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(幕間) 夜蝶 〇一
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「聞きましたシャルロッタお嬢様……スグファ村で闇夜のような不思議な光沢をした蝶を捕まえた子供がいるそうですよ」
「珍しい蝶? それはどういうものですの?」
侍女頭マーサが夜の湯浴みを終えたわたくしが姿見の前に座って、彼女に白銀の髪を漉いてもらっているのだけど、そこにこんな話を聞いたらそれに顔を突っ込みたくなる。
というのは前世が勇者であったわたくしの性だろうか?
闇のように黒くて不思議な光沢を持った蝶……あともう少しで思い出せそうなもんだが、こういう時にポンと該当の記憶が出てこないというのは、前世までの年齢を合わせるとそれなりの年になっているからだろうか?
「なんでも大きさは顔くらい大きくて、それでいてとてもおとなしい珍しい蝶とかで……」
「黒い蝶……うーん……」
「それがシャルロッタ様、不思議なのはこれからなんですよ」
「へえ?」
「その蝶を手に入れてから、スグファ村の人たちが不思議な夢を見るようになったそうなんですよ」
ちなみにスグファ村はインテリペリ辺境伯領の領都エスタデルからかなり離れており、馬車で五日程度離れた場所だったかな。
わたくしがまだ七歳くらいの時にスグファ村からほんの少し離れた場所にあるエフェマという街に行ったことがあって、念の為マークをしておいた場所があるのでそこが取り壊しにでもなっていなければ移動はできるだろう。
しかし蝶を手に入れてから村の人たちが不思議な夢を見る……か……何か引っ掛かる気がしている。
『シャル……もしかしてその蝶ってナイトパピヨンではございませんか?』
ユルの言葉でわたくしの記憶がつながった……そうだナイトパピヨン……夜蝶とも言われる幻獣で、ぱっと見は不思議な光沢をした黒い蝶の姿をしており、この幻獣自体は戦闘力を全く持っていない存在だ。
幻獣の枠に入っているのはこのナイトパピヨンが混沌神の眷属であることに起因する……混沌神夢見る淑女、夢を司ると言われている神の一柱に属しているが、人類に直接危害を加えるような神ではない。
この神はただ微睡むだけの存在なのだが、時折その微睡の中で出現した不思議な動物や魔獣を現実に産み落とすという悪癖を有している。
確かナイトパピヨンのいる場所って夢見る淑女の夢が顕現する可能性があるわよね?
『はい、幻獣界では顕現しないのですが物質界……この世界にいる場合は夢が産み落とされる場所はナイトパピヨンの近くになるはずです』
わたくしの疑問にユルが同意で答える……こいつは厄介だ。
夢の中で神が見た生物を現実に産み落としてしまうのは無害なものに見えるかもしれない、だがこれは凄まじい危険を孕んでいる。
例えば実際に前世のレーヴェンティオラで発生したことなのだが、夢見る淑女が巨大なドラゴンを愛でる夢を見ていたとする、その存在が現実に生まれ出でてしまう。
現実に生まれ出でたドラゴンは独自の思考、知能を有する個体として行動する……つまり腹が減って近くに人間が住む村があれば食事のために人を襲うようになるし、ドラゴンの戦闘能力は非常に高いので普通の冒険者程度では太刀打ちできなくなる。
「それでぇ……夢の中でたくさんの果物が出てきた時は、実際にその村の近隣に不思議な果実がなる木が生えたそうですよ」
「……うわ……それもうやばいじゃん……」
「何かおっしゃいましたか?」
「なんでもないですわ、不思議なこともあるもんですねえ……」
ナイトパピヨンの周囲にいる人が見る夢は夢見る淑女の夢に連動する……夢の中で果物が出た、ということはすでに神が現実に干渉する夢を見始めているということだ。
夢には順番がある……物質の現実化は相当に進行が進んでいると考えていいだろう、その後は小型の動植物の現実化が始まり、巨大な魔獣が生み出され……ナイトパピヨンがその場所を離れるまで無限に魔獣などが現実に生み出されていく。
これを止めるには神そのものへと干渉するか、ナイトパピヨンを排除するしかないのだけど……さてどうするか。
『どうされますか?』
彼女の見る夢の終わり……レーヴェンティオラでは一度だけその最終段階が顕現したことがあるらしいが、それは夢の終わりに相応しく、地域全てが混沌へと回帰し溶け合う恐怖の瞬間が待っている。
生物と無機物が融解し、生きながら溶け合い苦痛と狂うほどの快感の中で魂が崩壊していくのだという……記録ではそのように書かれていたが、その最終段階に到達するにはまだ時間がかかるはずだ。
これはもうなんとかしに行かないといけないだろうな……内心大きくため息をついたわたくしにユルが念話で少し楽しそうな声で話しかけてくる。
『……久々の遠出ですねえ、あまり寄り道はできないとはいえエスタデルから離れて行動するのは楽しみですね』
「……うわ、本当にヤバいわこれ……」
フードを下ろしたわたくしの前に広がっているのは、本来青々とした森林が広がっているはずの場所、エフェマ郊外に広がる「深緑の森」と呼ばれる場所だった森だ。
ちなみにインテリペリ辺境伯領だけでなく、この大陸に同じように「深緑の森」という名をつけられた場所は多く、この名前だけ出したところでどこのことかわからないという残念な話もあるくらいだが、とにかく深い森林は大体この名前がついていると言っても良い。
さて、その本来木々が生い茂っているはずの森は今不気味に捩くれた不気味な木々と瘴気のようなモヤが漂う普通ではない場所へと変化しており、見ただけでヤバさがはっきりとわかる。
「これ……住民は気がついているんですかね……」
「多少でも気がついている人はいると思うよ、でも原因がわからないから何かおかしいって思って相談はしていると思うんだよね、ただナイトパピヨンとの関連性についてはわかってないと思う」
とはいえおそらくこの恐ろしいまでの変化は冒険者組合などに報告はされていて、数日もすれば調査のために冒険者がこの森へと入るだろう。
だが……わたくしが何気なく横に繰り出した拳、その拳の一撃によりドンッ! という音を立てて吹き飛んでいく巨大なムカデ。
ジャイアントセンチピードと呼ばれる馬鹿デカいムカデ型の魔獣だが、その鋼鉄並みと言われる外皮が粉々に砕け白い体液を撒き散らしながら歪み切った木へと衝突する……だがわたくしの記憶にあるこの魔獣と形状が恐ろしく違う。
ドス黒い外皮は虹色の光沢を有しており、足の形も出鱈目な方向へと伸びており、その姿を一目見ただけでどことなく不安を感じる生物としてはあるまじき形状へと変化している。
「夢は自由……生身の人間が空を飛ぶ夢を見るように、神もまた自由な夢を見る……」
「……シャル?」
「わたくしを送り込んだ女神様がおっしゃってましたわ、神も夢を見るけどその夢は人が思うようなものではないと」
神の夢は人が想像するようなものではない……それは極彩色に彩られた人間には理解のできないものでしかない、彼らにとっては人間の生死など塵芥のようなものだ。
わたくしも神の夢などは理解できないし、理解したくもない……それが混沌神夢見る淑女のものであれば尚更だ。
名前こそ夢見る淑女と言われているが、その姿は決して美しいものではないと言われており、神の姿を見てしまった人間は正気を失うとさえ言われている神なのだ、そんな神が見る夢なぞ……普通であるはずがないのだ。
だが思考の海に沈みかけていたわたくしにユルが警告を飛ばしたことで、自分の周りに敵意が渦巻いていることに気がついた。
「……シャルッ!」
「わかっている、大丈夫よ」
その場で体を回転させてわたくしに手を伸ばしていた一つ目をした三本腕の黒色の猿に蹴りを叩き込むが、もはやこの怪物がなんなのかすらわからないな……背中には尾鰭のような何かが生えているし、その胸の辺りに鰓のような器官が備わっている。
それにもかかわらず体毛は生えているし、口元には牙が覗く……そしてその目は昆虫のような複眼が備わっているのだから。
わたくしの蹴りをまともに受けたその怪物は空中で血飛沫を上げながら肉体を四散させるが、血液はオレンジ色をしており、その不可解さにわたくしは顔を顰める。
「もはやこの辺り一帯が夢見る淑女の領域ということですかね……」
「放っておいたら完全に夢の領域へと堕ちるでしょうね……」
さらにわたくしへと向かって複数の怪物が飛びかかってくる……その姿は先ほどの不可思議な猿とは違って、鮫のような頭を持ち、四肢が触手のように蠢く不気味な軟体動物にも見えるものや、白くヌメヌメとした外皮を持ち、本来頭部がついている部分には大きな口が開き、腕と足が共に三本ある極端に歪な怪物の姿がある。
もはやなんでもありか……わたくしは剣を振るってその異形の怪物を切り伏せていくが、その中で頭に声が響いた。
『……来たれ……異世界の勇者よ……わらわの元へ来るが良い……』
荘厳なる声色、そして女性とも男性ともつかない不気味な音程の声……神には性別がない、だったか?
