上 下
120 / 402

第一〇五話 シャルロッタ 一五歳 王都脱出 一五

しおりを挟む
「ではシャル、危なくなる前に領地へと戻るんだよ? 無理してはいけないからね」

「はい、わたくしも早めに領地へと戻るつもりですのでご心配なさらずに……」
 インテリペリ辺境伯領へと向かう魔導列車が止まるホームで、一番上の兄であるウォルフガング・インテリペリが心配そうな表情を浮かべてわたくしの頭をそっと撫でる。
 ウォルフ兄様は栗色の髪にお父様に似た顔つきで、衣服はインテリペリ辺境伯軍の将校が着用する仕立ての良い軍服に身を包んでいる。
 優しそうな表情を浮かべているが、辺境伯領でも指折りの騎士であることを知らないものはおらず、彼の腰に下げられている長剣ロングソードは使い込まれた風格のあるものだ。
「父上は俺が責任を持って領地へと連れ帰る、ウゴリーノやベイセルも領地に一度戻るということになっているから何かあっても対応はできると思う」

「はい……」

「君たちが「赤竜の息吹」だね、王都からの帰還、大変かと思うけど大事な妹をよろしく頼むよ」

「お任せください、シャルロッタ様を無事インテリペリ辺境伯領までお連れいたします」
 わたくしの背後に立っていたエルネットさん達「赤竜の息吹」の面々がウォルフ兄様へと頭を下げる……今回わたくしが領地へと戻るにあたって、冒険者であるエルネットさん達が護衛を引き受けることになった。
 というのもまずはお父様の身の安全が最優先であり、騎士達はその護衛につくことが優先されたからだ……ついでに、インテリペリ辺境伯領側でもかなり事件が起きていたらしい。
 それでウォルフガング兄様だけが王都へと戻ってきて家の騎士達とともにお父様を領地へと戻すことが最優先、わたくしは冒険者と共に陸路で領地へと戻るという計画を立てることになった。
「わたくしにはユルもおりますわお兄様、大丈夫必ず戻りますので」

「……わかっているけど、無理はするなよ? お前は殿下の大事な婚約者なのだから」
 ウォルフ兄様は微笑むと、供回りを連れて列車へと乗ると一度わたくしの方へと振り返って軽く手を振る……それをみてそっと微笑んでから兄様へと手を振りかえす。
 お父様のことは心配だけど、今はどうやって領地まで無事に戻るかを考えないとな……バカみたいな話だけど、わたくしとユルだけであればしれっと帰れたんだけどな。
 それがわかっているからこそエルネットさん達も最初その話を伝えられた時に「え? 俺たちがシャルロッタ様の護衛?」って変な反応をしてしまったらしい。
「……シャルロッタ様、そろそろ邸宅に戻りませんと」

「そうですね……」
 エルネットさんにそう伝えられて、わたくしは駅のホームから邸宅へと戻るために歩き出す。
 列車を使わないと結構な距離があるし、日数もそれなりにかかる……「赤竜の息吹」のみんなごと一気に運んでしまうか? とも考えたが、道中の目撃談がないのに領地に戻ると色々面倒なことになるからそれもできない。
 結局陸路でのんびり旅行気分で移動した方がいいんじゃないか? という話でまとまった……魔導列車も考えたんだけど、一度領地から戻ってくる間に何かが起きる可能性もゼロではないからね。
 まあエルネットさん達がいれば道中安全だろうし、彼らの誠実さを見ればマーサの冒険者不信も解消できるだろう……多分。
「……面倒ですわねえ」

「辺境伯の影響力が低下している今、第一王子派貴族がどういう動きを見せるか分かりませんしね……」

「無茶なことはしてこないとは思いますわ、ただ……わたくし貴族からは舐められてるフシがありますしねえ……」
 自分で話しておいてなんだけど、実際そうなんだよなー……第一王子派の貴族からすると小娘でしかないわたくしが王都に残ってインテリペリ辺境伯家の後片付けをしているというのは格好の的にしか見えない可能性もある。
 お兄様達からすると「お前なら十分対応できるだろ、ユルいるし……」って絶対思っているが、辺境伯家の常識が世間様の常識ではないのは明白だ。
 第一「赤竜の息吹」は信頼できる存在だけど、普通貴族令嬢を冒険者に同行させるって普通じゃないんだからな! という気にはなったりしている。
「どちらにせよ、我々はシャルロッタ様の護衛を仰せつかりました、全力であなたをお守りしますよ」



「どうやらクレメントは領地へと戻されたようだな……」

ファングも一応は役に立ったようで……」
 アンダース・マルムスティーン第一王子はテーブルを向かい合って座っているマルキウス・ロブ・ハルフォード公爵の手元にあるゴブレットにワインを注ぎながら話しかけている。
 二人が今いる部屋は王城にあるアンダースの執務室で、二人はほくそ笑みつつテーブルの上に広げた地図の上にある駒を動かしていく。
 現在イングウェイ王国は表向き国家として安定しているように見えるが、その実三つの勢力に分割された状況になっている……第一王子派と呼ばれるアンダースを首魁とする近衛軍を中心とした大勢力、兵力にして数万を誇る王国の主力であり、大都市圏にその勢力基盤を持っている。
「クレメントが倒れている今がチャンスだと思うのだが……マルキウスはどう思う?」

