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Story 01 side.ANKO
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酸欠で思考回路がまともに機能しなくなった頃、ようやくチャコの足が止まった。
それから、よろよろした私の手を優しく導き、公園の中に入っていく。
私たちは何を言うこともなく、公園のブランコに腰を下ろした。
ギコギコと錆びた音を聞いて、鉄の匂いが鼻を通り抜ける。
先に口を開いたのは、チャコの方だった。
「あたしの親、スナックのママしてんの。で、お気に入りの客を連れ込んで昼間はヤッてる。スナックのママであることに何のプライドもないから、そんな下品なことが出来るんだって他の店のママに言われてるのを見たこともある。割と色んな人から嫌われてんだよね、ざまぁ」
皮肉げに歪められた口もとが痛々しく見えた。
そんな私の視線に気がついたチャコは最大限に不愉快な表情で吐き出した。
「何、その目。あたしの母親とヤッてたの、あんたの親父でしょ? なら、あんたもあたしと同じだよ。自分のこと棚に上げて勝手に人を憐れむんじゃねぇよ」
イライラしながら電子タバコを咥える姿は、どこまでも余裕がなくて、平凡で、それなのにどうしてか私の鼓動は早まったんだ。
「私の家は、老舗の和菓子屋なので。その、つまり、母と父は家同士が決めた政略結婚で結ばれました。だから、あの」
「仕方ないと思いますってか? あぁ、それとも何。私の父親は本当はそんな人じゃないんです、とか? どっちにしろ、キモいっつーの!」
チャコはそう言って、ブランコを思いっきり漕ぎ始めた。
彼女の姿がどんどん、どんどん、高く遠くなっていって。
そのまま宇宙に行ってしまうんじゃないかと、青い空の中に溶けてしまうんじゃないかと、そんな荒唐無稽なことばかり心配していた。
当然のことながら、地球のブランコがチャコを宇宙まで飛ばせるはずもない。
代わりに、チャコ自身がブランコから飛び降りる。
華麗に着地するかと思いきや、バランスを崩して顔面から地面に激突していった。
「……ってぇ」
チャコは額を押さえながら蹲る。
慌ててブランコから立ち上がり、私は彼女へと駆け寄った。
「大丈夫!?」
ちらりと視線だけ投げて、彼女はまた俯いた。
「うるさい。ほっといて」
むすっとした口元で、チャコが照れているのだと分かった。
照れられるくらいの余裕があることにも。
ほっと胸を撫で下ろし、私は懐からハンカチを取り出す。
砂まみれのチャコの顔はそれだけでもう一つの芸術品みたいだったけれど、それでも傷口を放置したままで良いとは思えなかった。
「これ、良かったら使って」
「……汚れるよ?」
「汚していいよ」
私が躊躇いなくそう返事をすると、チャコが恐る恐るハンカチを受け取ってくれた。
嬉しかった。
警戒心の強い野良猫に餌を上げている気持ちになる。
「……ありがと。洗って返す」
チャコは地面の砂に指を当て、何やら文字を書き出した。
きょとんとしながら見守っていると、彼女のぶっきらぼうな声が耳に届く。
「これ、あたしのID。登録しといて」
それだけを告げると、彼女はさっと素早く立ち上がった。
「え、あの」
肩にかけたスクールバックからスマホを探している私を見下ろしながら、彼女が小さく手を振ってくる。
「じゃ……また」
そして、そのまま去っていった。
頬の傷にハンカチを当てた姿も大層美しく、次第に小さくなっていく背中を私はただぼんやりと見送った。
しかも、あれ、私のハンカチ、なんだよね。
頬がぽやぁと熱を帯びていく。
それから、よろよろした私の手を優しく導き、公園の中に入っていく。
私たちは何を言うこともなく、公園のブランコに腰を下ろした。
ギコギコと錆びた音を聞いて、鉄の匂いが鼻を通り抜ける。
先に口を開いたのは、チャコの方だった。
「あたしの親、スナックのママしてんの。で、お気に入りの客を連れ込んで昼間はヤッてる。スナックのママであることに何のプライドもないから、そんな下品なことが出来るんだって他の店のママに言われてるのを見たこともある。割と色んな人から嫌われてんだよね、ざまぁ」
皮肉げに歪められた口もとが痛々しく見えた。
そんな私の視線に気がついたチャコは最大限に不愉快な表情で吐き出した。
「何、その目。あたしの母親とヤッてたの、あんたの親父でしょ? なら、あんたもあたしと同じだよ。自分のこと棚に上げて勝手に人を憐れむんじゃねぇよ」
イライラしながら電子タバコを咥える姿は、どこまでも余裕がなくて、平凡で、それなのにどうしてか私の鼓動は早まったんだ。
「私の家は、老舗の和菓子屋なので。その、つまり、母と父は家同士が決めた政略結婚で結ばれました。だから、あの」
「仕方ないと思いますってか? あぁ、それとも何。私の父親は本当はそんな人じゃないんです、とか? どっちにしろ、キモいっつーの!」
チャコはそう言って、ブランコを思いっきり漕ぎ始めた。
彼女の姿がどんどん、どんどん、高く遠くなっていって。
そのまま宇宙に行ってしまうんじゃないかと、青い空の中に溶けてしまうんじゃないかと、そんな荒唐無稽なことばかり心配していた。
当然のことながら、地球のブランコがチャコを宇宙まで飛ばせるはずもない。
代わりに、チャコ自身がブランコから飛び降りる。
華麗に着地するかと思いきや、バランスを崩して顔面から地面に激突していった。
「……ってぇ」
チャコは額を押さえながら蹲る。
慌ててブランコから立ち上がり、私は彼女へと駆け寄った。
「大丈夫!?」
ちらりと視線だけ投げて、彼女はまた俯いた。
「うるさい。ほっといて」
むすっとした口元で、チャコが照れているのだと分かった。
照れられるくらいの余裕があることにも。
ほっと胸を撫で下ろし、私は懐からハンカチを取り出す。
砂まみれのチャコの顔はそれだけでもう一つの芸術品みたいだったけれど、それでも傷口を放置したままで良いとは思えなかった。
「これ、良かったら使って」
「……汚れるよ?」
「汚していいよ」
私が躊躇いなくそう返事をすると、チャコが恐る恐るハンカチを受け取ってくれた。
嬉しかった。
警戒心の強い野良猫に餌を上げている気持ちになる。
「……ありがと。洗って返す」
チャコは地面の砂に指を当て、何やら文字を書き出した。
きょとんとしながら見守っていると、彼女のぶっきらぼうな声が耳に届く。
「これ、あたしのID。登録しといて」
それだけを告げると、彼女はさっと素早く立ち上がった。
「え、あの」
肩にかけたスクールバックからスマホを探している私を見下ろしながら、彼女が小さく手を振ってくる。
「じゃ……また」
そして、そのまま去っていった。
頬の傷にハンカチを当てた姿も大層美しく、次第に小さくなっていく背中を私はただぼんやりと見送った。
しかも、あれ、私のハンカチ、なんだよね。
頬がぽやぁと熱を帯びていく。
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