上 下
58 / 402

第五一話 シャルロッタ・インテリペリ 一五歳 二一

しおりを挟む
「このビヘイビアにおける迷宮ダンジョンコアはこれね……」

 肉欲の悪魔ラストデーモンオルインピアーダは目の前に浮かぶ巨大な結晶を見て、感心したように笑う。
 ビヘイビアの最深部第七階層の最奥に位置する巨大な部屋、いわゆる迷宮ダンジョンコアが設置された最後の部屋には今オルインピアーダ以外の存在は見当たらない。
 魔力を凝縮したコア迷宮ダンジョンの通常最深部に設置され、各階層にゲートを出現させて内部へと魔物を出現させていく。
 形状は平面を持たない多面結晶体となっており、発する魔力により表面には複雑怪奇な色彩が表現されている……別の世界では偏四角多面体トラペゾヘドロンと呼ばれる混沌の物体でもある。
「美しい色ねえ……でも私が知っているコアはもっと美しいものも存在していたわ、だからここはちょっと濁っているわね」

 この世界における迷宮ダンジョンには、その属性に応じて傾向と難易度が存在すると公式に認められている。
 このビヘイビアにおいては人間型の亜人、つまりコボルトやゴブリン、ホブゴブリンなどの魔物が出現することが知られており、一定時間が経過することで魔物の数がある一定数になるように調整されている。
 王都に一番近く、そして初級冒険者の訓練などにも使われる迷宮ダンジョンと呼ばれるのはそのためだ。
 知能がある程度高く集団で襲いかかってくるゴブリンへの対処などが学習でき、それでいて戦闘能力はそれほど高くない……まあ下層階に出現するホブゴブリンやオーガなどは一筋縄では行かないが、それらを対処できるならば中級冒険者への道が待っているとも言われている。

 なお原理はよくわかっていないが、構造上このコアを破壊しない限り魔物の増殖は止まることがない。
 しかしコアの破壊は迷宮ダンジョン自体の無力化に繋がることが知られており、冒険者による破壊は禁じられている。
 とはいえ通常の人間によるコアの破壊は難しい……魔法や武器による攻撃をほとんど受け付けない上に、歴史的にも破壊に成功したのは勇者アンスラックスのみとされている。
 結果的に冒険者という職業が公式に認められていることからも、大陸における共有財産として迷宮ダンジョンの保全と管理は所有している国家が責任を持つという盟約が存在しているのだ。

 間引きなどの管理さえきちんと行なっておけば迷宮ダンジョンから魔物が溢れ出すこともないため、通常は最深部まで到達する冒険者は存在していない。
 間引きを行わない迷宮ダンジョンは、最終的に大暴走スタンピードと呼ばれる魔物の暴走を引き起こすことがあるが、ビヘイビアにおいては過去に数回しか記録されていない。
 また、迷宮ダンジョンにはボス級の魔物が存在しておりコア前の部屋で侵入者を待ち構えているが、コアへの到達に意味がないことから、ビヘイビアにボス部屋が存在していることを知らないものすらいるという。

「さて閣下に命じられたのはこのコアに魔力を注いで暴走させるって話だけど……それほど注ぐこともなさそうね」
 目の前に浮かぶ結晶は不規則な明滅を繰り返しているが、混沌神の眷属肉欲の悪魔ラストデーモンであるオルインピアーダの目にはコアが溜め込んでいる魔力はかなりの状況であることが理解できる。
 どうやら冒険者達は浅い階層の間引きは熱心に行なっているようだが、深い階層まではなかなか足を運べていないようだ……その影響なのかコアが生み出す魔力と、異世界から魔物を引き込む力は非常に大きくなっており、ほんの少し手を加えることで容易に大暴走スタンピードが引き起こせるようなそんな状況になりつつある。
「殿方のアレと一緒でイっちゃうときはあっという間なのよね……ほらぁ、早くあなたの全部出しちゃいなさい……」

 軽く腕を振るって手のひらへと魔力を集中させていく……彼女の魔力ではなく媒介として契約者の持つ莫大な魔力を誘導すれば容易に暴走状態が作り上げられるだろう。
 ホワイトスネイク侯爵令嬢プリムローズの持つ魔力は凄まじい、本人も意識はしていないだろうが確実に人類としての頂点に近いレベルの魔力をその小さな体の中に持っている。
 とはいえ莫大な魔力を持っているだけで、使いこなせるかどうかは本人次第であり、結局のところ魔法使いとしての日頃の努力とちょっとしたきっかけが無ければ宝の持ち腐れになってしまうのだ。
「うふふ……有効活用してあげるわプリムローズ、あなたの魔力がこの迷宮ダンジョンに破滅をもたらすのよ」



「ほいっと……随分たくさん襲いかかってくるのねえ……」
 わたくしが剣を振るたびに襲いかかってきたホブゴブリンの首と胴体が切り離され、少し暗い色をした血飛沫が上がっていく。第二階層を進んでいるわたくしの前に現れる魔物はそれほど脅威ではなく、ユルも楽ができるからと言う理由で背後からの襲撃にしか備えていない。
 時折地面にドス黒い血液やホブゴブリンやゴブリンの死体が転がっているのは別の冒険者たちが倒したものなのだろうけど……それにしちゃ随分とわたくしに向かって活発な襲撃が何度も繰り返されている気がする。
「妙ですな……ホブゴブリンやゴブリンはそれほど勇敢な魔物ではありません、何かに追い立てられているような印象があります」

