80 / 430
(幕間) 夜蝶 〇二
しおりを挟む
——夢見る淑女の呼びかけに答えた瞬間、わたくしとユルは突然の浮遊感に襲われる。
「うあ……ッ!」
いきなり足元がなくなり、凄まじい高さから落ちるような感覚……いや、現実ではあってもこれは夢見る淑女の夢を具現化したもの。
人間が見る夢で高い場所から落ちる夢というのはその人の精神状態によっては、不吉なものとして捉えられるがこの夢は神の見る夢だ……何を暗示しているのかは人であるわたくしではわからないが、少なくともこれは現実だ。
わたくしとユルは凄まじい勢いで暗闇の中へと落ちていく……自由落下するという経験は少なくとも慣れているわけじゃない、わたくしだって高い場所からひたすらどこへ落ちているかわからないという感覚には恐怖すら覚える。
「シャルっ! 気を確かに持ってください……これは神の夢ですよ!」
「大空を舞う翼、風に乗りて、我が身を舞い上がらせよ、天空の翼ッ!」
わたくしとユルの足元に白色に輝く魔法陣が構成されていく……前世でもよく使った足元に魔法陣を展開して大空を自由自在に飛行、浮遊など非常に便利な飛行魔法だ。
欠点は夜などでは足元から伸びる光の帯のようなものが少しの間残ってしまうことなのだが、この状況ならその欠点を考える必要もないだろう。
まずは……この永遠に落下している状況をどうにかする。
「……って、あれ?! な、なんで?!」
「これはまずい……ッ!」
わたくしが魔力をコントロールしてその場に浮遊しようとした瞬間、恐ろしく強い引力のようなものが全身に加わり一瞬速度が落ちたはずのわたくしの体が再び暗闇の中へと再加速していく。
足元を見てもちゃんと天空の翼の魔法陣は構成されているが、わたくしが魔法へと込める魔力よりも強く、そして恐ろしいまでの力で暗闇の中へと引き摺り込まれているのがわかった……夢の力はなんでもありってことか?!
落下を続けるわたくしの前にガラスを爪で引っ掻いたような甲高い悲鳴のようなものをあげる不気味な怪物が数体飛び出してくる……全身には鱗が生え、霜と硝石に塗れた翼を羽ばたかせながら、立て髪を持つ少し長めの頭部を持ったその生物は体を回転させるような動きを見せてわたくしとユルへと突っ込んでくる。
ギリッ! と奥歯を噛み締めながらわたくしは腰の剣を引き抜き、その突進してくる怪物を一刀で切り裂いていく……手応えは見た目に反して巨大な昆虫を切り裂いた時のような感覚だろうか?
「シャンタク鳥……外世界を飛び回る黒い怪鳥です!」
「見た目と手応えが違いすぎますわよ!?」
わたくしの斬撃で切り裂かれた不気味な鳥のような怪物は赤黒い血液を撒き散らしながらわたくしたちよりも高い位置へと上昇していく……もうすでに上下感覚すらもう理解不能の状況だ。
いきなりわたくしたちは落下方向から、連続で別の方向へと強く引き寄せられるような感覚に陥り、上方向に強く引き寄せられたかと思うと次は横方向へと落下していく……三半規管が無理やりな方向への移動で揺さぶられすぎて、視界がチカチカしてきている。
ジェットコースターで色々な方向へと引っ張られているような感覚に近い……そして元々日本人であった時も絶叫マシンが得意ではなかったわたくしは酸っぱいものを喉の奥に感じながらも必死に口元を押さえて我慢する。
「……きぼぢ悪い……も、もう勘弁してくださいまし……」
「シャル、大丈夫で……うぼええええええっ!」
「うきゃー! なんか飛沫が飛んできたああッ!」
ユルがその移動に耐えきれなかったのだろう、突然口から吐瀉物を吹き出した……キラキラと輝くような液体が落下していくわたくしたちよりも上や横へと撒き散らされる。
だが、次の瞬間いきなりその地獄のような落下が突然終わり、わたくしたちは恐ろしく柔らかい何かに包み込まれたかのような感覚に陥るとふわりと空中へと浮き上がる。
そこでようやく天空の翼の効果が生まれ、わたくしとユルは暗闇以外何もない空間に浮く。
「おえええええっ……」
「……うぐ……見ない方がいいですわ……」
わたくしの隣でユルが苦しそうに色々なものを吐き出している……よく見ると肉とかだけでなく、草とか骨とか相当な量が出ているのが見える……あ、だめこれ以上見てると吐いてしまいそう。
視線を動かして暗闇の中へと目をこらす……そこには超巨大な何かがいるようで、視界の中で何かが規則正しく動いているのが見える。
これは一体なんだ……? わたくしがじーっとその規則正しく動く何か、を見ているとゆっくりと暗闇が横に裂けていき黄金色に輝く四角い瞳孔が浮かび上がってくる。
『……よく来た勇者……にしてはずいぶん小さいのう……』
「がああっ……い、痛い……ッ!」
頭の中に凄まじい大音量の声が響く……あまりの音の大きさは直接脳に強い痛みを発生させわたくしは思わず頭を押さえて魔法陣上にうずくまってしまう。
ユルも全身を総毛立たせて両足で耳を押さえるような仕草をしているから同じように痛みを感じているのだろう。
その黄金の目は「おや?」というふうな動きを見せると、すぐにわたくしたちの脳内へと響く音量を下げた状態で話しかけてきた。
『数百年ぶりに人を見たからな……わらわは夢見る淑女……微睡む神とも言われる』
「あたた……とりあえず音を下げてくれてありがとうございます、わたくしはシャルロッタ・インテリペリと申します、こちらは契約しているガルム族のユル」
わたくしは淑女の嗜みとして夢見る淑女へとカーテシー披露すると、傍に控えて少し怯えたような表情を見せるユルを紹介する。
浮かび上がる目は不規則な回転を見せながら、わたくしとユルを興味深そうに見つめる……その動きはまるで山羊の瞳のように少し不気味さを感じさせるものだが、不思議と目の前の微睡む神には敵意がないと感じる。
『混沌四神が言うておった……神々の盟約が一度破られたと、そうかそうか……わらわを前に堂々たるその姿は確かに興味深いものだ』
「そ、それは光栄ですわ……夢見る淑女、一つだけお願いがあるのですけど」
『……続けなさい』
「ナイトパピヨンを貴女の御許へと戻していただけない? このままでは貴女の夢に巻き込まれて多くの人が死ぬ……この地域を支配する辺境伯家の人間としてそれは看過できないの」
『ふむ、遍く混沌は甘美なる快感そして美しい夢なのだが……』
「それは貴女たち混沌神やその眷属だけよ、わたくしたち人間にはそれは苦痛を伴うものなの」
わたくしの言葉を聞いて、黄金の瞳がグルグルと回転する……どうやら考え事をしているらしい、というのがわかった。
目だけしか見えていないけど案外相手の状況がわかるもんだな、と自分のことながら変に感心してしまう……ともかく暗闇の中にはおそらく目以外の夢見る淑女の本当の姿があるはずなのだけど、暗闇の中に蠢く黒い巨大な何か、というぼんやりとした姿でしか見えていない。
『……よろしい、わらわの眷属を暗闇の中、微睡む世界へと戻そうぞ』
よかった……ほっとした気分も束の間、夢見る淑女はまるでほくそ笑むかのように少しだけ目を細めて、ぐるりと一回転させる。
ズズズ……と何か巨大なものがこちらへと動いてくる気配があり、黄金の目がもう一つ空間の中へと出現する……左右の瞳はまるで脈絡のない動きで別々の方向へと回転し、ギョロリとわたくしを見つめるとゆっくりと暗闇の中から節くれだったヌメヌメとした黒い鱗と、灰色の毛皮を纏った巨大な指がわたくしへと伸びる。
『……対価はわらわの望むもので良いな?』
しまった……神を相手に交渉するということは、対価が必要になる古くより人間が神へ贄を捧げるのは神との交渉に必要なものだ。
しかしナイトパピヨンを戻さなければ辺り一帯が壊滅してしまうし、この領域内で神を相手に戦えるほどわたくしは自分の戦闘能力に過信していない……苦戦はするだろうけどギリギリ勝てるか、そのくらいかも知れない。