いきなりわたくしとユルの周囲に巨大な魔法陣のようなものが浮かび上がる、その魔力は複雑怪奇で心地良いと思った次の瞬間に不快さを同居させていくという恐ろしく謎めいたものだった。
これは……夢見る淑女がわたくしたちを呼んでいるのか? いいだろう、わたくしを招くということなのであれば、彼女は交渉ができるはずだ。
不安そうなユルの頭にそっと手を添えた私は虚空に向かって叫んだ。
「……いいですわよ? 夢見る淑女……わたくしをあなたの元へとお呼びくださいまし!」
「珍しい蝶? それはどういうものですの?」
侍女頭マーサが夜の湯浴みを終えたわたくしが姿見の前に座って、彼女に白銀の髪を漉いてもらっているのだけど、そこにこんな話を聞いたらそれに顔を突っ込みたくなる。
というのは前世が勇者であったわたくしの性だろうか?
闇のように黒くて不思議な光沢を持った蝶……あともう少しで思い出せそうなもんだが、こういう時にポンと該当の記憶が出てこないというのは、前世までの年齢を合わせるとそれなりの年になっているからだろうか?
「なんでも大きさは顔くらい大きくて、それでいてとてもおとなしい珍しい蝶とかで……」
「黒い蝶……うーん……」
「それがシャルロッタ様、不思議なのはこれからなんですよ」
「へえ?」
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『シャル……もしかしてその蝶ってナイトパピヨンではございませんか?』
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この神はただ微睡むだけの存在なのだが、時折その微睡の中で出現した不思議な動物や魔獣を現実に産み落とすという悪癖を有している。
確かナイトパピヨンのいる場所って夢見る淑女の夢が顕現する可能性があるわよね?
『はい、幻獣界では顕現しないのですが物質界……この世界にいる場合は夢が産み落とされる場所はナイトパピヨンの近くになるはずです』
わたくしの疑問にユルが同意で答える……こいつは厄介だ。
夢の中で神が見た生物を現実に産み落としてしまうのは無害なものに見えるかもしれない、だがこれは凄まじい危険を孕んでいる。
例えば実際に前世のレーヴェンティオラで発生したことなのだが、夢見る淑女が巨大なドラゴンを愛でる夢を見ていたとする、その存在が現実に生まれ出でてしまう。
現実に生まれ出でたドラゴンは独自の思考、知能を有する個体として行動する……つまり腹が減って近くに人間が住む村があれば食事のために人を襲うようになるし、ドラゴンの戦闘能力は非常に高いので普通の冒険者程度では太刀打ちできなくなる。
「それでぇ……夢の中でたくさんの果物が出てきた時は、実際にその村の近隣に不思議な果実がなる木が生えたそうですよ」
「……うわ……それもうやばいじゃん……」
「何かおっしゃいましたか?」
「なんでもないですわ、不思議なこともあるもんですねえ……」
ナイトパピヨンの周囲にいる人が見る夢は夢見る淑女の夢に連動する……夢の中で果物が出た、ということはすでに神が現実に干渉する夢を見始めているということだ。
夢には順番がある……物質の現実化は相当に進行が進んでいると考えていいだろう、その後は小型の動植物の現実化が始まり、巨大な魔獣が生み出され……ナイトパピヨンがその場所を離れるまで無限に魔獣などが現実に生み出されていく。
これを止めるには神そのものへと干渉するか、ナイトパピヨンを排除するしかないのだけど……さてどうするか。
『どうされますか?』
彼女の見る夢の終わり……レーヴェンティオラでは一度だけその最終段階が顕現したことがあるらしいが、それは夢の終わりに相応しく、地域全てが混沌へと回帰し溶け合う恐怖の瞬間が待っている。
生物と無機物が融解し、生きながら溶け合い苦痛と狂うほどの快感の中で魂が崩壊していくのだという……記録ではそのように書かれていたが、その最終段階に到達するにはまだ時間がかかるはずだ。
これはもうなんとかしに行かないといけないだろうな……内心大きくため息をついたわたくしにユルが念話で少し楽しそうな声で話しかけてくる。
『……久々の遠出ですねえ、あまり寄り道はできないとはいえエスタデルから離れて行動するのは楽しみですね』
「……うわ、本当にヤバいわこれ……」
フードを下ろしたわたくしの前に広がっているのは、本来青々とした森林が広がっているはずの場所、エフェマ郊外に広がる「深緑の森」と呼ばれる場所だった森だ。
ちなみにインテリペリ辺境伯領だけでなく、この大陸に同じように「深緑の森」という名をつけられた場所は多く、この名前だけ出したところでどこのことかわからないという残念な話もあるくらいだが、とにかく深い森林は大体この名前がついていると言っても良い。
さて、その本来木々が生い茂っているはずの森は今不気味に捩くれた不気味な木々と瘴気のようなモヤが漂う普通ではない場所へと変化しており、見ただけでヤバさがはっきりとわかる。
「これ……住民は気がついているんですかね……」
「多少でも気がついている人はいると思うよ、でも原因がわからないから何かおかしいって思って相談はしていると思うんだよね、ただナイトパピヨンとの関連性についてはわかってないと思う」
とはいえおそらくこの恐ろしいまでの変化は冒険者組合などに報告はされていて、数日もすれば調査のために冒険者がこの森へと入るだろう。
だが……わたくしが何気なく横に繰り出した拳、その拳の一撃によりドンッ! という音を立てて吹き飛んでいく巨大なムカデ。
ジャイアントセンチピードと呼ばれる馬鹿デカいムカデ型の魔獣だが、その鋼鉄並みと言われる外皮が粉々に砕け白い体液を撒き散らしながら歪み切った木へと衝突する……だがわたくしの記憶にあるこの魔獣と形状が恐ろしく違う。
ドス黒い外皮は虹色の光沢を有しており、足の形も出鱈目な方向へと伸びており、その姿を一目見ただけでどことなく不安を感じる生物としてはあるまじき形状へと変化している。
「夢は自由……生身の人間が空を飛ぶ夢を見るように、神もまた自由な夢を見る……」
「……シャル?」
「わたくしを送り込んだ女神様がおっしゃってましたわ、神も夢を見るけどその夢は人が思うようなものではないと」
神の夢は人が想像するようなものではない……それは極彩色に彩られた人間には理解のできないものでしかない、彼らにとっては人間の生死など塵芥のようなものだ。
わたくしも神の夢などは理解できないし、理解したくもない……それが混沌神夢見る淑女のものであれば尚更だ。
名前こそ夢見る淑女と言われているが、その姿は決して美しいものではないと言われており、神の姿を見てしまった人間は正気を失うとさえ言われている神なのだ、そんな神が見る夢なぞ……普通であるはずがないのだ。
だが思考の海に沈みかけていたわたくしにユルが警告を飛ばしたことで、自分の周りに敵意が渦巻いていることに気がついた。
「……シャルッ!」
「わかっている、大丈夫よ」
その場で体を回転させてわたくしに手を伸ばしていた一つ目をした三本腕の黒色の猿に蹴りを叩き込むが、もはやこの怪物がなんなのかすらわからないな……背中には尾鰭のような何かが生えているし、その胸の辺りに鰓のような器官が備わっている。
それにもかかわらず体毛は生えているし、口元には牙が覗く……そしてその目は昆虫のような複眼が備わっているのだから。
わたくしの蹴りをまともに受けたその怪物は空中で血飛沫を上げながら肉体を四散させるが、血液はオレンジ色をしており、その不可解さにわたくしは顔を顰める。
「もはやこの辺り一帯が夢見る淑女の領域ということですかね……」
「放っておいたら完全に夢の領域へと堕ちるでしょうね……」
さらにわたくしへと向かって複数の怪物が飛びかかってくる……その姿は先ほどの不可思議な猿とは違って、鮫のような頭を持ち、四肢が触手のように蠢く不気味な軟体動物にも見えるものや、白くヌメヌメとした外皮を持ち、本来頭部がついている部分には大きな口が開き、腕と足が共に三本ある極端に歪な怪物の姿がある。
もはやなんでもありか……わたくしは剣を振るってその異形の怪物を切り伏せていくが、その中で頭に声が響いた。
『……来たれ……異世界の勇者よ……わらわの元へ来るが良い……』
荘厳なる声色、そして女性とも男性ともつかない不気味な音程の声……神には性別がない、だったか?
いきなりわたくしとユルの周囲に巨大な魔法陣のようなものが浮かび上がる、その魔力は複雑怪奇で心地良いと思った次の瞬間に不快さを同居させていくという恐ろしく謎めいたものだった。
これは……夢見る淑女がわたくしたちを呼んでいるのか? いいだろう、わたくしを招くということなのであれば、彼女は交渉ができるはずだ。
不安そうなユルの頭にそっと手を添えた私は虚空に向かって叫んだ。
「……いいですわよ? 夢見る淑女……わたくしをあなたの元へとお呼びくださいまし!」
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