わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第一〇四話 シャルロッタ 一五歳 王都脱出 一四

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 ——インテリペリ辺境伯が襲撃され、重傷……犯人は護衛の騎士たちに倒されたが伯は意識不明……王都近隣で起きた貴族襲撃という事態に緊張が走っている。

「お父様……なんで……」
 寝台に寝かされたお父様……クレメント・インテリペリ辺境伯は意識が戻らないまま、数日が経過している。
 普段はマーサや侍女が必ずつくのだけど人払いをお願いして寝室にはわたくしとユルだけにしてもらっており、ずっと意識のないお父様の顔を見つめてすでに数時間、ずっと煮え繰り返る怒りと悲しさで暴発しそうな心を鎮めようと何とか我慢している。
 お父様が受けた主だった怪我はあちこちの切り傷と、腹部の刺し傷が大きいのだが相手の武器に毒が塗られていたとかでその毒による影響で意識が戻っていない、と治療院の先生からも伝えられている。
 騎士たちの話によると、襲ってきた男たちを切り伏せた後気がつくとお父様の周りに薄く黒い膜のようなものが展開されており、そこでダークエルフと戦っているのが見えた、という。

 お父様はダークエルフの攻撃をわざと受け止め、相手を捕まえてから倒したそうなのだがその膜が崩壊した後、彼はそのまま意識を失って崩れ落ちた。
 慌てて治療院へと搬送したが、意識が戻らずに今現在に至る……ということだった。
 襲ってきた犯人は全て斬り殺してしまっており、お父様を傷つけたダークエルフもすでに死んでしまっている、ということだったが彼の所持品に混沌神エンカシェのシンボルが含まれていたことから、政敵による暗殺未遂の可能性が高いと言われている。
 そっとお父様の手を握る……大きくゴツゴツとした手、幼い頃に何度もわたくしの頭を撫でたり、優しく抱き上げてくれたりした逞しい手のひら。
 転生してからずっと自分のことを愛してくれたお父様の手のひらはいつも暖かく、頼もしいと感じていた。
「お父様……っ……」

「シャル……」
 心配そうにわたくしのそばに控えているユルが見上げている……今わたくしの表情は怒りで歪んでいる、沸々と湧き上がる怒りがわたくしの体をマグマのように駆け巡っている。
 政敵……つまり第一王子派による暗殺未遂であることは明らかであって、証拠自体は全くないがこのタイミングでわたくしを査問したり、お父様の暗殺を試みたのは影響力を低下させるための工作だというのがはっきりとわかる。
 実際にインテリペリ辺境伯家の護衛騎士たちは暴発寸前になっていて、「辺境伯の敵討をさせてください!」と何度もわたくしに進言してくるものが後を絶たない。

 愛されてるんだよな……お父様……ほんとすごいよ、本当に貴族として立派だ。
 気がつかないうちにわたくしの頬に涙が伝う……怒りと共に自分の肉親に危害が加わっているのに、その場にいられず守れなかった自分に腹が立っている。
 世界を救った勇者だというのにわたくしはどうして肉親すら守れないんだ? この怒りとやるせなさをどこにぶつければいいのだ……ボロボロと溢れる涙を止められない。
 戦闘能力が高くても自分の素性を隠し続けているから、抑止力にならないわけで……ユルもわたくしと共に行動しているからお父様が手薄だと思われたのだろうな。
「……ねえユル、混沌神の手下が関わっているということはあいつらの差金だよね……」

「……おそらくは、わざわざエンカシェ信徒を使うとは、手が込んでますよ」
 怒りでうまく働いていなかった頭を動かすために大きく深呼吸をしていく……残念ながらわたくしは人を治癒するための奇跡を持っていない、自分だけならたとえ頭が半分吹き飛ばされようが完璧な状態にまで回復させられるのだけど。
 人を治癒するには慈愛の心が必要だと、前世の仲間であった聖女が話していた、相手の心を思いやり愛し、そして慈しむ優しい心がなければ他人を癒せないのだと。
 その時コンコン、と扉をノックする音が聞こえわたくしは目元を軽く拭ってから扉へと向かう。
「……どうしましたか?」

「お嬢様、クリストフェル殿下がお見えです」

「承知しました、入ってもらってください」
 わたくしの返答と共に扉が開かれ、慌てた様子でクリスが部屋の中へと入ってくる……わたくしの顔を見てから、泣きそうな顔でじっとわたくしを見つめた後、寝台に寝かされているお父様を見てすぐにその側へと駆け寄る。
 遅れてヴィクターさんやマリアンさんが部屋の中へと入ってくるが、じっと黙っているわたくしの顔を見て何か言いたげな表情になるが、何を言っていいのかわからなかったのだろう。
 すぐに一礼すると扉を閉めてから部屋の端へと直立不動の体制をとった。
「辺境伯……まさか、まさか襲撃してくるなど……」