だが夢見る淑女はほくそ笑むようにクスクスと笑うと、驚くべき一言を言い放つ。
『……わらわが望むときに夢でお前を呼び出し命令を行使できる、これが対価だ』
「命令を行使できる?」
『お前は神と戦えるのだろう? わらわにも敵はおるでな……その時命をかけてわらわを護ってたもれ』
「そ、それはどういう……え? あ……ああああっ!?」
そして暗闇の中から黒い影にしか見えなかった夢見る淑女の姿が次第に姿を表す……視界に入ってしまったその姿は冒涜的であり退廃的で、そして恐ろしいくらいに醜く狂気的だった。
淑女? そんな美しい言葉を口に出すのが憚られるくらい、神の姿は悍ましかった……あちこちに腫瘍と蠢く触手、そして顔を構成する器官、目と鼻や口に耳が全身にでたらめに配置されている……耐えきれずにわたくしは思わず絶叫した。
——次の瞬間わたくしは太い木の根元に横たわって空を見上げていた。
……どうやら少しの間寝てしまっていたようで、辺りを見回すと深い森の中で静寂の中、カサカサと葉が揺れる音や虫の鳴き声が聞こえてくるが、ふと頬が自分の涙で濡れていることに気がつき、わたくしは大きく息を吐く。
隣にはユルがひっくり返った姿で寝息を立てており、なんだか無性に腹が立って思わず彼の頭をペシッと叩いてしまい、ユルは慌てて飛び起きた。
「はっ?! ……ね、寝てしまっておりましたか?」
「わたくしもよ……でもナイトパピヨンは去ったみたいね」
わたくしたちが辺りを見回すと「深緑の森」の名前にふさわしいくらい、静かで静謐な森の光景が広がっている……まるでここに来たときのことが嘘だったかのように、静かで土と草の匂いが心地よい空間だ。
戻るか……わたくしが軽く衣服を叩いて立ち上がると、ユルは全身を大きく振るわせてからわたくしにそっと頭を擦り付ける。
わたくしは優しく彼の頭を撫でてから、その背中に身を踊らせるように飛び乗るとユルは風のような速さでその森の中をかけていく。
しかし……どうしてあんな場所で倒れていたんだろう? と疑問に思ったわたくしの耳に囁くような声が聞こえた。
『……約束は守ってたもれ……その時はそう遠くないでな……シャルロッタ・インテリペリよ』
「うあ……ッ!」
いきなり足元がなくなり、凄まじい高さから落ちるような感覚……いや、現実ではあってもこれは夢見る淑女の夢を具現化したもの。
人間が見る夢で高い場所から落ちる夢というのはその人の精神状態によっては、不吉なものとして捉えられるがこの夢は神の見る夢だ……何を暗示しているのかは人であるわたくしではわからないが、少なくともこれは現実だ。
わたくしとユルは凄まじい勢いで暗闇の中へと落ちていく……自由落下するという経験は少なくとも慣れているわけじゃない、わたくしだって高い場所からひたすらどこへ落ちているかわからないという感覚には恐怖すら覚える。
「シャルっ! 気を確かに持ってください……これは神の夢ですよ!」
「大空を舞う翼、風に乗りて、我が身を舞い上がらせよ、天空の翼ッ!」
わたくしとユルの足元に白色に輝く魔法陣が構成されていく……前世でもよく使った足元に魔法陣を展開して大空を自由自在に飛行、浮遊など非常に便利な飛行魔法だ。
欠点は夜などでは足元から伸びる光の帯のようなものが少しの間残ってしまうことなのだが、この状況ならその欠点を考える必要もないだろう。
まずは……この永遠に落下している状況をどうにかする。
「……って、あれ?! な、なんで?!」
「これはまずい……ッ!」
わたくしが魔力をコントロールしてその場に浮遊しようとした瞬間、恐ろしく強い引力のようなものが全身に加わり一瞬速度が落ちたはずのわたくしの体が再び暗闇の中へと再加速していく。
足元を見てもちゃんと天空の翼の魔法陣は構成されているが、わたくしが魔法へと込める魔力よりも強く、そして恐ろしいまでの力で暗闇の中へと引き摺り込まれているのがわかった……夢の力はなんでもありってことか?!
