5 / 22
Story 01 side.ANKO
5
しおりを挟む
明け方前のホテル街は、変な匂いがしていた。
朝の清々しさと、艶かしい夜の名残が混ざって溶けて、不協和音を描く。
ギラギラと下品にくすんだビルから出てくる人たちの顔色は優れない。
何か、後ろめたいことでもあるか。
それが、昨日の父の姿と重なって見えた。
イライラが積み重なって不機嫌になっていくが、どう考えても場違いなのは私たちの方だった。
彼らの領域を犯しているのは、私とチャコなのだから。
私の手首に巻き付いたままのチャコの真っ白な指先はとても冷たい。
ラブホテルの部屋に入ると、ゴテゴテした原色だらけの配色に驚いた。
不意に彼女の顔が被さり、私の唇を奪っていく。
柔らかなチャコの唇からはやっぱり濃厚な薔薇の香りがした。
誘うような蠱惑的な笑みを浮かべた彼女を見て、ようやく私たちが何をするのか理解した。
半信半疑だったのだ。
覚悟も勇気もなかったのだ。
ただの当て付けの為だけに、私たちは今から大人たちと同じことをする。
それは「反抗期」という言葉で本当は片付けられるものではないのかもしれない。
だけどもう遅い。
彼女が、チャコが、私を見ていた。
大きくてまん丸な彼女の瞳に、私の姿がくっきりと映し出されている――――。
しっとりと汗を含んだ肌と肌を重ね合わせ、私たちは時間の許す限り会話を繰り返した。
日は既に登り切っており、朝の強い陽光が分厚いカーテンの隙間から室内に雪崩れ込んでいるのが視界の片隅に映る。
チャコの髪の毛みたいだと目を細めた。
私たちはどちらも最悪の家庭環境に産まれたみたいだった。
自分勝手な母親の元で育った彼女は家を出たいと言う。
だから私も、初めて他者に自分の境遇を語ってみた。
「私ね、婚約者がいるの」
「はぁー、それはまた生粋のお嬢様だねぇ」
「親は私のことを、桃山家を存続させる為の道具にしか見えてないみたい」
へらりと笑った目尻に涙が滲む。
それを、獣のようにチャコの舌が舐め取ってくれた。
私たちはどちらも愛に飢えた怪物なのだ。
その感情はどう考えても子どもじみていて、互いをまるでお気に入りのぬいぐるみかのように扱い、ただ側にいることで慰め合う。
「ふーん、あんたんちも大変なんだね」
よしよしとチャコが優しく私の頭を撫ぜるから、私もそっと彼女の耳朶を噛んであげた。
正常でないことは百も承知で、それでも彼女の隣りは日曜日の夕暮れみたいに温かかった。
こうして、たった一人ぽっちでも生きていけたこれまでの全ては霧散したのだ。
昨日、私がチャコと出会ってしまったがために。
彼女が私と出会ってしまったがために。
私たちの幸福の基準値は大幅に更新されることとなった。
それはつまり、相対的に不幸になったことの表れでもあった。
もちろん、一時的な誘惑に敗北した私たちはそのことにちっとも気が付かないまま。
朝の清々しさと、艶かしい夜の名残が混ざって溶けて、不協和音を描く。
ギラギラと下品にくすんだビルから出てくる人たちの顔色は優れない。
何か、後ろめたいことでもあるか。
それが、昨日の父の姿と重なって見えた。
イライラが積み重なって不機嫌になっていくが、どう考えても場違いなのは私たちの方だった。
彼らの領域を犯しているのは、私とチャコなのだから。
私の手首に巻き付いたままのチャコの真っ白な指先はとても冷たい。
ラブホテルの部屋に入ると、ゴテゴテした原色だらけの配色に驚いた。
不意に彼女の顔が被さり、私の唇を奪っていく。
柔らかなチャコの唇からはやっぱり濃厚な薔薇の香りがした。
誘うような蠱惑的な笑みを浮かべた彼女を見て、ようやく私たちが何をするのか理解した。
半信半疑だったのだ。
覚悟も勇気もなかったのだ。
ただの当て付けの為だけに、私たちは今から大人たちと同じことをする。
それは「反抗期」という言葉で本当は片付けられるものではないのかもしれない。
だけどもう遅い。
彼女が、チャコが、私を見ていた。
大きくてまん丸な彼女の瞳に、私の姿がくっきりと映し出されている――――。
しっとりと汗を含んだ肌と肌を重ね合わせ、私たちは時間の許す限り会話を繰り返した。
日は既に登り切っており、朝の強い陽光が分厚いカーテンの隙間から室内に雪崩れ込んでいるのが視界の片隅に映る。
チャコの髪の毛みたいだと目を細めた。
私たちはどちらも最悪の家庭環境に産まれたみたいだった。
自分勝手な母親の元で育った彼女は家を出たいと言う。
だから私も、初めて他者に自分の境遇を語ってみた。
「私ね、婚約者がいるの」
「はぁー、それはまた生粋のお嬢様だねぇ」
「親は私のことを、桃山家を存続させる為の道具にしか見えてないみたい」
へらりと笑った目尻に涙が滲む。
それを、獣のようにチャコの舌が舐め取ってくれた。
私たちはどちらも愛に飢えた怪物なのだ。
その感情はどう考えても子どもじみていて、互いをまるでお気に入りのぬいぐるみかのように扱い、ただ側にいることで慰め合う。
「ふーん、あんたんちも大変なんだね」
よしよしとチャコが優しく私の頭を撫ぜるから、私もそっと彼女の耳朶を噛んであげた。
正常でないことは百も承知で、それでも彼女の隣りは日曜日の夕暮れみたいに温かかった。
こうして、たった一人ぽっちでも生きていけたこれまでの全ては霧散したのだ。
昨日、私がチャコと出会ってしまったがために。
彼女が私と出会ってしまったがために。
私たちの幸福の基準値は大幅に更新されることとなった。
それはつまり、相対的に不幸になったことの表れでもあった。
もちろん、一時的な誘惑に敗北した私たちはそのことにちっとも気が付かないまま。
0
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
[完結]優しすぎた選択
青空一夏
恋愛
恋人の玲奈とコンサートへ向かう途中、海斗は思いがけない出来事に遭遇する。
たいしたことはないはずだったその出来事とその後の選択は、順風満帆だった彼の人生を狂わせた。
十年後、理由の分からない別れを抱えたまま生きる海斗の前に、忘れていた過去と向き合うための期限が訪れる。
これは、優しさから選んだはずの決断が、取り返しのつかない後悔へと変わった物語。
これは、すべてを手に入れてきたはずの人生を歩んできた男が、たった一度の選択で、一生後悔することになったお話。
※本作は他サイトにも掲載しています。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる