わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第二〇一話 シャルロッタ 一六歳 暴風の邪神 〇一

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 ——今年の冬は恐ろしく寒かった、これはまるで内戦による衝突を国父であるマルムスティーン一世が、国民同士で争うなと言っているかのように、恐ろしく寒く厳しいものになっていた。

「……行きましたよ!」
 雪原の中を黒い幻獣ガルムのユルが凄まじい速度で走っていく……追い立てているのは野太い声をあげて逃げ惑う巨大なタスクボアーである。
 タスクボアーは巨大な牙を持つ猪の姿をしており、イングウェイ王国でも非常にメジャーな魔獣の一種である……猪の特性を引き継いでおり、気性は非常に荒くその牙は金属の鎧を容易く貫くほどの破壊力を誇る。
 初級冒険者の死因の一つとされており、狩りをするには危険が伴う魔獣でもあるのだ……なおその肉は脂が乗ってジューシーな味わいのため、貴族による狩猟依頼が定期的に出ることでも知られている。
「……さてさて、今日の晩御飯にタスクボアーステーキが出るのを楽しみにしてね」

「ゴアアアアアアアアッ!」
 白い雪を巻き上げながらタスクボアーは進路に立ち塞がる冬服姿のわたくしを見て、こちらへと一直線に走ってくる。
 その速度は並ではなくそうだな、時速にすると一〇〇キロ近い速度が出てるだろうか……この速度で質量にして三トン近い巨体が動くのだから恐ろしいよなあ。
 わたくしは不滅イモータルを空間より引き抜くと、軽く柄を握る手に力を込める……タスクボアーの牙は綺麗な状態であれば結構な金額で売却できるし、毛皮は防寒具の材料に使える。
 肉は全部美味しいし、なんなら内臓も食料になるし……骨は建材にも使えたりもするので本当に捨てるところがないわけだ。
「……戦争するにもお金や食料は必要だからね、悪いけど狩らせてもらうわ」

 タスクボアーがわたくしを踏み潰すように見えた瞬間、ふわりと空中に身を踊らせると……魔獣の首の付け根に軽く刃を沿わせるように振り抜く。
 ふむ……打ち砕く者デストロイヤーとの戦闘で修復した肉体に何か異常がないかと思ってたけど、それほど影響はなかったな。
 わたくしが雪原へと着地すると同時にタスクボアーの首が血を流す間もなく地面へと落ち、勢いがついたままの肉体はドゴオオオッ! という轟音をあげて地面へと突っ込んでいく。
 わたくしは不滅を空間へと仕舞い込むと、どくどくと血を流しているタスクボアーの首へと近寄る……まだ自分が死にかけていることすら理解できていないのか、巨大な瞳がギョロリとわたくしを睨みつけるように動くが……すぐにその光が失われていく。
「……ごめんね、わたくし達も生きねばならないの無駄にはしないわ」

 その言葉に反応してゆっくりと目を閉じていくタスクボアー……雪原に広がっていく血液が氷点下に近い気温のため、次第に固まってくる。
 わたくしは片手でその首をひょい、と持ち上げると近くに置いていた荷車へと向かう……ユルは体の大きさを変えて、タスクボアーの体をズルズルと引っ張っている。
 わたくしが荷車に首を乗せてからすぐにユルのそばへと歩み寄ると、同じようにタスクボアーをひょいと持ち上げてから荷車に放るのを見てやれやれというふうに首を振った。
「シャル……令嬢は片手で魔獣を持ち上げたりしませんよ」

「いやでも、ユルに任せてたら毛皮に傷がつくじゃない……それにわたくし達しかいないから大丈夫よ」

「そうやって普通じゃないことやってるといつか婚約者どのに嫌われますよ」
 ユルの言葉にクリスの顔を思い浮かべる……あの戦い以降彼はインテリペリ辺境伯家の食客としてだけでなく、勇気ある王子としても認められたようでこの冬の間は寄子貴族の夜会に引っ張り凧になっている。
 さらに近隣の敵対派閥第一王子派の貴族傘下にいた貴族からも陣営の乗り換えを図ろうとする動きなどもあり、調略に忙しいという。
 わたくしは夜会には同席するが、調略にはまるで役に立たないということに彼らが気がついてからほとんど駆り出されておらず、暇を持て余しているのが実情だ。
「第一王子派もこの雪と寒さではなかなか攻め込んで来れないでしょうしね」

「あのまま内戦が続いても財政破綻が目に見えてたし、この小康状態はお互いにとってメリットがあったのよ」
 笑える話だが……第一王子派と第二王子派は春先までの休戦を締結した……これはウゴリーノ兄様と、第一王子派のレクター・キッス伯爵による交渉がうまく行ったことにもよるのだが、キッス伯爵家が初代聖女の家系であったことから流石にその発言を無視できなくなっていることにも起因している。
 ただ……キッス伯爵はウゴリーノ兄様に少し気になることを伝えてきたのだという。