「……私も同じ意見です、クリストフェル殿下の勢力はまだ小さい……今のうちに叩き潰してしまうのが得策かと」

「だがあいつの勢力は王都にはないからな……叩きにくいことこの上ない」
 クリストフェルがまとめ上げた第二王子派は辺境伯を中心に地方軍など一万程度の戦力ではあるが、こちらは各地に点在している貴族、商人などが中心となった勢力になっている。
 さらに第三の勢力として中立派という揉め事に巻き込まれたくない貴族たちが寄り集まっている勢力があるが、こちらは領地に謹慎しているホワイトスネイク侯爵が取りまとめているものだという。
 中立派は直接的に勢力争いには加わってこないものの、もし第一王子派が実力行使に出た場合、中立派貴族の動きが読めず悪戯に敵を増やしかねないという理由で表面上は王国内には動乱が起きていなかった。
「……クリストフェル殿下を拘束しては? 罪状は後でなんとでもなりますし……」

「そうだな……この際父上にもご隠居願うか」
 アンダースの瞳にギラリ、と危険な光が灯る……黙っていれば入ってくる王権、アンダース自身はそれでもいいと思っていたが、勇者の器と呼ばれるクリストフェルの存在がある以上すんなりと王位継承ができるとも限らない。
 遅かれ早かれ兄弟での対決は避けようがない状況になってきている……それもこれも弟が身の程を知らず王位継承を望むなどと言い出したことに起因しているのだから。
 あいつがいなくなれば誰もが俺の王位継承を祝福するに違いない……アンダースは軽く笑みを浮かべると、部屋の端で一人椅子に座っている人物へと目をやる。
「……お前らにも手伝ってもらうぞ? 訓戒者プリーチャーとやら」

「おまかせを……それでは欲する者デザイアより一つ忠言もうしあげるわ」

「忠言? ……よかろう言ってみろ」
 椅子に座った人物……黒く長い髪と妖しく輝く赤い瞳、そして美しすぎるくらいに美しいローブ姿の女性、訓戒者プリーチャーの一人欲する者デザイアは手に持ったゴブレットより血のように赤いワインを口に運びつつ妖しく咲う。
 混沌の眷属により第一王子派の貴族達は汚染されつつある……だが、混沌はその姿を容易に見せることはしない、だからこそ闇に潜み欲望を叶えていく。
 妖しく輝く瞳の魔力はアンダースとマルキウスを捉えて離さない……彼女のいうことを聞き入れなければ、という気持ちになってしまう、いや……させられている。
「アンダース殿下の勢力はすでに王国を席巻できるだけの力がある、力を持って権力を奪取するのは強き覇王の偉業……国軍を動かして弟君とその婚約者を捕えては?」

「……軍を動かすか……王都に混乱が生じるのではないか?」

「……混乱を鎮めることで王たる威厳を示せばよろしい、力で解決することをお望みなのでしょ?」

「そうだ、俺は大陸を制覇する覇王となる素質がある……そうだな?」
 欲する者デザイアはもちろんだ、と言わんばかりに再び妖しく咲う。
 その言葉は普段のアンダースであれば、妄言だと片付けることもできたかもしれない……だが、長期間混沌の眷属との接触を繰り返していた彼らには正常な判断能力が次第に失われていることに気が付かなかった。
 支離滅裂に近い思考……だが、汚染されていた者達はそれが異常であるなどと気が付かない、いや気が付かせない……それが混沌の眷属による精神汚染。
 議論しながらテーブル上の駒を動かす二人を見て、ほくそ笑む欲する者デザイア……さあ、この王国に混乱が巻き起こる、血と狂気そして暴力と愛と憎しみラブアンドヘイトが人間へと降り注ぐ。

「なんて可愛い人間達……私がその下らない命も、肉も、血も内臓も愛してあげるわ……」
 想像するだけで気持ち良くなっていく……欲する者デザイアは人知れず自らの身体を弄り、熱い吐息を吐き出す……そしてあの銀髪の少女、シャルロッタ・インテリペリが出てくるのが待ち遠しい。
 あの娘を屈服させ泣き叫ぶ彼女を犯すのは最高に楽しいだろう、そして最高の快楽と共にイキ果てるのだろう、それを想像するだけではち切れそうになってしまう。
 議論に熱中する二人をよそに、欲する者デザイアは口元を紫色の舌で舐め回すと、ゴブレットからワインを飲み干し、テーブルから立ち上がる。
 欲する者デザイアの顔には歪んだ笑みと、興奮なのかほんの少しだけ荒い息を吐きながらゆっくりと影の中へと姿を消していく。

「……さあ、踊りましょう……神の御許へたくさんの命を送り届けるわぁ……楽しみねえ……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界災派 ~1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す~

ス々月帶爲
ファンタジー
元号が令和となり一年。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。 対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。 これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。 防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。 損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。 派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。 其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。 海上自衛隊版、出しました →https://ncode.syosetu.com/n3744fn/ ※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。 「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。 →https://ncode.syosetu.com/n3570fj/ 「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。 →https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369

髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。  その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。  すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。 「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」  これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。 ※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。

「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」

サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

処理中です...