落下を続けるわたくしの前にガラスを爪で引っ掻いたような甲高い悲鳴のようなものをあげる不気味な怪物が数体飛び出してくる……全身には鱗が生え、霜と硝石に塗れた翼を羽ばたかせながら、立て髪を持つ少し長めの頭部を持ったその生物は体を回転させるような動きを見せてわたくしとユルへと突っ込んでくる。
ギリッ! と奥歯を噛み締めながらわたくしは腰の剣を引き抜き、その突進してくる怪物を一刀で切り裂いていく……手応えは見た目に反して巨大な昆虫を切り裂いた時のような感覚だろうか?
「シャンタク鳥……外世界を飛び回る黒い怪鳥です!」
「見た目と手応えが違いすぎますわよ!?」
わたくしの斬撃で切り裂かれた不気味な鳥のような怪物は赤黒い血液を撒き散らしながらわたくしたちよりも高い位置へと上昇していく……もうすでに上下感覚すらもう理解不能の状況だ。
いきなりわたくしたちは落下方向から、連続で別の方向へと強く引き寄せられるような感覚に陥り、上方向に強く引き寄せられたかと思うと次は横方向へと落下していく……三半規管が無理やりな方向への移動で揺さぶられすぎて、視界がチカチカしてきている。
ジェットコースターで色々な方向へと引っ張られているような感覚に近い……そして元々日本人であった時も絶叫マシンが得意ではなかったわたくしは酸っぱいものを喉の奥に感じながらも必死に口元を押さえて我慢する。
「……きぼぢ悪い……も、もう勘弁してくださいまし……」
「シャル、大丈夫で……うぼええええええっ!」
「うきゃー! なんか飛沫が飛んできたああッ!」
ユルがその移動に耐えきれなかったのだろう、突然口から吐瀉物を吹き出した……キラキラと輝くような液体が落下していくわたくしたちよりも上や横へと撒き散らされる。
だが、次の瞬間いきなりその地獄のような落下が突然終わり、わたくしたちは恐ろしく柔らかい何かに包み込まれたかのような感覚に陥るとふわりと空中へと浮き上がる。
そこでようやく天空の翼の効果が生まれ、わたくしとユルは暗闇以外何もない空間に浮く。
「おえええええっ……」
「……うぐ……見ない方がいいですわ……」
わたくしの隣でユルが苦しそうに色々なものを吐き出している……よく見ると肉とかだけでなく、草とか骨とか相当な量が出ているのが見える……あ、だめこれ以上見てると吐いてしまいそう。
視線を動かして暗闇の中へと目をこらす……そこには超巨大な何かがいるようで、視界の中で何かが規則正しく動いているのが見える。
これは一体なんだ……? わたくしがじーっとその規則正しく動く何か、を見ているとゆっくりと暗闇が横に裂けていき黄金色に輝く四角い瞳孔が浮かび上がってくる。
『……よく来た勇者……にしてはずいぶん小さいのう……』
「がああっ……い、痛い……ッ!」
頭の中に凄まじい大音量の声が響く……あまりの音の大きさは直接脳に強い痛みを発生させわたくしは思わず頭を押さえて魔法陣上にうずくまってしまう。
ユルも全身を総毛立たせて両足で耳を押さえるような仕草をしているから同じように痛みを感じているのだろう。
その黄金の目は「おや?」というふうな動きを見せると、すぐにわたくしたちの脳内へと響く音量を下げた状態で話しかけてきた。
『数百年ぶりに人を見たからな……わらわは夢見る淑女……微睡む神とも言われる』
「あたた……とりあえず音を下げてくれてありがとうございます、わたくしはシャルロッタ・インテリペリと申します、こちらは契約しているガルム族のユル」
わたくしは淑女の嗜みとして夢見る淑女へとカーテシー披露すると、傍に控えて少し怯えたような表情を見せるユルを紹介する。
浮かび上がる目は不規則な回転を見せながら、わたくしとユルを興味深そうに見つめる……その動きはまるで山羊の瞳のように少し不気味さを感じさせるものだが、不思議と目の前の微睡む神には敵意がないと感じる。
『混沌四神が言うておった……神々の盟約が一度破られたと、そうかそうか……わらわを前に堂々たるその姿は確かに興味深いものだ』
「そ、それは光栄ですわ……夢見る淑女、一つだけお願いがあるのですけど」
『……続けなさい』
「ナイトパピヨンを貴女の御許へと戻していただけない? このままでは貴女の夢に巻き込まれて多くの人が死ぬ……この地域を支配する辺境伯家の人間としてそれは看過できないの」
『ふむ、遍く混沌は甘美なる快感そして美しい夢なのだが……』
「それは貴女たち混沌神やその眷属だけよ、わたくしたち人間にはそれは苦痛を伴うものなの」
わたくしの言葉を聞いて、黄金の瞳がグルグルと回転する……どうやら考え事をしているらしい、というのがわかった。