「……殿下、父は領地へと戻そうと思います……兄が迎えにくる予定となっておりまして」

「そうか……シャル、君も領地へと戻るか?」
 兄上は早くてもこちらへと到着するには数日かかるとの話だったので、その間はこの邸宅を維持する必要があるし、それ以外にも王都に残る我が家に連なる人をどうするのか? という問題も残っている。
 わたくしやユル、護衛を務めているシドニー、そしてマーサは危険だが領地へと戻るのは最後になるだろう。
 クリスの言葉にわたくしは首を横に振ってから表情を変えずに淡々と答える。
「いいえ、インテリペリ家に関わる人間がまだ多数残っておりますので、わたくしが代理として残り処理を進めます」

「わかった……護衛を増やすがいいか?」

「……わたくしより殿下の護衛へと回してください、わたくしにはユルもおりますので」
 ま、襲われたところで返り討ちにするからいいんだよ、ここまでくるとわたくしは手加減する必要や能力を隠すという必要性をあまり感じなくなってきている。
 王国の人間に実力を見せつけるということはあまり考えていないが、混沌の眷属が出てきたのであればわたくしは本気で相手を殺すために本気も本気、全力を持って相手を確実に葬り去る……その覚悟はできているのだ。
 その時は確実に相手を殺す、命乞いをしようが何をしようがこの身を捥がれようが……わたくしは相手の喉笛に噛みついてでも相手を殺す。
 わたくしの大切な家族に手を出したことを後悔させながら相手を滅ぼすだろう。

「……そうか、「赤竜の息吹」もインテリペリ家を守るのだったな……今はお父上の側にいてくれ」
 クリスはそのまま立ち上がると、一度お父様の方を見てからヴィクターさんとマリアンさんに相槌を打つと、一度わたくしの肩をぽん、と叩いてからすぐに部屋を出ていく。
 彼の顔は本当に心配そうな表情を浮かべていたが、前を向くとすぐに王族たる威厳を持った顔となり堂々とした姿勢で歩き始める。
 わたくしは部屋を出ていくクリスに頭を下げるとすぐにお父様の側に腰を下ろす……ダメだ、今は動きたくない、クリスを送り届けなければいけないとはわかっているが、今ここを離れてしまうことに強い不安を感じている。
 意識のないお父様の顔を見つめて、再び耐えきれずに涙を溢れさせる……転生してから一五年以上わたくしのことを優しく育ててくれた父親のことが心配で、どうしようもなく辛く悲しいのだ。
「……お父様……領地に帰ってゆっくり体を休めてくださいましね……」



「……シャルが相当に思い詰めている……もし辺境伯が亡くなりでもしたら、インテリペリ辺境伯家が暴発するやもしれんな」
 王城へと向かう馬車の中でクリストフェル・マルムスティーンは顎に手を当てて、先ほど薄暗い部屋の中にいたシャルロッタの表情を思い返してそう呟いた。
 悲しみを感じているのだろう、頬に涙の痕がはっきりと残ったままだった……そして時折見せる表情は彼女にしては珍しく怒りを必死に抑えるものでなんとか平静を保とうと必死になっている少女の姿がそこにはあった。
 それと同時に自分たちの主人を傷つけられた、という怒りがインテリペリ辺境伯家の騎士達からはっきりと伝わってきていた。
 今この段階で辺境伯を襲うものは第一王子派に所属する貴族以外にいない……だがだれが指示したのか、実行犯を雇い入れたのが誰なのかはわかっていない。
「おそらくベッテンコート侯爵か、ハルフォードの古狸あたり、足がつかないように工作していると思うのだけど……」

「そうですね、殿下……とはいえ現状では証拠がございません」

「うん、だから有耶無耶にされる可能性も高いんだ……わかっていると思うから、シャルが騎士達を必死に止めているとシドニー卿も話していた」
 実は一度完全武装したインテリペリ辺境伯家の騎士達が屋敷を飛び出して行こうとしたらしいのだが、それを一喝して止めたのは当のシャルロッタであり、シドニーも先輩騎士達を宥める側に回ったのだという。
 気炎をあげる騎士達の前に立ちはだかると、彼女は両手を広げて騎士達に向かって頭を下げた。

『お父様がここにいたとしても同じことを申したでしょう、証拠もないのに相手を疑うな、と……今はただお父様の無事を祈ってください』

 シャルロッタが止めたことで今現在はインテリペリ辺境伯家の騎士達は暴発せずに我慢しているが、均衡がいつ崩れてもおかしくはない。
 さらに動きを察知した第一王子派はこの状況を利用しようとしており、兵の招集を始めていて暴発したところで……というのが目に見えてわかっているのだ。
 冷静に事の経過を見極めて、第二王子派と呼ばれる組織の瓦解を防がなければいけない……そしてどこかで崩れる均衡を見極め、その時に立ち上がる必要がある。

「今はシャルが止めてくれているのを利用して、インテリペリ辺境伯家の人間を領地に送り返すことを優先させよ、決して危害を加えてはいけない」
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