『あまり大声で言えないが、アーヴィング・イイルクーン宰相が行方不明になっている……もし見つけたら保護してほしい』

 第一王子派や第二王子派の垣根をこえて王国の重鎮たる彼が行方不明となったことで、国政に大きな乱れが生じている。
 その不在を埋めるために政治の中枢には第一王子派の貴族が要職へとつき、次第にイングウェイ王国自体の乗っ取りが進んできているという気がしている。
 春先には戦争再開だろうな……軽くため息をつくと、わたくしは荷車につけられたベルトをユルの体に巻きつけた装具へと付け直し、彼の体をポンポンと叩く。
 ユルははあっ……とため息をつくと、軋む荷車を引いて歩き始めた……暇を持て余して狩りなどしてみたけど、このタスクボアー一頭でそれなりに厳しい我が家の財政の足しにはなるだろう。
「じゃ、帰りましょうか……今日はステーキを楽しんでもらいましょう」



「……では冬の間は戦闘は起こせないということか……人は不便だな」
 暗い暗い部屋の中にある椅子に座りながら、人ではない怪物にして混沌神の訓戒者プリーチャーである闇征く者ダークストーカーは書類を整理する手を休める。
 彼の前には二人の人物、いや怪物が首を垂れているのが見える……三叉のような頭を持ち細長い手足を持つ不気味な姿を持つ使役する者コザティブ、そして黒髪に驚くほどグラマラスなスタイルをドレスに押し込んでいる絶世の美女にして妖しい雰囲気を漂わせる欲する者デザイア
 すでに三人の訓戒者プリーチャーがシャルロッタ・インテリペリの手によって滅ぼされた……本来彼らは混沌神によるこの世の終わりの時に動くべく遣わされた最終兵器であるにもかかわらず、だ。
「すでにあの売女によって三人が滅ぼされた」

「一人は筆頭がお食べになったでしょう?」

「……クハッ! そうだったな……残る二人も回収するべきだったが、それは叶わなかった」
 欲する者デザイアがぐにゃりと歪んだ笑いを浮かべながら闇征く者ダークストーカーへと語りかけると、鳥を模した仮面の下で彼は引き攣った笑いを浮かべる。
 知恵ある者インテリジェンスは敗北したが、その力と肉体は闇征く者ダークストーカーが吸収しその糧としている。
 だが打ち砕く者デストロイヤー這い寄る者クロウラーはそれができなかった、さらに後者は封印による弱体化の影響を受けすぎており、金級冒険者によって討ち取られるという失態を犯している。
 ひどい恥だな、と内心で憎々しげな感情を抱える使役する者コザティブだが、それ以上にシャルロッタの戦闘能力が高すぎるという事実にも驚きを隠せない。
「……シャルロッタ何某……何者なのでしょうか?」

打ち砕く者デストロイヤーの死の間際、彼のものは発言している「魔王を倒した本物の勇者」であると」

「「勇者!? バカな!」」
 闇征く者ダークストーカーの言葉に二人の訓戒者プリーチャーは表情を変えるが……本来クリストフェル・マルムスティーンが勇者の器であるのにも関わらず、二人目のしかも魔王を倒した本物の勇者と名乗るものが現れるなど、狂気の沙汰でしかない。
 だが二人の動揺をよそに、引き攣るような笑い声をあげた闇征く者ダークストーカーは手で彼らに落ち着くように促す。
 その仕草を見た二人の訓戒者プリーチャーは内心はどうあれ、再び姿勢を正して首を垂れた。
「クハハ……魔王様はこれより復活する、シャルロッタ・インテリペリがなんであれ復活さえしてしまえばこの世界は終わることが予言されているのだ、心配をする必要はない」

「では第一王子派と足並みを揃えて春に攻撃を?」

「人間ではないもので侵攻すればよかろう……我らが神より強き魂抹殺のための素晴らしい供物が届いたのでな……」
 闇征く者ダークストーカーは引き出しを開けると何かを探すかのように、ガサガサと音を立てるがその手の動きに合わせて、悲鳴のような声や怒り狂う声などが部屋に響いている。
 何が入っているのか普通の人間では想像すらつかないだろう……とそれを見ていた使役する者コザティブは思うが、彼からしても闇征く者ダークストーカーはよくわからない人物の一人だった。
 筆頭となったのも最も古くから存在しているからだけなのだが、そこ知れぬ闇と混沌神の寵愛を受ける彼のことは全くもって理解できない。
 手を止めた闇征く者ダークストーカーは机の上に鹿の頭蓋骨のようにも見える奇妙な物体を取り出すと、そっと撫でる。
 二人の訓戒者プリーチャーが不思議そうな表情でそれを見ていると、仮面の下に光る赤い目がニヤリと笑った気がした。

「……冬にうってつけの怪物がいるのでな……この際シャルロッタ・インテリペリに疲弊をさせるためのコマとして扱おう、久しぶりに呼び出す故楽しみではあるがな……」
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