足音だったなと疑問を感じつつ彼は再び視線を戻す。
 するとまたどすん、どすんと何かが歩いているような音が響く……その音に合わせて、森の木々が揺れ降り積もった雪がバサバサと落ちてくるのが煩わしい。
 大物だろうか……彼は魔導ランプを腰のベルトへと装着すると、弓に矢をつがえて慎重に歩き始める……何かが地面を揺らしている。
 リズミカルに、均一な音を立てて……ハラスはその音が背後から迫っていることに気がつくと、近くの木に姿を隠しつつ背後へと視線を向ける。

「なんだ……? 大物? いやこんな足音聞いたことが……」
 ハラスが慎重に弓を引き絞り背後から歩いてくる音に向かって矢を向ける……先ほどから音がしない、いや正確には吹雪は収まる気配はなく、肌には雪が叩きつけられているような感覚があるのに音が聞こえない。
 こんなことは狩人になってから初めてだ……とハラスの心に一抹の不安がよぎるが、このタイミングではもう逃げ出すことも難しいだろう。
 彼はせめて獲物を仕留めてからすぐに森を離れようと考え、暗闇の中に狙いをつける……次の瞬間、いきなり彼は大空へと巻き上げられていることに気がついた。
「……ッ!!」

 途端に凄まじい暴風が体を打ちつけている音が響く……轟々と響く暴風と浮遊感、そして視界がぐるぐると回っているのが見える。
 その視界の端に恐ろしく明るい二つの赤い光が見える、それは瞳……鮮紅色に燃え上がる二つの目が空中に浮き上がったハラスをじっと見据えた気がして彼は悲鳴をあげた。
 そこにいたのは驚くべき大きさの人間……いや彼の混乱する思考の中にその巨大な影を形容する言葉は一つしかない、それは巨人……驚くべき大きさの巨人が暴風と共に森を歩いていたのだ。
「うあ……ああああっ!」

 凄まじい勢いで叩きつけられる暴風にハラスはまるで一ひらの木の葉であるかのように宙を舞う……視界が回転するが彼の恐怖に満ちた目はその巨人をとらえ続けている。
 燃え上がるような赤い瞳が空へと投げ出されたハラスをじっと見ていたが、興味がなくなったのかその巨人はゆっくりと歩き始める……その巨体に似合わない静かな足音。
 巨人の姿と共に暴風が収まり、ハラスの体へと叩きつけられる風は減っていく……それと同時に彼は今大空に投げ出されていることに気がついた。
「え……あ……ああああああっ!」

 ふわりとした浮遊感の後、人間である彼は急激に地面へと引き寄せられていく……どれだけの高さに巻き上げられたのか、彼の目には闇夜に浮かぶ月が見えていた。
 そして雲の中へと落ちていき……吹雪が広がり急激に体が冷えていく……どんどん加速していく視界の中でハラスは強い恐怖と、絶望の中で悲鳴を上げ続けている。
 そして先ほどまで彼がいたはずの森の中ではなく、街の灯が見え……大きな建物が視界いっぱいに広がると同時に、彼の体は凄まじい音を立ててその建物へと衝突し、そして一瞬の痛みと共に暗闇の中へと意識が溶け込んでいった。


 ——その日インテリペリ辺境伯領の小さな街の一つであるゴルディーノにある女神を祀る聖堂で事件が発生した。
 どこからともなく飛来した人間が屋根へと衝突し、聖堂に大きな損傷を与えたのだ。
 守備隊による調査の結果、落下してきた人間はゴルディーノから遠く離れた農村で暮らす狩人ハラスであることが判明したが、どうして彼が空から降ってきたのか、ゴルディーノ守備隊の調査では判明せず事件は闇の中へと葬り去られることになる。
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

処理中です...