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Story 01 side.ANKO

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明け方前のホテル街は、変な匂いがしていた。

朝の清々しさと、艶かしい夜の名残が混ざって溶けて、不協和音を描く。



ギラギラと下品にくすんだビルから出てくる人たちの顔色は優れない。



何か、後ろめたいことでもあるか。

それが、昨日の父の姿と重なって見えた。



イライラが積み重なって不機嫌になっていくが、どう考えても場違いなのは私たちの方だった。

彼らの領域を犯しているのは、私とチャコなのだから。



私の手首に巻き付いたままのチャコの真っ白な指先はとても冷たい。




ラブホテルの部屋に入ると、ゴテゴテした原色だらけの配色に驚いた。



不意に彼女の顔が被さり、私の唇を奪っていく。

柔らかなチャコの唇からはやっぱり濃厚な薔薇の香りがした。



誘うような蠱惑的な笑みを浮かべた彼女を見て、ようやく私たちが何をするのか理解した。



半信半疑だったのだ。

覚悟も勇気もなかったのだ。



ただの当て付けの為だけに、私たちは今から大人たちと同じことをする。

それは「反抗期」という言葉で本当は片付けられるものではないのかもしれない。



だけどもう遅い。

彼女が、チャコが、私を見ていた。



大きくてまん丸な彼女の瞳に、私の姿がくっきりと映し出されている――――。





しっとりと汗を含んだ肌と肌を重ね合わせ、私たちは時間の許す限り会話を繰り返した。



日は既に登り切っており、朝の強い陽光が分厚いカーテンの隙間から室内に雪崩れ込んでいるのが視界の片隅に映る。

チャコの髪の毛みたいだと目を細めた。



私たちはどちらも最悪の家庭環境に産まれたみたいだった。



自分勝手な母親の元で育った彼女は家を出たいと言う。

だから私も、初めて他者に自分の境遇を語ってみた。



「私ね、婚約者がいるの」

「はぁー、それはまた生粋のお嬢様だねぇ」

「親は私のことを、桃山家を存続させる為の道具にしか見えてないみたい」



へらりと笑った目尻に涙が滲む。

それを、獣のようにチャコの舌が舐め取ってくれた。



私たちはどちらも愛に飢えた怪物なのだ。

その感情はどう考えても子どもじみていて、互いをまるでお気に入りのぬいぐるみかのように扱い、ただ側にいることで慰め合う。



「ふーん、あんたんちも大変なんだね」



よしよしとチャコが優しく私の頭を撫ぜるから、私もそっと彼女の耳朶を噛んであげた。

正常でないことは百も承知で、それでも彼女の隣りは日曜日の夕暮れみたいに温かかった。



こうして、たった一人ぽっちでも生きていけたこれまでの全ては霧散したのだ。



昨日、私がチャコと出会ってしまったがために。

彼女が私と出会ってしまったがために。



私たちの幸福の基準値は大幅に更新されることとなった。

それはつまり、相対的に不幸になったことの表れでもあった。



もちろん、一時的な誘惑に敗北した私たちはそのことにちっとも気が付かないまま。
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