「オウルベアの時みたいな感じですわね……」
 足元の方からずっと強い波動のようなものを感じて正直にいえば少し気分が悪くなっている、定期的に波のような魔力を当てられ続けているため船酔いに近い状態になっているのだ。
 この魔力の波動、それが魔物をより凶暴に、より活性化させているのは間違いない……つまり大暴走スタンピードはもはや目の前に迫ってきているのだ。
 右手の不滅イモータルがぼんやりとした光で明滅している……それと同時にわたくしの眼前に複数の巨大なオーガが吠え声を上げながら歩みでる。
「オーガ? この階層に出ないって話だったけど……下から上がってきてるのかしら」

 オーガの手にはちぎれた誰かの腕が握られており、魔物はそれをスナック感覚で齧りながらわたくしを見てニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべている。
 この魔物は人を喰う……食人鬼の名は飾りではなく人やそれに類する生物の血肉を食らう。そしてそれなりに知能が高いことでも知られ、野外などで遭遇すると初級冒険者では対応が難しい。
 まあ迷宮ダンジョンに出てくるようなやつはそこまで厄介ではないだろうけど、それでも黙って立っているわたくしを見て明らかに馬鹿にしたかのような顔で嗤っている。

「……このクソ雑魚がッ」
 わたくしが放った斬撃が口元を歪めたままのオーガの首と胴体を一瞬で切り離す……多分この個体は何が起きたのか理解できないだろうけどね。
 いきなり隣に立っていた個体が首を切り離されてぶっ倒れたのに驚いたのか、吠え声をあげて騒ぎ始めるオーガ達だったが、次の瞬間には距離を詰めたわたくしの斬撃で細切れになっていく。
 通路に血飛沫と地面に肉塊が落ちるドシャドシャ、と言う音だけが響く中、わたくしは軽く剣を振るって刃についた血を払う。
「……割と強いオーガのような気もしましたけどね……シャルにかかると子供扱いですな」

「まあ、この程度ならば……それよりエルネットさん達を見てないけど、大丈夫かしらね」

「かなり奥に進んでいるようですな……微かにですがこの辺りには匂いがしています、この先からも匂いがしておりますね」

「さっきの腕は彼らのではないってことか、まだ生きてるかしら」
 わたくしの問いにユルが黙って頷く……なら助けないとな、前世でも助けたいと思っていた人たちが次々と倒れていく場面をよく見ている、そしてわたくし自身が助けられたことだってある。
 それにエルネットさんが向けてくれている好意というのはそれほど悪くないと思う……いや、女性としてとかではなく冒険者仲間への気遣いなども含めて彼はとても気持ちの良い人間なんだろうな、と言う意味での好意だ。
 ……あんなに人に気遣いができる人がこんな場所で死んでしまうのは良くないと思うし、リリーナさんが悲しむ姿はあまり見たくないかな。
「良いのですか? もし貴女の力がバレてしまった場合、冒険者ロッテ……いやシャルロッタ・インテリペリが英雄となってしまう可能性もあります……そうなれば自由に行動ができなくなりますよ」

「それでも目に見える範囲の人は助けたいわ」
 この世界においてわたくしはできるだけ仲間を作ることをしていない、と言うのも前世の勇者としての能力ははっきり言ってマルヴァースにおいては異質だからだ。
 いや正確に言うのであればレーヴェンティオラでも異質ではあったが……これだけの戦闘能力を持っていると思われた場合、普通の人間は排除する方向に進むだろうしな。
 ユルはわたくしの顔を見上げて軽く首を振ると、諦めたように軽くため息をつくと、口元を歪めて静かに笑う。

「承知しました、貴女は時折ひどく頑固になるし、不器用にもなりますな……ただ我は貴女のことを心よりお慕い申し上げております。ご命令とあらば従いましょう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……

こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。

異世界災派 ~1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す~

ス々月帶爲
ファンタジー
元号が令和となり一年。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。 対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。 これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。 防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。 損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。 派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。 其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。 海上自衛隊版、出しました →https://ncode.syosetu.com/n3744fn/ ※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。 「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。 →https://ncode.syosetu.com/n3570fj/ 「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。 →https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369

髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。  その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。  すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。 「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」  これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。 ※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。

「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」

サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

ちょっと神様!私もうステータス調整されてるんですが!!

べちてん
ファンタジー
アニメ、マンガ、ラノベに小説好きの典型的な陰キャ高校生の西園千成はある日河川敷に花見に来ていた。人混みに酔い、体調が悪くなったので少し離れた路地で休憩していたらいつの間にか神域に迷い込んでしまっていた!!もう元居た世界には戻れないとのことなので魔法の世界へ転移することに。申し訳ないとか何とかでステータスを古龍の半分にしてもらったのだが、別の神様がそれを知らずに私のステータスをそこからさらに2倍にしてしまった!ちょっと神様!もうステータス調整されてるんですが!!

処理中です...