目だけしか見えていないけど案外相手の状況がわかるもんだな、と自分のことながら変に感心してしまう……ともかく暗闇の中にはおそらく目以外の夢見る淑女の本当の姿があるはずなのだけど、暗闇の中に蠢く黒い巨大な何か、というぼんやりとした姿でしか見えていない。
『……よろしい、わらわの眷属を暗闇の中、微睡む世界へと戻そうぞ』
よかった……ほっとした気分も束の間、夢見る淑女はまるでほくそ笑むかのように少しだけ目を細めて、ぐるりと一回転させる。
ズズズ……と何か巨大なものがこちらへと動いてくる気配があり、黄金の目がもう一つ空間の中へと出現する……左右の瞳はまるで脈絡のない動きで別々の方向へと回転し、ギョロリとわたくしを見つめるとゆっくりと暗闇の中から節くれだったヌメヌメとした黒い鱗と、灰色の毛皮を纏った巨大な指がわたくしへと伸びる。
『……対価はわらわの望むもので良いな?』
しまった……神を相手に交渉するということは、対価が必要になる古くより人間が神へ贄を捧げるのは神との交渉に必要なものだ。
しかしナイトパピヨンを戻さなければ辺り一帯が壊滅してしまうし、この領域内で神を相手に戦えるほどわたくしは自分の戦闘能力に過信していない……苦戦はするだろうけどギリギリ勝てるか、そのくらいかも知れない。
だが夢見る淑女はほくそ笑むようにクスクスと笑うと、驚くべき一言を言い放つ。
『……わらわが望むときに夢でお前を呼び出し命令を行使できる、これが対価だ』
「命令を行使できる?」
『お前は神と戦えるのだろう? わらわにも敵はおるでな……その時命をかけてわらわを護ってたもれ』
「そ、それはどういう……え? あ……ああああっ!?」
そして暗闇の中から黒い影にしか見えなかった夢見る淑女の姿が次第に姿を表す……視界に入ってしまったその姿は冒涜的であり退廃的で、そして恐ろしいくらいに醜く狂気的だった。
淑女? そんな美しい言葉を口に出すのが憚られるくらい、神の姿は悍ましかった……あちこちに腫瘍と蠢く触手、そして顔を構成する器官、目と鼻や口に耳が全身にでたらめに配置されている……耐えきれずにわたくしは思わず絶叫した。
——次の瞬間わたくしは太い木の根元に横たわって空を見上げていた。
……どうやら少しの間寝てしまっていたようで、辺りを見回すと深い森の中で静寂の中、カサカサと葉が揺れる音や虫の鳴き声が聞こえてくるが、ふと頬が自分の涙で濡れていることに気がつき、わたくしは大きく息を吐く。
隣にはユルがひっくり返った姿で寝息を立てており、なんだか無性に腹が立って思わず彼の頭をペシッと叩いてしまい、ユルは慌てて飛び起きた。
「はっ?! ……ね、寝てしまっておりましたか?」
「わたくしもよ……でもナイトパピヨンは去ったみたいね」
わたくしたちが辺りを見回すと「深緑の森」の名前にふさわしいくらい、静かで静謐な森の光景が広がっている……まるでここに来たときのことが嘘だったかのように、静かで土と草の匂いが心地よい空間だ。
戻るか……わたくしが軽く衣服を叩いて立ち上がると、ユルは全身を大きく振るわせてからわたくしにそっと頭を擦り付ける。
わたくしは優しく彼の頭を撫でてから、その背中に身を踊らせるように飛び乗るとユルは風のような速さでその森の中をかけていく。
しかし……どうしてあんな場所で倒れていたんだろう? と疑問に思ったわたくしの耳に囁くような声が聞こえた。
『……約束は守ってたもれ……その時はそう遠くないでな……シャルロッタ・インテリペリよ』
2
お気に入りに追加
852
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。
八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。
パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。
攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。
ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。
一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。
これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。
※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。
※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。
※表紙はAIイラストを使用。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる